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花の音  作者: 高山之信
心に咲いた花
97/105

97 いざ、芳川・沢渡宅へ

今回、他のお話より長めです。

「いらっしゃぁ~い」

「お邪魔(じゃま)します」

「ビックリするぐらい近所で引く……」

都が玄関で出迎えてくれると、花菜が行儀よくお辞儀をした。

対して、響は悪態(あくたい)()いていた。

地図で場所は把握していたのだが、実際歩くと本当に間近だった。

響がかつて姉が近所に住んでいると言っていたのも、勤め先がこの辺りと知っていたためである。

よもや、歩いて直ぐそこのご近所さん感覚だとまでは思ってはいなかった。

微妙に導線がズレていたのだろうか、よくニアミスしなかったものである。


「いやぁ、お客さんとか日頃あんま来ないからさぁ。入って入ってぇ~」

「あっ、これ母からです」

花菜が母親に持たされていた紙袋を差し出す。

響さんのご家族にと持たされたお土産であった。


「お気遣いありがとねぇ。これが家族同士のお付き合いってやつだねぇ……。私もその内、花菜ちゃんちにご挨拶(あいさつ)に伺った方がいいよねぇ? 一応こっちでの響の保護者だしねぇ」

「昨日響ちゃんが家に来たばかりなので、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」

「軽めでもいいからぁ、早い内にご挨拶だけは伺うよぉ。セッティングだけしてくれたらぁ、最悪私だけで行くからさぁ」

都は相原家への挨拶を気にしながら、花菜からのお土産を受け取っていた。

確かに都が言うように現在の響の現地の保護者は都に当たるので、相原家としても挨拶はしておきたいかもしれない。

花菜は母親へ伝えるのを心の備忘録(びぼうろく)へとメモしていた。


「保護された覚えが全く無いんだけど」

「これからしていくよぉ……。勘弁(かんべん)してよぉ……。学校のこととか、私が参加したりするからさぁ」

「響ちゃん、言い過ぎだよぉ」

「大丈夫、揶揄(からか)ってるだけだから」

「我が妹ぉ、性質(たち)悪いなぁ!」

これまで散々放置されてきた響が揶揄い半分で苦言を(てい)す。

きっとこれからは、学校行事に足を運ぶ都を見る機会が増えるのだろうと花菜は思い描いていた。


「立ち話もなんだからぁ、さぁさぁ」

花菜達は、都の言葉で奥に通された。

二人暮らしの部屋なので、響の部屋よりはもちろんだが大きい。

廊下を渡ると、広めのリビング・ダイニングが見えてくる。

キッチンは独立しているが、仕切りはなく見えるようになっていた。

そこにはお茶の用意をしていたのか、凪乃の姿があった。

今日は長い前髪はそのまま流し、後ろ髪は纏めてバレッタで留めていた。


「いらっしゃい、二人とも。実際に会うのは初めてだね。改めて初めまして。沢渡凪乃(さわたりなぎの)です。今日は(くつろ)いでいってね」

「お邪魔します。凪乃さん! 改めて初めまして! 相原花菜です! お会いしたかったです!」

「いつも姉がお世話になってます。妹の芳川響です。凪乃さん、お会いできて嬉しいです」

花菜は初めて見る現実の凪乃に喜びを(あら)わにした。

凪乃はビデオ通話を通して見ていた雰囲気(ふんいき)と変わらず落ち着いた様子で、二人を歓迎している。

背は都と同程度で、顔は整った印象を受ける。

衣装は女性らしいパンツスタイルにシンプルなシャツを着用していた。

そして、ビデオ通話だけでは分かりにくかった箇所に花菜は目が向いてしまった。


「凪乃さんって、実際にお会いすると……その……印象が少し変わりますね……!」

「花菜さん、そんなに露骨(ろこつ)に胸に目線やりながら言わなくてもいいと思うよ……」

「そうだよ、花菜も立派なんだから」

ビデオ通話では見えなかったが、凪乃の胸部が花菜に負けず劣らず大変たわわなものであった。

響からは、よく分からないフォローが入る。

そして、そこで花菜は一つ思い至る。

