38話:千変万化流、怒気怒気☆礼儀作法鍛錬
「お、おわった?」
「いま、ミカボシが堕ちたのか……?」
熱光線で赤熱した大地が、徐々に元の色を取り戻す。
マティアスとミカボシが姿を消して、観客たちはその攻防を目で捉える事が出来ずに困惑していて、サブマッチ会場は静まり返っていた。
「ミカボシのマーカー破壊を確認した! これにて、デスコアアタックは終了だ! 勝者は千変万化流、マティアス・リーヴィング!」
その静寂を割くように、デスティの声がサブマッチ会場に大きく響き渡った。
マティアスの勝利、ミカボシの敗北、本来ならば観客たちから悲喜交々の盛り上がりが見られる筈なのだが、しかし観客席は騒然とするばかり。
それも当然だろう。決着がついたにも関わらず、競い合っていたひとりと一騎の姿が見当たらないのだから。
マティアスとミカボシが墜落した地点は、砂煙が上がっていてよく見えない。
「とっ……突然の決着ーっ! マティアス選手が一瞬の交錯を制し、ミカボシ選手を大地へ引き摺り下ろしたー! というかあんな高さから墜落したら2人とも無事なんか!?」
「そんな……ミカボシ……」
膝をついて呆然とするフリント、その反応が、ジュンコが抱いた疑問の答えだった。
無事でいるわけがない。
あの高さから、あの重さを抱えたまま墜落すれば、ミカボシは間違いなくバラバラになる。
「壊れたら直せばいいって、言ったけどさ」
その言葉は事実だったが、フリントにとっては『やれるものならやってみろ』という挑発の意味合いが大きかったのである。
それがまさか、本当に壊されるとは、夢にも思わず。
「まあ待て。マーカーの破壊を確認したとは言ったが、ミカボシが破壊されたとは言ってねーぞ」
「――え?」
そんな、ショックを受けているフリントに、デスティは呆れた様子でそう告げた。
「よいしょっと」
マティアスとミカボシの落下地点、何も無い虚空から、どこか気の抜けた声だけが響く。
一拍置いて、ぬっ、と虚空から姿を現したのはツキバミサンと化したマティアスと、その腕に抱え込まれたミカボシである。
「おうっ、実体化したら、い、意外とっ……!」
《失礼しました、飛行魔法を起動します。抱えて頂かなくとも大丈夫です》
「あっ、どうもありがとう」
「ミカボシ!?」
「こっ――これはどういうことや!? マティアス選手がミカボシ選手を抱えて突然現れたっ! ミカボシ選手は無事や!」
実体化した途端、その重量からミカボシを取り落としそうになるマティアスと、それに気づいて自ら浮遊するミカボシ。
猛烈な勢いで落下したにも関わらず、両者ともに傷一つなかった。
「墜落寸前に魔法でミカボシごと身体を消して、そのまま地面をすり抜けて潜った。ただし、ミカボシのマーカーだけは消さずに、地面への衝突で破壊した……ってところか?」
「はい、そんな感じです」
マティアスは人間の姿に戻り、デスティの言葉を肯定する。
そう、マティアスは魔法を使って、ミカボシを破壊せず、マーカーのみを破壊したのであった。
「あっ、ちなみに僕のマーカーは、落下直前に上へ打ち上げてます。この通り――無事です」
マティアスが上を指差すと自身に付着していたマーカーが空から落ちてきて、それを差し出していた左手で受け止めるのだった。
「ミカボシ……!」
《申し訳ありません、マスター。敗北しました》
「いや、いいんだ無事ならそれで……!」
会場に張り巡らされた結界が消失し、フリントはミカボシに駆け寄る。
そんなフリントの様子を見て、マティアスは口を開く。
「やっぱり本当は、ミカボシが壊れるとこなんて見たくなかったんですね」
「…………」
「フリントさん、デスティさんがマーカーを用意したのは、ミカボシを守るためだったと思うんです。サブマッチで僕がミカボシを壊さないと勝てなくなった場合に、壊さなくてもいいようにするために」
「じゃあどうして、君はミカボシを壊さなかった。いくらマーカーだけ壊せるからって、さんざん挑発してきた相手を生かすなんて……お人よしにしたって限度がある」
この結末を迎えてから、フリントは薄々、デスティがルールを追加した意図に気付いてはいた。
