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11話:サブマッチで勝ちまくり! 稼ぎまくり!

 マティアスが二度のサブマッチに勝利を挙げた、その日の夕刻である。


「た、ただいま……」

「おかえりマティアス、今日は少し父さんから話があるんだ。ちょっとリビングに来なさい」

「え? えっと、はい……」


 マティアスは帰宅して早々――持ち帰った賞金の事をいう暇もなく――父にそう言われてしまったので、リビングへ直行することとなった。

 ひとまず、サブマッチの優勝賞金が入ったカバンは席の後ろにドサっと置いておくことにする。


 テーブルを挟んで相対するは父と母。2人からはどこか重苦しい雰囲気が感じ取れた。

 どうにも和気藹々と家族で談笑する空気ではない、十中八九、お説教の類がコレから始まるだろうと直感する。


(お、怒られる雰囲気だ……お金の事はまだ何も言ってないから、なにか別の事なんだろうけど。優勝賞金のことまで言っちゃったらますます怒られそう……)


 コレにはマティアスも、内心大いに悩んだ。主にお金のことを話すタイミングについてだが。

 これから行われるだろうお叱りの内容は、ぶっちゃけ心当たりはない。

 ないのだが、本日2度のサブマッチでマティアスが勝ち取ってきた大金もまた、更なるお叱りの原因になりそうなのは間違いなかった。


 これでも足掻いてはみたのである。

 帰る前に買い食いなどして少しでも常識的な金額まで減らせないかと苦心し、しかしたった一日の食費で使い尽くせる金でもなく、金を預けられるほど信頼できる相手もおらず、結局ほぼそのままの賞金を家へと持って帰る事になってしまったのだ。


 もちろん、マティアスが賞金を持って帰る事自体どこにも違法性は無い。正真正銘マティアスが稼いだ金なので、むしろ喜ぶべき事ではあるのだが……。


「話というのは――」

(い、言い出せるタイミングがないかも……)


 どうしようと困り果てるも、特に妙案が思い浮かぶこともなく、父はそのまま本題に入ってしまった。


「――マティアスが、千変万化流に励んでいることなんだけどね」


「マティアスが千変万化流のことが好きなのは、父さんも母さんも知ってる。お爺さんに千変万化流を習わなかったら、マティアスは今みたいに普通に生きてくことはできなかったし、だからお爺さんの跡を継いで千変万化流を続けているのも、お父さんもお母さんも理解できる」


「だけどね、のめり込み過ぎは良くない。今朝も学校に遅刻しそうになっていたのは覚えているね? 夜遅くまで練習して、朝早くも練習をしたからだと思う。だけど父さんと母さんには、それはやり過ぎてるように見えたんだよ」


 どうにも父と母は、今朝の遅刻しかけた事について、マティアスに言いたい事があったようだった。


「そ、そうかな……?」


 父の言葉に対し、マティアスは首を傾げる。

 他の人間がどれほどの時間を鍛錬に費やしているのかを知らないので、自分が鍛錬をやり過ぎているのかもわかっていないのであった。


(うーん、また鍛錬を早く切り上げて欲しいってお話かぁ……)