花菜は凪乃から視線を外して、マジマジと都の顔を見た。


「なにさぁ、私が巨乳好きだとでも言いたいのかぁ? 凪乃のことを胸で選んだとでも言いたげな視線はぁ」

「それで、本当のところは?」

「凪乃のおっきいおっぱい本当に大好きぃ! もう、君らが思ってる百倍ぐらい好きぃ!」

「やめてよ都……。本当にやめてよ……」

都は花菜からの(いぶか)()な視線を正しく受け止め、そして包み隠さず回答してきた。

そういうことに対して、オープンな性格のようだった。

だが凪乃は違っており、都を懸命に制止している。


「好きな人が偶々(たまたま)巨乳だったなんて綺麗ごと言うつもりはないよぉ! 付き合う前から、凪乃のおっきいおっぱい好きだったんだよぉ!」

「本当に()めなさい」

「でも凪乃ぉ、花菜さんが私達の愛を疑ってぇ!」

()めろって言ってるの」

「はい……」

制止を振り払って語り続ける都だったが、流石に凪乃に怒られてしまう。

花菜はシュンとする都を見たあと、響に視線を向けた。


「待って花菜、あれと一括(ひとくく)りにしないで」

「だってぇ……。血筋じゃないのかなって思って……」

響から流石に都と一緒にされるのは心外といった声が上がる。

花菜は、響の胸に対する執着(しゅうちゃく)をヒシヒシと感じている。

そして、この都の言である。

なにか符号が繋がったように感じられた。


「同じ血が流れている上に、私と似た顔であんな行動されてる私の身にもなってよ……」

「確かに?」

響の弁明が的を得ているように感じられ、花菜は納得しそうになってしまう。


「そこぉ! 私のこと馬鹿にしてるのは分かるぞぉ!」

「都は、馬鹿にされるようなこと言ったんだよ」

「響だってぇ、花菜さんの胸見て鼻の下伸ばしてるんだろぉ!」

「確かに?」

「花菜?」

都の言が最もで、花菜はまたもや納得しそうになってしまう。

揺れ動く振り子の様に。


「三人とも……馬鹿やってないで、立ち話もなんだし座りなよ……」

「私は至って真剣だけどぉ、一理あるねぇ。花菜さんも響も、まぁ座って座ってぇ」

そう言って、都はダイニングの椅子に腰かけた。


「ありがとう」

「失礼します」

続いて響と花菜が腰かける。

お茶を持ってきた凪乃もそれに続いた。


「いい部屋だけど、姉さんの給料でなんとかなってるの?」

「凪乃と一緒に頑張ってるのさぁ。私が凪乃にフラれたらぁ、路頭に迷う寸法ってわけぇ」

部屋を見回しながら響が尋ねたところ、意気揚々(いきようよう)と都から後ろ向きな意見を含む返事が返ってきた。


「出て行く私も結構困るでしょ。だから、都は頑張ってよ」

「そりゃもぉ、誠心誠意(せいしんせいい)頑張らせていただきますよぉ」

都はそう言うと、自信満々な様子で胸を叩いて主張して見せた。


「大丈夫なんですか? 凪乃さん? 愛想(あいそ)尽かさないでくださいね……。あんなでも一応、姉なんで」

「私は都のダメなところも含めて好きだから。安心して。印象よりはしっかりしてるし。あれでも私のことは、ちゃんと愛してくれてるよ」

都の主張に不安になった響が凪乃に尋ねるが、思いの外に都を持ち上げる返事が返ってきた。

だが花菜は、よれよれで弱みを見せる頼りない都しか見ていないので、少しばかり怪訝(けげん)な視線を向けてしまうのだった。


「姉さんも社会に出て、(ようや)く少しは真っ当になってたんだね……」

「さっきから聞いてりゃ、私がずっと真っ当じゃなかったみたいにぃ!」

「少しばかり、姉さんは自分の過去を振り返った方がいいよ……」

「えっ、そんなに深刻になる程度かぁ……?」

やはり都は、あのやんちゃだった響をもってして昔から真っ当ではなかったらしい。

都も段々と昔のことを振り返るように、うんうんと(うな)りだした。

だが、心当たりがあったようには感じられない。


「凪乃さんと都さんって接点無さそうなんですけど、どうやって知り合ったんですか?」

花菜が気になっていた、二人の()()めに関して質問してみた。

お互い、自然と出会って()かれ合うような雰囲気には見えなかったのだ。


