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花の音  作者: 高山之信
心に咲いた花
94/105

94 響と枯れない花と花菜への想い

「そういえば響さん、花菜ちゃんにお花送ったじゃない?」

「そうですね」

暴走状態であったとはいえ、響が花菜への愛を伝えるために送ったピンクのバラ一輪。

花菜だけのものだと伝えたくて送ったのだった。


「花菜ちゃんったら、響さんから送られたのが嬉しかったのよ。ドライフラワーにしてお部屋に飾ってあるの」

「そう、なんですね……」

響としては、確かに気持ちを込めて送った花である。

だが、そこまでしてくれているとは思いもよらなかった。

該当者である花菜の方へと目を向ける。

どうやら当事者となって無視もできなかったのか、赤くなって(うつむ)いていた。


「ありがとう、花菜」

響は花菜の両親の前ではあったが、衝動(しょうどう)が抑えきれずに花菜への感謝を伝える。


「ううん、私こそお花ありがとう……。まだお返しできてないけど、大事にしてるから……。その……響ちゃんから貰った初めての贈り物だから……」

花菜は少し(うつむ)きがちではあったが、紅潮(こうちょう)させた顔に笑顔を浮かべて感謝を伝えてくれた。

そして響は言われて、ハッとした。

確かにバラ以外に花菜になにか贈り物をした覚えはない。

誕生日なども出会ってからは、お互い噛み合っていない。

純粋に渡す機会が無かった。

このとき響は、花菜にもっとプレゼントを送りたい、今度はキチンとしたプレゼントをしようという欲のようなものが心に首をもたげたのを感じた。

花菜の笑顔がそうさせたのかもしれない。


「大丈夫だよ。花菜には、日頃からたくさん貰ってるから」

「私が響ちゃんに、プレゼントしたいの」

「そうなんだ。じゃあ、楽しみにしてるね」

響自身の気持ちとは逆に、自身は花菜の負担にはなりたくないような気持ちがあった。

口にした通り、花菜からは日頃から数え切れないような幸せを貰っているのだ。

響は気にしないよう花菜に伝えたものの、花菜は贈り物をすること自体が楽しみであるようだった。

それを(さえぎ)るのも無粋(ぶすい)かと、響は楽しみであると告げる。

この間二人の視線は甘く絡み合い、二人だけの世界を構築していた。

だが、この場は相原家。

花菜の両親が居る。


「二人とも、いつもそんな感じなの?」

「お父さん達、まぁお邪魔虫なのは分かって今日という日を迎えたけども」

「あっいえ、そのっ……」

「ちがっ、違うよぉ……!」

二人は、正気に返ったように今がどういう場であったかを思い出していた。

花菜の両親を無視して、甘い雰囲気(ふんいき)を出してよい場所ではなかった。

(あわ)てて否定の言葉を口にするが、遅い。

むしろ、こんなものは恰好(かっこう)の話題提供ではないだろうか。


「なにが違うのよぉ。そりゃ付き合い立てだものね。ラブラブよねぇ」

花菜の母親がニコニコした笑顔で語りかけてくる。

響は、花菜の両親からの生暖かい視線を感じた。

これには流石の響も照れが先行してしまう。

花菜の方へと目をやると同じように照れているようだったが、照れている響が珍しいのか凝視(ぎょうし)されていた。


「娘の近況が知れて、お母さん嬉しい」

「喜ばしいね」

「花菜ちゃんったら、お料理とか勉強とかしてるっていうのは教えてくれるけど、こういうのは教えてくれないのよね」

響としては両親と恋人の話をするという距離感が分からない。

だが、花菜は響のことを両親と話しているようだった。

流石に(むつ)み合っている内容までは子細(しさい)に話してはいないようであったが。


「お母さんは根掘り葉掘り聞きた過ぎだよぉ……」

「一人娘の恋愛事情よ、心配する親心じゃない」

「本当ぉ……?」

どうやら、花菜の母親としては娘の恋愛事情に関して興味深々のようであった。

まだ二人の関係が明らかになってから日が浅いはずである。

それにも関わらず花菜の疑う程度には話題に花が咲いているということは、余程なのだろうことが響にも分かった。


「花菜ちゃんも、もう立派な高校生。恋愛ごとに親が干渉(かんしょう)し過ぎるのは、よくないなんて分かってるわよ」

花菜の母親が一般論らしきものを口にする。

どこか白々しさがあるのは、響にも伝わった。


「本音は?」

「娘の恋愛事情美味しい!」

「お母さん、程々にね……」

花菜が尋ねると、花菜の母親は即本音を露呈(ろてい)する。

それを花菜の父親が(たしな)めていた。

響は、家族とはこれ程愉快なものなのだろうかという思いが(つの)っていく。

もし自分も家族と心が離れていなければ、もっとこういう時間を持てていたのだろうかと考えてしまった。


「それで、響さん……」

「はい、なんでしょう?」

花菜の母親が、改まった態度で響に向き直った。

急な態度の変化に、響に緊張が走る。


「花菜ちゃんとは、どこまで進んでるの? 花菜ちゃん、恥ずかしがって詳しく教えてくれないのよ」

「あれ、そういうのは根掘り葉掘り聞かないって話じゃ……? あれでも、響さんが乗り気なら、話は変わるのかな? あれなら、僕は席を外そうか?」

「お母さん? お父さん?」

響は自分の認識が甘かったことを知った。

花菜の言っていた、変なことは言わないで欲しいという最たることはこういったことだったのだろううというのを認識する。

抑止力であろう花菜の父親も、響の意見を尊重する側に回っているようだった。

響はこういった話題どころか、中学以降に親とまともな会話をしたことがない。

