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36話:今の時代

 フリントにとって、祖父は一族の中でただ1人の味方だった。

 祖父は今代の『ほうき星の魔法使い』にしてコール家の現当主、なので親族から爪弾きにされていたフリントも、祖父と一緒にいれば、誰も面と向かって冷遇してくることはなかった。


 祖父は、一言で言えば変わった人であった。


「どうしてじいちゃんは僕を庇ってくれるの? 僕、ほうき星の魔法使いになれないのに……」

「そんなもの、ならんでよろしい」

「えっ」

「よく覚えておきなさい。ほうき星の魔法使いなるということはね、フリント。1つ間違えれば大勢の人間を殺しかねない、そんな怪物になるということだ」

「怪物……」

「昔は魔物が沢山いたから、私はほうき星の魔法使いになるしかなかったが……今の平和な世界なら、必ずしも魔物と戦う事を生業にしなくてもいいんじゃあないかと、私は常日頃から思ってるよ」


 コール家の当主なのに、後継者になれないフリントを可愛がる人で。

 後継者を目指す親族には、酷いくらいに厳しく。

 家族の誰より強いのに、間引きの仕事など辞めてしまいたいと言うような人だった。


 そんな祖父は、家に居場所のなかったフリントを外へ連れ出してくれた。

 よく連れて来てくれたのは、ほうき星の魔法使いに欠かせない飛行用の箒を作っている、祖父の馴染みの工房だった。


 洗練されたフォルムの箒がずらりと並び、気の良い職人たちが集い、材料と道具に満ち溢れた魔道工房。

 そこが、フリントの居場所になった。

 工房の職人たちは、魔道具に興味を持ったフリントを受け入れて、色々と教えてくれた。


 魔法刻印師、アズラはフリントに言った。


「魔法陣っつーのはよ、ようは詠唱を文字にして刻んどるわけだな。こうして掘ったところに魔力を流せば、魔法使いじゃなくても魔法が使えるわけだ。ま、魔法陣書くのには魔法を使う才能がいるけどな」


 調律師、ノブナカはフリントに語った。


「『ほうき星の魔法使い』の乗る箒が、どんな魔物よりも速く、尚且つ安全に空を飛ぶのは、箒に搭載した様々な魔法陣の組み合わせが成せる業です。正に刻印技術の極致といえますね」


 工房長、ルルサットはフリントに勧めた。


「じいちゃんから聞いたべ? 空は飛べんでもフリントには色んな魔法を使う才能がある。そーゆこったら、フリントも凄い魔道具を作れる才能があるべさ。いっちょ、ウチで魔道具つくってみ?」


 そうしてフリントは、彼らからマジックアイテムを創る技術を吸収していって、気付いた。

 

 空飛ぶ箒は、文字通り空を飛ぶための魔法陣を搭載している。

 ほうき星の魔法使いはその箒に乗り、空から魔法で攻撃している。


 では、空飛ぶ箒そのものに、攻撃用の魔法陣も搭載してしまえば?

 加えてゴーレムの技術を応用し、箒そのものに魔法を扱う人格を搭載すれば、ほうき星の魔法使いは人間でなくても成立するのではないか?


 その考えに至ったフリントは、職人たちに問うた。


 “どうしてすべて、マジックアイテムだけでやらないのか?”


「あー……そらあれだべ、オラたち空飛ぶための魔法陣は書けるけど、ゴーレム作ったり攻撃するための魔法陣は書けないからべさ」

「その技術をもった奴がいたら? ……そうだな、できる。理論上できるけど、やらないのは……そりゃー……えっと、あれだよあれノブちゃん、なんだっけ?」

「コール家の仕事を、私たち工房が勝手に取らないようにしてるんですよ。工房にとってコール家はお得意様ですから、お得意様の仕事を盗むのはいけないことです」


 職人たちは気まずそうに、『できるけど、やらない』と答えた。

 その時から幼いフリントは思った。

 “盗ってしまってもいいのに”と。

 

