おとぼけキャラ
小説を書くときは、自分の記憶や経験、好きなものや事柄を使って作ってゆく。
だから、無防備になんでも晒して作ると、読者の反応が自分と違うとショックを受けることもある。
自分では、こう言うふうに受け止められると信じた反応が、違う方向に動くと混乱するし、自分では気が付かない、自分嫌な部分をダイレクトアタックされてしまったりする。
ので、そうならないように、色々、考えることは必要だと思う。
私の場合はジェネレーションギャップがあると思う。
私は剛の間抜けな行動を嫌いではなかった。面倒に思う事があったけれど、文句を言いながらそれなりに受け入れていた。だから、これは普通のことで笑って終わることだと思った。でも、時代は変わったのである。
昔は問題なかった行動もパワハラ、モラハラと分別されて、仕事場は穏やかだけれど、別の問題が出てくる。ノルマはこなさないといけない。叱咤激励がパワハラにされた現在、今度は行動心理学みたいな病名を知りたがるようになった気がする。少なくても、私にはそんなサイトがおすすめされる。
今までは、少し間抜けで済んだことに、発達障害とかパニック障害みたいなレッテルが貼られて漫画やラノベのキャラが考察されている。
その事はある意味では勉強になるし、良いのかもしれないけれど、でも、みんなは忘れている気がする。
漫画やラノベはフィクションで、少なからず作者の演出が入っている。
つまり、表現が大袈裟なんだと思う。でも、ネットではまるで物語のキャラクターが本当にいた人の話のように語られる。
その辺りがなんだか心配になる。
少なくとも、私の剛の表現は今風ではないし、この辺りは少し変更をしてゆく方がいいと思う。
私の物語を場外で討論なんてされないとは思うけれど、でも、どこかで剛が食い尽くし系の発達障害とか言われるのは悲しい。
剛は覚えが悪いところがあった。正直、私も何か障害があるのかと疑ったこともあった。でも、違った。
バブル崩壊、リストラ、震災、不景気、パンデミック。こんなのものに10年ちょっとで中年になってから襲われた剛は酒に慰められていた。覚えが悪かったのは酒のせいだと思う。
私は体質的にそれほどだけが飲めないから、いい感じに酒と付き合えているけれど、飲める人間はそうはいかないんだなって今は思う。そして、テレビや街の広告で酒のCMを見るのが辛いという気持ちも少し理解できる気がした。
前にエナジードリンクというものを飲んでみて、すんなり問題なく体が受け付けて、ただ、気持ちが良くなる経験をしてそれを感じた。私はカフェインと相性がいいらしい。だから、結構なカフェインをダメージを無自覚に受け入れてしまう。だから、こんなものを飲み続けたら依存してしまう気がした。
剛は覚えが悪かったし、必要な資格を取れずに何度も落ちていた。でも、色々とやらかして1人になって、そこから資格試験に合格した。少し反省して、酒も手に入らなくなるほど困窮して、そこから頑張ったのだそうだ。
でも、物語にその事情を書いていなければ、読者は適当な考察で剛の身に覚えのない障害のレッテルを貼られるのかと思うと、なんだかモヤるのである。
私の意見も正しいのか分からないけれど、色々と考えながら進んだゆこうと思う。
こういう時は不人気作家でよかったな、とかも思う。




