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花の音  作者: 高山之信
心に咲いた花
95/105

95 恋人と家族と一緒の食事って不思議な感じ

相原家のダイニングはお客様のことを考えて、少し大き目の長方形の長いテーブルが置かれていた。

現在そのゆったりとしたテーブルに料理が所狭しと並んでいる。

響の相原家来訪ということもあって、花菜も母親も少し張り切ってしまった。

端的に言うと、少し作り過ぎてしまったのである。

本日は大皿が多いお客様用の献立(こんだて)なので、響にあれもこれもと作ってしまった結果なのだろう。

本日の響はお客様なので、手伝ってもらうことはなかった。

なんとはなしに、ソワソワした感情でこちらを見やる様子を伺うことができた。

日頃一緒に作っていることもあってか、()(たま)れない部分もあったのかもしれない。

そこは父親が会話で繋いでくれていたようだった。

父親も週末は食事を作るのを手伝ってくれたりするのだが、今日はお客様の相手をしてもらっていた。

そうでなくても、母親と花菜が居る場合は追い出されるケースが多い。

純粋に手狭なのだ。

流石にダイニングからだと、キッチンには話している内容は筒抜けである。

怪しい内容は無かったようで、花菜は胸を撫で下ろしていた。


「わぁ、今日は豪勢だねぇ」

父親が料理を前にして感想を口にする。

どうやら、やはり父親の目から見ても量が多いように見えているのだろう。


「響ちゃん、無理して全部食べなくても大丈夫だからね。余ったら明日の朝ご飯とかお昼ご飯とかにするから」

「分かったよ、ありがとう」

花菜が隣に座りながら、響に声をかける。

今日は父親と母親が対面に座り、花菜と響が並んで座る形になる。

いつもダイニングテーブルに家族で座る際の形に、響が花菜の隣に座ったというだけの話ではあるのだが。

昔はテーブルが大きいこともあって、花菜を中心に両親が横並びに座ったり、L字型に座ったりもしていたこともあった。

家屋と同じく年季が入ったテーブルである。


「それじゃ、いただこうか」

父親が全員の着席を確認すると、早速とばかりに食事開始の音頭を取った。

「「「「いただきます」」」」

全員が同時に手を合わせると、食前の挨拶(あいさつ)の声が重なった。

この辺りは、相原家独特の呼吸があるのだろう。

そして、響は日頃から花菜に合わせていたら自然と合ったのかもしれない。


「響さん、今度来られるときは花菜ちゃんのアルバム見ましょうか」

「是非お願いします!」

「ヤメて! お母さん!」

食事が始まった途端、母親が響に対してとんでもない発言をしてきた。

あれ程恥ずかしい話題をヤメて欲しいと言っていたし、響との写真のやり取りさえ止める側だったのだ。

花菜としては、響に幼少期の写真を見られるのは恥ずかしかった。

だが、これが逆なら飛び付く自信があるので、なんとも言えない気持ちになる。


「だって、娘の恋人が家に来たらすることって言ったらやっぱり一緒にアルバムでしょ?」

「お約束だよね」

お約束イベントが大好きな相原家の両親は、やる気満々である。

とてもではないが、花菜が止められるような状況ではなかった。


「お父様とお母様は、写真をきちんと物理で残されているのですね」

「最近はなんでもデジタルデータだからね。こういう昔ながらのアルバムで残すのも楽しいものなんだよ?」

相原家では両親がデジタルデータの写真をプリントアウトして、アルバムを作るのを好んで行っている。

娘の成長記録や家族の記録を物理で残しておきたいらしい。

祖母が撮影してくれた響との写真はフィルム写真なので、実データが手元に無かったりするのだが。


「もちろん、データもしっかりと管理して残してあるわよ」

「お母さんがパソコンに詳しいから、色々バックアップしてくれてるんだ」

「あっ、そうなんですね」

響が感心したような顏で母親の方を見ていた。

響の部屋にもノートパソコンはあるのだが、最近は軽いことならなんでもスマホでできてしまう。

花菜の前で起動している風景を見るのは(まれ)であった。

一人のときは、いろいろと使っているらしいのだが。


「任せて。いろんなクラウドに分散して保存してるし、冗長化構成でお(うち)にも保存してあるわよ。定期的に、ブルーレイとかにも保存するようにしてるわ」

「どこかの企業のデータかなにかなの……?」

「花菜、家族から大切にされてるんだね」

母親の発言を聞いて、響が優しげな瞳で花菜を見詰めてくる。


過剰(かじょう)だよぉ……。途中から、お母さんの趣味だよぉ……」

花菜の言う通り、家庭の写真を守るためにするにはいささか過剰な管理であった。

母親の趣味も入っているのだろう。


「昔よりは花菜ちゃん撮らせてくれる機会が減ってたから、響さんからの提供は渡りに船だったのよぉ。本当にありがとう! これで、花菜ちゃんアルバムが潤うわ!」

「家族写真って言おうよ!」

