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20話:アルマ・ラ・ジーン、完全顕現

 “アタシは恐怖スリルに取り憑かれてる”


 ”目の前に崖があったとして、アタシは『ここから落ちたらどれくらい痛いだろう?』そう思って――崖から落ちるタイプ(・・・・・・・・・)だ“


 アルマは自分自身を、そんな人間だと認識している。

 地面に叩きつけられて、頭蓋骨が砕けて中身が飛散し、手足はぐちゃぐちゃに折れ、内臓が散らばる。

 そのような想像をしながら崖から落ちて――無事に生き残った瞬間を、何よりの快感としている人間だ。


 森へ遊びに行けば必ず遭難し。

 川へ行けば流されて滝から落ちて。

 山へ行けば吊り橋から足を滑らせる。

 幼少期の彼女はそれはそれは危ない目に、自ら進んで遭遇し、その全てを無傷で帰ってきた。


 ”アタシの噂を聞いたセネっちが、アタシを相棒に選んでくれたのは嬉しかった“

 

 セネートが大ハマりしている『武遊』は、精霊にとって最も安全で、人間にとって最も危険な戦闘技術である。

 鍛錬の内容も苛烈そのもの、アルマは何度もセネートに文字通り武器として振り回されて、ぶつけられてきた。


 しかしアルマは、その鍛錬を苦とも思わない。

 単純に落下するより勢い良くぶん回され、岸壁より硬いものに衝突する。

 自らの頑丈さと、防御の技術を磨き上げて、鍛錬を無傷で切り抜けることこそ、アルマの楽しみであったからだ。


 武遊の技を身につけたアルマは、生まれて初めて武遊大会へ出場した。


 “ここでもアタシは、幸運に恵まれた”


 周りは皆アルマより年上で、身体の大きな先輩ばかり。

 本当なら初参加の自分が勝てる筈のない相手ばかりと、武遊の技で文字通りぶつかり合った。

 絶対にコテンパンにされる――そう思いながら、その実相手をボコボコにして手にした勝利に、アルマは心の底から喜んだ。


 そうしてアルマは、無敵の武遊チャンピオンの座を、セネートと共に手に入れたのである。

 武遊の楽しさに目覚めたアルマは、何度も何度も、大会に出場しては無傷で切り抜け、勝って、勝って、勝ち続けていって――。


 ”この頑丈な身体に感謝したことは、人より大きな恐怖スリルに挑めること“


 ”文句があるとすれば、その恐怖スリルに慣れてしまった時、次の恐怖スリルが見つからなかったこと“


 もはやアルマは大会で勝つのが当然になった。

 武遊の鍛錬にも慣れきってしまった。

 今更崖から落ちてみようが、怖くもなんとも思わない。

 平和な世界には、アルマの望む恐怖スリルがあまりにも少なすぎたのだ。


 足りない。

 ゾクゾクするあの感覚が、全く足りない。


 だからアルマは、遥か東方のダルコ州へと引っ越したのだ。

 ダルコ州にある特区、そこには人類が殺し切れなかった魔物がいまだ存在している。

 魔物達との命の奪い合いなら、再び恐怖を楽しめると信じて。


 そして今、アルマはサブマッチの最中――



「このまんまだとアタシ達100パー負けるんでしょ!!?」

「その通り、あてくしたちは負けるワ」

「最っ高! 最高じゃんそんなの……!!」


 ――久方ぶりの恐怖スリルに、その身を震わせていた!

 背筋を駆け上がるゾクゾクとした感覚に呼吸は乱れ、迫る敗北を回避すべく本能が全力で警鐘を鳴らす。

 恐怖による悪寒と興奮による熱量で、アルマの表情は上気し、兜の下では満面の笑みを浮かべている。


「ああゾクゾクするっ……! 身体が寒くて暑くて堪んないこの感覚っ……! ああもう、兜なんかつけてらんないっ!」


「あ、アルマさん……?」

「ヒエっ、様子が変デス……!?」


 兜を脱ぎ捨て、突然興奮し出したアルマを見て、思わずマティアスとガーネットは息を呑んだ。

 尋常ではないその笑みに、気圧されたと同時に嫌な予感(・・・・)がしたのだ。


 このままアルマを放っておけば、恐ろしい事が起きる、そんな予感だ。


「ウフフフっ、やっと調子が出てきたワネ。久しぶりに楽しそうな顔が見れた♩」

「うんうんっ! でも、あともうちょっと、もう一押しスリルが欲しいんだけど――そうだ、セネっち拡声器出して!」

「オッケー!」


 アルマは何かを思いついたらしく、セネートに何やら頼み事をし出した。

 それを聞き届けたセネートが指を軽く鳴らすと、ポンっ、と軽快な音を立ててアルマの右手に拡声器が現れる。


「おっと? なんやアルマ選手の様子が――

「ねえ! ちょっといいー!?」

「おわーっ!? び、びっくりしたー、いつの間に拡声器を……」

「いきなりごめん! アタシさ、最後の競技前に、皆に言いたい事があるんだけどー!?」

「……ってアルマちゃん言うとるけど。どないするデスティ」

「くっくくく、良いぜ。なんか面白えこと考えたんだろ」


 響き渡るアルマの声。

 何やら言いたいことがあるらしい彼女の要求を、デスティは愉快そうに笑いながら受諾する。


 そしてアルマは拡声器を手に、サブマッチを観戦している全校生徒に向かって――


「全校生徒のみんなっ!! アタシは、このサブマッチに負けたら、会長職から降りることをここに宣言するよ!!!」

「「「「え……ええええーーーーーっ!!!?」」」」


 このサブマッチの勝敗に、自らの立場を賭けると言い放ったのだ。


「ま、負けたら会長辞めるって!?」「タイムアタックはあと一回しか残ってないのに」

「僅差まで追いついたっていっても、今まで負け続きだぞ!?」「会長を辞めたいのか!?」「作戦があるのかも……」


 宣言を聞いた生徒達の間に衝撃が走り、困惑の騒ぎ声が立ちこめていた。

 なぜ今、こんなタイミングで。

 そもそもこのサブマッチは、ただの祭り事ではなかったのか?