 終結士族に生まれたという理由だけで、この自由と平和の時代に、命を賭けて魔物と戦うことを強制し。

 そこから落ちこぼれた人間は、出来損ないの烙印を押され、迫害する。

 フリントにとって祖父以外の血縁は家族ではなく。

 力にいつまでもしがみついたままの、時代遅れの集団に過ぎなかった。

 

 だから、フリントは魔法科ではなく、本来コール家が来るはずのない魔道科に所属した。

 全ては、終結士族から間引きの仕事を奪う魔道具を――アマツミカボシを創り上げるためだった。



====



 そして今、サブマッチでマティアスの技を目の当たりしたフリントは、確信する。


(今の技を見て分かったよ。魔法と武術を融合させて、ミカボシにも引けを取らない殲滅力を生み出している。完成度も高い、随分と年季の入った技術だ。……きっと、君一人で作り上げたものじゃない)


 荒野を埋め尽くしていたはずの軍勢は、技の余波(・・)で軒並吹き飛ばされ、地平も巻き上げられた地盤でボロボロになっている。

 そして、ミカボシが放った攻撃も衝撃波でかき消された。

 ミカボシは技を躱してみせたが、今の交錯に限れば、魔物を多く倒したのはマティアスの方である。


 一時的とはいえ、『ほうき星の魔法使い』を完璧にコピーしたミカボシを上回る力などそうない。

 即ち、千変万化流とは大戦の頃から脈々と磨き上げられた、魔物の軍勢を屠る力――終結士族と同質のものである、そうフリントは確信したのだ。


(千変万化流。終結士族にそんな流派の一族がいるなんて聞いたことないけどさ……君もアイツらと同類なんだろう?)


 異形の竜となったマティアスを、フリントは敵意を込めて睨みつける。


 フリントにとってこのサブマッチは、終結士族にミカボシの性能を見せつける、そのための足掛かりにすぎない筈だった。

 今は違う。


(だったら、完膚無きまでに叩きのめしてやる)



「ミカボシ! 全速力だ!」

「千変万化流――」


 フリントがミカボシに指示を出し、マティアスが動き出したのは、全くの同時だった。

 しかし指示を受けてから動くのと、初めから動き出しているのでは、必然、後者が先手を取る形となる。


 マティアスは鰐の頭をした巨竜のまま、身体を捻り跳躍する。

 地面が轟音を立てて踏み抜かれ、巨体が宙を舞い、豪快に回った。

 マティアスの身体の大部分である巨人竜(サイクロ・ドラゴ)、その圧倒的な質量は動くだけでも破滅的な破壊力を伴っている。


 故に、背中に大きく広がった巨翼に当たれば、ただでは済まない。


「――万里崩翼ばんりほうよく――」


 マティアスは背中の翼を広げたまま、身体ごと回転させることで後方のミカボシへ思いっきり叩きつけた。

 巨人竜の太く強い翼である。

 当たれば必殺、身体の全長にも等しい長大さを持つ翼は回避が難しく、加えて翼膜を広げて回転することにより烈風を生み出す。


(いくら物理法則を無視して飛んでたって、風の抵抗を全く受けないはずがない!)


 この攻撃なら翼が直接当たらずとも、ミカボシを魔物の軍勢がいない観客席のはるか後方まで吹き飛ばせる、そういう算段だった。


「おおーっ!? マティアス選手、ここで豪快に大回転ッ! ミカボシ選手はこれをかろうじて躱すも、後方へ大きくぶっ飛ばされたーっ!」

(これも当たらないか、けど! 邪魔はできた!)


 ジュンコの実況を聞き、遠ざかるミカボシを回る視界で捉えて、マティアスは放った技が当たらずとも効果を発揮したことを確認すると。


「――破岩一蹴!」


 回転をそのまま利用して、再びその尻尾を再生したターゲットの軍勢に向けてぶん回した。


 衝撃波が、魔物の地平に再び襲いかかる。

 力の溜めがない分、先程の一撃より威力は落ちるものの、それでも軍勢を屠るのに充分な威力を生み出した。


(この調子なら……!)


