98 すべてを解決しようとは思わないわけで
「凪乃さん、それで早速ご相談があるのですが……」
「うん、なにかな?」
都の嫌疑への話が終わったので、花菜が早速凪乃への相談を持ちかける。
終わったことにしないと、延々と都が愚図りそうだったので話題を転換させる意図もあった。
凪乃は花菜のことを妹のように感じているのか、安心させるような笑顔を向けてきてくれる。
「恋人のお家に訪問をする件なのですが……」
「ああ……」
花菜の言葉を聞いた瞬間、凪乃の笑顔は崩れて遠い目をしていた。
「恐いですよね……?」
「そうだね……」
花菜からの率直な意見。
そして、それを受けて凪乃も素直に頷いた。
やはり凪乃も相当不安がっているようで、表情が段々と沈鬱なものへと変わっていく。
「私は都を誑かした悪い恋人って印象になってないか不安で不安で……」
「詳細は省きますけど、私なんて響ちゃんの家の不和を呼んだ元凶みたいな存在っぽくて……」
芳川家の恋人両名は、お互いの不安を吐露し合う。
花菜は同じような不安を抱えた同士が居てくれることに、失礼ながらも安息を感じていた。
同士が居るというのは、心強さに繋がるのだ。
「まぁた、凪乃が勝手に不安になってるよぉ。気楽にしてればいいのにぃ」
「だから、花菜もお客様なんだからドーンと構えてればいいって言ってるのに……」
だが恋人同士の結束をしていると、芳川姉妹からの横槍が入る。
二人とも恋人を慮っての言葉なのだが、どこか気が抜けているように感じられる。
花菜と凪乃は、そこが信用できないとばかりの視線を向けていた。
「むしろ、なんで二人はそんなに楽観としられるの……?」
「そうだよ、諍いがあった後の家族との対面だよぉ?」
芳川姉妹は恋人達とは、また別種の緊張感があっても然るべきであった。
だが、そういったものが姉妹二人からは感じられない。
「馬鹿だねぇ、二人ともぉ。なにも大丈夫じゃないからこそだよぉ! 私なんて連絡を絶ってたんだよぉ? そんなの怒られるに決まってるよぉ!」
「そうだね、まず間違いなく姉さんは怒られるね」
「そんなのがノコノコ帰ろうって言ってるんだよぉ! 二人なんて、私の陰に隠れて霞んじゃうよぉ!」
「私達の立場じゃなくて、都さんの立場を利用する相対的な作戦なんだぁ……」
「都の自業自得だから、感謝の心が湧いてこないよ……」
どうやら花菜達の心の平穏は、都の更なる波乱によって上書きされようとしているようだった。
確かに都を怒った後であれば、少しはこちらに向く目も優しくなっているかもしれない。
だが、あまりの自業自得っぷりに感謝の気持ちを向けることはできなかった。
そして、本当に大丈夫だろうかという疑念は消えない。
「大丈夫、私なんて数年振りにまともに話す予定なんだ。姉さん程じゃないかもしれないけど、インパクトでは負けてないと思うよ」
「響ちゃん、そこは誇らしげに言うところじゃないよぉ……」
響も都に続いて波乱による印象の上書き作戦に口を挟んできた。
確かに言う通り、響が当日普通に話しかければインパクトは絶大であろう。
「事情は少し伺ってるけど……。二人とも、親孝行しろとまでは言わないよ……。せめて本当に普通に接しようよ……」
「おいおいぃ、言葉が重いなぁ凪乃ぉ」
「それは、この前話したときに思いました……。反省してます……」
凪乃は両親を亡くしていることもあってか、説得力がある言葉になる。
芳川姉妹は、揃って諭されていた。
「ねぇ、花菜さん……。私達って、結構しっかりしないといけないんじゃ……」
「あれぇ? 私達、この件に関しては恋人に支えられる立場だったはずでは……?」
花菜は、この件に関して恋人からのフォローを期待していた。
凪乃も似たような様子である。
だが恋人達の様子を見ていると、しっかりしないといけないのは自分達なのかもしれないという気持ちにさせられてきていた。
「なに言ってるのさぁ、全然頼ってくれていいよぉ! いやぁ、本当だよぉ!」
「大丈夫だよ花菜。私は、なにがあっても花菜を守るよ」
「それに凪乃に関してもぉ、ちゃんと説明してるよぉ」
「そうだよ、花菜なんて私と姉さんの恩人じゃん」
漸くまともな言葉が恋人達から、凪乃と花菜にかけられた。
響と都は蟠りを解消したあの日からも親とは連絡を取っているようである。
特に帰省に当たっての連絡で、恋人を紹介すると報告してある。
そこで花菜と凪乃のことに関しても、ある程度説明しているようだった。
「それでも不安だってお話だよぉ」
「私達、初めてご両親にお会いするわけなんだから……」
