19話:それは、彼女が待ちに待ちわびていたもの
「選手のみんなはスタートラインに着いて準備万端! コースの整備も終わって、いつでも開始できるで!」
公平を期すため、全員のコースは最初と同じように、綺麗さっぱり整えてある。
ガーネットが魔弾で土を盛り上げた痕跡や、マティアスが残した地面の破壊痕もすっかりなくなっていた。
「これより、2回目のケセラン・パサランタイムアタック――スタートだ!」
ガーネットにとって、1度目のタイムアタックは下見に過ぎなかった。
わざわざ魔弾を使って高所を用意したのも、そしてケセラン・パサランを撃ち抜くために、わざわざただの銃弾を使ったのも、すべてはサブマッチ最短攻略のための下調べ。
その下調べで一位を取ったのだから、ガーネットは内心、勝ったも同然のつもりでいた。
(フッフッフ……。今度のサブマッチは、ワタシがイタダキデス!)
初回で得た情報を元に、ガーネットが編み出した最短攻略法。それは。
「ンー……しょッ!」
膝を曲げて、それから勢いよく伸ばす。
だんっ! とガーネットの体が大きく宙へと舞い上がった。
土の魔弾でわざわざ土台を作ったのは、お邪魔グールに遮られない高度を確認するため。
一度その高さを把握したなら、土台のための魔弾は要らない。
脚力だけでジャンプして、おおよその高さまで到達できれば良い。
「が、ガーネット選手! 跳び上がったって高あっ!?」
「土台とほぼ同じくらいか、初回のは高さ確認だったわけだ」
これで、足場を作る時間を短縮する。
しかしそうなると、次の問題が発生した。
ガーネットの身体は空中にある、地に足はついておらず、当然狙いを精密には定めることはできない。
だが、問題ない。
「ボンバー・バレット!」
放つ弾丸は、魔弾なのだから
今、ガーネットが銃に装填しているのは爆発の魔弾。
魔弾とは命中した場所の魔力を吸い上げて、魔法を炸裂させるマジックアイテムである。
即ち、わざわざターゲットに直接当てずとも、大雑把にターゲット付近の地面に当ててしまえば――
「bang!」
バァン! と重苦しい発砲音と共に、爆炎がケセラン・パサランを包み込んだ。
「こっ、これはっ……!!?」
その光景を間違いなく目撃したジュンコは、しかしガーネットがタイムアタックをクリアしたと、実況することが出来なかった。
なぜなら、魔弾の炸裂音と同時に――
「3人同時っ! 選手3人が、同じタイミングでタイムアタックを攻略したーっ!!?」
――マティアスとアルマのコースからもまた、凄まじい破壊音が響き渡ったのである。
====
時はほんの少し遡り、2回目の競技が始まる直前。
マティアスはスタートラインに着いてから、仁王立ちの姿勢で静止している。
その表情に焦りはなく、静かにケセラン・パサランを見据える姿は、まさに武人の如き佇まいであった。
そんな彼はというと。
(む、むむむむっ……だめだぁ! ガーネットさんが速すぎる!)
落ち着いた雰囲気だけは出しつつ、その実大いに動揺していた。
そう、どのようにしてガーネットのタイムを上回るかを考えに考え、結局何も思い浮かばなかったので、お手上げ寸前になっていたのである。
(だってガーネットさんは引き金を引くだけでターゲットを倒せるんだよ……? 僕がどんなに空気抵抗を減らしたって、突進なんかじゃ勝てっこない……!)
