37話:千変万化流 奥義
「マティアス選手、今までにない口調で逆転を宣言っ! ワニ頭のドラゴンから白い蝶に変身したーっ! 現在ミカボシ選手は全滅を4回! マティアス選手は全滅1回! 大きく差が開いとる状況やけど、この変身で逆転なるのか!?」
真白い蝶々の魔物へ変身を遂げたマティアス。
サブマッチ会場にはジュンコの実況の声が響き渡り、それに続いて観客達の歓声が湧き上がる。
「アレは……月喰蚕か」
デスティは、眉を顰めマティアスの姿を見つめると、誰に言うでもなくその魔物の名前を口にした。
「ツキバミサン? 解説のデスティ、それは一体どーゆー魔物なんや?」
「月を喰う蚕と書いてツキバミサン、見ての通り蝶形の魔物だ。翅についた特殊な鱗粉で周囲の光を自在に吸収、放出できる。この力で自分好みの植物に太陽光を当てて生育の手助けをしたり、捕食者に対して目眩しをするっつー特徴がある」
「んー……なんや強そうな魔物には聞こえんなぁ。さっきの姿の方がデカくて強そうやし……」
光を吸収し、植物を育て、目眩しにも使う。
どう聞いても被捕食者側なその生態に、ジュンコは何故マティアスがツキバミサンへ変身したのか分からず、首を傾げた。
今現在、ジュンコが実況した通り、マティアスとミカボシの間にはかなりの得点差があるのだが、ツキバミサンの姿で逆転する策があるのだろうか?
「くくくっ、確かにさっきより小さくはなったが、ありゃ相当デカいぞ?」
「え、デカいん?」
首を傾げるジュンコに対して、デスティはとても愉快そうに笑っていた。
マティアスがメチャクチャな事をやらかすと、確信している笑みだ。
「ツキバミサンの本来の大きさ――翅を含めた全長は、人の頭ぐらいのサイズだ。マティアスのはどう見積もっても100倍以上はデカい」
「え」
ジュンコはぎょっとした様子で、マティアスをもう一度みる。
……確かに、デスティの言う通りであった。
以前の姿よりも小さく、そして上空高くを飛んでいるから余計にそう見えているだけで、マティアスのツキバミサンは人間1人を抱えて飛ぶくらいはわけのない大きさをしていた。
「1匹いれば森一つ薄暗くできるツキバミサンの鱗粉が、大きさに合わせて100倍の量になってると考えりゃ……今からマティアスが何をするか、想像がつかねぇか?」
「光を吸収して放出する力も100倍……ま、まさか……」
さあっ、とジュンコは顔を青ざめる。
デスティの言う事が本当ならば、マティアスのやろうとしていることは……。
「! ミカボシ、撃墜しろ! 早く!」
《ターゲット確認、発射》
デスティとジュンコの会話を聞いたフリントもまた、マティアスの意図に気付き、それを阻止せんとミカボシに指示を下す。
光と見まごう速度で向こうから折り返してきたミカボシが、無数の光弾をマティアスへ向けて乱射する。
「遅い」
「なっ!? 躱しただと……!?」
ひらりと、舞うように羽ばたいて、ツキバミサンと化したマティアスはミカボシと無数の弾幕を楽々と躱した。
「千変万化流、奥義――」
――マティアスは知っている。
降り注ぐ日光の中には、熱を多く持つ光が存在していて、それは人間の目では認識できない色をしていると。
人外の目を持つマティアスはソレを観測し、ツキバミサンの力を使って、日光の中から熱を多く持つ光のみを選択し、吸収する。
「な、なんか急に……!?」
「寒くなった、いや、違う」
ツキバミサンの翅が赤い光を帯びていく。
同時に起きる異変に、観客席が騒めく。
観客達は上を見た。
そこには太陽がある、雲ひとつない青空が広がっている、見かけ上は何も変わらない。しかし。
「こんなに良い天気なのに、日差しが、暑くない……?」
この日、サブマッチが行われた同時刻。
エバグリ平原を内包するダルコ州の全域は、ごく短時間の間、異常気象に襲われた。
降り注ぐ日差しから、熱が消え失せたのである。
熱の行く先は、もちろん。
「――炎上天下 遺毒蛾葬」
マティアスの翅が一際赤く輝いた、次の瞬間。
エバグリ平原の地平が、灼熱に煌めいた。
不可視の光線に焼かれた大地が、真っ赤に赤熱する。
大地に立つターゲットは光線を浴びた瞬間に燃え上がり、塵と化して消えていく。
