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52話:完全無敵!? マティアスの魔法、その正体とは!

 人類は強くなりすぎた。


 魔物に脅かされる日々を終わらせるため、人類は魔法と武術を鍛えに鍛えあげた。

 しかし平和を手にした頃には、ソレそのものが平和を脅かしかねないほどに、強大な力となっていたのだ。


 その威力は、使う場所を選ばなければ無用な被害を生み。

 手合わせに使うなど以ての外、犠牲が戦う2人だけで済めば奇跡と言えるほどである。


 故に人は、お互いの強さを比較くらべる事が不可能となっていた。


 しかし、その定説は今日この瞬間を持って終わりを告げることとなる。

 不死身の肉体と、決して人里に影響を及ぼさない場所で行われるノー・デス・サブマッチが、それを可能にしたのだ。


「「「「うおおおおっ!!!!」」」」


 観客達のボルテージは、今や最高潮に達していた。

 それも当然である、今日ここに集まったのは、デスティに釣られてやってきた、元よりサブマッチに興味がある人間ばかり、中には腕に覚えのあるサブマッチャーもいる。


 彼らは、歓喜していた。

 心の底にしまい続けてきたとある『疑問』に、答えを出せる日が訪れたのだから。

 『俺たちは一体、どこまで強いんだ!?』という、武人であれば抱いて当然の問いに、答えを出すことができるのだから!



「――凄い、歓声……!」

「くっくくく……! これで燃えねーサブマッチャーはいねーよ。オメーもそうだろ?」

「~~っはい! 凄く嬉しくて、楽しみで――光栄です!」


 マティアスはそんな観客たちの歓声に圧倒されかけるも、すぐに彼らを上回る歓喜の表情を以て、デスティと相対する。

 マティアスの胸が高鳴り、脳裏に様々な言葉が流れていく。


 ――一対一の勝負、最後に爺ちゃんと組手をしたのはいつだろう?

