18話:迫る『敗北』
精霊使いの国アヴェルニアにいた頃のアルマにとって、『勝利』の二文字は常に傍にあるものであった。
「初めましてアルマちゃん! あてくしは武遊の大精霊セネートよ」
「は、はじめまして、セネート様」
「んまー! 様なんてお堅くしなくていいのよっ! 呼び捨てでもあだ名でもいいから、もっと親しく呼んでちょーだい!」
「ええっと……はい。それで、アタシの相棒になりたいって、本当なんです……じゃなくて、本当なの?」
「そーよぉ、アナタの噂はイロイロと聞いてるワ! 端的に纏めれば……アナタ、ひいおじいさんより頑丈なんですってね」
「アナタの丈夫さに、あてくしの腕力があれば、この国の頂点をきっと取れるに違いないワ! あてくしと武遊の道を極めましょっ!」
セネートと初めて会うことになった、6歳のある日。
自信満々に言い切るセネートの勢いと熱に当てられて、アルマはコンビを組むこととなった。
戦士型の人間として生まれ、その中でも抜きん出て頑丈な肉体を持っていたアルマ。
そして、大精霊と互角の力を持つ怪力無双のはぐれ精霊セネート。
アルマは経験豊富なセネートの手解きを受けることによって、武遊の才能を開花させ、その頑健さを更に磨き上げていった。
結果、最高硬度の肉体を持つ人間を、最強の膂力を誇る精霊が武器として振るうという、無敵のコンビが生まれたのである。
アルマとセネートがコンビを組んで3年、そうして初めて臨んだ武遊大会。
当時アルマは10歳にも満たない年齢であった。
『武遊』とは見た目こそふざけている様に見えるが、精霊使いにかかる負担は凄まじいものである。
それ故に、武遊の大会とはある程度成熟した人間しか普通参加しない。
他の参加者は成人か、それに近い年齢の人間ばかりであった。
アルマとセネート以外の誰もが、彼女は最初から負けさせるために参加さられたのだと思っていた。
挫折という現実を知るため、精霊使いの修行としてあえて参加したのだと。
だが、現実は違っていた。
アルマは無傷で勝利した。
『全ての試合において負傷することなく勝利を収める』という、前人未到の記録を打ち立てながら。
ベーゴマ競技で回転しながら何度ぶつかり合おうとも、メンコ競技で幾度となく地面へ叩きつけ合っても、ビー玉競技で滅多うちにされても、どれだけ相手が大きかろうが彼女は傷つかない、傷をつけることができない。
時にはアルマ以上に精霊使いの力量に優れた戦士が、精霊使いの奥義を以て挑んできた事もあった。
だがそれでも、アルマは無傷で勝利していた。
何者にも傷つけられないアルマと、全ての精霊に勝る膂力を持つセネートが優勝することは、もはや必然だったのである。
そうしてアルマは数年間、武遊大会チャンピオンとして君臨した。
人々は年若いこの最強の精霊使いを、アヴァルニアの人々は『金剛の原石』と呼び、畏怖したのである。
そうしてアルマが15歳となった時。
彼女は何を思ったのか、故郷を出てダルコ州へと移り住み、ダルコ武闘学校へ転校した。
そこでもまた、アルマの勝利は揺るがない。
恐怖政治を敷いていた当時の生徒会にちょっとした因縁で目を付けられ、戦うことになっても。
アルマは無傷で勝利してしまっていた。
四天王も、当時の生徒会長も、やはりアルマを傷つけることはできず、セネートの膂力に蹂躙されたのである。
そして今、生涯無敗を誇る最強の精霊使いは――――。
「なんとこれは意外な結果! 武闘学校最強のアルマ選手、マティアス選手とガーネット選手に大きく水をあけられまさかの最下位や!」
――あっけないほどに、敗北の淵へと追い詰められていた。
無敵で無敗の生徒会長が、まさかまさかの現状最下位。
余りの予想外の結果に、観客席は騒然となっている。
「アタシが、ドベ……!?」
現状をまともに認識できていないような、呆然とした素振りでアルマは呟く。
それも仕方ないだろう。先程自分の出したタイム、それも結構な自信があったソレが、易々と上回られてしまったのだから。
「アルマちゃん! あてくしのせいよっ、ゴメンッ!」
「セネっち、ど、どゆこと?」
びゅん、とアルマのいるゴール地点までセネートが追いかけてきて、アルマの元へくるなり両手を合わせ平謝りし始めた。
しかし、そんなセネートを見てアルマはますます動揺する。
セネートの動きにはどこにも問題は無い、むしろ完璧なパフォーマンスだったと感じていたからだ。
「判断ミスよっ! この競技、ベーゴマで挑むべきじゃなかったワ!」
「ベーゴマで挑むべきじゃなかったって……」
「あてくしが……あてくしがアルマちゃんを投げた頃には……っ、他の2人はとっくにクリアしちゃってたのヨっ!」
「!?」
驚愕し、おもわずアルマは左右のフィールドにいるマティアスとガーネットを見やった。
右隣にいるマティアスは、地面に一直線の破壊痕を残しながらゴールへ辿り着いていた。
しかし、何の姿に変身していたまでははわからなかった、既に人間の姿に戻っていたからである。
左隣のガーネットに至っては、スタート地点から前へ一歩も進んでいない。