しかし、その上でわからない事がある。
マーカーは確かにミカボシの安全のためだった、しかし、なぜマティアスはそれを律儀に守るようなことをしたのか。
マティアスはあのままミカボシを破壊しても勝利していたのだから、尚更であった。
「そうじゃありません。ただ、正々堂々競い合ったミカボシを怒りに任せて壊すなんて、武芸者として未熟もいいところ。千変万化流の教えにも反します」
「教え?」
「力を持つ人間こそ、謙虚であれ、冷静であれ、力をひけらかすことなかれ、むやみに力を振りかざすことなかれ。そう僕は祖父から教わりました」
「……まるで精神修行じゃないか」
フリントはマティアスの言葉に眉を顰めた。
コール家ではそのような精神指導は行わない、ほうき星の魔法使いになることが一人前の証だと教わり、厳しい鍛錬を課されるが、その鍛錬は技術指導が主であった。
「精神修業……確かにその通りです。些細なことで魔法が暴発する体質でしたから。祖父から千変万化流を教わる過程で、精神的にも鍛えてもらったんです」
「そうか、心情発現型だから……じゃあ君は、間引きになりたくて力を継承したわけじゃなかったのか」
「はい。そもそも千変万化流は間引きに使う事を禁じられてます。魔物と不意に遭遇した時とかは、別ですけど」
フリントは思い出した。
心情発現型の人間は、幼少期から望む望まずを関係なく、心のままに魔法を暴発させてしまう危険があって、特別な訓練をしなければ制御ができないということに。
「でも、間引きに使えなくたっていいんです。僕にとって千変万化流は、祖父が教えてくれた生き方そのものだから」
力でしか生きることを知らない終結士族と、生きるために力が必要だったマティアスは、全く別。
初めから、マティアスはフリントにとって敵でもなんでもなかったのだ。
「――なので、フリントさんが言ってた『人は力を必要としなくなる』って言葉は、今ここではっきりと否定させてもらいます」
マティアスはそういうと、フリントの方へ向き直って。
「今がどんな時代だとしても、僕には千変万化流が必要です」
真っ直ぐに、不思議と有無を言わせぬ迫力で、そう宣言するのであった。
「……僕は、とんだ勘違いをしてたみたいだ。完敗だよ、今までの発言を撤回する」
フリントは、珍しく素直にそう思った。
相手を見誤り、実力で上を行かれ、持論も矛盾していた。
これ以上ないほどの、清々しい敗北だった。
「オメーら、話は終わったか? そろそろ総括に入るぞ」
マティアスとフリントの会話が終わった事を確認したデスティは、サブマッチを締めくくるべく総括に入ろうとした。
その時である。
「何負けてんだよ! フリント!」「この魔道科の面汚しめ!」
「!? あの人達、確かさっきまでフリントさんを応援してたのに……!?」
観客席から、フリントへ野次が飛んだ。
それも、先程までフリントを応援していたはずの魔道科の生徒が、敗北したフリントを罵倒したのだ。
マティアスは信じられないと言った様子で驚愕する。
「はぁ……当然だね、僕負けたんだし。魔道科のメンツを潰したってことで、みんな好き放題言うだろうさ」
しかし、フリントにとってこの反応は当然の事らしく、どこか投げやり気味に肩を落としていた。
今までミカボシに敗北した魔法科の生徒達も、同じだったから。
ダルコ魔導学校の生徒達は敗者を軽蔑する、敗者なら何をされても文句は言えないと思っている、例えそれが同じ学科の仲間だとしても。
「はっ、フリントのやつざまあないぜ。何はともあれ、これで魔道科が魔法科より下だってことがはっきりしたな」「はぁー!? 相手は魔法科の生徒じゃないんですけどぉー!? 頭おかしいんじゃないのー!?」「変身魔法使いに負けたんだから一緒だろぉー!?」
しかし、会場に飛び交う言葉は、フリントの事だけにはとどまらなかった。
フリントへの野次から始まった罵倒は、次第に魔法科と魔道科の生徒間への罵倒合戦へと発展していって――。
「ちょ、ちょいみんな静かにしてや! まだサブマッチは全部終わっとらんて! ヤジ飛ばすんはやめやめ! 大人しゅう席つくんや!」
