35話:力 対 速度
”『勝ちたいなら素直にそう言え』と君は言ったね”
”君じゃあ勝てない、ではなく、僕のミカボシが勝つ。そう言い切るべきだと”
"それは、自分を誇れるヤツが使う言葉だ”
“終結士族に生まれて、勝手に期待されて、落ちこぼれて、見放された僕が使う言葉じゃない”
『ほうき星の魔法使い』を始祖とする終結士族、コール家の長男として生まれたフリントは、誇れる自分というものをとっくに無くしている。
飛行用の箒に跨って空を舞い、強力な攻撃魔法を地上へ叩き込み、魔物を殲滅する。
コール家はそのような『ほうき星の魔法使い』を代々輩出し、特区に蔓延る魔物達の数を減らすことで、世界の平和と安寧を保つ一族だった。
幼い頃フリントも、自分は当然そうなるものだと信じていた。
物心がつき『ほうき星の魔法使い』としての戦い方を訓練するようになってすぐ、自分がその器ではないことを思い知るまでは。
フリントの身体は、空を受け付けなかった。
箒に乗り、空を飛ぶ度にひどい吐き気に襲われる、何度訓練を重ねても克服することができなかった。
何も特別な理由ではない、単に、酷く酔う体質、ただそれだけのことだった。
ただそれだけゆえに。
いままでかけられていた期待が全て反転するかのように、フリントを取り巻いていた世界は一転してしまった。
両親からは根性がないと、見放された。
親戚たちからは能力がないと、見下された、
弟妹たちからは恥晒しだと蔑まれた。
ただ1人を除いて、フリントは、コール家にとっての『汚点』になった。
“だから僕は、君じゃあ勝てないと言わせてもらうよ”
“僕なんかが作ったミカボシに、君は勝てないのさ!”
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「な、ななななんとぉ!? 開始直後からあたり一面火の海やー!? 解説のデスティ! 一体何が起きたんや!?」
「ミカボシが先手を打った。火炎弾をばら撒きながら、軍勢の端から端まで飛び越し――戻ってくる時に再生した軍勢へもう一回火炎弾をばら撒く。つまり、今のあいだで群れの8割を二度消し飛ばしやがった」
「とっ、とんでもない速さっ! すでにミカボシは動いている! 対してマティアス選手は――」
ジュンコがマティアスの方を向くも、そこもすでに火の海だった。
マティアスの姿など、どこにも見当たらない。
「た、大変やっ!? マティアス選手、既に火の海に呑まれてしまっとるーっ!?」
「今気づいたのかよ」
「いやいや冷静になっとる場合ちゃうやろ!? マティアス選手が攻撃に巻き込まれたなら、勝負はもうついてしもうとるやん!? とゆーか死んどらんよな!?」
治癒魔法を混ぜてあるので生物には無害な炎なのだが、辺り一面火の海という光景はなかなかの衝撃らしく、ジュンコはがくんがくんとデスティを揺さぶりながらマティアスを心配する。
しかしデスティの方は、いたって平静であった。
「まだ終わっちゃいねーよ。マティアスも、マティアスにつけたマーカーも健在だ」
「え……」
「マティアスは攻撃を躱してる。上にいるぞ」
びっ、とデスティは上を指差す。
ジュンコも、観客達も、それに釣られて上を見ると、確かにいた。
空色でスラリとした体躯の、頭だけが妙にゴツくて赤い竜が一頭。それが、マティアスであった。
(あぶなかったーー!)
マティアスは観客席の上空で、目下に広がる火の海を見ながら冷や汗をかいていた。
戻ってくるミカボシを視界に捉えた瞬間、嫌な予感がしたマティアスは、赤竜へと変えるつもりだった首から下を、小さく飛行能力に優れたエアロドラゴンへ急遽変更したのである。
結果、少々ちぐはぐな見た目になってしまったが、急上昇が間に合い、爆撃を躱すことができたのだった。
(あのまま攻撃してたら巻き込まれてた……。やっぱり、速い。多分、既存のどの魔物よりも……!)