「私と都は、大学の同学年だよ」

「ええっ、凪乃さんって都さんと同い年なんですか⁉ 凪乃さんが年上なのかと……」

「私ってそんなに老けて見える……?」

「凪乃さん落ち着いてらっしゃるから、てっきり……」

「この場合、姉さんが幼く見えるのもあるんじゃないかな?」

「なんだぁ……。私が幼稚(ようち)だとでも言いたいのかぁ……?」

花菜は都と凪乃が同い年なことに驚きを禁じ得なかった。

横に居る響も、少し驚いた様子が伺える。

凪乃が大人っぽいというのもあるのだが、この場合は言われているように都が少し幼く見えるというのもあるのだろう。

都は黙ってキリッとしていれば年相応に見えるのだが、如何(いかん)せん行動と言動の落ち着きの無さから大人っぽい印象を与えてはくれなかった。


「じゃあ、二人で仲よしのキャンパスライフだったんですか?」

「そんなことないよ。私最初は都から嫌がられてたし」

花菜が二人が仲のよさそうな青春模様を思い描く。

だが、それをあっさりと凪乃の口から否定された。


「えっ?」

「あんなにお胸が好きなのに?」

当然響と花菜の口からは戸惑いの声が上がり、花菜は凪乃の胸と都の顔へと視線を交互させていた。


「そのカテゴライズはぁ、受け入れるともさぁ! 私はぁ、大きなおっぱい大好きだぁ!」

花菜の反応を、都は受入ていた。

ここまで来ると、ある種の(いさぎよ)さが感じられる。


「大学に上がったばかりのときだったよ。同じゼミになってね。今は彼女と別れたばっかりで傷心なんだ、私が好みのタイプだから近付くなって言ってきたの。どうせ、女性が好きでもないんだから期待させるなって」

「えっ⁉ 姉さん、高校のとき彼女いたの⁉ 私まったく知らなかったんだけど……」

「都さんって、オープンにされるタイプなんですね……」

凪乃によって明かされる都との出会い、そして女性遍歴(へんれき)

どうやら高校のときに彼女がいたらしいことが判明する。

花菜としては、都が女性愛者であることを(つまび)らかにしていたことに対して驚きを隠せないでいた。


「いたよ彼女ぉ。なんならさぁ、本人を家に連れてきたけど気付いてないじゃんよぉ」

「えっ、あっ……。あの人か! 確かに胸が大きかったわ……」

「都さん、好みがブレてないんだ……」

この発言で、響が都の元カノの存在に思い当たったらしい。

どうやら、結構堂々と家に遊びに来ていたようだった。

そして好みのタイプは、その時代から一貫しているようであった。


「まぁ、大学のときに遠距離は無理って言われて別れてるんだけどねぇ……ふへへぇ……」

「今は凪乃さんがいるんだから、いいじゃん……。今の彼女の前で、昔の彼女のこと(なげ)くの止めなよ……」

「今は凪乃一筋だよぉ!」

「はいはい、どっちも散々聞いたから分かってるよ……」

現在の彼女の前で元カノの話で盛り上がってしまったことになるのだが、どうやら凪乃としては通った道らしかった。

出会った頃に、散々愚痴(ぐち)ったのかもしれない。

そして、今はそれ以上に愛の言葉も伝えているのだろう。

言葉はおざなりではあったが、都に対する信頼のような空気が感じられた。


「姉さんって女性が好きって気付いたの中学とかその前からでしょ? 自認して結構年季(ねんき)入ってるのに……。しかも高校大学とそんな感じだったわけじゃない? だったら、とっとと家族にも言っちゃえばよかったのに……」

高校のときの彼女や大学でのオープンな時期を()ているのであれば、家族にぐらい話してもよかったのではないかという響からの最もな意見であった。

しかも、その後は凪乃という彼女と暮らすために家から出奔(しゅっぽん)に近い行動を取っている。

変な方向に思い切りがよく、行動力だけはある。


「大人にもなってもぉ、あんなに逃げ回ってた私だぞぉ。高校生のときに家族に女の子の恋人がいまぁすなんて言うわけないだろぉ! 大学は逃げおおせた解放感あってのことだぁ! 大体中学のときとかぁ、気のせいだろうって思ってたしぃ」