 ――いいや、組手でだって僕も爺ちゃんも本気なんて出せなかった。


「ありがとうございます、デスティさん。僕は生まれて初めて――本気で人と戦うかもしれません!」


 深々と頭を下げて、マティアスはデスティにお礼を言った。

 そう、マティアスだって確かめたくて仕方がなかったのだ。

 千変万化流のマティアス・リーヴィングは――この世界でどれぐらい強いのかを。


「礼ならいい。ノー・デス・サブマッチのすばらしさを広めるため、この後ぞんぶんに暴れてくれりゃそれが代わりだ」


 デスティはそんなマティアスを見て、サブマッチの成功を確信する。

 この平和な時代に、力を持て余した若く強いサブマッチャーが、全く新しいサブマッチで何も気にせず自由に力を振るう。これ以上に強烈な宣伝はないだろう。



 だがしかし、デスティは一つだけ見誤っていた。

 ノー・デス・サブマッチによって火がついた人間達の、血の気の多さを。



「んじゃ早速サブマッチを始めるか。ジュンコ、選手の紹介を――」


 デスティはジュンコに司会の進行をさせるため指示を出そうとした、その時だった。


「そのサブマッチ、ちょいと待ちなァ!!!」

「「!」」


 どおんっ、と何かが墜落するような衝撃音、そして砂煙がマティアスとデスティの間に舞い上がった。

 見れば、あちこちにトゲの装飾がなされたジャケットとジーンズを着たとても威圧的な金髪の大男が、2人の間に割り込むようにして立っている。


「デスティ! てめーの相手はこの俺だっ!!」

「へ?」

「オメーは……」


 男は親指で自分を指差して、そんなことを宣った。

 どう見ても観客のひとりが勝手に乱入してきて、勝手なことを言い出し始めたので、マティアスは当然困惑し、デスティは男に見覚えがあるのか、鋭い視線を向けていた。


「えっと、アナタは……?」

「カース・ブラン・ディード。ラルエメス梺州における、ランキング()二位のサブマッチャーだ」

「に、二位!?」

「……けっ、天下のデスティ様に覚えてもらってるたぁ光栄だぜ」


 どうやら男は外国のサブマッチャーらしい、デスティの元二位という言葉にマティアスは驚くが、カース自身は苦々しそうな表情をしていた。


「ああ、よーく覚えてるぞ。カース・ブラン・ディード35歳男性。肩書きは『万物投射砲(キャノンボーラー)』。ラルエメス出身で職は間引き、勤続17年。趣味はビリヤードだったが一年前に賭けにハマり、サブマッチの賭けで生活費まで突っ込み出してから、奥さん直々にサブマッチ出禁を言い渡されたってことも――」

「おいこら待て待て待て待て!!? 人のプライベートを拡声器でベラベラ喋るんじゃねぇ!?」

「うわぁ……」


 進行を邪魔された所為か、デスティは容赦なくカースの情けない情報を暴露し、カースは慌てふためき、マティアスは軽く引いた。

 どうやらこのカースという人物、実力こそはあるものの私生活は結構ダメな人間らしい。


「いや流石に生活費は賭けちゃダメでしょ」

「お主がぜぇっったい言えた口ではないからなアルマァァァァ!!」


 観客達の中から聞き覚えのある2人のツッコミが聞こえたのは、まあいいとして。


「そんで、出禁のオメーがどうしてここにいる」

「当然、仕事の出張って誤魔化してきたんだよ!」

「……いよいよ奥さんに愛想つかされっぞ」

「ぐっ……! ガ、ガキが心配することじゃねーんだよっ!! んなことよりオレと勝負しやがれ!」

「断る。大人しく観戦してろ」


 カースはデスティの暴露攻撃にもめげずに、しつこく勝負を挑んでくる。

 しかし選手変更などというカースの要求はとても了承できる内容ではないので、デスティはすっぱり断るのだが、カースは引き下がる様子を見せない。

 

「引き下がれるかっ! オレはテメェのせいでラルエメス最強のサブマッチャーの座を逃したんだぞ! 今でも忘れられねえ、サブマッチでちょっと結界を破りかけたからって反則負けにされた、あの瞬間をな!」

「また来年に最強の座を獲りに行きゃいいじゃねーか」

「はっ、どーせ普通のサブマッチじゃまた失格にされるのがオチさ。だがノー・デス・サブマッチなら観客も結界も、無視できるんだろ? テメェに雪辱を果たし俺が華麗に再起を果たすのに最高の舞台じゃねえか!」