 これで、当初の予定通りミカボシを妨害しつつ撃破数を稼ぎ、逆転する。

 いける、そうマティアスは確信して。



《オーバードライブ》

「――なっ!?」


 マティアスのはるか後方から、直線一気。

 ミカボシが、魔法陣の発動光を全身から迸らせて、マティアスを、そして衝撃波すらも追い抜いていった。


《殲滅を再開します》


 ミカボシは地面スレスレに飛行しながら軍勢を爆撃する。

 結果、衝撃波で吹き飛ばされるより先に、ターゲットはミカボシに撃破されていった。


「そんな、あれだけ後ろに飛ばしたのに……っ!」


 初めて相対した時よりも、サブマッチ開幕のスタートダッシュよりも、更に速い。

 その桁違いの疾さに、マティアスは戦慄した。

 変身し人外の視力と反応速度を得てもなお、捉え切ることができなかったのだ。


「ふふふふ……あはははははっ! ミカボシは『ほうき星の魔法使い』を完璧に再現している、っていったよね? ごめんアレ嘘なんだ。本当はとっくに超えてる」


「ミカボシはマジックアイテムだ。人が耐えられない無謀な加速も、乗っていられないような無茶な速度も実現できる! 『ほうき星の魔法使い』の、完全な上位互換なんだよ!」


 フリントは、驚愕するマティアスを嘲笑い、吼える。

 ミカボシの最大速力は、間引きとのサブマッチに使う予定の切り札であり、本来ならマティアス相手に使うつもりは無かった。


 しかし、気が変わった。

 フリントは、今やマティアスを――


「これからミカボシはこの速度のまま、魔物を殲滅させ続ける。攻撃を当てられるなら当ててみなよ、リードを取れるものならとってみなよ。その遅さでさ!」


 ――ミカボシが越えるべき、終結士族に匹敵する敵とみなしていた。




(……すごい、上手く吹っ飛ばしたと思ったのに、あんな一瞬で戻ってくるなんて……って、感心してる場合じゃないや)


 一方マティアスはというと、ミカボシが見せた規格外の速度に一瞬だけ感心するも、慌てて気を引き締めていた。


(どうする。妨害しても直ぐ取り返される。既にリードされてるいま、あの速度を相手に撃破数で逆転できるか……)


 マティアスがいくら妨害しようと、ミカボシはその速度で掻い潜り、着実に軍勢を葬っていく。

 妨害しつつ撃破数を稼ぐという当初の目論見は、完全に破綻してしまっていた。


 兎にも角にも、この姿では部が悪く、やり方を変えなければ敗北は必至である。


(ミカボシを、直接狙う?)


 いっそのこと軍勢を相手取ることを放棄し、ミカボシのマーカー破壊に徹底するべきかと思案する。

 銃というマジックアイテムを扱うガーネットや、魔導学校へ潜入している最中に魔道科の生徒達から聞いた情報もある。

 マジックアイテムは繊細な代物だ。

 基本的に、それを用いて直接叩いたりするなど乱暴に扱えば、内部に仕込まれた魔法陣に『ずれ』が生じて、機能しなくなることも十分ありうるのだと。


(ミカボシは空を飛べて、いろんな魔法を使えて、喋ったり考えたり出来る凄いマジックアイテムなんだから……きっと、なおさら強い衝撃を受けられないはず)


 あれほどの速度を持ち合わせていながら、ミカボシがマティアスのマーカーめがけて突撃してこないのは、その証左だろう。

 直接ぶつかって来られれば、とっくにマティアスのマーカーは破壊されている、しかしミカボシはあまりの速度ゆえに、衝突すればまず自分自身を壊しかねないのだ。


(だから多分、ミカボシに一撃でも当てたら、僕が勝つ)


 マティアスは、次に変身する姿、そのイメージをなんとなく掴みかける。

 千変万化流の強みは、ありとあらゆる相手と場所に合わせて、有利な姿で常に戦える、手数の多さである。 

 速さに特化した魔物を、速さではどうにもならない策で捕まえて確実に仕留める、そういうやり方も当然存在しているわけで。


(搦手で捉えて、マーカーを直接叩く、それが出来る姿に変身を――)