「でも、実際花菜ちゃんの写真はいくらあってもいいからね」

「お父さんまで……」

両親としては、いくつになっても娘の成長記録は写真に収めたいらしい。

流石にこの年になると、日頃からカメラを向けてくる機会は減ってきていた。

花菜としても、そんな猫かわいがりされる時期でもないであろうと思う多感なお年頃である。

そういう意味で、両親は日常風景の写真に飢えていたのかもしれない。

そこに現れたのが、花菜を常日頃から撮影する超新星たる響である。

相原家の両親からすれば、英雄的存在なのだろう。


「私も花菜さんの写真がいくらあってもいいというのは、同じ思いです」

「ありがとう、響さん」

「これからもよろしくねぇ、響さん!」

両親と響の熱い視線が絡み合った。

ここに花菜の写真を集めて、これからもアルバムを作っていこうという同盟が生まれていた。

渦中の花菜本人は置いてけぼりである。


「それで花菜ちゃん、響さんの写真はないのかしら?」

花菜は母親からの言葉に、口に含んでいた料理を吹き出しそうになる。


「お父さんから、カメラ譲ってもらってたでしょ?」

「お父さん?」

「いや、別に。なにも、やましいことじゃないじゃないか……。お父さん、攻められる(いわ)れはないよ?」

母親には、なにも告げていなかったはずである。

だが口止めなども行っていなかったので、もちろんであるが父親から筒抜けであった。

父親は謂れなき娘からの非難の視線に(さら)されていた。


「響さんも家族みたいなものなんだから、写真があってもいいのよ」

「娘の恋人の写真を欲しがる母親!」

どうやら、響の写真も既に家族写真としてアルバムに入れようとしている様子である。

花菜は、なんとも気が早いと思わざるを得なかった。

花菜と響が破局になる未来というのは二人の都合では考えられないのだが、通常の恋人同士であればそういった未来もあり得るのではないだろうか。

花菜は自分がそうなる未来が皆無(かいむ)に見られているということだろうかと(かん)ぐってしまった。

いや、むしろそうなのだろうと本日の両親の様子から確信めいたものを感じ取ってしまう。

二人の関係が付き合い立ての浮足立っているだけの関係でないことが、(はた)から見ても分かるのだろう。

響も花菜も、(こじ)らせ過ぎているのだ。

簡単に相手を離すような関係性ではなかった。


「響ちゃんの写真は、私が管理するよぉ……」

少しばかり、初回のようなふざけて下着を(さら)した写真があったりするのだ。

全てを開示するわけにはいかない。


「そう? 気が向いたら、少しでもいいからお母さんにも頂戴(ちょうだい)ね? 花菜ちゃん厳選のヤツでいいのよ?」

「それなら、まぁ……」

相原花菜は学習していない。

母親の最初の全てを要求するような言葉から、次にハードルを下げた数枚程度の要求。

それぐらいならと、母親の要望に(こた)えようとしていた。

最初から数枚程度の要求なら通らなかっただろう。

特に花菜が選んで渡せるという要素も大きかったのかもしれない。

響の少しアレな写真を除外することができるのだ、目が(くら)んでしまう。

もちろんであるが響はそれを見ながら、この手法はまだ有効なのだと確信に変えている。

知らぬは花菜ばかりである。


「楽しみにしてるわね!」

「う、うん……。響ちゃん、よかった……?」

「私は全然構わないよ。むしろ、家族と認めてくださるのが嬉しいくらいだよ」

母娘(おやこ)のやり取りを楽しそうに眺めていた響は、自分の写真が相原家に渡ることに対してはプラス感情の方が大きいらしかった。

家族の交流が無かった響に、相原家の家族がどう映っているのかは花菜には分からなかった。

少なくとも負の感情が無いのは分かる。

そして、その輪に加わるのを前向きに捉えてくれているのであれば、それは花菜にとっても喜ばしいことであった。


「ねぇ、花菜ちゃん」

「なぁに、お母さん。まだあるのぉ?」

「二人のツーショット写真って無いの?」

「えっ……」

母親が唐突に娘の恋人とのツーショット写真が見たいと言い出してきた。

花菜は言葉に詰まって、響の方を見た。

明らかに救難信号で、響に助けを求めている。

それに母親も気付いてか、響の方へと視線を向けていた。


「あーっと……。あるにはありますが……」

言葉を詰まらせながら響が答える。

言葉とは裏腹に、むしろ結構な量を撮影している。

娘とその恋人のツーショット写真を欲しがる母親に遭遇(そうぐう)したことがないため、響は動揺(どうよう)してしまったのだろう。

響ですら、どう返せばよいか分からないといった雰囲気(ふんいき)であった。


「お母さん、そんな写真を家族写真として残さないでよぉ……」

「なに言ってるの花菜ちゃん! お父さんとお母さんは残してあるわよ! 私達だって仲よしなんだから!」

「ゴホッ! ウウンッ! ウンッ! ウンッ!」

娘からの抗議に、母親が自分達の仲も負けてはいないと斜め上の方向で対抗してきた。

