30話:素敵な作戦
昼食を食べようということで、マティアス達がやってきたのは『魔導料理 おおがま』という飲食店であった。
魔導学校の近くに建っている店で、魔法と魔道具を使う調理法が名物、若人向けのメニューを取り揃えていることから、学生達に愛されている大衆食堂である。
「ゴチソーサマデシタ!」
「ごちそうさん。あー、美味かった」
デスティ達5人は店内の大テーブルに揃って座り、それぞれ好みの昼食を摂り終えたところだった。
「ごちそうさまでした」
マティアスだけは、デスティ達とは違う大テーブルに1人で座っており、チャレンジサラダ(量と価格が通常の5倍)、チャレンジステーキ(量と価格が通常の8倍)、チャレンジオムライス(量と価格が通常の10倍)、チャレンジスープ(量と価格が通常の6倍)の合計4種メニューが乗った皿をすっからかんにした所だった。
「いやいやいくらなんでもチャレンジしすぎやろ。なしてウチらより遅く出てきたドカ盛り料理をウチらと同時に食べ終われるんや」
「見てなかったのか? マティアスのやつ頭だけ万物食い(なんでも食べる巨大なサンショウウオ型魔物)に変身してバクバクいってたぞ」
「見とったけど信じられんやろ!? マティアスくんの体のどこに収まったんやあの量が!?」
「変身魔法使いだからな、量ぐらいなんとかなるんだろ」
「んなアホな……」
全部合わせたら人間の胃袋の許容を軽く上回りそうな量だった、しかし現にマティアスは完食しているので、食べられるとしか言いようがない。
「は、ははは……他の店が言ってたな……。このダルコにはチャレンジメニューがある店を見つけては時間内に制覇し、店を潰しかけるまで通い詰める『黒き暴食』が存在する、と……。なんてこった、まさか本物がこんな小さい子供だったなんて……」
「あ、チャレンジアイスクリーム(量と価格が通常の3倍)もお願いしても――」
「マティアス、八つ当たりのオカワリはやめまショウ」
チャレンジメニューを食いつくされ、今更マティアスの正体に気付いた店主は、ショックで今にも倒れる寸前である。
一方で小さい子供と言われたマティアスはニッコリと笑顔で追撃のチャレンジアイスクリームを注文し、ガーネットに制止された。
ちなみに、マティアスが食べた料理はすべからく時間制限内に食べ終われば無料となるものばかりであり、マティアスは当然時間内に食べ終えている。無論、店側にとっては大赤字もいいところである。
「ははははは……どうやらこの勝負、挑戦者は俺の方だったらしい……」
「おっちゃんが……」
「真っ白に燃え尽きてます……」
とうとう店主はがっくりと膝をつき崩れ落ちた。
気前が良く、豪胆な性格をしていた店主の変わり果てた姿、そして店主をそこまで追い込んだマティアスの食欲にベルとアレサはドン引きするのであった。
「総合学園付近の店でマティアスが出禁になってたのはこういうワケだったか」
「いや食いすぎや。出禁て相当やん」
「そ、それは、その……お腹いっぱいになるメニューがチャレンジメニューしかなくてですね、時間内に食べたら無料だからつい……」
「オメー、今はサブマッチで金があるんだから、今後は料金支払って食えよ……。まあ今回はマティアスの分含めて全員分俺が奢るが」
「そ、それは、本当かい兄ちゃん!? ありがとう!! 本当にありがとう! これで店を畳まずにすむ! 兄ちゃんは恩人だ! 名前はなんていうんだい!?」
「デスティナ・ズゥ・ハークだ」
「ずずずズゥ・ハーク!? あの裏社会を支配するる闇の一族――ぶくぶくぶく……」
「気絶シマシタ!?」
「デスティ、アンタのファミリーネームは不用意に出したらアカンて」
「……噂に尾鰭が付きすぎてるのも考えもんだな」
今回は自分がマティアスをこの店へ連れてきてしまったこともあり、デスティは料金を支払うつもりだったのだが……うっかり名前を聞いてしまった店主は驚愕でトドメをさされ、撃沈するのであった。
「うし、飯も食い終わったし今日は解散するか、ベル、アレサ、気をつけて帰れよ」
「おう! 昼飯奢ってくれてありがとな! そっちも気をつけて帰って――ってぇ、コラ! さりげなくアタシ達の話を聞かずに帰そうとしてやがるな!?」
「っち、腹が膨れたら忘れると思ってたが、案外しっかりしてやがるじゃねーか」
「聞こえてるんだがー!?」
「アレサちゃん、どうどう」
「デスティもせこい事せんで話聞いてあげーや」
昼食も取り終えたということで、話をなあなあで終わらせようとするデスティだったが、ベルもアレサも簡単には誤魔化されなかった。
