55話:変身、最終形態
「いまから銃でオメーを撃つ。当然、弾丸には死霊魔法をかける。すり抜けることはできねーし、人間の姿で躱せる代物でもねー」
デスティが操るにせ・ガーネットは、マティアスに銃口を突きつける。
躊躇はしない。数秒後には引き金を引かせて、脳天に魔弾を直撃させる。
霊体でもすり抜ける事のできない魔弾である。幽霊は既死ゆえに死なない存在だが、大きなダメージを受ければ霊体化が解除されるのは先ほど見た通り。
即ち。魔弾が直撃した後、弱ったところへ止めを刺せばいい。
変身しない事を選択しても、人のままでは魔弾を躱せないだろう。ダメージが残っている今であれば、なおさらである。
即ち。魔弾が直撃すれば、そのまま止めとなる。
「さあマティアス。世界最強になる予定のオメーは、こいつをどう凌ぐ?」
状況はまさにチェックメイト。
半ば勝ちを確信する反面『まだまだやれるだろう?』とばかりに笑みを浮かべ、問いかけるデスティに対し、マティアスは。
「しっかりここを狙って、外さないでくださいね?」
トントン、と額の中心を人差し指で小突き、笑みと挑発を返した。
引き金が引かれ、魔弾が放たれる。
轟音と同時に、魔弾は目視もできぬ速度で、マティアスの額へと吸い込まれてゆき――
――そのまま、マティアスの頭をすり抜けていった。
「なっ!?」
「外しましたね」
あり得ない挙動に、デスティの笑みが消える。
一瞬の動揺、しかし瞬時にデスティは偽物のアルマとガーネットに追撃の命令を下す。
にせ・ガーネットは銃に魔弾を装填し、にせ・アルマは頑丈な身体を武器としてマティアスへ殴りかかる。
「千変万化流、全形」
が、一瞬でも隙があれば十分。
マティアスは笑みを浮かべ、全身を消し姿を変える。
「雷鳥!」
それは、光り輝く翼を持った巨鳥。
羽ばたきは強烈な烈風と雷を生み、嵐を呼び寄せるという伝説の大鷲である。
マティアスが変ずるサンダーバードが、地面を蹴り上げて、偽物2人へと飛びかかった。
動揺の後に咄嗟に繰り出したデスティの攻撃と、予め備えていたマティアスの反撃、上回るのは当然後者である。
サンダーバードの両脚が、偽物たちの身体をがっしと掴み込んだ。
「はっ、締め殺せるつもりか?」
デスティは内心で首を傾げた。
確かにサンダーバードの握力は相当なものである、ウシや馬を圧殺できるほどの力はあるが――しかし偽物の2人は偽物とて本物と相違ない強度がある。
つまり、サンダーバード程度の力で圧殺されるような軟な肉体ではない。だが。
「千変万化流、悪手・圧壊!!!」
両脚に掴まれた偽物のガーネットとアルマが、一瞬だけ姿を消える。
次に現れた瞬間、偽物たちはガラスのように透き通った氷像と化し――――サンダーバードの握力によって粉々に砕け散るのであった。
「な、なにぃ!?」
その光景を見て漸く、デスティはマティアスが何をしたのかを理解した。
(野郎、相手を変身させやがった!!)
自分をより強い魔物に変身して倒すのではなく、偽物の二人をより脆い姿へと変身させる。
これならば肉体の頑丈さなど関係ない、サンダーバードの握力でも二人を倒すことが可能になる。
しかも、先ほどの魔弾がなぜ当たらなかったのかも説明がつく。
(さっきの魔弾も、脳天にぶち当たった瞬間から魔弾の方を霊体化してすり抜けさせたっつーのか!? とんでもねーことしやがるっ!!!)
デスティが魔弾にかけたのは、あくまで『物質が幽霊に触れるようになる魔法』である。
では、その魔弾が幽霊になってしまえば?
もちろん、生きている人間には当たらずにすり抜ける。
しかしその理屈は、マティアスが音速に等しい弾丸に対し傷を負うこと無く、額に触れた瞬間に魔法を行使したという事実が前提となる。
弾丸を指でつまみ取るより遥かに難しい所業――そのような事が果たして可能なのか?