都も都で、言い分があるようである。

そもそも自認歴が長いといっても、中学時代には色々と迷いがあったようだった。

言い分があるからといって、家との連絡を絶つのはやり過ぎだというのが響の意見なのだろうが。


「都、そこは居直るところうじゃないよ。これからは、ちゃんと反省して」

「あいぃ……。分かりましたぁ……」

案の定、凪乃からお(しか)りの言葉が飛んできていた。

都もこれに関しては反省しているのか、素直に凪乃の言葉を受け入れる。


「都さんは、ご家族に隠せてたんだ……」

「ウチは引っ越すまで結構両親忙しかったからねぇ。響も居たしぃ。ウチの手伝い適当にしてたらぁ、なんか大丈夫だったよぉ」

花菜は両親に隠すことにおいては、都に対して敗北していることになる。

なぜか、花菜の心の中で釈然(しゃくぜん)としないものがあった。


「今は、どうしてるの?」

「今はねぇ、大人しくしてるねぇ。会社の人とかはぁ、恋人はいるとは言ってあるけどぉ」

「私も別に率先して周りに話してないね。それに、私は元々都以外の女性が好きになるなんて思ってなかったし……。(いま)だにどうしていいか、よく分かってないよ……」

どうやら、都が好き勝手にしていたのは大学のときだけのようだった。

社会人になってからは、公言はしていないようである。

恋人がいると言ってあるのは、そういう目的で声を掛けられないようにするためかもしれなかった。

凪乃に至っては、響同様元から女性が好きだというわけではないようである。


「凪乃さんって、元々女性が好きじゃないのに都さんとお付き合いしてるんですか?」

「そこは縁というか……。いろいろあってね、都ならいいかって。恋愛に興味無い人生歩んできたんだけど、(ほだ)されたというか……」

「愛の力だよぉ」

「はいはい。それに、顏はいいからね」

「凪乃に顏が好きって言われたぁ。嬉しぃ!」

「そういうことでいいよ……」

ぞんざいな受け答えをする凪乃だが、都の言葉に満更(まんざら)でもない様子なのが伺える。

二人はよい関係と距離感が構築できているのだろう。

相性がよいのかもしれない。


「都さんと凪乃さんがお付き合いしたのは、いつ頃なんですか?」

「大学出る間近ぐらいだよぉ。大学の四年間は、大体私は只管(ひたすら)凪乃におちょくられたんだよぉ……」

「だって初対面で私が好みのタイプって言われたから。こんなに面白いおもちゃ貰ったら、鳴らして遊ぶに決まってるじゃない……」

「どうだぁ、二人が思ってるより(ひど)い女だろぉ?」

どうやら大人しそうに見える凪乃だが、性格は(したた)かなものを持っているのかもしれない。

都は凪乃への好意を盾に、散々揶揄(からか)われたようだった。


「いや、それぐらいじゃないと姉さんと付き合えないんじゃないかな……」

「ああっなるほど! ああ……!」

響の言葉に、花菜が納得の声をあげる。

思い出されるのは、都との通話の日々なのかもしれない。

もっと花菜も叩いて遊べばよかったのかもしれないと、後悔の念が(よぎ)ったのだろうか。


「花菜さんさぁ、そんな感銘を受けたぁみたいな顔しなくてもさぁ……。花菜さんだけはぁ、私に優しくしてよぉ……」

「まるで私が都に厳しいみたいな言い方じゃない……」

「いやぁ、決してそういうつもりじゃなくてぇ……。凪乃はとっても優しいよぉ……」

都にとって花菜はなにかの最後の砦なのか、優しくして欲しいとよく懇願(こんがん)される。

社会に出ると、そんなに辛いことがあるのだろうかと花菜は考えてしまう。

いや、それは凪乃に癒されるべきなのではと直ぐに考えを改めた。

花菜も都を鳴らして遊んでもよいのだ。


「取って付けたような言い方じゃん。だから、人の恋人をなんだと思ってるのさ……。凪乃さん、姉さんにもっと厳しくしてくださいよ」

「いやまぁ知ってるとは思うけど、都は都でいいところはあるんだよ……」

「悪いところありきの言い方じゃんよぉ……」

「そうだから、そう言ってるの」

「あっ、はいぃ……」

響から都への厳命措置が求められるが、凪乃からのフォローが入る。

だが、そのフォローも直ぐに取って返されてしまった。

どうやら都は凪乃から、この前の件を含めることなく()しざまに言われる実績があるようだった。