「そんな特筆することのない、至って普通の両親ですよ……?」
自分達の両親というホーム側の芳川姉妹は迎える側なので、先程から気楽な空気が見て取れる。
だが、花菜は響を両親に紹介する際には緊張していたものである。
そういった趣は、芳川姉妹には無いのだろうか。
普通の両親だと言う響は、そもそも両親との会話自体が無かったので心の機微が分からないのかもしれない。
都は両親とのコミュニケーションが取られていたように見受けられるが、先程の言から察するに開き直っている節がある。
花菜のような心持を期待するのは、いささか間違いなのかもしれない。
「いやぁ……普通かなぁ……?」
「えっ、なにかあるの……?」
「いやぁ、普通だとは思うけどぉ……。あんまり比べたことないなぁってぇ……」
ここに来て、更に都から芳川家の両親に対してノイズになる情報が追加されてしまった。
だが花菜には、都の言いたいことも分かる。
それ程両親のことを、他家と比較することはない。
都と響が住んでいた土地であれば、知り合いの両親と話す機会も多かったのかもしれない。
そういった意味では、比較する対象は多いだろう。
都は、〇〇ちゃんのお母さんが、〇〇くんのお父さんが、というような話題にあまり興味が無かったのかもしれない。
響は生家では同年代の子供が少ないので、そういった機微が少なかったのかもしれなかった。
花菜などは、それ程知り合いの両親などと絡むこともないのでパブリックイメージで測ることしかできなかった。
確かに相原家も普通の両親だと花菜は思うのだが、独特の感性があるのは否定はできない。
花菜は、あれがどういった範疇になるのか少し不安になってきてしまう。
あの両親は、こんなときに別の疑念を投げかけないで欲しい。
「私に対して頑固な姿勢を崩さないところはあったけど、基本娘想いのいい両親なんじゃないかな……?」
「その首を傾げながら、疑問形で言うのを解消するのが今の目標だね響ちゃん……」
「そうだね……」
響が思い切り首を傾げながら疑問形で締めくくるものだから、思わず花菜も矯正を促した。
自覚があったのか、響もシュンとしながら首肯する。
「それに私達って女性同士の恋人だから、猶更じゃない……?」
「いろいろあり過ぎて、忘れちゃいそうになりますよね。凪乃さんと都さんのお二人が居るから心強いですけど、そもそもご挨拶の入口が厳しい……」
芳川家の母親に恋人に関しての話をしたのは姉妹だけなので、その恋人両名は娘のパートナーが女性であることに対する温度感がまるで分からないのである。
そして、見えない恐怖は日に日に高まって行く。
「その点は大丈夫だって言ってるのに……」
「母さんはぁ、納得してるよぉ」
「実際会ってみたら、印象変わるかもしれないじゃない……」
「ありそうでヤですよぉ……」
芳川姉妹は太鼓判を押すのだが、凪乃は不安を加速させている。
その煽りを受けて、花菜も不安が増していた。
「ダメだよぉ、響ぃ。この二人ぃ、なにを言っても聞かないよぉ」
「こういう場合って、分かるよ、大変だったね、って言った方がいいんだっけ?」
「適当に共感してる場合かよぉ! あんたも女性だろうがよぉ! 面倒臭くなるなよぉ!」
「いや、私は至って真剣なんだよ。どうやったら二人の心配を取り除けるか考えてるんだ。若しくは和らぐか考えてるんだ」
「あぁ、でも一理あるのかぁ……」
「あんまりそうじゃないって、否定から入るのもよくないのかな……。もしそうだったとしても、守るぐらいの心意気をもっと見せないといけないのかも?」
「えぇ……女心めんどくせぇなぁ……」
「姉さんも女性だし、さっき方向性は違えど面倒臭がるなって言ったのは姉さんじゃん……。手の平返すのが速すぎるよ……」
只管不安になっている恋人二名に対して、響が安直な共感と同意で慰めようと提案する。
確かに安直な解決策を提示するよりは、この場合有効なのかもしれない。
花菜も不安を共有して話を聞いてもらうことで心の安寧を得ようとしていたのだ。
決して解決を目指していたわけではないのだから。
女性同士は話を聞いてもらうことで、安心を得られるケースも存在する。
大体都も花菜に話を聞いてもらうことで癒しを得ていたタイプである。
まったく人のことは言えない。
「どうする、花菜さん。煩い朴念仁二名は置いておいて、別室で二人で話す?」
「そうしたいのは山々なんですが……。都さん置いていくと、その方が煩そうで……」
「凪乃ぉ……置いてかないでよぉ……」
「凄い、絵に描いたような反応じゃん。私は花菜が満足できるなら、どちらでもいいよ。凪乃さんにお任せできるなら安心ですし」