「「その減らず口、黙らせてやるっ!!」」
「どわーっ!? 誰やいま魔法飛ばしたヤツ!? サブマッチ中の暴力は禁止や禁止っ!!」
挙げ句の果てには魔法を持ち出して相手を攻撃する生徒まで出てくる始末である。
ジュンコの注意もまったく耳に入っておらず、まるで子供の喧嘩だった。
しかし観客席に集まった大半の人間、それも魔法使い達が一斉に騒いでいるためか、喧騒は制御不能となり、暴動一歩手前の様相と化していた。
「オオゥ、皆サン、ヒートアップしすぎデス……」
「サブマッチの後はいつもこうなんです」
「やれ自分は上だ、相手が下だなんていってさ。多分、フリント先輩が勝ったとしても同じだったと思うね」
飛び交う魔法に当たらないよう、椅子に座ったまま屈むガーネット達。
ベルとアレサは、争い出した上級生たちに心底うんざりしている様子だった。
「まだサブマッチが終わってねーっつーのに……ったく」
デスティは頭を搔きながら、呆れた様子で観客たちを一望した。
狭い観客席で大勢が騒いでいるので、自身の死霊魔法で収拾をつけることも難しい。
故に、サブマッチをきちんと終幕できない事に不満はあったが……。
「まあ、仕掛け時が来たってことか。マティアス! 作戦決行だ!」
「はい! 教師のみなさん、お願いします!」
――今がまさに、マティアスの作戦を決行する絶好の機会だと判断した。
デスティの声に続いたマティアスが、高らかに叫ぶ。
すると観客席のあちこちから、十数名の大人たちが立ち上がった。
「マティアス君、試合見事だったわ。この後も任せっきりなのは心苦しいけれど……悪い子ちゃん達の隔離は任せてね」
彼女達は、ミイサが率いるダルコ魔導学校の教師陣であった。
身隠しの魔法を解いた教師達は、皆一斉に全く同じ呪文を唱え始める。
「よし、オメーらは退避しろ、俺は生徒と無関係の観客を逃す。まあ1人しか居ねえみてーだが」
「了解や。たのむでガーネットちゃん」
「任せてクダサイ。ベル、アレサ! 飛びマスヨー」
「「えっ? わざわざ抱えなくてもきゃああああっ!?」」
教師達の動きを確認したデスティは、ジュンコ達に速やかに避難するように呼びかけた。
ジュンコは即座にガーネットの背中に飛びつき、ガーネットはベルとアレサを小脇に抱え、だんっ、と大きく跳躍して観客席から離れていった。
サブマッチ振興委員の仕事は終わり、これから先はマティアスの仕事であった。
「くっくく、俺も連中の無様を見たかったが……成果を楽しみにしておくか」
デスティはこの後起きるであろう地獄絵図を想い、1人悪い笑みを浮かべるのであった。
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「な、なんだ!? 空が……!?」
「というかあれ先生たちじゃない!?」
空が紫色に染まって、世界が変容していく。
観客席で争っていた魔導学校の生徒達はここに来てようやく、周囲の異変と教師達の存在に気づいて、困惑で手を止めた。
周囲の変わりようは、異界化と呼ばれる大魔法の影響であった。
このエバグリ平原が、ダルコ魔導学校の所有する魔法の実験場であることは、知っての通りである。
とはいえ、魔法の力というものは絶大なもので、広大で人里から離れているこの場所であっても、人的被害が出る可能性はゼロではない。
魔導学校は万が一の被害も無くすため、この場所に異界化の魔法陣を備えたのである。
教師陣数十名が集まって起動する魔法は、一定範囲の現実世界と瓜二つの世界を作り出し、周囲の人間を中へ引き込む。
異界に入った生物は、主と定められた人間が許可しない限り、決して外には出られず。
結界のように遮る壁はなく、異界の端から先に進むと、異界の反対側へ出て堂々巡り。
破壊は不能で、この中で起きたすべての事象が、異界の中で完結する。
マティアスが生徒間の諍いを根治するために選んだ舞台は、そのような場所であった。
「生徒の皆さん、集合よ」
異界を構築し終わったミイサは、パン、と手を鳴らす。
「なにこれ――!?」
「さっきまで席に座ってたのに!?」