 現状、それが最も勝率が高い。

 そう判断したマティアスは、変身しようとして。


「はははっ、どんな姿になったって無駄さ! 君みたいな時代遅れの人間なんかじゃ、ミカボシには敵わないよ!」

「……時代遅れの、人間?」

「力を未練たらしく継承し続けてる、君みたいな人間のことさ」


 フリントから発せられた挑発に、マティアスは訝し気な視線を向ける。

 こうしている間もミカボシは動いていて、反応している時間も本来はないのだが、マティアスは『時代遅れの人間』などと言われたのは初めだったので、つい反応してしまった。


「君のその力に免じて、はっきりと忠告しておこう。そんな力を君が持ってたところで、この先の人生で役に立つ事なんてない」


「これからの時代はミカボシのように人より強くて優秀なマジックアイテムが、人の代わりに力を振るうようになるんだ」


「終決士族に生まれただけで魔物と戦う将来を強制されることもない、人を簡単に殺せる力を無理やり覚えさせられることもない。人は人のまま、力に縛られない自由な人生を生きられる」


「それが今の時代、人が力を手放す時代なんだよ!」


 マティアスを終結士族と同じ存在だと思い込んだフリントは怒りを込めて、マティアスに現実を突きつけようとしていた。


 戦争時の力に縋り、間引きとしてしか生きる術を知らない終結士族にんげんは、平和な時代に居場所などない。

 人が力を持つ事も、求めることも、意味がない事なのだと言おうとして。


「君にはご愁傷様な話だけどね。せっかく苦労して強くなったところで無駄、その戦闘技術じゃ食い扶持も稼げなくなるんだからさ。まあ、その変身魔法を活かして役者にでもなればいいんじゃないかな?」

「………」

「おっと、文句があるならミカボシに勝ってからにしてほしいな」


 しかし、致命的な失言があった。


 マティアスには、千変万化流に深い恩義がある。

 暴発するばかりだった魔法を制御し、マティアスが今日まで人として暮らしていられるのは、祖父と千変万化流の教えがあってこそだった。


「言いたい事は、色々と、あるんですが、ず――」


 だから、マティアスに向かって千変万化流を『無駄』な物と言ってしまえば、当然。


====

 他愛のない会話の記憶が、頭によぎる。


 ”……オメーはこうして道場で鍛えてて、武術を鍛えても将来ためにならない、無駄だって言われたことあるか?”

 ”? あるには、ありますけど”

 ”そんとき、めちゃくちゃカチンときただろ?”

 ”それは……はい”

=====


「――千変万化流をめるな」

「……っ!?」


 マティアスは、めちゃくちゃカチンときていた。

 普段の丁寧な口調をかなぐり捨て、ドスの効いたその一言で、サブマッチ会場全域にビリリとした殺気が迸る。


「確かに今は平和の時代、なれど千変万化流には道義がある!」


 ドランゲーターの巨体が、あっという間に虚空へと掻き消えていく。

 マティアスはフリントの言葉を聞いて、作戦を改めていた。


「そして道義によって生かされた、このマティアスがある限り、千変万化流に意味は潰えず」


 マーカーだけを狙うなど、安直な勝利では生ぬるい。


「『役に立たない』『力を手放す時代』――笑止千万しょうしせんばん! 後世に託さんとする先人達の努力を侮るな!」


 故に、想像する。全てを狙い勝利する姿を。

 闇より深く、夜より暗い森にその魔物は潜んでいる。

 身体は軽く、真白い毛に覆われて、見目麗しい光り輝く白いはねでひらりひらりと空を舞う。

 しかし、その輝きは、あまつ星から簒奪したもの。


 それは、他者を照らす光を奪い、自らが好む草花のみに光を与える、簒奪者。

 この蝶々こそが、自分なのだ。


「言葉で伝わらないなら、戦いの結末を以て知るがいい」


 ――千変万化流、全形、月喰蚕ツキバミサン。尺度100倍。


 マティアスが姿を変え、空中に顕現する。

 先ほどよりも随分と体躯は縮んだが、それでも人の背丈の倍以上はある、巨大な白い蝶である。


「我が千変万化流の意味を!」


 マティアスの、反撃が始まる。

 ミカボシの全てを上回り、完全勝利するための。

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