 どうやらカースは、この場を栄光を再び掴む絶好の機会と思い、このような行動を起こしたらしかった。


「デスティさん、随分と執着されてますね……」

「はー、これだから人気者はつれえぜ」


 デスティと戦いたいというのも、個人的な恨みをついでに晴らしたいからだろう。完全な逆恨みではあるが。


「兎に角だ! 今すぐ選手を交代しな! オレの方が、そこの弱そうなチビなんかより絶対に盛り上がる!」

「……むっ」


 とうとうカースの物言いはマティアスにまで飛び火してきて、マティアスは思わずムッとした。

 普段の見た目は威圧感皆無だとは自覚しているものの、それでも初対面でいきなり侮られるのは、流石のマティアスでも少し癪に障るのだ。


「あの――。っ?」

「くっ……くっくくくっ、かっはははは!」

「何がおかしい!?」


 言い返そうかと思ったのだが、それはデスティの大笑いによって遮られてしまい、マティアスは呆気に取られ、カースは何事だと怒鳴る。


「いや、突然出てきて何を言うかと思えば、随分と面白い冗談をいうもんだなと。オメーじゃマティアスの足元にも及ばねーよ」

「んだと!?」


 デスティの挑発に更に激昂するカースだったが、デスティは全く意に介さず、周囲の観客へ視線を向けた。


「だがまあ、いい機会ではある。俺を叩きのめしたい奴らはこの場にごまんといるわけだしな」


 観客達の中から、幾つもの殺気立った視線が自分に向けられている。

 カース1人を説き伏せた所で、次から次へと邪魔が入るだろう、そう思ったデスティは「よし」と手を叩くと。


「マティアス、オメーの演舞をやるぞ。ターゲットはカース(コイツ)だ。ただし、条件を付ける」

「い、いきなり演舞ですか? それに、条件って……」

「サブマッチの進行的には順当だろ。んで条件だが、千変万化流の技なしで、コイツをぶちのめせ」

「えっ、技を使わずに!?」

「オメーなら出来る」


 デスティは突然、マティアスに演舞を始めると言った。それもかなり無茶な条件をつけて。


「てっ、テメェ……どこまで俺をコケにすればっ! 今すぐぶっ飛ばしてもいいんだぞ……っ!?」

「できねーよ、その肉体は俺の魔法で作ったものだってのを忘れるな」

「ぐ、ぐむっ……!?」


 『千変万化流を使わない』という明らかなハンデに、カースの怒りは頂点に達し、ついに手が出そうになる……が、デスティがひと睨みするだけで、身体が石のように硬直してしまった。

 どうやらその気になれば、デスティは全員が乗り移っている身体を好きに出来るらしい。


「マティアスに勝てたら、俺と戦う権利をくれてやる。これでいいな?」

「ぶはっ!? ……ちっ、言質はとったぞっ! ぜってぇ後悔させてやるからな!」


 そうして急遽――サブマッチの進行的にはある意味順調ではあるが――マティアスの『演舞』が始まるのだった。


====


「小僧、俺は一切加減してやらねえ。恨むなら勝手にハンデをつけたデスティを恨むんだな!」

「……よろしくお願いします」


 デスティは少し下がって、サブマッチ会場にはマティアスとカースが向き合う形となった。


(けっ、デスティがどんだけ見込んでいよーが、たかが変身魔法使い。俺の敵じゃねえ)


 カースは千変万化流については知らないが、自身が魔法使いである故に、変身魔法の事は知っている。

 2つの種類がある魔法だ。1つは己の身体を直接変化させるタイプで、もう1つは魔力を物質に変化させて着ぐるみのように着込むタイプ。

 どちらでも、出来る事はさほど変わらない。


 応用が効き、便利ではあるとカースは思ったが――さりとて、強力な魔法とは思っていなかった。

 特に、魔物の姿に変身して戦うという点において、弱い(・・)とさえ感じている。


 所詮、魔物とは人間との戦争に敗北した生物だ。

 そして自分が扱うのは、魔物を殲滅するための力。

 ぶつかり合えばどちらが勝つのかなんて、明白なのだから。


「演舞かい――」

「ぶっ潰れろォッ!」


 デスティの掛け声で演舞がはじまる――前にカースは動いた。

 無詠唱で準備していた魔法が起動して、カースの眼前に魔法陣が現れる。

 魔法陣から音もなく現れたのは、超高速でマティアスの方向へと突き進む、棘のついた巨大な鉄球であった。


 カースが扱う魔法は召喚魔法だ。

 本来は遠くにある物を近くに呼び寄せるという魔法だが、彼独自の改造が加わったこの魔法は、呼び寄せた物体を砲弾の如く連射する機能が備わっている。


 実にシンプルな質量攻撃、だが例えドラゴンでも身体に大穴を開け、ワイバーンであっても躱せない速度と規模を併せ持つ、恐るべき攻撃でもある。

 カースはそれを不意打ち気味に放つことで、マティアスに変身する時間すら与えない腹積りだった。


「防げるもんなら防いでみな! 躱せるもんなら躱してみろ! オレの魔法を食らって生きてられる魔物なんざ、この世のどこにもいやしねぇ!」


「……」


 放たれた鉄球は、既に移動での回避が不能な距離まで、マティアスに迫って来ていた。

 しかしマティアスはきわめて冷静だった。


 この演舞、千変万化流を使うなとは言ったが、魔法を使うなとは言われていない。

 つまり、魔法でカースを戦闘不能にしてみろという事なのだろう。


(なら、簡単だ)