 確かに、マティアスは既に千変万化流の技を大方モノにしているし、なにより本来の目的であった体質の暴発を抑える心構えを収めている。

 鍛錬の時間を少々削ったところで、体質が暴走することも無いだろう。


 しかし、マティアスにとって鍛錬は習慣の域になってしまっていた。

 要するに、時間通りに鍛錬しないとどうにも気持ちが悪いのである。なので時間を削るのはあまりしたくないのだった。


「いいかい? どれだけ千変万化流が好きで、のめり込んだとしても、武術で食って生きていけるのは『終決士族』のような間引きになる事が決まっている人達だけだ」

「お父さんの言う通りよマティアス。千変万化流じゃ、お金を稼いで生きてくなんてできないのよ」


 父に続いて母も、現実をみろとばかりに千変万化流に励む事を諌めようとしてくる。

 普段であればマティアスも「こう言う時にじいちゃんが居てくれたらなぁ」などと、苛立ちと共に憂鬱な気分になるのだが……。


「えっ……と…………そ、そうなの、かなぁ?」


 今回に限っては、なんとも言えない気持ちになっていた。

 主に後ろにある優勝賞金のせいである。

 なにせこの金は正真正銘、千変万化流の技を持って稼いできたといえるのだから。


「つまりだマティアス。お父さん達が言いたいのは、武術にかける時間を少し減らして、空いた時間で将来のためになる勉強をして欲しいって話なんだ」

「そういうことよ、それでお話はおしまい。……そういえば今日はずいぶん大荷物を持って帰ったわね?」

「あーえっと、これ、全部お金です」

「「……お金?」」


 そうしてとうとう、話題が持ち帰った荷物の話に移る。

 どう話せば良いかなんて分かりっこないと判断したマティアスは、もうどうにでもなーれの精神で素直に白状した。

 両親は想像だにしない言葉を聞いてピシリと停止し、一拍おいてオウム返しに返事をする。


「はい、えっと、サバイブ・マッチっていう競技で、千変万化流の技で優勝して、稼いできました」

「「…………この大袋にみっちり詰まってるの? お金が?」」

「……はい」


「「「………………」」」


 家族全員が、気まずさと居た堪れ無さに沈黙する。

 これまでのお説教が全ておじゃんになった瞬間であった。


「ちょ、ちょっと、ホントなの――きゃあああ札束がぎっしりーー!?」

「か、母さん!? そんなことあるわけうわあああ僕の給料半年分よりありそうな額があああああ!!?」


 カバンの中身を見てしまい大パニックに陥る両親。

 当たり前である、恐怖さえ感じる量の額がカバンの中に詰め込まれているのだ、マティアスも持ち帰る時は気が気でなかった。


「マママティアスこれはどうしたの!? そもそもサブマッチって何なの!? 稼ぐにしたってこの額はバイトなんかじゃ考えられないわよ!?」

「そっ、そうだぞマティアス!? こっ、こんな、父さんの半年分の給料でも届かないくらいの大金……ひょっとして何か悪い事をして手に入れたお金じゃないのかい!? 正直に話すんだお父さんとお母さんも謝ってあげるから!」

「酷いよ父さんも母さんも!? 大体、変身魔法で悪事なんてできるわけないでしょ!?」

「「変身魔法で悪事は簡単にできるッ!」」

「そんなぁ!?」


 あまりの額の大きさ、そして突拍子もない入手経路に、両親はまず犯罪の関与を疑う始末。コレには、マティアスもショックを受けた。


 ……実のところ、平和になったこの時代、魔法を使って悪さを行う人間は居るには居る。

 しかも変身魔法は詐欺や泥棒が多用する魔法の筆頭だ。

 祖父からの厳しい教えもあって、マティアスは悪用の「あ」の字も思いつかないのだが……残念ながらそれでも両親は、まだマティアスが魔法を悪用して金を手に入れたと思う方が信じられるらしい。


「本当なんだって! 学校でサバイブ・マッチっていう力比べの競技を、デスティさんって人が開催してたの! このお金は優勝賞金! それと、えっと――あった。ほら、これがデスティさんの名刺!」


 マティアスは苦し紛れに、服のポケットにしまったままにしていたデスティの名刺を両親に見せた。

 両親はしげしげと名刺を覗き込むと。


「「なになに……『サバイブ・マッチ振興委員会総会長、デスティナ・ズゥ・ハーク』……ズゥ……ハーク……」」


 何故か、だんだんとその口調が遅くなり、顔色から血の気が引いていって――


「「ずっ、ずずずずずズゥハーク!!?」」

「!?」


 ――終いには叫び声をあげてしまっていた。

 何ならカバンの中身を見た時よりも、両親の顔は青ざめてしまっている。


「ま、マティアスこの名刺とお金っ、本当にこの、ズゥ・ハークさんから直接貰って来たの!?」

「え? うん。本人から直接手渡されたけど……というかデスティさんってそんなに有名な人なの? いやまあ色んな意味で凄い有名そうな人だったけど……」

「『ズゥ・ハーク家』といったらネクロマンサーのトップだ!」


 半ば叫ぶように声を戦慄かせている両親、まさか名刺一つでここまで動揺するとは思わなかったマティアスは、半ば呆然とする。


「あらゆるお偉いさんと宗教団体はズゥ・ハーク家に決して逆らえないっていうくらいの――『この世の影の支配者』よっ! 普通なら会うことなんてまずありえないわ……!」

「か、影の支配者……?」

「もし、本当にこの金がズゥ・ハーク家から贈与されたものなら、その意思に逆らって返金するなんてどんな恐ろしい目に遭うか……! まだ金を窃盗して捕まる方が未来があるくらいだ……!」

「そんなに逆らっちゃいけない人なの!? というかネクロマンサーって葬儀屋さんじゃなかったっけ!?」

「ズゥ・ハーク家は普通じゃないのっ! あらゆる死霊魔法使い(ネクロマンサー)の始祖、噂じゃあ、死霊魔法を極めすぎて不老不死の禁術を編み出したとか、死後の魂を天国か地獄に送るのは、神ではなくズゥ・ハーク家だとか……!」

「ま、まさかぁ……父さんも母さんも大袈裟だってば」


 両親から交互に、そして矢継ぎ早に繰り出される『ズゥ・ハーク家』という一族への畏怖の言葉の数々に、今度はマティアスの方が冗談を疑ってしまう程であった。

 