――可能である。
なぜならマティアスは、心情発現型を極めるために、千変万化流の達人となったのだから。
マティアス・リーヴィングという怪物は千変万化流の達人と同時に、魔法行使の達人でもあるのだ。
「続けて、止めっ!」
「くっ――!」
偽物二人を片づけてなお、マティアスの攻勢は続く。
後ろに下がるデスティを、それより遥かに速くマティアスは追い、偽物二人を砕いたのと同じようにその右足を突き出して、デスティを遂に捉える。
「悪手・圧壊―――――ッ」
同じようにデスティの肉体を魔法で変身させて、砕く。
そう意識した瞬間、マティアスの右脚に違和感が発生した。
「な、握れないっ!?」
「そう簡単に砕かれて、たまるかよ……!」
デスティを掴む右脚、その内側から凄まじい力が湧き出すように邪魔をして、握りつぶすことができない。
まるで磁石の同極を合わせたような反発力が、デスティの身体とマティアスの右脚に発生している。
このままでは脚が完全に開いて、デスティを取りこぼす。
そう直感したマティアスは握りつぶすことを諦め、力いっぱいに蹴飛ばす。
「せりゃあっ!」
「ぐ、おおっ!!?」
サンダーバードの尋常ではない蹴撃により、今度はデスティが吹き飛んでいく番であった。
(ダメだ――浅い! 蹴りも完全に入ってない!)
しかし、マティアスは内心で歯噛みをする。
謎の反発力が邪魔をしたせいで、技が完璧に決まらなかったのだ。
反発力も相まって普段以上に蹴飛ばすことはできても、殺せていない。
「今のは…………」
マティアスはデスティを追撃するべく、開始地点付近へ向かって飛翔する。
並行して、先ほどの現象について思考も行う。
あの現象こそが、デスティが使う何らかの技術、その核心に思えたのだ。
(今の力は? 結界? いいや、それにしては反射されるって感じはしなかった。もっとこう、抵抗されてるって感じに近い気がする。デスティさんを変身させようとした瞬間から、突然……)
初めに身体を掴んだ時は、謎の反発力は生まれなかった。
そしてデスティに対して魔法を使おうとした瞬間、その反発力が生まれた事実を頭で反芻して、ついに気づいた。
「もしかして――純粋な、魔力?」
魔法の源である『魔力』は、源であるが故に、あらゆる魔法への干渉力を持っている。
先ほどの現象は、マティアスの魔法がデスティの魔力によって邪魔されていたのだ。
(そうか、デスティさんは身体中から魔力を放出して魔法に抵抗できるんだ。打ち消された攻撃もドラゴンブレスの派生……正確に言えばドラゴンの魔法なわけだし)
分かってしまえば、これまで抱えてきた疑問も次々と氷解していく。
体術は避け魔法は受け止めたのも、魔力が魔法にしか干渉ができないからであるし。
生身での高速移動も、足裏から魔力を放出し、大地に流れる魔力と反発させていたのだ。
――しかしそれはデスティが常に、膨大な魔力を身体から放出し続けているという事実を指していた。
(確か、魔力で魔法に抵抗するためには、その魔法に使われた魔力の何倍も必要なんだっけ……。なんて無駄遣い、普通なら直ぐに魔力が無くなる。けど……)
マティアスは思い出す。
今までデスティがどれだけ魔法を連発しようと、平気な様子であったことを。
(デスティさんに魔力切れはない。魔法じゃ簡単には倒せない)
少なくともこの戦いの最中は、ずっと魔力を放出できるのだろう。
改めて、デスティという敵の脅威を認識したマティアスは。
「でも、物理的には倒せる」
飛翔を止めて、全身を消し、イメージする。
最強の死霊魔法使いを打破する、究極の姿を。
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「っくそ、あちこちいてぇ……全身の骨が砕けてんじゃねーか……?」
マティアスに蹴飛ばされたデスティは、観衆たちを飛び越えて、サブマッチの開始地点付近へと落下していた。
全身に襲いくる痛みに思わず顔を歪めそうになるが、ハッタリを効かせるため、表情にはおくびにも出さずに無理やり笑った。
「く……はっ、くくっ、技が完全に入ってなくてコレか、こりゃあまともに受けてたら死んでたな……!」
一応、肉体を鍛えているとはいえ、デスティの身体は魔法使いのソレである。
ガーネットやアルマのような化け物じみた頑強さがあるわけではない、強大な魔物の一撃を受ければそれだけで致命傷になりうる。
死ななかったのは幸運といってもいいだろう、とはいえ、ほぼ戦闘不能といって差し支えない状態であったが……。
「まあ、魔力さえありゃ身体は治せるわけだが」