すると、観客席にいた全員は光に包まれて、教師たちはマティアスと横並びになる形で、そして生徒達はその目の前で整列するように立たされていた。
ミイサによる、瞬間移動の魔法である。
「なるほどね、騒動を収めるために先生に協力してもらったのか――あのなんで僕まで整列させられてるのかな?」
ちなみに、マティアスの隣にいたはずのフリントもしっかりと生徒達の列に加えられていた。
教師たちは騒ぐ生徒を諌めるためにやってきたのであって、自分は関係ないと思っていたフリントは、思わず質問する。
「それはね、フリントさん。あなた達には、今から授業を受けてもらうためよ」
「授業?」
「そう、授業。でも授業の前に少しお話しておきましょうか。サブマッチからいきなりなんて、混乱しちゃうものね」
ミイサはそう答えると、ほおに手を当て、悩まし気な様子で語り始めた。
「ダルコ魔導学校は古くから魔道科と魔法科が対立していることは、みんな知っての通りよね。これは本来、二つの学科が競争することでお互いを高めあうことを目的にした、意図的な対立だったの」
「けれど、今の魔法科と魔道科は競い合うを通り越して、いがみ合い、憎み合うまでに悪化してしまった」
「魔法や魔道具を使った嫌がらせに留まらず、直接危害を加える事例、対立に消極的な生徒まで巻き込む事例……さらには、近隣住民の皆様からの苦情がたくさん、そ れ は も う た く さ ん 学校に届いているの。学校内だけならともかく、外で魔法を行使してはいけないと、授業でも教えたはずなのに、不思議よね……?」
ミイサは、口調は穏やか、表情も柔らかいのだが、額にはビキビキと青筋が立っていた。
特に学校外からの苦情のくだりになると、背後からものすごい怒気が滲み出ている。
先程まで口論していたり、以上にざわついていた生徒たちは、もう気まずそうに押し黙るほか無かった。
「こうなるともう、私も見過ごせない。魔導学校を治める学校長として、手を打たなくっちゃと決意したの」
「そこで今回、アナタ達が節度を守った学校生活を送れるよう。学校は外部から特別講師をお招きすることにしたわ」
「紹介するわ、この度、この場所で、あなた達に礼儀と節度を教授してくださる特別講師。マティアス・リーヴィング先生よ」
「押忍っ。紹介に預かりました、千変万化流のマティアス・リーヴィングです。よろしくお願いします」
「「「「……………………えっ????」」」」」
――特別講師、マティアス・リーヴィング。
ミイサがマティアスをそう紹介すると、マティアスは交差した両腕を両脇に引いて、挨拶をする。
フリントを含め、生徒達は目を点にして、マティアスを見た。
先程までミカボシと争っていた総合学園の生徒、見た目は少し幼く見えるものの、歳は自分達とそう変わらない筈である。
そんな少年が講師として自分達に授業をすると言われれば、困惑するしかなかった。
「本日は皆さんに、千変万化流の鍛錬を受けて頂きます。魔法科と魔道科がお互いを尊重し合える関係になるため、この鍛錬を通じて『礼節』を体得してください」
しかし、これこそがマティアスが考えた、魔法科と魔道科の拗れ切った仲を解消する作戦だった。
生徒達に千変万化流の鍛錬を指導し、礼儀というものを叩き込むのである。
「はあ? どうして魔道科なんかを尊重しなきゃいけないんだよ? というか敬意が足りて無いのは魔道科の方だろ!」
「それはこっちの台詞よ! 魔法科の方こそ敬意なんてこれっぽっちもない、乱暴者の集団じゃない!」
「「なんだとう!?」」
しかしその直後、最前列にいた2人組が、『お互いを尊重し合える』という言葉に反発し、そんなことできるかとばかりに争い始めた。
教師達が目の前にいるにも関わらず、2人は口論を自重することはなく、騒ぎは周囲に波及しだして、生徒達がざわつき出す始末だった。
(やっぱり……丁寧な言い方じゃ、指導にならないや)
マティアスは自身の容姿に威厳がないせいで生徒達を抑えられないこと、そして双方の拗れた関係が根深いものであることを再認識すると。
「口を慎めッ! この――未熟者めが!」
「――むぎゅ!?」
「――むぎょ!?」
もう少し厳しくいってみよう、祖父のように。