「駄目なところ含めて都だから……。私はいいんだけど……」

「えっへへへへぇ……」

都は凪乃からの惚気(のろけ)に、盛大に惚気返した。


「姉さん、ある程度は自覚しておかないと。愛想(あいそ)()かされるよ?」

「凪乃、捨てないでぇ……」

情緒(じょうちょ)不安定なの……?」

響からの忠告で、都が先程までの惚気が信じられない程(あわ)てて凪乃に(すが)りつく。

その感情の乱高下に、凪乃は少し着いていけない様子であった。

花菜は都という人物が、今という感情を(あら)わに生きているのが分かったような気がした。

こういうところは、凪乃から好まれる部分なのだろうと花菜なりに分析する。


「今のところ捨てる予定なんて全く無いから、安心しなよ」

「凪乃ぉ! 愛してるよぉ!」

「だから、二人が居るんだから……。抱き付くの()めなよ……」

都は先程から響と花菜が居るにも関わらず、年上の威厳(いげん)をかなぐり捨てて凪乃へ抱き付いている。

愛を証明しないといけない状況に追い込まれているのもあるが、純粋に凪乃に抱き付くのが好きなのだろう。


「でも凪乃ぉ! あの二人はぁ、私が居るところでもお構いなしにイチャイチャしてたんだよぉ! 響が花菜さんのおっぱいに顔を埋めて気持ちよさそうにしてたんだよぉ!」

「ええっ……」

困惑(こんわく)の声をあげる凪乃は、視線を花菜達に向ける。


「確かに、やりました……」

「そうなんだ……」

花菜は、素直に懺悔(ざんげ)した。


「響ちゃんの怒りの矛先(ほこさき)を収めるために、やりました……」

詳しい状況説明は(はぶく)くが、花菜が都の前でのイチャイチャを供述する。

都は忘れているかもしれないが、一歩間違えると怒らせた理由を聞かれることになる。

花菜は慎重に答えなければならない。

むしろ、なぜ都が掘り返したか花菜には分からなかった。

響のスマホを無断で覗き見た重罪人を許せない気持ちが少し芽生えていた。

いくらなんでも、今を生きすぎではないだろうかと。


「最高でした」

「響ちゃん、感想はいいの!」

神妙な面持ちの花菜とは別に、溌剌(はつらつ)とした表情で感想を語る響。

花菜に(たしな)められるが、気にした様子は無かった。


「だって、またやって欲しいじゃん!」

「や、やってあげるから……」

「約束だよ⁉ 絶対だからね⁉」

「わ、分かったから……」

響が率直過ぎる感想を伝えてくるので、花菜は思わず約束をしてしまう。

言った瞬間、響の目が信じられないぐらい輝いた。

花菜は少し早まったのではないかと感じたのだが、響とのスキンシップ自体に(いな)やは無いので了承は否定しない。

少しの恥ずかしさはあるが、花菜も響を甘やかすのは大が付くほど好きなのだ。

だが、これで響が怒っていた理由は完全に有耶無耶(うやむや)になっていた。

花菜が助かったというより、都が助かった。


「凄い、血縁を感じる……」

「ですよね!」

このとき、花菜は凪乃とシンパシーを感じていた。

芳川姉妹の恋人の胸にかける情熱に関して。

そして、その対象が大きい胸であることに関して。


「私は花菜の胸だから好きなんだよ」

「言い訳は見苦しいよ、響ちゃん」

響自身は否定しているが、花菜は絶対に巨乳が大好きだと思っている。

これは響が女性を花菜しかそういった目線で見ていないのもあるかもしれない。

もっと広い視点を持ったときに、気付くこともあるかもしれないと花菜は考えていた。

逆説的に、それは響が目移りしないかという不安でもあるのだが。

ただ、花菜に異常な執着(しゅうちゃく)を見せている響が揺らぐとは思えない部分もあった。


「私だってぇ、凪乃のおっぱいが大好きだよぉ?」

「だから、二人が居るんだから。そういうことを言わなくていいの……。対抗しなくていいの……」

凪乃はお構いなしに愛をぶつけてくる都に頭を抱えていた。


「なに? もしかして都もして欲しいの……?」

「当ったり前だぁ! めちゃくちゃして欲しいよぉ!」

都が本当に来客の前だと分かっているのだろうかというぐらい、だらしない顔をしている。

無論、目線は凪乃の胸元に釘付けであった。


「凪乃さん、本当に大丈夫ですか? こんな姉で大丈夫ですか?」