ガーネットは上から引き金を引いて撃つだけでターゲットを仕留められる。
一方でマティアスは、パワーこそ魔弾に引けを取らないが、自分自身を弾丸にして飛ばしているも同然だ。
要するに小さな弾に比べて、マティアスは大きすぎるのだ、そしてそのサイズ差が今の順位に表れていた。
マティアスは今回のサブマッチがあまりにもガーネットに有利過ぎて「ちょっとずるい……」と思いながら、どうにかしようと頭を回していると。
(もっと早いやり方じゃないとダメだ! それこそガーネットさんみたいに遠くから――あ)
根本的に、別の手段でタイムを縮める必要がある。
そう考えたマティアスは、まず「ガーネットみたいに」と思った瞬間に。
「……そっか、ガーネットさんみたいにやればいいんだ」
自分も同じ手段を取ればいいと気づいたのだった。
――そうして、二度目のサブマッチの火蓋が切られた。
「千変万化流」
始まった瞬間、マティアスは尻もちをつく形で両足を地面に投げ出し、腰を地面に降ろした。
その姿勢のまま目を瞑って、想像する。
「前面、空竜」
この両腕と胴は、大空を舞う最速の蒼竜であり――
「背面、盾蟻」
――この背中は、鉄壁の守りを誇る盾蟻でもあり――
「両足、終極兜虫」
――この両足は、大地を深く掴む甲虫の鍵爪であると。
マティアスの腕、胸、足、背中が一瞬だけ消える。
「混合型、空竜砲!」
現れた姿は、1度目のタイムアタックの時とは真逆の姿だった。
身体の前面にドラゴンの頭を生やし、背中を甲羅の如く盾蟻の頭で守っている。
そして、新たに追加された甲虫の両足は、地面に深く食い込む鉤爪となり、マティアスをかたく地面へ固定している。
思いついてしまえば、単純な発想だ。
ブレスを吐けるのなら、それを推進力にするのではなく。
「空竜砲、発射!!!」
相手に向けて撃てばいい。
カァッ!!! と胸の竜頭から、爆発のごとき烈風が放たれる。
「……っ、ぐぅ!」
完全に変身していないとはいえドラゴンブレスの反動は凄まじい、地面に食い込んだ甲虫の足がガリガリと地面を引っ掻き、マティアスの体は後ろへ飛ばされそうになりながらも、なんとか踏みとどまる。
――空竜の吐息はその名の通り空気弾に過ぎず、他のドラゴンとソレと比較すると当然殺傷力は低い。
しかし、属性も何もない純粋な吐息は、他のブレスよりも速度に優れている。
そして何より、このサブマッチにおいてはブレスの勢いこそが重要だった。
(全部吹っ飛ばして……っ! ケセラン・パサランにぶつけるっ……!!!)
マティアスはガーネットと違い、高さを確保していない。
地面に立ったまま真っ直ぐ、ゴール地点めがけてブレスを放ったのだ。
当然、コース上を彷徨うお邪魔グール達はなす術なくぶっ飛ばされていく。
そうして行き着く先は、ゴール地点。
ケセランパサランめがけて、何十体ものお邪魔グール達が、質量ととんでもない速度を伴って。
ぐちゃあっ!! と、肉と肉が叩きつけられ、崩れる音が響き渡った。
ケセラン・パサランの姿は確認できないレベルで圧縮されていたが……全ての肉塊が消え去った時、そこには何も残っていなかったのがクリアの証明となった。
====
同じく時を少し遡り、二度目のスタートの合図が聞こえた直後である。
「ランプラーアーマー、変形! 球形態!」
その掛け声で、アルマの身体は閃光に包まれる。
光り輝くシェルエットはみるみるうちに形を変えて――真ん丸な球体となった。
その形は、普通の人間では成立しない姿勢。
しかしアルマの身にまとう鎧――精霊の器が持つ力によって、彼女は身体に何の負荷もかからないまま、武遊に適した姿に変形できるのだ。
「いつもは指で弾くケド――今はトクベツ! 人間ビーダマならぬ、人間フットボールよっ!!!」
球体となったアルマを、巨大化したセネートは右足の甲で思いっきり蹴飛ばす。
ドンッッ! と大砲を撃ったような轟音と共に、アルマは前方へ空高く吹っ飛んでいく。