「こ、これはー!? 炎で炙ってるかっちゅーくらい辺り一面まっかっかや!?」
「もはや熱線じゃねーか! くははははは!」
「笑っとる場合ちゃうやろ! 解説や解説! 何が起きとるんやコレ!?」
「詳しい理屈は俺も分からねーが、ツキバミサンの力で光の熱だけ集めて大地を焼き続けてるって感じだ。じゃねえと眩しすぎて見てられねぇはず――つーかさっきからターゲットの撃破が止まらねえ! マティアスが逆転すんのも時間の問題だぞ!」
「な、なるほど! なんとなく分かったような分からんようなやけど、つまりマティアス選手はミカボシ選手の爆撃に対抗して、ターゲットをずっと攻撃し続けとるっちゅうわけやな!」
デスティとジュンコの会話の通り、この攻撃の最も恐るべき部分は光線の照射が止まらない点にある。
常にマティアスは攻撃し続けている状態で、ターゲットは再生した傍から撃破されているのだ。
即ち、ミカボシの爆撃ではもう得点を稼ぐことが出来なくなっていた。
「早く僕を倒さないと、手遅れになりますよ」
「やってくれる……っ!」
マティアスの言葉に、フリントは舌打ちする。
制限時間を加味すれば、じきにマティアスの撃破数はミカボシを上回るだろう。
よってミカボシが勝つ方法は、一つに絞られた。
「ミカボシ! ターゲットに攻撃はしなくていい! マーカーだけを集中攻撃だ!」
《了解しました》
マティアスのマーカーを時間内に破壊し、勝利する。
フリントがそう命じると、ミカボシは大量の魔法陣を自身の周囲に展開した。
今までよりもずっと、魔法陣の数は多い。
ターゲットへの爆撃を止めたぶん、より多く、より苛烈にマティアスへ攻撃できる。
ぶわ、と数え切れないほどの光の弾が、マティアスに向かって撃ち出された。
マティアスの熱線は強力ではあるが、実体を持たない攻撃故に光弾を防ぐことはできず、またボディを結界で薄く覆っているミカボシには効かない。
つまり、ミカボシが一方的に攻撃する形となる。
「甘い」
マティアスは一言そうつぶやくと、翅を大きく羽ばたかせる。
赤く輝いた翅が大きく捲れ上がっては振り下ろされ、蝶の体は翅に追従して浮き沈みを繰り返す。
その不規則な軌道を、光の弾は捉えられない、掠りもしない。
「くそ、くそくそくそっ……! さっきからひょいひょいと! いくら普通より大きいサイズだからって、ツキバミサンはエアロドラゴンより遥かに遅い筈だ!? どうしてそれで躱せる!?」
(狙いは正確、本当に正確に僕を狙ってる、けど却って素直すぎる。誘導もフェイントもない射撃に、当たるわけがない!)
苛立つフリント、しかしマティアスは応じない。
マティアスは灼く。向かってくる攻撃を躱しながら、ひたすらにターゲット諸共、大地を灼き続ける。
「ミカボシ選手の猛攻撃っ! 魔法弾が流星群の如く降り注ぐ! マティアス選手、これを躱す躱すー!」
「完全に見切ってやがる。撃破数もマティアスが逆転する頃合いだ」
状況は変わらず、マティアスの逆転まであと僅か。
その言葉を聞いたフリントは、焦りで頭を乱雑にかきむしった。
「逆転……!? ありえない、ミカボシは最強なんだ! ほうき星の魔法使いを超える、最強のマジックアイテムだ! たかが魔物の真似事如きに! 劣るわけがないっ!」
フリントは怒る。
こんなところで躓くわけにはいかない、自分は証明しなければならないのだ。
マジックアイテムの有用性を、終結士族は時代遅れで無用の存在であると、証明するために。
こんなところで負けるわけには、いかない。
(どうする!? どうやってミカボシを勝たせる!?)
フリントは、どうしたらミカボシが勝利するかを考えた。
ミカボシこそが、人間を超えた最強であると、証明するには……。
「勝て! 勝つんだミカボシ! お前が1番勝てるやり方で、最強を証明しろ!」
戦術の全てをミカボシに委ねる、それがフリントの選択だった。
ミカボシが真に最強のマジックアイテムであるならば、そこに人間であるフリントの思考は不要である。
フリントはそう信じて、ミカボシに全てを託した。
《お任せ下さい。マスター》
フリントの望みを受けたミカボシは、どこか嬉しそうな声音で返事をすると。
《ブレードウィング展開、マーカーを両断します》
「!」(直接、切りにきた!)