「甘えてくれる分には、嬉しいからいいよ……。ほら、都。お客さんの前だからシャキッとして……」

「分かったよぉっ」

都は凪乃に言われるまま、(ゆる)めていた顔を戻す。

キリッとしていれば、やっぱり美人だなぁと花菜は感じていた。

日頃のヘラヘラした感じと、だらしない感じで差し引きどちらに傾くかに()るのだが。

会社ではキチンとしているという話だったので、人当たりのよさそうな都はやはり人気がありそうだなどと考える。


「都もこんな調子だし、この家も大学の共通の友人ぐらいしか呼べないんだ。滅多に人が来ないんだよ」

「二人さえよければさぁ。ちょくちょく遊びに来てよぉ。別に二人揃ってじゃなくてもいいしさぁ」

花菜はご近所に従姉妹(いとこ)の姉ができたような気持ちで、この言葉は少し嬉しくもあった。

今度お菓子でも作って、二人に届けるたりするのもよいかもしれないと未来を思い描く。


「花菜だけで来るとか危なくない? 大丈夫?」

「えっ、なにが?」

花菜は唐突な恋人からの危険信号に、戸惑いの言葉を上げてしまう。

響の家からご近所であるということは、もちろんであるが花菜の家からも程近い距離にある。

危険があるようには、まったく考えられなかった。


「凪乃さんがいらっしゃるならいいけど……。姉さんだけのとき、花菜に手を出さない?」

「ええええっ……」

都の実妹である花菜の恋人が、なんだかのっぴきならないことを言い始めた。

どうやら、まだ都が花菜に対する浮気の疑いが消えたわけではないようだった。

都は気の多い女性であると、まだ嫌疑(けんぎ)をかけられているらしい。


「だから凪乃が居るのにぃ、浮気なんてしないって言ってるだろぉ!」

「都は、浮気はしないと思うよ……。恐らく……」

「なんでぇ⁉ なんで凪乃も自信無さげなんだよぉ!」

凪乃が都の反論を順当にフォローすると思いきや、やや弱気な言葉が口から出てきた。

花菜は、都の愛が重いと聞いていたのだ。

凪乃としては、十分に愛されている自覚があると思っていたのだが。


「私に黙って家族と距離置いてたこと、私になにも相談しないで花菜さんとだけ黙って通話してたこと、前科があるから……」

「それはもう解決したしぃ、謝ったじゃんよぉ! 仲直りもしたしさぁ!」

許しはしたが、都の前科は重いらしい。

凪乃としても、隠しごとをされたのがショックだったのかもしれない。


「ほら、花菜。あれが恋人同士で隠しごとをした人の末路だよ。なんでもとは言わないけど、話せることは極力話してね? 私もそうしていくから」

「分かったぁ……」

目の前の二人を反面教師にして、響が花菜に恋人同士話し合っていこうという(とうと)(ちぎ)りを語りかけてくる。

響は日頃から恋人同士は隠しごとはしないようにと言ってくるが、その重みが目の前での惨劇(さんげき)かと思うと納得感が増した。


「くそぉ! 私をダシにしていちゃつきやがってぇ! 幸せになりやがれぇ! 凪乃もぉ、もうしないから許してぇ!」

都は悪態(あくたい)ともつかない言葉を花菜達に投げかけながらも、隣に座る凪乃に(すが)るように抱き付いた。


「ちょっと、だから都……。やめてよ、妹さん達の前でしょ……」

幾度目か分からない注意が凪乃の口から飛ぶ。

この様子を見るに、都は余程日頃から凪乃にベタベタしているのではないかと推察できた。

愛情が重いというのは、その辺りからも来ているのかもしれないと花菜は感じている。


「悪かったよ。私がちょっとキツく言い過ぎた。もう怒ってないから」

「本当ぉ? 嘘だったらぁ、泣くよぉ? いい歳した大人がぁ、未成年の前で本気で泣くよぉ⁉」

「ごめんごめん……。ほら、機嫌直して」

都の機嫌を取るために怒っていないと口にはしているが、花菜の心中では凪乃の先程の言葉は少し本気だった気がしてならない。

自分以外の存在に癒しを求められたのに、焼きもちを焼いているのだろう。

黙って通話していた相手が自分なので、花菜としてはなんとも言えない気持ちになる。


「凪乃さんって泣き落とししたら、なんでもしてくれそうな雰囲気あるよね」

「分かる」

人のよさそうな凪乃は、都が泣きながら懇願(こんがん)すれば嫌々ながらもお願いを聞いてくれそうなオーラがあった。