「アルマさん、一体どうしてそんなことを……」

「安心してよマティアスくん。別に捨て鉢になってるわけでもないし、会長が嫌だったわけでもない。ただ――」


 マティアスの問いかけにアルマは首を横に振って答える。

 負けた所で失うものなど何も無かったサブマッチに、わざわざ自らの立場を賭けた理由は。


「――負けて失うものがあった方が、スリルは大きくなるじゃん?」

「えっ」


 ただ、それだけの理由であった。

 

 アルマの趣味嗜好に、マティアスは固まってしまった。

 理解できなかったのだ。

 確かに、人間は恐怖に対し、逃げずに立ち向かう選択肢を取ることが出来る。

 しかし敢えて自ら恐怖を増やそうとは普通はしない、ましてやソレを楽しむためにやるなんて、正気の沙汰とは思えなかった。


「な、なんとアルマ選手! サブマッチに負けたら引退宣言! デスティ、こんなんアリなんか!?」

「くっははは! 良いじゃねーか! 今回はやってねーが、サブマッチは金を賭けることもできモガモガ」

「だから賭け(ソレ)は大声でゆうなって! ……えー失礼! なんと主催のデスティはこれを許可! アルマ選手、自ら後に引けんこうなってしもうたー!」


 アルマの提案を、デスティは笑って許可する。


「うふ、うふふふっ、あはっ。きた来た。ゾクゾクがきたっ」


 その瞬間、空気が変わった。

 マティアス達が感じた嫌な予感が、現実のものとなる感覚。


「今のこの気持ちなら、出来そうな気がする」

「! ついにアレをやるのねっ! ほああぁぁぁぁーーー!!!」


 アルマの身に纏う鎧が、薄紫色の光に包まれる。

 精霊セネートの身体はバチバチと紫電が迸り、みるみるうちに、確かな実体を帯びていく。

 それは、顕現と呼ばれる現象。

 この世あらざるモノを、この世のものとして定着させる行為。


「――完全顕現パーフェクト・サモン

「あてくし、ウン10年ぶりの完全顕現パーフェクト・サモンっ!」


 光と紫電が収まった後、アルマ達の様子は一変していた。

 アルマの鎧は、まるで金細工のごとき金色の装飾が入った、豪奢なデザインとなり。

 精霊セネートは、その両足をずしんと大地に踏みしめている。


「ワォ、アルマの鎧、デザインが豪華ゴーカになってマス……。一体何が起きたんデスカ?」

「それだけじゃ、ないかも。なんというか、セネートさんの存在感が……」


 先程まで露とも感じなかった、ビリビリとした感触。

 目の前にいるセネートの存在感が、明らかに増している。マティアスはそう直感していた。


「な――なんやなんや!? 突然の引退宣言と思うたらなんか色々起こっとる!? アルマ選手は一体何をしたんや!?」

「完全顕現だ。この世界に精霊を実体化させる手段の一つにして、精霊使いの奥義だな」

「完全顕現? えっと、精霊を実体化させる魔法っちゅうやつ?」

「強制顕現とは別もんだ。完全顕現はこっちの世界でも精霊が100%の力を出せるようになる」

「さっき言った精霊が脆いっつー話も、完全顕現なら話は別だ。ああなった以上、攻撃は当たるが生半可なものじゃビクともしねーだろーな」


 解説するデスティはアルマたちの変化に驚く素振りも見せず、冷静だった。


「しっかし、えらく使うのが遅かったな。チャンピオンっつーから奥義ぐらい使えるとは踏んでたが……」


 首を傾げるデスティに対しセネートは「そーいうワケじゃないノヨ」と言うと。


「この完全顕現、使える資格を得ても、ハジメテの時は精霊使いがそれなりに盛り上がってないと使えないの。そしてあてくし達、これが初めての完全顕現ってワケ」

「なるほど……これがオメーらにとって、初めて熱が入った勝負ってわけか、そいつは光栄だ」

「ええ、本当に感謝してるワ。あてくし達をここまで追い込んでくれたんですもの」


 つまるところ、サブマッチでマティアスとガーネットに追い詰められ――恐怖スリルを感じたゆえに、アルマ達は初めて奥義に開眼したのだった。

 

「マティアスくん、ガーネットちゃん。本ッ当にありがと! こんなにゾクゾクしたのホント久しぶりでさー!」

「ど、どういたしまして……?」

「オオゥ、凄くハイになってマスネ」

「そりゃハイにもなるよアタシこんな追い詰められたの初めてなんだぞー!?」


 終始ハイテンションとなったアルマに、マティアス達はドン引きしている。

 そんな2人に対してアルマはブンブンと両手を振りながら、言葉を続けると。


「でも、でもね。アタシ負けそうなのも好きだけど、負けそうなところを勝つのがイチバン好きだから――完全顕現(コレ)で勝たせてもらうよん」

「「!」」


 一転して静かに、勝つのはアタシだと挑発するのであった。


「ソーはいかないデスヨ!」

「勝ち切らせてもらいます」


 対するマティアスとガーネットもまた、受けて立つと返答する。


 アルマはそんな2人をみて、更に笑みを深める。


「さあマティアス君! ガーネットちゃん! もっとゾクゾクしていこう!!」


 残されたタイムアタックは、あと一回。

 『精霊使い』と『魔弾の射手』と「千変万化』の速さ比べが、決着を迎えようとしていた。

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