あまりに大人げないのでジュンコが注意すると、デスティは「仕方ねーな……」としぶしぶ話を聞く姿勢を見せる。
「それで、オメーらの要求は『魔導学校で行われるサブマッチを、今後永久に禁止して欲しい』だったな? 理由を話せ、どんな理由でも聞くだけ聞いてやる」
「聞くだけじゃなくて要求を呑めっつーの!」
「私たち、困ってるんです」
ただ、サブマッチを止めて欲しいという要求が面白くないのか、デスティの聞く姿勢は少々雑だった。
しかしベルとアレサはどうしてもサブマッチを止めてもらいたいらしく、必死にその訳を訴える。
「魔導学校でサブマッチが流行したせいで、魔法科と魔道科の諍いが酷くなりました」
「前は陰口とか皮肉とか、毒草を仕込んだり呪いをかけたりって嫌がらせは普通にあったんだけど」
「ソレ、元からソートー酷くないデスカ……?」
「いやいや! それでも学校外じゃ自重してたし、争いが好きじゃない人は見て見ぬ振りしてたし。お互い学科が違っても、影でこっそり仲良くしてる人もいたんだって」
以前の治安ですら最悪じゃないかとガーネットは突っ込むが、アレサはまだマシだったのだと返す。
どうやらベル達曰く、今の魔導学校はサブマッチの所為で更に治安が悪化しているらしい。
「今は争いの中心になってる人が、同じ学科の生徒を集めて徒党を組むようになったんです」
「つまり、これまで個人単位での諍いだったのが、集団同士の抗争にまで発展したと」
「はい。集団になって気が大きくなったのか、二つの学科は学校外でもいがみ合うようになったんです……」
「それだけじゃねえ、今まで争いに参加しなかった先輩や、進級する学科を公言してる中等部の生徒まで、その争ってるグループに仲間になれって巻き込まれてるんだ。他の学科と仲良くしてる人なんか『裏切り者』だって、同じ学科なのに嫌がらせされてるしで……もう最悪なんだよ」
「私たち迷惑してるんです。このまま友達と別々の学科に進級したら、これまでみたいに仲良く出来ないんじゃないかって」
「アタシは魔法科で、ベルは魔道科志望なんだけどさ……進級したって友達でいたいんだ。だけど、友達のままでいたいから、自分が進級したい学科を諦めるのも嫌で……」
ベルとアレサは、やるせなさそうに視線を落とす。
両学科の諍いは激化して、それまで無関係を貫いていた人間すら巻き込み、彼女たちの将来さえ危うくさせる非常に厄介なものとなってしまった。
それをいくら迷惑だと感じても、諍いは今に始まったものではないし、相手は徒党を組んだ先輩達である。
彼女達には、どうすることも出来なかったのだ。
「だから、サブマッチを金輪際止めさせれば、現在治安最悪の魔導学校はサブマッチが流行する前のマシな状態に戻る。オメーらが言いてーのはそういう事だな?」
「そうです」
「酷くなったのは魔法科がサブマッチの成績を魔道科に自慢し出したのが原因だからな!」
彼女たちが言いたかったのは、それがすべてだった。
確かに、きっかけはサブマッチだったのだろう。
だからサブマッチを取り除けば、全ては元に戻る筈と信じて、勇敢にもデスティに直談判を決行したのである。
「オメーらの事情は理解できた、が。サブマッチの禁止は聞けねー」
「!」
「てめぇ!」
すべての話を聞いた上で、しかしデスティは少女達の訴えをすっぱりと棄却した。
その返答にベルは敵意混じりの視線を向け、アレサはテーブルから身を乗り出し、デスティにつかみかかる一歩手前といった様相となる。
だがしかし、デスティは顔色一つ変えない。
「禁止したところでせいぜい魔法科が威張れなくなって魔道科が優勢になるだけ。片方のフラストレーションが溜まる一方になって、治安が回復するとはとても思えねー。っつーのが俺の予想だ」
「そ、それは……、でも、だからってこのまま放っといても良くはならねーだろ!」
「アレサちゃんの言う通りです。それに、あくまで貴方の予想ですよね。実際にやってみたら、良くなるかもしれないじゃないですか」
アレサの勢いが落ちる。
ベルもアレサも思い当たらない訳ではなかったからだ。
サブマッチを今さらなくしたところで、こじれ切ってしまった魔法科と魔道科の関係は、何も変わないかもしれない。
しかしそれ以外に出来ることがないのだと、そう思っていたベルは尚もサブマッチの中止を訴えて……。
「かもな。だが――禁止にするよりもっといい方法がある、つったらどうだ?」
「「えっ?」」
「くっくくく……。サブマッチは止めない、だが魔法科と魔道科の喧嘩はやめさせる。それなら文句ねーだろ?」
デスティの言葉に完全に虚を突かれ、ベル達はぽかんとした表情になる。
まさかそんな方法が、他にあるというのだろうか?
