27話:魔道具作成者 フリント・コール
ダルコ魔導学校は、ダルコ州に存在する最大規模の学校である。
その名の通り『魔法』の知識を教育する場所で、かつては北方のラルエメスという国から流出した魔法を鍛え上げ、呪文一つで幾千もの魔物を滅ぼす、そんな魔法使いを輩出する場所であった。
魔物との戦争が終わった今の時代においては威力こそ重視されなくなったものの、文明の発展に欠かせない魔法の力を広めるべく、魔導学校は今も変わらず魔法使いを生み出している。
「上から見た事なかったから実感なかったけど、この学校ひっろいなぁ……。一度迷うたら遭難しそうや」
《毎年平均3回ほど、新入生の遭難が発生しています》
「いやホンマに遭難してるんかい!?」
マティアス達は空から高度を落としながら、目下に広がる魔導学校を一望した。
美しい白い石造りの城は校舎である。武闘学校の威容溢れる要塞とは異なり、美しさや優雅さを感じさせる。
そして、とにかく敷地が広い。校舎の近くには森や河川が存在していて、さながらキャンプ場か観光地といった様相であった。
これらは魔法教育に関連するものらしく、すべて学校が管理しているのである。
《はい。ですので誘導に従い、グラウンドへの着陸をお願いします。そこにマスターもいます》
先導するミカボシの言葉にマティアスとデスティは頷き、誘導されるがままグラウンドへと降り立ったのだが……。
「人が沢山、倒れて……!?」
マティアスは、目の前に広がる惨状を前に、ヒポグリフの姿のまま、人間に戻ることも忘れて驚愕する。
グラウンドには何人もの男女が、地面に倒れ伏していた。
制服らしき黒いローブに身を包んでおり、おそらくは魔導学校の生徒なのだろう。
一応、呼吸はしている事が見て取れたため死体では無さそうだったが、それでも異常事態である。
「知ってマス。コレ、死屍累々トユー奴デスネ」
「いや死んではないな……。とゆーかデスティ、この倒れとる人らの制服って確か……」
「魔法科の生徒だ。それも今日サブマッチをやった記録のある奴らばかりだな」
「魔法科?」
「魔導学校は高等部から学科が二つに分かれてる。黒い制服は『魔法科』で、白い制服は『魔道科』の生徒だ」
「とにかく助けましょう。ジュンコさん、ガーネットさん、降りて貰っていいですか」
2人に背中から降りて貰い、マティアスはヒポグリフから人間の姿に戻った。
《――――。ヒポグリフ消失。消失直後に同座標から人間の発生を確認。該当する魔法……検索中……》
(まだ混乱してる……)
そんなマティアスを(目らしき器官は見当たらないが)見たミカボシは、再び挙動が怪しくなった。
地面スレスレを浮遊するだけだったのが、小刻みに振動しており、どうやら混乱しているらしい。
その反応がマティアスは少し気になったが、とはいえ倒れている人達をそのまま放っておくわけにはいかず、ひとまずいちばん近くで倒れている男子生徒に駆け寄ると――
「あの! 大丈夫ですか!? ここで何が――」
「誰だか知らないけど。そこらに転がってるのは助けるだけ無駄だよ」
助け起こそうとしたその時、マティアスに声がかかる。
どこか呆れているような口調、見てみれば、メガネをかけ白いローブを着た長身の男が、倒れている別の生徒を積み上げて、椅子のように腰掛けていた。
「見て分からないかな。コイツらは無理矢理出力を上げて魔法を使ったせいで動けなくなってるだけ。寝て休む以外治す方法はないよ」
「……確かにそうみてーだな」
男の言葉に、デスティも倒れている生徒に近づいて様子を見ると、どうにも男の言っていることは正しいらしい。
「ぐ、ぐえ……」
「……その人の上から、退いてあげてください」
「はいはい、流石にお行儀が悪かったよね。座り心地もそんなに良くないし」
だからとって人を椅子のように扱うのは間違っている。マティアスが少しだけ声を低くして注意すると、男はあっさり立ち上がった。
「ここで一体何があったんですか?」
「何って、サブマッチだよ。コイツらはサブマッチで負けまいとムキになりすぎた結果、地べたに這いつくばることになった、ただそれだけ。いやー、魔法を知るのがモットーの魔法科が自分の限界も知らずに自滅って笑えるよね。はははっ」