響のその言葉に、花菜も思わず同意してしまう。


「そんなことは……。そんなことはないと、思うよ……」

「自信無さそうだよぉ?」

「あれは、なにやら前例があるね」

あからさまに凪乃の視線が泳いだ。

なにやら、都から凪乃に懇願された過去があるようだった。


「私が凪乃に無理難題をお願いしてるみたいじゃないかぁ!」

「してるんでしょ?」

実行犯が弁明を始める。


「ちょっとしかぁ、してないよぉ!」

「してるんじゃない! なにをお願いしてるのさ⁉」

実行犯が直ぐに犯行を認めた。


「そりゃあぁ……。ちょっとぉ……。そのぉ……」

「人様には言えないようなことかぁ……」

あの都が、もじもじとして言い(よど)んでいた。

花菜としては、色々と察するところがあった。

響としては、なにを頼んでいるだろうこの色ボケ姉はという呆れたような目線で都のことを見ている。

花菜は全然人のことを言えたような立場じゃないのになぁという目線で恋人のことを見据(みす)えた。


「響ちゃん、恋人同士のことなんだから。あんまり根掘り葉掘り聞くのはよろしくないよぉ」

「そうだね。私達だって、聞かれたら困ることの一つや二つや三つや四つ……四十個ぐらいはあるもんね」

「そんなにあった⁉」

恋人の間のことである、人に言えないことの一つや二つあるであろうと花菜でも分かる。

花菜としては、なにをお願いしたのか非常に興味はあった。

だが、花菜の恋人が自分達の隠しごとが二桁に登ると言い始めた。

確かに()()めを聞かれたら(ぼか)すしかないのだが、それ程隠さないといけないことがあっただろうかとあれやこれやを考えてしまった。


「凪乃さん、本当に困ったら相談してくださいね」

「ああ、うん……。ありがとう。今のところは大丈夫。恋人からしたら、かわいいお願いだよ。でも相談する先ができるっていうのは、ありがたいかも……。そっちも、私でなにか役に立てることがあれば言ってね」

「ありがとうございます」

凪乃は両親が亡くなっており、ほとんど天涯孤独(てんがいこどく)のような状態なのだろう。

大学の友人に相談するにしても、女性同士であるし距離を(はか)りかねているのかもしれない。

その分花菜達なら年下とはいえ、そういった悩みに関しては相談先として適役なのかもしれなかった。


「とにかくぅ、私と凪乃はラブラブなんだよぉ! 私は凪乃一筋なのぉ!」

「分かったよ。とりあえずは、姉さんのこと一旦信用するよ」

「これだけ言って一旦なのかよぉ」

「響さんが過保護なの? 都の前科が重いの? 両方なの?」

どうやら、都の信用は完全には勝ち取れていないらしい。

ここまで来ると、流石の凪乃も響が過保護なのかと疑いだした。

実際のところ、嫉妬(しっと)(ぶか)い性格なので正解なのだろう。


「凪乃ぉ! 凪乃からもぉ、なにか言ってやってよぉ!」

「響さん。とりあえず花菜さんが来られるときは、私も必ず同席するようにしますから……」

「そう言っていただけると安心です」

「私の信用の勝ち取りじゃなかったよぉ!」

凪乃はどうやら都の信用よりも、響を落ち着かせる道を選んだようだった。

都は(むく)われないまま、この話は終わってしまった。

花菜からしたら、あの都にそんな度胸があるようには見えないのだが。

恋人に怒られただけで、この世の終わりのような顔で一人ショッピングモールで黄昏(たそがれ)ていた都の顔を思い出す。

あれは相当凪乃のことが好きでないとできないと花菜は感じていた。


今の都は、必死な目をしている。

自分の信用を取り戻すため。

花菜は庇われている当人なのだが、なんと声をかけていいか分からなかった。

沈黙は金、雄弁は銀という言葉に従い、花菜は口を挟まなかった。

おろおろする都を見て楽しむのだ。

花菜が叩かなくとも、都というおもちゃはもう既に鳴っているのだから。

書いてるとき、なぜ一話が長くなることに気付けないか。

まぁ、ある程度ならいいかみたいな気持ちはあります。

でも、こんなに他とブレるとは思ってないんです。

意識できるように、気を付けます。

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