少女達は、いまでもサブマッチを止める以外の方法を思いつきもしない。
しかし、デスティは確固たる自信と邪悪に満ち溢れた笑みを浮かべて、マティアス、ガーネット、ジュンコにそれぞれ視線を向けると――――
「ジュンコ、ガーネット、マティアス。オメーら今の話を聞いてなんか良い解決策が浮かんだか?」
「いやウチら任せなんかい!!?」
――思いっきり3人に丸投げした。
これにはジュンコも猛ツッコミである。
「そりゃあ俺がなんとかしてやってもいいが、いまんとこ弱みを握って全校生徒を支配するくらいしか思いつかねーからな」
「今と同じくらいノ地獄デスネ」
「マティアスくんガーネットちゃん、ウチらでいい感じの解決策を思いつこうな!」
「ジュンコさんもすごい手のひら返しだ」
どうやらデスティは自分で解決できなくもないらしいが、どうしても不健全かつ強引なやり口にならざるを得なかったので、マティアス達に相談したらしい。
そういうやり方に大いに抵抗のあるジュンコは、即座に3人で解決策を出す方向にシフトした。
「とはゆーても、生徒同士の不仲なんてどうしたらええんやろ。パッと思いついて解決できるもんなら、とっくにやれそうやし……」
「ヒラメキマシタ! 魔法科と魔道科ガ、サブマッチで良い勝負をシマス! ソーしたらお互い夕日を背に『お前、なかなかやるじゃねえか』『フッ、お前もな……』という感じで、友情が芽生えマスヨ!」
「武闘学校ならいけただろうが、魔導学校の奴らじゃ無理だ。サブマッチしてる映像を見たが、あいつらどんな勝負しても貶し合いとブーイングの嵐だぞ」
「オゥ、魔導学校のミナサン、スポーツ物の小説や漫画読まないのデショウカ……」
漫画や小説でありがちっぽい展開なガーネットの案だったが、あえなくデスティに却下される。
残念ながら魔導学校の生徒は勝者に文句を、敗者に罵倒をぶつける人間ばかりらしい。
「くくっ、じゃあマティアス。オメーはどうだ? 長年、伝統的にいがみ合ってきた連中を、仲良しこよしのお友達に出来る、素敵な作戦を思いつかねーか?」
「な、仲良しこよしですか……!?」
「ぜってー無理だ」
「想像できません……」
デスティが妙に楽しそうな様子でマティアスにも話を振ってきた。
その言い回しがあまりにわざとらしすぎて、ベルもアレサも『やっぱり無理だろ』という感じになっている。
「うーん……仲良くなる、方法……」
それでもマティアスは、一応、真面目に考えてみる。
(確かに、武闘学校の人なら最初は嫌い合ってても、いい勝負をした後ならお互いの実力を認めて仲良くなったりしそうだよね)
(だけどそれと同じくらい、魔導学校の人はそれじゃダメだって分かる。どうしてって言われたら、ちょっと言葉にし辛い、けど……)
武闘学校にはできて、魔導学校には出来ない。
この違いを生み出す『何か』こそ、両学科がいがみ合う原因なのかもしれない。
そう考えたマティアスは、思い返す。
フリントの魔法科への態度、ベルの兄が見せた魔法科に対する言動、ベルとアレサが教えてくれた魔導学校の現状。
それらを思い返して。
「あのっ、一つだけ、思いついたことが、あるんですけど……」
『何か』に、気付く感覚があった。
それは偶然にも、マティアスにとって非常に身近なもので、骨身に染み付いているといってもいいものだ。
「ほー? 聞かせてみな」
「仲良しこよしまでは無理かもですけど、皆さん仲良く――――」
それで本当に魔導学校の現状が良くなるのか、確証はなかったが……マティアスはその思いつきを、全員に話すのであった。
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「――っていう感じなんですけど……どうですか?」
思いついたこと――作戦を話し終えたマティアスは、全員の顔色を伺った。