そう決意したマティアスは一喝し、2人に一瞬で詰め寄ってその顔面を鷲掴みにした。
すると、言い争っていた男女の姿がみるみる消えていって……。
「ワンッ!? ワンワン!?」
「キャイン!?」
「「「い、犬っ!!?」」」
その後には、小さなイヌ型魔物が2頭ほど残されていたのだった。
単純な話である、マティアスが魔法で変身できるなら当然、魔法で人を犬に変えることだってできるのだ。
「その目で我をよく見てみろ……!」
「「クゥーン、クゥーンっ!?」」
普段の口調を捨て、威圧的な態度をとるマティアスはイヌに変えた二人の顔をグイ、と無理やり自分に向けさせた。
――魔物は相手の強さを知覚できる本能が、人間より優れている。
それは、人が魔物に変身させられた場合でも同様で、魔物になった人間は視界に入る存在の強さを察知できるようになるのだ。
「貴様らの目の前にいる人間がどんな化け物なのか、その姿なら身に染みて分かるだろう……?」
……つまり、今しがたイヌ型魔物となった男女は、目の前にいるマティアスの潜在的な強さが、ぞくりと、幻覚が見えるレベルで察知出来ていて。
「「ハッ、ハッ、ハーッ……!!!?」」
2人には見えていた、マティアスの背後に浮かんだ、強さのイメージが。
おぞましい数の魔物だった。多種多様で、全てが人間を殺しうる力をもった、魔物の群れのイメージ。
そして、先ほどのサブマッチが子供騙しに思える程に、殺意の密度が違う。
殺す、殺す、殺す。イメージされた魔物の全てが、眼光に殺意を宿し、自分を睨み付けているのである。
殺される! イヌにされた二人はそのイメージを見て思った、思えてしまった。
今から自分は、骨も残らず食い殺されると、そう思って。
「「…………っ!?!?」」
「も、漏らしてる……っ!?」
シャァァァァ……、と細い音が鳴った。
イヌにされた2人が、余りの恐怖に失禁する音であった。
「死にたくなければ、指導が始まるまで黙って震えていろ!」
震えに震え、威勢はすっかり無くなった2人にそう吐き捨てると、マティアスは改めて生徒達に向き直った。
「「「…………」」」
魔道科と魔法科の生徒達は、今の所業と豹変振りに驚いて、声も出なかった。
もはや別人である。
今のマティアスは礼儀正しい物言いを完全に捨て去り、変身魔法を使ってないにも関わらず、鬼神の如き威容に満ち溢れていた。
「まず初めに言っておく! 魔道科や魔法科に違いなどない! 上も下も右も左も区別もない! それは貴様らが、平和のために先人が培った技術を、私怨で振るうカス共だからだ!!!!」
「「「!?」」」
「よってカス共にくれてやる配慮は無い! 我も一切の容赦はしない!! 貴様らを薪に焚べる程度にはマシなカスにするため、シゴキにシゴキ上げてやる!!!」
そしてこの第一声である。
マティアスの声がビリビリと叩きつけられ、生徒達は頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。
生徒達が何も言えないままでいる間も、マティアスの説教は続いていく。
「貴様らに良いことを教えてやる! 千変万化流の第一の教えだ、ありがたく思え! 『礼節あってこその武、相手を尊重する心なくば、力はただの暴力であり、暴力は人を魔物に変える』! その空っぽの脳味噌で分かるように言ってやろう。貴様らが持つ力は、他人を尊重する心が伴って初めて、持つ事を許されるという意味だ!! 軽々しく振りかざすなど言語道断!!!」
「い、いやアンタ、いま思いっきり人に技を使って……」
「カスに口を開く権利はない!!! 貴様は随分と偉くなったようだな?」
「ひ、ひぃっ……!?」
「言っておくが、こんなものは技ですらない! 一足早くカスを相応しい姿に変えてやっただけだ! だいいち、先人達の努力をクソで汚す貴様らは、魔物より達が悪い害獣だ!! 千変万化流で皆殺しにされようが 文 句 は 言 わ さ ん !!!」
途中口を開いた生徒をたっぷりと威圧して黙らせ、殺意を全開にマティアスは全員を叱り飛ばしていく。
((((ひ、ひ……っ、ひえええええ!?!?!)))