無論、そこで終わりではない。
蹴飛ばすだけなら、単に準備時間が短くなったベーゴマだ、加えてこの軌道ではケセラン・パサランを飛び越してしまう。
故に、アルマとセネートは他の2人に勝つべく、多段加速という手段を取ることにした。
「人間は友達! 怖くないワっ!」
アルマがコースの半分を飛んでいった辺りで、セネートが叫ぶ。
するとその巨体は一瞬にして消え去って、同時にアルマが蹴飛ばされた空中へその姿を現した。
精霊はこの世に干渉できない故に、この世の法則を無視して動くことができるのだ、特に相棒や器の下へ一瞬で移動することなど簡単なのである。
そうして現れたセネートは、ゴール地点に対し背を向けた状態で、後ろ宙返りの如くぐるりと身体を縦回転させながら――
「繋ぐわよっ! アルマちゃん!」
「オッケーっ! セネっち!」
「オーバーヘッド・フェアリアル・シュートッ!!!」
――高く上がった右足をアルマにぶち当てて、シュートを繰り出したのである。
アルマは更なる加速を経て、ケセラン・パサランのいるゴール地点へと落下してく。
「変形! ランプラーアーマー蹴撃形態!」
そして最後に、アルマは最後の仕上げに入る。
それまでのボール形態から人の姿へ戻って、空気抵抗を極限まで減らす。
「喰らえ! これがアタシ達の……フェアリアルキック・ダブルアクセルだぁーーーーーっ!!!」
セネートのシュートによる勢いはそのままに、アルマはキックの姿勢で高速落下して。
ドゴォン!!! と大地を揺らす轟音と共に、ケセラン・パサランを粉砕するのであった。
====
「な――なんと今回、全員がほぼ同時にクリアーや!」
「「「「おおおおーっ!!!?」」」」
それぞれのコースから発生した三つの破壊音に、ジュンコだけならず、観客からも歓声が上がった。
「誰だ!? 誰が1番だ!?」
「わっかんねぇ!? 速過ぎて、何が何だかわかんねー!」
「銃……いいな、かっこいいかも……」
「つか会長、あんな技使えるんだ……。オレ達とやった時とか全力だしてなかったんだな」
「あのちっこいの、もはや人間じゃねーだろ……!?」
観客達も、誰が1番速かったのか、皆目見当がついていない様子であった。
それほどまでに、3人がタイムアタックをクリアしたタイミングは重なっていたのである。
「ガーネット選手は初回より確実にタイムを縮めてきたけど、マティアス選手とアルマ選手もそれに負けんぐらいキッチリ追い上げて来たでー! とゆーか誰が1番なんかウチにも分からんのやけど!?」
「撃破順はターゲットを用意した俺がしっかり把握できてる。順位はキッチリつけられるから安心しな!」
実のところジュンコですら正確な順位が把握できていなかったので、内心「どないしよコレ」と焦っていたものの、幸いデスティが正確に把握しているらしい。
「全員気になってるだろーから、一斉にに発表するぞ。2度目のタイムアタックは――」
「――1位マティアス! 2位ガーネット! 3位アルマだ!」
「やった!」
「オォゥ!? い、今ので負けテマシタ!?」
「嘘でしょ……!?」
「マティアス選手がここでトップに躍り出たっ! 解説のデスティ、この勝因はどうゆう感じなん?」
「順位は付けたが3人とも僅差も僅差だ。とはいえケセラン・パサランを倒すのにもっとも手順を必要としなかったマティアスに軍杯が上がったってところだな」
「なるほど! つまりパッと攻撃して、パッとターゲットに当てたマティアス選手が勝ったっちゅーわけやな!」
「身も蓋もねーこと言えばそうなるな」
このサブマッチは、突き詰めればターゲットへの攻撃到達速度と攻撃への移行速度をどこまで短縮できるか勝敗がきまる。
3人は皆同じぐらいの速度でケセラン・パサランに攻撃を当てているが、マティアスのとった手段は、変身したその場でブレスを吐くのみ、この差が順位に現れたと言えよう。
「それとガーネット選手とアルマ選手は、こっから逆転するチャンスはあるんやろか?」