 そのままの姿で(・・・・・・・)、マティアスは躊躇もせず突っ込んだ。


「所詮、魔物の真似しかできねー魔法でオレに勝つなんざ、百ねん――――!?」


 次の瞬間、カースは仰天する。


 鉄球を次から次へと呼び出し、撃ち出す魔法陣。

 その中から突然現れた()に、顔を鷲掴みにされたのだ。

 

「なっ!??」 


 カースの動揺によって、魔法の機能が停止する。

 魔法陣が呼び出した鉄球は発射されないまま、その場にずん、と落ちる。


「捉えた」


 鉄球の中から、ぬるりと、手の主であるマティアスが現れた。


 その出現は異様だった。

 躱すではない、防ぎながらでもない、飛び越えたのでもなく、壊しながら突き進んだわけでもない。

 なんなら発射された鉄球の幾つかは、確実にマティアスが居たはずの場所を一直線に通っていて、その背後にいた観客達を吹き飛ばしている。


 それはまさに、すり抜けて(・・・・・)来たとしか言いようがなかった。


「それっ、変身魔法じゃねえな――!?」


 変身魔法ではあり得ない挙動に、カースは思わず叫ぶも、時すでに遅し。

 カースの身体は、一瞬にして消されて――。


「ぎっ!? ぎゃああああああっ!!!?」

「これで終わりです。お疲れさまでした」


 次に現れた時、カースは頭部と四肢をあり得ない方向へ捻じ曲げられた状態で、地面に倒れ伏しているのだった。


「え、演舞決着ぅー! なんとマティアス選手っ、攻撃を楽々すり抜けて、キース選手の身体をぐしゃぐしゃにしてしもうたっ!」


 ジュンコの実況が、演舞の終了を告げる。


「ひっ、ひいいいい。おおおオレの体、ど、どうなってんだぁぁぁ!?」

「そんなに叫ばなくても……身体をそういう形に変身させただけですよ? 折ってませんし、痛みも無いと思うんですけど」

「まあ首と手足が後ろ前逆に捻じ曲がってりゃ叫ぶわな」


 カースは捻じ曲がった手足をモゾモゾと動かすが、どうすることも出来なくなっていた。

 不自然なほどに痛みが無いこともかえって恐怖を倍増させていて、もはや錯乱一歩手前の状態である。


「じゃあ、元に戻しますね」


 演舞が終わったので、マティアスはもう一度カースに触れて、身体を元の状態に戻す事にした。

 再びカースの全身が一瞬だけ消えると、次の瞬間には五体満足で直立するカースの姿が現れる。

 

「はい、これで元通りです」

「……てっ、ててテメェ……よくもっ、俺を騙しやがったな……っ!?」

「はい?」

「なんなんだその魔法はっ!? ありえねえ!? 俺の魔法をどうやって無視しやがった!? なんか技を使ったのか!?」

「違いますよ。……僕の変身魔法は変身する前に身体が消えるんです。それを利用して、貴方の攻撃に合わせて身体を消して、一直線にすり抜けてきました。変身魔法しか使ってないです」

「変身魔法は普通んなことできねーんだよっ!!?」

「そ、そんなこと言われましても」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐカースに、マティアスは困った顔をする。


 確かにマティアスの変身魔法は、マティアス自身も普通とは少し違うとは思っている。

 変身魔法だと名乗る理由も、祖父からの「ワシのと挙動がちょい違うが、まあ変身魔法じゃろ」という当てになりそうにないお墨付きと、事実として変身は出来ているからである。