「大袈裟でもなんでもないわよっ!?」

「とにかくこのお金の事は不問! マティアス、貯金として持っておくんだ!!」

「はっ、はいっ! えっ、え……? 持ってていいんだ……」


 しかし、名刺の効果は絶大だった。

 すっかり恐れを為した両親は、優勝賞金をそのままマティアスの物として受け取るように言いつける。

 お金を返すよう言われると思っていたマティアスは、全く逆の事を言われてしまい、呆気にとられるのであった。


====


 そうして、その日の夜。

 マティアスは、山奥の千変万化流道場へと足を運んでいた。

 日課である夜の鍛錬をすることで、マティアスの一日は締めくくられるのである。


「母さんも父さんも、名刺一つであんなに怯えるなんて……」


 道場内へ一礼をした後、マティアスはひとり呟く。

 道場へ上がり灯り石のランプを付け、中庭への戸を開き、モップで軽く掃除を行う。

 いつもの鍛錬前の準備だが、今日はどこかゆったりとしていて、いわゆる上の空だった。

 マティアスは先刻の、両親の反応が気になって仕方がなかったのだ。


 ズゥ・ハーク一族。

 多くは葬儀屋を営むネクロマンサー達の、始祖にして頂点に立つ存在。

 恐るべき権力を持ち、超常的な死霊魔法を操るこの世の影の支配者。

 今日出会ったデスティは、その一族であるということ。


(確かに凄腕の魔法使いだし、お金持ちみたいだし、見た目は怖そうな人だったけど……)


 一通りの準備を終え、あとは技をぶつけるための山を再生させるだけとなった後も、マティアスは座った姿勢で考え込んでいた。

 両親から聞いたズゥ・ハーク一族の事と、実際に会ったデスティから受けた印象には、ズレがあると感じていたのだ。


(陰の支配者だとか、そんな風には見えなかったかな。頭の中はサブマッチ一色、って感じだったし) 


 今日初めて会ったばかりであるが、どうにもデスティがそんな恐ろしげな一族の一員とは思えないのである。

 とはいえ、考えた所でマティアスに何か出来ることがあるわけでもなく。


「きっとたまたま名前が同じだけだよ。うん。考えててもしょうがないし、鍛錬を始めよう」


 適当にそう結論づけて、鍛錬を行うことにした。


 それに、デスティはダルコ学園に転校してきたのだから、学校に通っていればおのずと顔を合わせることもある筈だ。

 デスティの出自については、その時にさりげなく聞けばいい―― 



「なあ、ここに入る時に頭を下げたのって、何か理由があんのか?」

「あっ、それはじいちゃんからの教えなんです。『技を磨く道場にも敬意を払うべし』って口酸っぱく言われるんですよ。――って」


 道場の入り口から、聞き覚えのある――具体的には今日一日だけだがたっぷり聞いた声がして、マティアスは思わず素直に答え、声を詰まらせる。


「デスティさん!?」

「よ。随分山奥で鍛錬してたんだな。どおりで下見でも見つからなかったわけだ」

「な、ななななんでここに……!?」


 場所を話したわけでもないのに突然現れたデスティに、マティアスは腰を抜かす勢いで驚愕する。

 この道場は町から離れた山奥で、迷い込む人間なんてまずいないのだから、余計に恐ろしかった。


「死霊魔法でちょいと追跡したんだ。サブマッチで飛ぶタイプのターゲットがいたろ? アレと視界を繋げて空から見てた」

「さらっとプライバシーが領空侵犯されてる!?」

「悪いな、サブマッチ後のゴタゴタで渡しそびれたものがあった。まあ些細なことだし気にすんな」

「些細な事じゃあない気がするんですけど……」


 デスティはなんて事ない様子で、魔法を使って道場の位置を特定したと白状する。

 そうして、道場の入口で軽く一礼すると、靴を脱いで道場の中へと上がり込んだ。


「入る時の作法はこんな感じか?」

「あっ、はい。態々丁寧に……」

「やって来たのは俺の方だしな。無礼があったら遠慮なく指摘しろ」

「はい(礼儀作法はちゃんと守るんだ……)。それで、渡しそびれた物って……?」


 マティアスはここに来た理由を尋ねると、デスティはくくくと小さく笑う。


「決まってんだろ? サブマッチをやったその日の夜、選手にやってもらうべき事はただ一つ……!」

(いや分かりませんけど何させられるんですか……!?)


 ゴソゴソと持っていたカバンを漁りながら、怪しさ満天の笑みを浮かべるデスティ。

 両親から聞いた『ズゥ・ハーク一族』の噂が頭がよぎって、マティアスの胸中は不安でいっぱいになる。

 これから自分は恐ろしい事をさせられるのではないか、この訪問も、わざわざ夜中で2人きりになるのを狙っているようにも思えてしまう。

 

 そうしているうちに、デスティは一枚の用紙をマティアスの眼前に突き出して――




「『サバイブ・マッチ改善アンケート』の協力をよろしくお願いに来たぜ」

「サバイブ・マッチ改善アンケート!?!?」


 実に、実にサブマッチ的な要求をされたのであった。

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