マティアスは間近で2度みて、確信する。
生物が出せる速度ではない。
ミカボシの飛行速度は、生物でない故に、生物の速さを超越している。
「別の姿に変身しなきゃ。大勢を倒せる姿に――」
空中最速の魔物であるエアロドラゴンの身体でも、最高速度では負けるだろう。
しかも急速離脱のために小さな身体へ変身した故に、目下の軍勢を倒すには膂力と大きさが足りない。
《マーカーを視認。前方目標に対し、治癒複合光弾による攻撃を開始します》
「変身しなおしてる、場合じゃないかも……」
しかし、時間がない。
折り返してきたミカボシは、すでに攻撃態勢へ入っている。
《発射》
マティアスの方へ向かってきたミカボシ、その周りに魔法の炸裂光がいくつも煌めいて、光の弾が何発も発射された。
そのどれもがマティアスの胸にあるマーカーを狙ったもの。
恐るべき精度、しかもこちらの動きに合わせて偏差もつけられている。
ただし。
(ミカボシが速すぎて、攻撃を追い越してる……)
攻撃より先に飛来したミカボシと、交錯する。
そして、マティアスは後から迫りくる光の弾を、翼を振るって身を翻すことで回避した。
(これなら躱せる……けど!)
「ミカボシ選手、ここで3回目の爆撃! またもや軍勢を焼き尽くしていくーっ!」
「くっ……!」
ジュンコの実況とともに、マティアスの後方で爆発音が発生した。
マティアスを通り過ぎていったミカボシが、爆撃を再出現した軍勢に浴びせているのだ。
攻撃が本体より遅くとも、マティアスを牽制し、ミカボシがスコアを稼ぐには十分な役割を果たしていた。
(ダメだ、ペースを握られてる)
マティアスは歯噛みする。
当初の予定では、途轍もなく巨大な魔物となって、ミカボシ諸共巻き込むように攻撃することで、牽制と殲滅の両方をこなすつもりだったのだ。
先手を取られてしまった故に、思うような動きが出来ていない。
「でも、今なら――!」
しかし、今は絶好の好機でもあった。
ミカボシは爆撃ついでにマティアスから離れて行ったばかり、引き返すまでには時間がある。
「千変万化流」
マティアスは、想像する。
「頭部、海溝鰐」
この頭は、万物を噛み砕いた最強の咢を持つ、大鰐であり――
「身体、巨人竜」
――首より下は、途轍もない巨躯と長大な尻尾を持つ、二足歩行の竜であり――
「尾先、尾槌鯱の大骨瘤」
――尻尾の先端には、硬く、丸い骨瘤を備えていた。
「混合型、ドランゲーター」
マティアスの全身は消え、頭はワニ、身体はドラゴン、尻尾の先には丸い大瘤のついた、異形の魔物が大地を揺らしながら顕現した。
二足で屹立する巨体は、高く登っていた太陽が隠れてしまうほどで、あまりの大きさに観客席は圧倒され、悲鳴を上げるか息を呑むかといった様相である。
「おおっとマティアス選手、ここでもう一度変身――って、で、でかーーーっ!?!」
「頭は咬合力最強の海溝鰐、体は身体能力に優れた巨人竜、尻尾の先端にはハンマーオルカの硬ぇ骨瘤がついてるな。サイズはドラゴンの方に合わせた感じか」
「な、なるほどな! 速さのミカボシ選手に対し、マティアス選手はデカさとパワーで対抗か!? 果たしてその巨体で、いったい何をするのかーっ!?」
冷静に解説するデスティと、驚きながらも実況を続けるジュンコをよそに、マティアスは動く。
(リードを取られたなら、ここで勝負を決める!)