 ただ……普通とは違うからといって、本当は何の魔法なのかと聞かれてもマティアスは分からないし、魔法に詳しいわけでもないので、確かめ方も知らない。

 心情発現型は、感情に呼応して魔法を勝手に行使するという体質であって、行使する魔法の正体を自然と理解できるものではないのだ。


「決着はついた。ったくフライングかましやがって……。おら、敗者はさっさと観客席に引っ込んでろ」

「ぬわぁ!? ち、ちくしょう〜〜……っ!」


 演舞が終わって近づいて来たデスティが、パチンと指を鳴らす。

 すると数人の死体人形がカースの周囲に現れ、カースを担ぎ上げると、観客たちのいる方へ連れ去っていくのだった。


「あ、ありがとうございます。デスティさん」

「演舞お疲れさん。それじゃネタバラシ(・・・・・)といくか」

「え、ネタバラシって……何のですか?」


 マティアスはネタバラシと聞いて、デスティは先ほどの演舞で何かしていたのだろうかと思った。

 しかし予想に反して、デスティはマティアスの方を指差すと。



「オメーの魔法の正体(・・)だよ」


 とても愉快そうな笑みを浮かべながらそう言うと、デスティは拡声器を手に取った。


「――さて、今の演舞を見て分かった通り。マティアスはただもんじゃねぇ」


「不意を突かれていよーが無意識かつ最速で魔法を使える体質だし。コイツの魔法は、変身だけじゃなく相手の攻撃を完全にすりぬけることにも使える」


「だから断言するぞ! お互いの命を取り合うこのノー・デス・サブマッチにおいてマティアスはほぼ(・・)無敵だ! オメーらの中の誰1人として、マティアスに敵うやつはいねえ!」


 マティアスの強さを語るデスティ。

 すると、先ほどまで殺気立っていた一部の観客達は、ぐっ、と言葉を詰まらせた。

 それも仕方のない事だった、なにせ演舞を直に見てなお、彼らはマティアスの魔法、その正体を見破ることが出来なかった。

 

 瞬間移動や透明化の類ではない。

 明らかに、身体を消して攻撃をすり抜けている。

 では、どうやってマティアスを倒す? 

 彼らには答えが出せない。


 ゆえに、誰一人としてマティアスに敵わないと言われても納得するしかなくなっていた。


「つーわけで、俺と戦いたいからってマティアスを蹴落とそうとすんのは無駄だ」


 デスティはマティアスに演舞をさせることで、自分を狙う者たち全員を諦めさせたのだった。


 しかし、ここで一つの疑問が浮かび上がる。


「なあデスティ。マティアス選手が無敵なんは分かったけど……アンタは勝つ気があるん?」


 この場の全員に代わって、ジュンコはその疑問を口にした。

 そう、そもそもデスティがノー・デス・サブマッチでマティアスと戦って、勝負になるのかと言う話であった。

 

「くっくくく……勝つ気だと? ある(・・)。大いにあるぜ。なんてったって、この世でマティアスに勝てる奴は俺だけだ」


 デスティはそんなジュンコに疑問に、ニヤリと自信満々な笑みを浮かべて、自分を親指で指さす。


「何故なら俺は死霊魔法使い(ネクロマンサー)幽霊(ゴースト)と戦える唯一の魔法使いで――」


 そうして次に、人差し指をマティアスに向けて――


「マティアスの魔法は――『万物を幽霊ゴーストに変身させる魔法』だからだ」


「!」


 ――マティアスの魔法、その正体を宣言した。


====


 幽霊ゴーストという魔物がいる。


 マティアス達のような若い世代は名前と、それに纏わる迷信しか聞いた事がなく、その実態を知っているのは老人か、死霊魔法使いしか居ない。

 要するに『今はもう居ない』、そんな魔物だ。


 死した人間の魂が恨みと共に現世に留まった存在と言われていて、その姿は常人に見る事も触れる事も出来ず、特別な目を持った人間にしか見る事が出来ないと言われている。

 そして魂だけで実体を持たないゆえに、その姿を自由自在に変えられるとも。


 姿が見えず、触れられず、自由自在に形を変える。

 言われてみれば、ゴーストという魔物と、マティアスが使う変身魔法には、多くの共通点があった。


「まあ、オメーの魔法はゴーストそのものっつーより、物体をゴーストと同じ状態……霊体にしているっつった方が正確だ。名付けるなら『物質霊体化魔法』ってところか」

「物質、霊体化魔法……」


 マティアスは呆然と両手を見ながら、その名前をおうむ返しにつぶやく。

 自身が今まで平然と使っていた魔法が、まさかそんな突飛な魔法であったなど夢にも思わなかったのだ。


「つまり、オメーの身体は消えてるわけじゃなく、霊体化して見えなくなってるだけ。そんで霊体化した身体を変形させた状態で、魔法を解除する(・・・・)と、結果的に変身魔法と同じ事が出来るってワケだ」