魔導学校で行われていたというサブマッチの連戦、倒れ伏している彼等はその敗者らしい。
白ローブの男は黒ローブの生徒達が無様を晒しているのが可笑しくてたまらないらしい。
「……競い合った相手を嗤うのは、良くないですよ」
「あっはっは、だって僕は競い合ってないからね。こいつらを負かしたのはミカボシであって、僕はそれを見てして楽しむ観客だもん」
魔法科云々の事情はよく知らないものの、倒れた人間を椅子代わりにし負けた相手を嘲笑するといった敬意を欠く行為に、マティアスはどうしても我慢ならなかった。
思わず相手に注意するが、男にはまるで届いていない。完全にどこ吹く風といった様子である。
「く、くそ、卑怯だぞ……フリント……! 自分は戦わずに……! それでも、終決士族の――」
座られていた男子生徒が、憎々しげに男を見上げ悪態をつくと……。
「負け犬は黙ってろ」
《魔法行使――ヒュプノス、ユーザ、ディプルン》
「――が、くっ……」
集結士族という言葉が出た瞬間、それまでののらりくらりとした雰囲気から一転して、男の口調に怒気が混ざった。
男の怒りに呼応するようにミカボシは魔法を詠唱し、男子生徒へ紫色の光線を放ち、沈黙させる。
「な、何をしたんですか!?」
「ああ大丈夫、昏睡させただけ。ほら、寝てるでしょ?」
追い討ちをかけたようにしか見えないので、思わず声を荒げたマティアスだったが、どうやら違ったらしい。
白ローブの男に足先で頭を小突かれても起きない程度には、倒れた生徒はぐっすりと眠っていた。
《マスター。上空で感知した方々を案内しました》
「ああ、お疲れミカボシ。魔物の反応があったって聞いたから驚いたけど、連れて来たなら危険じゃないわけだ。……魔物は見当たらないみたいだけど、センサーが不調だったかな」
《それにつきましては後ほどお話します。彼らは私たちに要件があるらしく、先にそちらの対応をお願いします》
「うん? 僕に用事だったの?」
白ローブの男の方へミカボシはゆっくり浮遊しながら近づいていく。
そう、この男こそミカボシを作成した『マスター』なのだった。
「それで、えーっと君たちは……なんか見覚えがあるのと、ないのと……」
ただ、男はデスティとジュンコのことをよく覚えていなかったらしい、マティアスとガーネットは初対面でもあったので、一同はひとまず自己紹介を交わす事にした。
「サブマッチ振興委員総会長デスティナ・ズゥ・ハークだ。少し前にここへサブマッチを広めに来てる」
「あー……思い出した、そういや来てたねズゥ・ハーク家の人。あとは……結界が得意な人」
「結界が得意な人は実質覚えとらんのと同じやろ。ウチはジュンコ・ナカノハや」
「ガーネット・トウニーデス。初めましてデスヨ」
「総合学園から来ました、マティアス・リーヴィングです。同じく初対面です」
「じゃ僕も。ダルコ魔導学校魔道科2年生のフリント・コール。そしてこっちのマジックアイテムは僕が作った『対魔物用広域殲滅飛翔箒・アマツミカボシ』。長いからミカボシでいいよ」
《改めて、よろしくお願いします》
白ローブの生徒、フリント・コールもまた気安く自己紹介を返す、どうやら彼は周囲に倒れている生徒達と違い、『魔道科』の生徒らしい。
「早速本題だが、オメーがミカボシをサブマッチに参加させたのは間違いねーな?」
「そうだよ。マジックアイテム単騎でサブマッチをさせるのは問題だったかな? それともサブマッチのしすぎ? でもサブマッチ実行装置は特にエラーを吐いたりはしなかったけど」
「人外が参加するのは想定内だからな。だが、そのミカボシがサブマッチのルールを守れるか振興委員が確認する義務がある」
「なるほどね、直々に確認しにきたんだ。お仕事ご苦労様。ま、無駄な時間になると思うけどね、僕のミカボシに問題があるとは思えないからさ」
デスティは直ぐに本題に入り、フリントと問答を交わした。
フリントはミカボシによほどの自信があるようで、余裕の態度を崩さない。
「それで確認って何をする気だい? そこの2人とミカボシをサブマッチさせて、実際にスペックを確かめてみるのかな?」