急に渦中の人となってしまった父親が、(むせ)る。

先程までニコニコしながら食事のお共に女性陣のやりとりを聞いていたのだが。

流石に本日対面したばかりの娘の恋人の前で出される話題だとは思っていなかったようだった。


「あのぉ……でしたら、そちらもその内……お送りします……」

「あら、響さん! 話が分かる!」

「響ちゃん⁉」

今度は響が折れる番であった。

母親は喜び、花菜は驚きの声を上げる。


「いいじゃない、花菜。お母様とお父様にお任せした方が、しっかりと管理してくださるよ」

「それは確かに、そうだけど……」

娘の恋路に興味津々(きょうみしんしん)な母親であるが、そういう面でしっかりしているのは花菜から見ても間違いはない。

アルバム作りも趣味の一環なのだろう、やたらと冊数がある。


「分かったよぉ……」

花菜も渋々(しぶしぶ)といった感じだが納得する。

それにしても、恋人と一緒に嬉しそうに笑っている自分が両親に見られるというのは正直こそばゆい。

だが、花菜は気付かぬ内に両親に対して心配をかけてしまっていたらしい。

そういう花菜の顔を見て、二人とも安心したいのかもしれない。

そんな風に考えると、母親のお茶目ばかりのこととは言えないのかもしれないと感じてしまった。


「響ちゃん、ごはんおかわり要る?」

「あっ、うん」

「お茶碗貸して、ついでくるね」

「お願い、ありがとう」

花菜は響のお茶碗が空になっているのを見ると、受け取って炊飯器の方へとご飯をよそいに行った。

今日は響がお客様なので、花菜がよそうのは不思議ではない。

だが二人のときも、大体花菜がよそっている。

これは、花菜がそうしたいから(おこな)っている。

響も察してか、花菜に任せるのが日常になっていた。

実際花菜の響に()くしたい一環、欲の現れである。


「響さんってあれね」

「はい?」

「本当に美味しそうに食べるわね」

「そ、そうでしょうか……」

母親が、響の食べているときの表情に関して感想を述べてきた。

響は花菜と一緒に料理を食べるとき、本当に美味しそうに食べる。

今日は両親の前ということもあっておすましモードだったのだが、花菜と母親の料理の前では顏に出てしまったらしい。


「こうやって、食卓を囲んで食べるのも久しぶりなのもあるのかもしれません……」

「一人暮らしだと、こういう機会って減るわよねぇ」

「そうだねぇ」

一人暮らし経験のある両親が響の言葉に同意する。

それ以前に響は家族との仲がおかしくなっていたのだ。

こうやって複数人で親しく団欒(だんらん)しながらの食事など、本当に数年振りなのだろう。


「じゃあ夏休みに戻ったら、花菜ちゃんのこととかたくさんお話しないといけないわね」

「そう、ですね……」

母親からの言葉に、響は静かに頷いた。

今この場が、響にとって幸せなのだろうかと花菜は考えた。

そうであって欲しいと思う。

そして、響には実際の家族とこういった時間を持って欲しいと願った。

失ってしまった数年間は戻らないけれど、響の中でそれを上回るような家族との思い出が作られればと。

花菜自身ががその一助になれるだろうかと。

響が神妙な顔付きになったのは少しの間で、直ぐに元の笑顔を取り戻した。

響も花菜と似たような気持ちになったのだろうか。

それは、分からない。

だが、そういった心が響にあればよいと思わずにはいられなかった。


「はい、響ちゃん。お待たせ」

「ありがとう、花菜」

よそったご飯を持って戻ってきた花菜は、それを響に渡した。

たくさん作ったおかずは、響のお陰で思いの(ほか)減っている。

本日の食事は、響が流石にそろそろ控えようと思うところまで続いた。

父親より多く食べており、少しばかり両親を驚かせた。

だが、たくさん食べる子を嬉しがってか好評ではあった。


そして、夕食が終わると響の帰宅の時間となった。

響の帰りには両親に惜しまれ、再来訪を約束させられていた。

波乱万丈(はらんばんじょう)あったが、これで花菜の恋人と両親の挨拶(あいさつ)は幕を閉じる。

花菜はホッと胸を撫で下ろそうとして気付いた、果たして無事だったのだろうかと。

思い返してみても、本日だけでも散々恥ずかしい思いをした。

そして、未来にはお泊りという暗雲が立ち込めている。

玄関で笑顔で手を振る恋人に、同じく笑顔で手を振りながら花菜は胸中でなにかがおかしいことに気付き始めていた。

花菜は()めることができない、大きなうねりの中のいるような感覚に(おそ)われる。

それに対して極力幸せなことを考えて、未来を誤魔化(ごまか)すことしかできないでいた。

時には目を背けることも大事なのだと思いながら。

今目の前にいる恋人の笑顔。

そして、優しい家族の存在が花菜を支えていた。

元を正せば、原因はその人達なのだが。

たくさん食べる、君が好き。

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