「確かにそれなら、筋は通ってますけど……本当なんですか?」

「疑うのも無理はねー、まだ呪文すら見つかってない新種の魔法だろうしな。オメーだけは体質で使えたっつーことだ。レア中のレアケースだが――そうだな、説明するより確かめてみるか」


 デスティはそうというと、人差し指をピンと立てる。

 するとその人差し指の先から、薄緑色の光が淡く放たれて、サブマッチ会場にいる全員を包み込んでいった。


「わっ。今のは?」

「『魂覧コンラン』っつー、死霊魔法使いがそうじゃねー人間にもゴーストを見えるようにする魔法だ。試しに変身してみろ」

「はい」  


 マティアスは右手を挙げて、肩から先を何かに変えるべく、いつも通りに意識して魔法を行使すると……。


「! 消えてない……!」


 まず最初に、マティアスだけが驚いた。

 右腕が消えない、少なくとも見掛けだけは何も変わっていなかった。

 しかしマティアスの感覚上はいつもどおり、右腕の重さが消え失せ、しかし右腕の感触は残ったままの状態であった。

 これは即ち、普段であれば全身を消す事でしか確認する事のできなかった『消した部分』を、生身のまま見ているという事になる。

 

 マティアスはそのまま、右腕を適当な形に変形させようとした。


「こっ――これは!? マティアス選手の右腕が、ぐにゃぐにゃと変形しだしたっ!!?」


 次に驚いたのはジュンコを始めとする観客達である。

 マティアスの右手が溶けて、陽炎のように揺めき出したのだから。

 しかしこれもまた、普段は消した状態で行われる、変身の過程そのものであった。


「これで証明完了だ。この通り死霊魔法を使えば、オメーが何の姿に変身するのかもわかるし――」

 

 マティアスの魔法で消えた体が、デスティの死霊魔法に反応したことで、『物質霊体化魔法』の存在は確実なものとなった。

 そしてデスティはマティアスにおもむろに近づくと――靄のようにうごめくマティアスの右腕を、ぱんぱん、と自身の右手で軽く叩いた(・・・・・)


「こうして、変身中の身体に触れることも出来る」

「っ!!?」


 変身途中で身体に触れられた、生まれて初めての経験にマティアスは心底驚愕し、顔がさあっと青くなる。

 その脳裏には、祖父の言葉が蘇っていた。

 ――変身に手間取るな! 変身魔法使いは変身途中が最も脆いっ!


「くっくく……変身魔法使いは、変身途中を攻撃されるのが一番キツいんだってな?」

「……なるほど、僕に勝つと言い切る理由が分かりました」


 その瞬間、マティアスは直感した。


(デスティさんは僕にとって最大の――天敵)


 ごくり、と生唾を飲み込む。

 先程の行為により、デスティの攻撃をマティアスはすり抜けて躱すことが不可能であることが証明された。

 すなわち、ノー・デス・サブマッチにおいてマティアスにあった筈の圧倒的な優位は、どこにも存在しない。


「でも、勝つのは僕だ」


「上等。死霊魔法使いとゴースト、どっちが強いのか……命を賭けて、比べっこといこーじゃねーか」


 それでもマティアスは怖気づくことなく言い切る。

 勝者と敗者を決めるのは、相性ではなく、優位差でもない――強さの差であると。

 デスティはその言葉に、ニィィ、と獰猛な笑みで応えた。


 こうしてついに、死霊魔法使い(ネクロマンサー)霊体化魔法使い(シェイプシフター)による、史上初の人間同士の殺し合いが始まろうとしていた。

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