「コイツらは今日サブマッチをやらねー約束だ。実行装置にミカボシの試合が映像記録として残ってるから、そいつの確認とミカボシのスペックを話せば終わりだ」
「あ、そんなものでいいの? じゃあさっさと終わらせよう」
フリントは確認の内容に拍子抜けすると、すぐに確認作業に入ろうとする。
その時だった。
「兄さん! 大丈夫っ!? すぐ保健室まで運んであげるからね!?」
「担架もってきたぞ、これに乗せて運ぼう! ~~~っ、お、重い……!」
知らぬ少女達の声が聞こえてきて、マティアス達が視線を向ける。
グラウンドで倒れている生徒を助けようと、2人の灰色ローブを着た少女がいた。
しかし倒れている生徒は意識が無いため体が重く、少女達の力では上手く運べないようだった。
「アノ子達は……灰色ローブデスネ?」
「灰色は確か、中等部の子達が着る制服やったな」
「ナルホド中等部。倒れてる人達を助けようとしてるミタイデス」
「手伝いましょう」
「せやな、あの子達二人だけだとこの人数は流石に無茶や」
見ず知らずとはいえ、困っている少女達や倒れている生徒を放置するというのも気分が悪いのでマティアス、ガーネット、ジュンコの3人は手を貸すことにした。
幸い、マティアスやガーネットの力があれば倒れている全員を運ぶのはそう難しい事ではないし、彼らを運び込むべき場所は、少女達に案内してもらえば何とかなりそうであった。
「それじゃ、ささっと確認を終わらせようか」
「待ってくださいフリントさん。その前に倒れてる人たちを保健室か、休ませるのにちょうどいい場所へ運ぶのを手伝ってくれませんか」
「君は随分お人好しだね。でも断る。めんどくさい」
「め、めんどくさい……?」
マティアスはフリントにも手伝ってもらえないか聞いてみたが、すぐさま却下された。
断られるかもしれないとはマティアスも思っていたものの、ただ面倒くさいと断られるとは思わず、唖然とする。
「いいかいお人好し君、コイツらは自業自得でこうなってんの、ここに転がしてるほうがお似合いだし反省になるよ。あとこんな人数保健室まで運んでたら無駄に時間かかるでしょ? それに、後片づけに時間取られて、マジックアイテム開発を疎かにするわけにはいかないからね」
どうやらよほど魔法科の生徒を嫌っているようで、フリントはアレコレと御託を並べる。
手伝う気はさらさらなく、どうしてそんな無駄な事を自分がしなければならないのか、といった口調であった。
「…………」
あまりの言い分に、マティアスは呆れと怒りで言葉も出なかった。
「というわけで時間をかけるつもりなら、僕は作業に協力しない」
「安全が保証できなきゃ、サブマッチに参加はさせられねーぞ」
「僕は別にミカボシを参加させたいわけじゃないし、困らないよ。今回のサブマッチも魔法科の方から吹っ掛けてきたんだ。でもそっちは、ミカボシがサブマッチに参加してくれた方が都合がいいんじゃないかな? じゃなきゃこんな休日にわざわざ此処へやって来ないでしょ」
「……」
フリントの言葉に、デスティは考え込む。
確かにフリントの言う通りではある、後々に間引きとの大規模サブマッチを控えている以上、優秀な成績を上げたミカボシを、サブマッチャーチームに組み込めないのは大きな痛手だ。
「……マティアス、ガーネット、ジュンコ。俺はフリントとミカボシの安全確認を行う。すぐ終わる用事だが、オメーらは別についてこなくていい。それと」
フリントと2人だけで先に検証を済ませることをマティアス達に伝えると、デスティはグラウンドの空いているスペースを指差す。
すると、魔法の炸裂光が輝いて、ガシャガシャと何か固いものがぶつかり、組み上がる音が響く。
光と音が収まると、そこにはサブマッチ用の死体人形が複数体と、骨でできた荷台が並んでいる。
「転がってる奴らを運ぶんだったらこれを使え。死体人形は口で命令すりゃ動く」
「ありがとうございます、デスティさん」
結局、フリントは手伝う事はなく、マティアス達と中等部の少女達だけで、倒れている魔法科の生徒を運ぶこととなった。