面々の反応はまばらだ。
デスティは終始邪悪な笑みをしながら話を聞いていたし、ジュンコは若干引き気味の表情、ガーネットは「ナルホド……」と納得している表情。
「えっと、その、マティアスさん……それ、本当に出来るんですか?」
「アタシは全ッ然想像できないんだけど……いや、それが出来たら、そりゃあ高等部の先輩みんな大人しくなるかもだけどさ」
ベルとアレサに至ってはとても信じられないという様子だった。
2人がそうなるのも無理はない。
マティアスが話した『作戦』は、確かに実現すれば魔導学校の問題を一掃できるかもしれないと思える内容だったが、それをマティアスが実行できるとは、まるで思えなかったからだ。
「うん。魔法科と魔道科の人達がちゃんと集まってくれたなら。やり通す自信はあるよ」
マティアスは力強く返答する。
確かにかなり強引でめちゃくちゃな作戦ではあるが、できるか出来ないかと問われれば、出来ると断言するだけの自信と経験が、マティアスにはあった。
「く、くくくく……! カッハハハハ! 面白えーこと言ってくれるじゃねーか!」
「そ、そうですか? 半分、僕がやりたかっただけっていうのもあるんですけど……」
「やりてーのかよ! カッ、クククッ!」
「デスティナさん、爆笑デスネ……」
「うわーデスティがこんな笑ってんの初めてみるわ……」
「っくくくく……やっぱオメーらに聞いて正解だった。その作戦でいくぞ」
よほどマティアスの作戦が面白いと感じたのか、デスティは声を出して一頻り笑い転げると、マティアスの作戦を採用したのだった。
「あっ、でも皆さんを集めるのってどうしますか?」
「争ってる奴らを集めるならサブマッチが絶好の機会だな。連中の諍いを上手く利用して宣伝すりゃ、観客としてノコノコ集まってくる。ただ……」
「ただ?」
「この作戦をやるなら。サブマッチはマティアスとミカボシの一騎打ちの形式にした方がいいな」
「エッ、ワタシ、サブマッチに参加できないんデスカ!?」
そうときまれば早速、作戦決行までの段取りを話し合うマティアス達。
人を集めるのはサブマッチを利用すれば上手くいくとして、そこで一つの問題に気づいた。
サブマッチにガーネットが参加していると、作戦に支障が出てしまうのだ。
「そーなるな。魔導学校の奴らが敗者の言う事を素直に聞くとは思えねー。このサブマッチは、マティアスが絶対に勝つ必要がある」
「……ソーいうことデシタラ、今回はワタシ、お休みシマス」
「ガーネットさん、いいの?」
マティアスが勝つことが重要なのだとデスティが言うと、ガーネットは少し沈黙した後に、自らサブマッチの不参加を申し出てくれた。
マティアスは思わず聞き返す、作戦のためとはいえ、今回のサブマッチはガーネットも参加したそうにしていたからだ。
ガーネットは「大ジョーブデス」と言うと。
「出場できないのはチョット不満デスケド。マティアスが勝っテモ、フリントの全員ミカボシ計画は防げマスシ」
「何ヨリ、コッソリじゃないと友達と仲良くデキナイ学校って間違ってると思いマス。直せるナラ直した方が良いデス」
ガーネットも、魔導学校の現状に思うところがあるのだ。
ただ、自身の案では解決できないし、マティアスの作戦を自分が代わりに実行できる自信もない。
それ故に、彼女はマティアスに託すことを決めるのだった。
「マティアス。絶対勝ってクダサイネ!」
「……うん! 必ず勝つよ」
ガーネットに勝利を託され、マティアスは固く決意する。
フリントの野望も、魔導学校の諍いも、全て勝利して打ち砕いてみせると。
「決まりだな、マティアス。オメーは今日からサブマッチまでの間、俺と一緒に根回しながらミカボシ対策だ」
「はいっ! ……って、え、根回しもですか!?」
ただまあ、作戦実行のための根回しにまで駆り出されるのは予想外だったが。