ゾンッ! とミカボシのボディから一対の刃が伸びる。
それは、魔法の力で作った翼にして、光の刃。
何者も追いつけないこの速度を以って、マティアスを切り伏せる、それがミカボシの答えだった。
「ミカボシ選手、ボディから光る翼を生やして、マティアス選手に斬りにかかる――って、デスティあれええんか!? 見るからに当たったら真っ二つになりそうなんやけど!?」
「治癒魔法を混合した魔力刃だ。絵面は怖いが当たってもマーカーとターゲット以外切れねーよ」
「ほんま便利やな治癒魔法!?」
デスティのいう通り、ミカボシのブレードウィングは爆撃と同じように治癒魔法を複合させた攻撃だ、つまり反則ではない。
ミカボシは最高速度で、マティアスの周囲を飛び回る。
マティアスを撹乱し、隙を生み出し、すれ違いざまに刃を当てるつもりだった。
《ご安心下さい。マティアス・リーヴィング。直接接触を起こす距離までは近づかず、ブレードウィングのみを当てて、斬ります》
「……っ!」(僕の周囲を高速で飛び回ってる。見失ったら……切られる!)
ぞくり、とマティアスの背筋に冷たい予感が走る。
ミカボシの速度は圧倒的だ、ツキバミサンの複眼がもたらす視覚をもってしても、かろうじて捉えるのがやっと。
「どうだ見たか! これがミカボシだ! 最高のマジックアイテムだ!」
この状況に勝機を見たフリントは、吼える。
「ミカボシはこの速度を落とさず8時間ぶっ続けで戦える!! 君には無理だろうな! なんせ人間だ! 体力も動きも限界がある!」
「君はその力を手に入れるのに何年かかった!? 10年か!? ミカボシは僕がたった半年で作り上げたぞ!」
「君ほどの才能のある人間、そうそう現れやしないだろうな! でもミカボシは幾らだって作れる! 替えがきく!」
「人間がミカボシに勝るところなんて! 何一つないんだよォォ!!!」
あまりの興奮に思わず、終結士族へ向けていた感情を、吐き出していた。
「……!」
フリントの怒り混じりの言葉を聞きながら、マティアスは一瞬だけ、思った。
確かに、僕は道具じゃない。
そんなに長い時間戦える自信はないし。
千変万化流を習得するのに13年もかかった。
死んでしまったら、そこで終わりだ。
一瞬の思考、その意識の空白を狙って、ミカボシがマティアスの背後から襲撃する。
マティアスを横から両断するべく、すぐ傍らを飛び抜けようと刃が迫る。
「――でも!」
マティアスの身体が、ぐんと横へ動いた。
見てないはずの背後が見えているように、ミカボシの接近に合わせて翅を振るい、刃を躱して。
ミカボシのボディに抱きついた。
「僕の方が、強い!」
あえて隙を作り、ミカボシが接近するよう誘導する。
いくらミカボシが速くとも、来るタイミングさえ分かっているなら対応できる。
マティアスはツキバミサンの3対の脚を、即座に脚力の高い終極兜虫の脚へと変え、ミカボシを捉えたのだ。
今回のサブマッチ、マティアスはミカボシに驚かされてばかりだった。
ミカボシは本当に速い、この世界にいるどんな魔物よりも速く飛べるだろう。
そしてそれは、搭載している飛行魔法の出力の高さと、限界まで追求した軽さが合わさっているからこそ成せるのだろう。
「千変万化流、超重擬岩」
そこに、過剰な重量をかける。
脚を除いたマティアスの全身が、一瞬だけ消えて、新たな姿となって現れる。
それはツキバミサンの形は変えずに全身を石へと置き換えていて、石像ともいうべき姿であった。
《積載オーバー。直ちに超過した荷物を下ろしてください。航空継続不能。航空継続不能》
マティアスに取りつかれたミカボシは、警告音を鳴らしながら、速度をがくんと落としていた。
戦闘用マジックアイテムであるミカボシは、貨物を運べるようには作られていない。
つまり、重いものがのしかかった状態では、空を飛べないのだ。
「まさか……!?」
フリントの顔が青ざめる。
あんな高さから、あの重さを抱えて墜落すれば。
助からない、間違いなくミカボシは破壊される。
「狗天直下、諸共落とし!」
「やめろ……! やめろぉぉぉぉぉ!!!?」
咄嗟に叫んだフリントの声が、虚しく響く。
マティアスの掛け声と共に、ミカボシは空から一直線に落下し、地の底へと引き摺り込まれるのであった。