全身に魔力を漲らせて負傷を修復し、デスティはすっくと立ちあがった。
死体の肉体は魔力で修復できる、マティアスも変身魔法で身体を治せる以上、この戦いは即死以外で決着がつくことはない。
肩を僅かに上下させ軽く深呼吸をすると、デスティはマティアスが追撃しにくる僅かの間、如何様にするか考える。
「はぁ……しっかし、とんでもねー手段で攻撃してきやがるし、躱してきやがる。あれじゃ実体のある攻撃はぜんぶ通らねーな」
攻撃の方がマティアスをすり抜け、どれだけ頑丈に死体を作っても、脆い形へ変身させられる。
あれでは、如何なる物理的防御、攻撃は意味を為さない。
(理論上、触霊(幽霊が物質に触れるようになる魔法)で霊体化に対抗できるはずだが……むこうの魔法行使が早すぎる。攻撃が当たる直前に霊体化されるから、触霊も間に合わねー)
マティアスが心情発現型の魔法使いであることも、対策の難しさに拍車をかけていた。
「最初からやらなかったのは――魔力が最後までもたねーから、ってところか?」
先ほどの技を『悪手』と謳っている事からも、そうなのだろう。
相手を一人ずつ魔法で変身させて倒しやすくするより、一度だけ変身して大勢をいっぺんに倒してしまったほうが遥かに効率がいい。
故に、攻撃も回避にも魔法を使い続けていれば、マティアスの魔力は普段以上に消費され、いずれは戦えなくなるだろう。
「魔力切れを狙ってくのが堅実だが……んなショボイ幕引きはつまらねー」
もちろん、デスティはそのような決着に満足することはない。
「物理で殺せねーんだったら、魔法でぶっ殺すまでだ」
マティアスの抹殺による完全なる勝利を手にするべく、デスティは死霊魔法の奥の手を、使うことにした。
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それは、同時に起きた。
サブマッチで戦う2人の姿が、変化していく。
「くっくくく……!」
笑うデスティの周囲に魔法の炸裂光がいくつも煌めいた。
暗緑色の輝きから、ごぽり、と肉塊が生み出され、デスティの身体へ集まってゆく。
それらの肉塊は奇妙な形をしていた。
一つとして同じ形をしておらず、そして、単体では生物としての形を成していなかった。
人間の喉から口だけ、魔晶サソリの魔法指揮針だけ、ドライメデューサの魔眼だけ、カーバンクルの額の水晶だけ、エルダーアルラウネの結晶花だけ、凶鳥の暗黒翼だけ、バイコーンの双角だけ、マドラムコングの胸部だけ……。
他にも、数えきれない生物の『欠片』だけが、創り出されている。
拘り、選りすぐり、選び抜く。
死霊魔法で作成可能なあらゆる死体から、『魔法を行使するための器官』だけを、デスティは選んで創り出していった。
「死霊魔法使いの、いや。魔法使いの究極を見せてやる」
そうして作り出された何十、何百もの欠片はデスティの身体へと殺到し、纒い継ぎ接ぐことで姿形を変えていく。
身体は二回りも大きくなり、ヤギのような頭部、身体中のあちこちには魔眼と口が散らばり、背中には魔水晶の棘、両肩からは真っ黒な翼が生えて、足は蹄となり、腕は左右に3本ずつ備えている。
まるで、変身魔法のように――
「多弁の悪魔」
――デスティの姿は、物語に出てくる悪魔そのものへと変貌を遂げた。
「千変万化流、奥義」
姿を消し、マティアスの形は再び黒白竜王へと変化する。
黒白竜王はマティアスが変身できる最強の形であった。
腕力、硬さ、俊敏性、図体、全てにおいて最上級。総合力で竜王を超える魔物をマティアスは知らない。
しかしこの姿は、竜殺しの武器を作れるデスティにとって、既に突破口を開かれた姿でもある。
つまり――ただ竜王になるだけでは負ける。
竜王を超えねばデスティには勝てない。
故にマティアスは。
「圧縮変形」
竜王のカタチを、圧縮する。
詰める、凝縮する、圧縮していく。
白と黒の双頭が一つの頭になる、それでもなお押し込められて、原型を無くすほどに歪ませる。
白と黒の竜鱗が混ざり合い、灰色になるまで凝縮する。
ぎゅうぎゅうと、巨人に匹敵する竜王の巨体が、質量はそのままに密度を増し、体積を縮めていって。
「灰の竜人王」
そうして顕現した姿は、竜としては異様に小さく、体格も頭部も人間によく似た、まさに竜人と呼ぶべき形となっていた。
「その姿は…………くっくくく、お互いおあつらえ向きの姿になったみてーだな」
「これが僕の、最強の姿です。デスティさん――決着をつけましょう」
「望むところだ」
奇しくも同程度の大きさとなった異形の竜人と悪魔は、共に空へと飛び立って相対する。
戦いは、今まさに最高潮を迎えようとしていた。