マティアスは背丈ほどもある自らの尻尾、その先端にある骨瘤に、ワニの顎で喰らいついた。
あらゆる魔物の中でも最強の咬合力を誇る海溝鰐の顎は、自ら離さない限り決して外れない。
尾槌鯱の骨瘤はその咬合力に負けることなく形を保つ、そこから――
「千、 変、 万、 化、 流ゥッ…………!!!!」
――顎で骨瘤を咥え止めたまま、身体と尻尾の全力を以て尻尾を顎から引き剥がしにかかった。
竜族の中でも特に身体能力に優れた、巨人竜の全力で、である。
みしり、みしみしみしっ、と巨人竜の筋肉と骨が力で軋む、顎で食い止めた尻尾に、渾身の力を溜めていく。
「混合、 型ッッ……!!!!」
顎と身体に、更なる力を込める。
流星の如き速度で飛来するミカボシ、そのボディに付着したマーカーを、確実に捉えるだけの速度を得るために。
《マーカーを前方目標の体内に確認。治癒複合光弾による攻撃を再開します》
ミカボシが折り返してくる。
マティアスはマーカーを狙われないよう、体内に埋め込むように隠したのだが、見破られているらしい、先ほどと同じように攻撃態勢に入っている。
マティアスは、もう躱そうとしない。
代わりに、ミカボシのマーカーに攻撃を当てられる間合いを、見切る。
見切った、瞬間――
「破 天 一 蹴ッ!!!」
閉じていた顎を、開く。
それまで込めた力の全てが解き放たれて、マティアスの尻尾が弾け飛んだ。
直後、観客達は目撃する。
目の前で背を向けて立っている、山の如き体躯をもったマティアス、その更に前に。
同じぐらいの高さの壁が出現した。
それは、捲れ上がった地盤そのものだ。
凄まじい速度で撃ち出された長大く頑強い尻尾は、衝撃波を生み出し、マティアスの前方を扇状に吹っ飛ばしたのだ。
当然、ターゲットの軍勢も、今まさに降り注がんとしていたミカボシの炎と光弾も、巻き上げられた地面と共に消し飛ばされる。
「……な、なにが、起きたんや……!? て、天地が、ひっくり返ったんか……!?」
「……ワニの顎で尻尾に噛みついて、ドラゴンの力で思いっきり引っ張ってから、放す。原理としちゃデコピンと変わらねえ、変わらねーが……凄まじいな」
「で、でこぴん!? んなアホな!?」
大地だったものが降り注ぐ光景を目にしながら、ジュンコは全く理解が及ばない様子で、呆然と呟いた。
他の観客達も同じ反応である、あのデスティですら、その威力に驚愕していた。
違う反応をしていたのは、ただ2人だけ。
「……まさか」
マティアスはドランゲーター姿のまま残心している。
ミカボシの軌道を予測し、尻尾に当たると確信して放った、渾身、最速、必殺の一撃。
しかし、その表情には一切の気の緩みがない。
「は、ははっ、ははははは……!」
もう1人は、フリントである。
マティアスがまさかここまで巨大な姿に変身し、あまつさえミカボシの爆撃以上に強力な攻撃を放ってきたことに驚愕しつつも、笑っていた。
なぜなら。
「残念だったね! そんな攻撃、ミカボシには当たらないよ!」
「今のを躱すなんて……!」
マティアスの真後ろ、ちょうど後頭部付近にミカボシは浮いていた。
そのボディには傷どころか汚れ一つなく、下部に付けられたマーカーも健在である。
「な、なんと! マティアス選手の攻撃でなんもかんも吹き飛ばされたと思うたら、ミカボシは全くの無傷っ!!? 一体どうやって潜り抜けたんや!?」
「直前まで真っすぐマティアスに突っ込みながら、尻尾が当たる直前で上へ躱した……ってところだ」
「そ、そない簡単に躱せるもんなんかアレ?」
「いや、まともに飛んでたら直撃してただろーな。奴は速度をそのままに方向転換するっつー、物理法則を完全に無視した動きをしてやがった」
デスティの言う通り、マティアスは飛来するミカボシの軌道を読んで、そこに尻尾が当たるように技を放っていた。
物理法則にしたがって飛行するなら、絶対に躱しようがない一撃、しかしミカボシはありえない動きをもって躱したのである。
「うまくミカボシの軌道を読んだつもりだったみたいだけど、残念。ミカボシは魔法で飛んでるんだ。鳥やワイバーンと同じと思わないでほしいな」
見下しているとも、小馬鹿にしているとも取れるような笑みを浮かべるフリント。
「……」
そんな言葉などどこ吹く風と言わんばかりに、マティアスは務めて冷静に、ミカボシの戦力と状況を分析する。
魔物の殲滅回数はマティアスは1回に対し、ミカボシは3回。
加えて、向こうはこちらの攻撃を擦りもしない飛行速度と航空制御能力を兼ね備えている。
何より恐るべきは……マティアスがどのような姿になろうとも、これに追い付く手段がないという点だ。
「これは……思った以上に、強敵ですね」
しかしマティアスは笑う。
それでこそ、勝つ甲斐があるとばかりに。