「そうだな、かなり難しいと俺は見てる」
「え、そうなん?」
まるでマティアスが大差で勝利しているようなデスティの言い方に、ジュンコは首を傾げた。
「さっきの見た感じ、2人ともマティアスくんに負けんくらい速かったと思うけどなぁ。タイムも僅差なんやろ?」
「『余計な事をせず一直線にターゲットへ攻撃を当てる』。マティアスはこのタイムアタックにおける最短最速を実践しやがった。他2人も同じ事が出来ねーと勝負にならねえ」
「ちゅーことは、ガーネット選手とアルマ選手は、一直線にターゲットを狙えんのやろか?」
「ガーネットはお邪魔グールが相当邪魔になる筈だ。アルマの方は……これまでの武遊の技を見るに、そう言う類の技がそもそも無いんじゃねーか?」
マティアスと他2人の差は、近いようで思った以上に遠い。そうデスティは見ているようだった。
「ムムム……。不味いデスネ、コレ」
ガーネットは悩んでいた。
デスティの解説を聞き、試しに地面に立ったまま銃を構え、ゴール地点を狙ってみたのだが……案の定、お邪魔グール達が邪魔で仕方なかったのである。
魔弾は確かに必殺の威力を持っているが、当たれば炸裂してしまう特性上、障害物を貫いてターゲットまで届かせることは出来ないのだった。
「フツーの魔弾では無理……」
ではいかにして魔弾の射手は、障害を掻い潜り、ターゲットを狙い撃つかといえば。
「仕方アリマセン。マダ試作品ですが――ソッチの方が燃えマスネ!」
やはり、奥の手を出す他あるまい。
そう、ガーネットは笑うのであった。
「…………」
「セネっち?」
アルマは解説を聞いたきり黙り込んだままのセネートに、たまらず声をかけた。
ソレは、彼女にとって異常事態であった。
精霊セネートとは、陽気で、遊び好きな精霊である。
武遊も戦いもピンチでさえも余裕綽々で臨み、楽しむ姿勢を崩すことがない彼女(?)は今、不気味なほどに沈黙しているのであった。
「……アルマちゃん、ゴメン。このままだとあてくしたち、勝てないかもしれない」
「えっ?」
――あのセネートが、弱気になってる?
沈黙を破ってでた言葉に、アルマは更なる衝撃を受ける。
「い、いやいや、セネっち? どしたのさ? らしくないじゃん勝てないかもなんて」
その時のアルマは、自分が最下位だと知らされた時以上に動揺していただろう。
セネートの弱音なんてこれまで一度だって聞いたことが無かったのだ、動揺しないわけがない。
「このサブマッチ、あてくし達と相性が最悪ヨ」
「そりゃ、連続で最下位になっちゃったけどさ。惜しいとこまで来てるし、勝ち目が無いわけじゃ」
「いいえ、ないワ。今のあてくし達が出せるタイムはもう頭打ち。これ以上、縮める余地はない」
「……っ!」
「あてくし達が知ってる武遊――人間メンコでも、人間ビーダマでも、人間チャリオットでも、どう創意工夫を凝らしたところで、ターゲットをその場から撃ち抜く技には成り得ないワ」
精霊による肉弾戦の延長である武遊では、遠距離を攻撃できるあの2人にタイムで上回る事は難しい。
故にセネートは、断言する。
「あてくし達、このままだと絶対に勝てないワヨ」と。
「それって、そんなのって……!」
セネートの言葉にアルマは俯き、声を震わせる。
握る両手拳には力が入って、纏っている鎧の籠手がギシッときしむ音を立てていた。
アルマの心は、打ち震えていた。
無傷無敗、あらゆる勝負に勝った自分たちが、今、無様に敗北しようとしていることに。
鍛えた技も、力も、頑丈さも、全てが通じないサブマッチでは、無力同然である事実に。
初めての敗北が目前にまで迫り、今まで築き上げてきた物が、ガラガラと崩れるような感覚に。
ゾクリ、ゾクリと背筋に寒気を覚えて。
「待ちに待った、絶体絶命のピンチってことじゃん……!!!」
彼女は笑っていた。
そう、アルマは恐怖に打ち震えて、喜んでいたのだ。
「ええそうよ、アナタが待ちに待ち侘びた――スリルが遂にやってきたワ」