ただ、彼女のいる地面が小山のように隆起していて、高台から銃を撃ったらしいことが分かるのみだった。
(マジだ。2人ともとっくの昔にクリアしてる。一体どうやって……)
彼らは一体何をしたのか、どうして自分が負けているのか、全貌が掴めないアルマが歯噛みしていると……。
「ちょい遅れてもうたけど、ここで各選手の動きを改めて実況解説していくでー!」
丁度いいタイミングで、ジュンコが実況を挟み込んできた。
どうやらタイムアタックという都合上、全員の実況を一度にすることができないからか、競技が終わってから実況する形をとっているようだ。
「まずは一位のガーネット選手! スタート直後に地面が突然盛り上がって高台が出来とったな! そんで高い所からケセラン・パサランを見事撃ち抜いとったで! あの高台はどーやって作ったんやろな?」
「魔弾だな。土魔法を刻んだ魔弾を、スタート直後に足で踏みつけて発動させた。そうして作った高所から、お邪魔グールに邪魔されずにターゲットを撃ち抜ける射線を確保したわけだ。あの距離から正確に撃ち抜いたのは流石の腕ってところだな」
「なるほど! やはりこの手の勝負、その場から遠くまで届く銃は強かった!」
「フッ……あの程度の距離にフワフワのターゲット。魔弾を使うまでもアリマセン」
小山の上で、ガーネットはニヒルっぽく笑う。
恐るべきことに、彼女は自分の本領である魔弾を、攻撃に使わないままに一位の座をもぎ取ったのである。
それほどまでに銃とこのサブマッチの相性は良かったのだ、そしてそれは、まだまだ彼女に余裕があることも示している。
「そんで2位のマティアス選手は――なんかこう、ようわからん姿になっとったな。背中にドラゴンの顔が生えて、正面が……なんか盾みたいに分厚くて平ぺったいモンに変身して。そんで、とんでもない勢いで突っ込んでった!」
「正確には背中をエアロドラゴンの頭部、正面は構えた両腕をトータスアント(巨大盾アリ)の頭部に変身した、だ」
「ひぇっ、あ、アリの頭なんかアレ……」
「風のドラゴンブレスを背中から吐き推進力に変えて、鉄より硬いアリの頭を構えて突っ込んだわけだ。まぁお邪魔グールにぶつかろうが、ブレスの勢いでゴリ押せると考えたんだろう。実際は空気抵抗が足を引っ張ったみてーだが」
「いやーとんでもない姿と速度やったけど、ガーネット選手に一歩及ばず! この後の逆転に期待やな!」
「あちゃあ……思ったより速度が出なかったな。別のやり方じゃないとガーネットさんに勝てないや」
やってしまった、とばかりにマティアスは額に手を当てて嘆息している。
しかし今回はガーネットに後れを取ってしまったが、複数の魔物の姿を組み合わせサブマッチに適した姿へと変貌していく彼は、回数を重ねるごとに確実にタイムを縮めていくだろう。
「なるほど、2人ともただ者じゃないのは知ってたけど……想像以上にヤバイね」
実況を聞いて状況を理解したアルマは、マティアスとガーネットの力を改めて実感した。
自らの頑丈さを文字通り武器にして振り回す精霊使いとも、鍛えた肉体に魔法の力を上乗せする武闘学校の生徒達とも違う強さ。
しかもサブマッチにおいては、今の所、自分たちを上回っている。
「そして3位アルマ選手は、精霊セネートによる人間ベーゴマの遠投……やったけどそのタイムは他2人に比べてだいぶ差がついてしもうたな!」
「アルマの方には速度を落とさない工夫もあった、お邪魔グールをものともしない威力もあった。相手が同じ精霊使いで、人間ベーゴマで競い合ったなら最速だっただろうな」
確かにアルマには実力がある、デスティはそう前置きしたうえで「だが」と言葉を続け、アルマが最下位となった理由を語り始めた。
「スタートに時間をかけ過ぎだ。セネートがアルマに糸を巻く時間が数秒。これが致命的なロスだった」
「あーたしかに、投げてからは他の二人に負けんくらい速かったけど、投げ始めるまでがなぁー。スタート前に巻くようにしてあげんの?」
「そうしてもいいが、それでも2人のタイムを上回ることは難しいだろうな」
「ほうほう、それはなして?」
「そもそもベーゴマは近距離でぶつかり合って戦うのであって、遠距離を狙い撃つもんじゃねえ」
「ごもっともな指摘や! アルマ選手、次はもっと出の早い技やないと逆転は厳しいかー!?」
そう、このサブマッチに求められるのはあくまでケセラン・パサランを素早く倒すための速さ。
ベーゴマ投法による回転が生み出した破壊力は、ひ弱なケセラン・パサランには過剰すぎて、無駄が多すぎたのだ。
「ちょっと考えたら分かってたのにっ! あてくしのおバカ!」
「セネっち、切り替えてこ」
ぼかぼかと頭を叩くセネートをアルマは冷静に制止する。
そう、今回の記録は大ポカをやらかしてしまった様なものだ。
自分達はまだ負けが決定したわけではなく、技を出し尽くした訳でもないのである。
「別の技だったら、もっといいタイムが出せるはずだよん」
アルマはニヤリと笑う。
それは余裕の表れか、それとも……。