生徒達は、本気で殺されるかもしれないと、今すぐにも悲鳴をあげて逃げ出したい気分であった。
しかし逃げたら逃げたで本当に殺されるという確信もあった、先程のサブマッチでマティアスの実力を目の当たりにしているから、尚更である。
「魔物より更に下の貴様らには、人としての礼儀より先にイヌとしての礼儀を教えてやる!!!」
そして、本当の地獄はここから幕を開ける。
マティアスの両腕が一瞬で消え、大量の触手へと変貌した。
それは長く、自由自在に伸縮し、素早く動くゲイザーの触手である、生徒全員に触れることなど実に容易い。
「まっ、まさ……か……!?」
「俺たち全員、いっ、イヌに……ッ!?」
生徒達はマティアスの言葉と姿から、これから自分達の身に起きることを想像して。
「上下関係というものを覚えるいい機会だ!! 大いに励めカス共!!!」
「「「「いやああああああああああああ!!?!!?」」」」
マティアスの声、触手が生徒達に向かって振るわれ、生徒達が絶叫しながら逃げ惑う、それが同時に起こった。
「ひぃぃ逃げっ、キャワン!?」
「魔法がァ!? 魔法が使えないィ!?」
「ヒャンヒャン!?!?」
「魔道具も使えないワンッ!?」
悲しいかな、体力も脚力も無い人ばかりの生徒達ではマティアスの振るう職種から逃れることはできず、次々とイヌに姿を変えられていく。
魔法や魔道具で抵抗しようにも、どちらも発動しない、それもそのはずで、彼らの魔力は異界の維持に勝手に使われているからだった。
「まっ!? 待て待て待って!? まさか僕までイヌにするつもりかい!?!? サブマッチで競い合った仲じゃないか!? それに今回、僕は暴れてないわけだし――」
「…………」
フリントはひとり触手から助かろうと、マティアスに呼びかけた。
しかし、マティアスは応えることなく、代わりにその視線は、こう言っていた。
――フリントさんは乱暴ではありませんが、失礼な態度が目立ちましたので、今回指導の対象とさせていただきます。
「ミカボシぃぃぃぃぃ!!? 助けてぇ!? 助けてミカボシぃ!!? このままじゃ犬にされるぅ!?」
マティアスが自分も容赦なくイヌにするつもりだと分かって、フリントはなりふり構わずミカボシに助けを求めた。
そう、異界化で引き込まれたのは何も生徒だけではない、フリントの近くにいたミカボシもまた、異界に引き込まれていたのである。
《マスター》
「ミカボシ! お前なら僕を乗せて逃げ切れるだろう!?」
それまで事態を静かに見守っていたミカボシは、フリントの呼びかけに応じて、その上空へと馳せ参じる。
事実、マティアスの触手であってもミカボシの速度なら逃げられるだろう。
何より、ミカボシは異界の影響を受けておらず、その気になれば自由に魔法も使えるし、単独なら異界から脱出することも可能であった。
《これまでのマスターの言動から、マスターの態度には礼儀が足りないと分析しました。マスターのこれからの人生を鑑みるに、この機会に礼儀作法を身につけて頂いた方が今後マスターにとって有益であると、ミカボシは判断いたしました。ご武運を》
「ミカボシィィィィィィィ!?!?!?!?」
マスター想いのミカボシは、この場から逃げるより、マティアスの指導を受けた方がフリントの為になると感じたらしい。
ミカボシはフリントの命令に応じず、綺羅星のように飛んでゆき、ひとり異界から離脱するのであった。
「「「ぎゃあァアオーーーーーンッッ!?!?!」」」
「逃げても無駄だカス共! 抵抗すればするだけ厳しく指導してやる!! 全て終わる頃には今までの自分がイヌ以下だった事に気付くだろう!!!」
赤紫色の空の下、悲鳴と怒号が轟いて、マティアスの礼儀指導が幕を開けるのであった。
……ちなみに、以前マティアスはこの作戦を提案する際、このように語っている。
『全員を仲良しこよしは無理かもですけど、みんな仲良く、千変万化流の鍛錬で泣いて吐くまでしごきあげて、2度とお互いを見下せないように礼儀作法を叩き込めば、きっと皆さん争わなくなりますよ!』