「響ぃ! この裏切り者ぉ!」
もちろんであるが、同じテーブルで話していたので芳川姉妹の会話は恋人に筒抜けである。
じと目になった凪乃が都に視線を送りながら、別室で花菜と二人での会話の続行を提案してくる。
だが、花菜の言う通りに都が凪乃に縋ってきた。
その有様に、響は逆に感心する始末である。
「じゃあ響さん。一旦花菜さんをお借りするね。恋人同士だけで、積もる話もあったりするから……」
「はい、分かりました。その間、私達は私達で話しておきますね」
「えっ、私の意見はぁ?」
花菜は凪乃に付いて、リビング・ダイニングの隣にある部屋へと誘われていった。
後髪を引くように、都の声が聞こえ続けたが凪乃は無視していた。
「ここ、作業部屋兼趣味部屋みたいなところだから。こっちの椅子に座って」
「はい、ありがとうございます」
花菜が案内された部屋は壁沿いに作業用のデスクが設置されており、本棚と軽めのエクササイズ器具なども置かれたなんとも雑多な部屋であった。
作業用のチェアとは別に読書用の椅子があったので、二人はそちらに腰を下ろす。
「さて、改めてなにから話したものかな……」
「お二人って、一緒のお部屋なんですね」
「ああ、うん。そうだね」
花菜が見た部屋の間取りでは、この部屋を含めるともう一部屋しか見受けられなかった。
すると、そこが二人の部屋兼寝室に当たることになる。
都と凪乃は、二人同室なのだろう。
「一緒にお休みになってるんですか?」
「そうだね。一緒に住むってなったとき、都がどうしてもダブルベッドがいいって言って聞かなかったね……」
「へぇ……」
これを聞いて、花菜が思わずじとっとした視線で都を見てしまった。
「多分だけど、響さんも同棲するってなったら同じことを言うんじゃないかな……」
「言うと思います……」
凪乃の推理は概ね正しく、花菜も全く同じことを考えていたための質問であった。
「私は都と一緒に寝るのは大丈夫というか、二人で寝るのが嬉しいタイプなんだけど……。その辺りは、二人でよく話し合って……。って、これはあれだよね。花菜さんもお年頃。私と凪乃は恋人だし、もう付き合って長い。そういうこともしてるよねってお話だよね?」
「ええ、まぁ……。先輩として、お伺いできる範囲で……」
花菜も一端の女子である。
聞ける相手がいるのであれば、そういった話を聞いてみたくはあった。
今まで、こういった話をできる友人知人が皆無だったのもある。
「花菜さんってまだ……なんだっけ……?」
「あっ、はい……」
「そっか……」
この辺りは、それとなく都から凪乃に情報が流れていたのかもしれない。
人の口に戸は立てられないというか、都が凪乃に妹とその恋人の話をしているというのはよい傾向なのではないだろうか。
都の家族との仲は、順調に改善されているように感じられる。
「だったら、先に言っておいた方がいいかもなんだけど……」
「はい、なんでしょうか……?」
「覚悟は、しておいた方がいいかも……」
「覚悟⁉」
「うん」
凪乃の口から唐突に剣呑なワードが飛び出してきた。
花菜はもう少し甘い言葉が聞けると思っていたのだが、そうはならなかった。
覚悟と言われても、一概になんの覚悟なのかも分からない。
凪乃は少し照れたような顔をしている。
自身のこういった話をする機会自体が、これまであまり無かったのだろう。
「それじゃ、一旦話を都達の家にお邪魔する話に戻して……」
「あっ、はい……」
不自然なような話の軌道修正。
明らかに照れ隠しである。
そのため、花菜はそれ以上追及することはできなかった。
だが、この後に恥ずかしがりながらも凪乃は花菜に都との日頃どうやって過ごしているかなどの話も色々と聞かせてくれた。
凪乃も都が初めての恋人で割と試行錯誤の毎日のようである。
花菜も響との日常を軽くではあるが、凪乃に対して語った。
お互いの視点からだけでは見えてこなかったものが、話すことで見えてくることもあった。
その日、花菜は凪乃といろいろなことを話して共感を得ることができた。
芳川家へのご挨拶に当たって、ある程度の心の安寧を得ることはできたのである。
それはあったのだが、本日はダブルベッドの上でのできごとはそれ以上語られることは無かった。
凪乃の照れもあったのだろう。
ということは、覚悟という単語だけが花菜の中で重く印象に残ってしまう。
充実した今日という日だったが、別の不安が生じてきてしまうのであった。
「か、覚悟……」
都と凪乃の外伝みたいなのも書いてみたいです。
そんな時間、あるか知らないんですけどね。