なので、男親との距離感が理解できない。

そのまま言ってしまっていいものなのか、響には分からないでいた。

だが、花菜とは進んだことはしていないのである。

そのこと自体は言ってしまっても構わないだろうと、響は判断した。


「あっ、いえ。そんな、花菜さんとは進んだことはしていませんので」

「やっぱりそうなのね……」

「花菜さんもおっしゃってるかもしれませんが、私達もまだ学生ですし……。節度あるお付き合いをということで……」

響は花菜の言葉でもって、ここは借りてきた猫の気持ちで押し通ることにした。

いくら響といえど、花菜の両親の前ではっちゃけることはできない。

口付けまではしているが、それも花菜は伝えているのか分からなかった。

むしろ、この聞き方としてはそれ以上を期待しているように響には感じられた。


「それで、本音は?」

「本音……ですか……?」

だが花菜の母親は建前を見抜いたのか、追随(ついずい)の手を緩めてくれずにいた。


「今なら、オフレコよ」

「いえ、そう言われましても……」

オフレコもなにも、関係者全員聞いているのだが。

聞かなかったことにはならないだろう。

響は周りを見渡す。

花菜の父親と目が合うが、にこやかに微笑むだけで答えは返ってこない。

花菜本人と目が合うと、頬を染めながら首を横に振っていた。


「言っちゃいましょうよぉ」

花菜の母親からの甘言(かんげん)が繰り返される。

響も段々と、なるほどこれは言ってしまってもいよい場なのだと感じるようになってきていた。

だが、響には花菜からの信頼を守らなければならない。


「正直に言ってくれたら、花菜ちゃんが響さんのお宅にお泊りする権利をプレゼントよ?」

「えっ……?」

「むしろ我が家に泊りに来てくださった際には、花菜ちゃんと一緒のベッドに宿泊可能。()つ私達はなにも聞かない振りができるわ」

花菜の母親の提案に思わず響は目を()いた。

これは甘言どころではない、響の天秤が思わず傾きかける。

なにせ、これは本日来訪した目的の一つでもあるのだ。

だが、同時に花菜に事前に釘を刺されていたことを思い出して踏み止まる。

響は試されているのかもしれない。

だが、どちらにだろう。

花菜にだろうか。

それとも、花菜の母親にだろうか。


「流石にそれはやり過ぎじゃないかな? それに、振りってなんだい。振りって。本当なのかい?」

「大丈夫よ。私だって、娘のプライベートぐらい(わきま)えているわよ」

「本当に大丈夫かなぁ?」

花菜の父親が流石にと、花菜の母親が(さと)されている。

娘のプライベートを弁えた常識人ぶっているが、もちろんのように疑われていた。

疑われる実績があるのだろうことが、響からも伺える。

そして花菜の方に目をやると、流石に信じられない物を見るような瞳と目が合った。

響を信じるような瞳で見詰め始める花菜。

首を振ったかと思ったら、その後に大きく首肯した。

響はそれを受けて、静かに首を振った。

えっ、という顔になる花菜。


「人の理性というものには、限界があると思っています。特に花菜さんを前にしては、それをいつまでも保っていられるというのは人並外れた強靭(きょうじん)な忍耐力が必要とされるかと……。もちろん花菜さんの意思が優先されますが、私は前向きに考えていると申しますか……。それにそういったものは、愛情表現の一つであると愚考(ぐこう)いたしまして……。稚拙(ちせつ)な身ではありますが、花菜さんを最大限に愛したいなという感情があるのも確かだと自認しております……」

「なるほど、なるほど」

これは面談かなにかなのだろうかというような語り口で、響は自身の花菜に対する心情を(にご)しはしたものの流されるまま恋人の両親の前で吐露(とろ)してしまった。

花菜の母親は二人の仲にやたらと前向きな発言が見て取れたが、これはどうなのだろうと響は感じてしまう。

おずおずと伺うと、花菜の母親は満面の笑顔であった。

流石の響も、少し怪訝(けげん)な表情になる。


「響さん、花菜ちゃんのこと本当に大好きなのね!」

「はい。それは間違いありません」

響は花菜を離したくないし、離れられないぐらい依存させたいと思っている。

幸せにしたいという思いも、同じかそれ以上に強い。

むしろ、響と花菜の関係はお互いを思い合っているからこを成り立っているのだ。

それぞれ目をやると、にこやかな花菜の母親、生暖かい眼差しの花菜の父親、俯いて真っ赤になっている花菜が見て取れた。


「響さんが花菜ちゃんを本当に大切にしていることも分かったことだし……。ねぇ、その内お泊りもしていって? 花菜ちゃんと一緒の部屋で寝ても大丈夫だから」

「えっ、本当にいいんですか⁉」

「いいわよぉ」

「ありがとうございます……。えっあの、私はその……本当に多くは望んでいなくて……。一緒の部屋で寝るだけでも実際幸せで……」

花菜の母親が、娘を生贄(いけにえ)に響を家に泊める機会を作ろうとしている。

響としては、一も二もなく飛び付く提案である。

それに響は、花菜と一緒に眠るということだけでも十分幸せなのだ。

それ以上を望んではいるが、花菜の匂いに包まれて眠れるというだけでも夢見心地だろう。

それにあんなことを言った手前、いろいろと否定しておかなければ信用に関わる。

いや、そもそも実際あんなことを言う必要があったのだろうか。

花菜の母親に揶揄(からか)われただけではないのではと考えてしまう。

響は、それにまんまとそれに乗ってしまったのではないだろうか。

そうであれば、響はまんまと馬鹿正直に答えただけの人間になってしまう。

だが、誠意は伝わったのか話はスムーズに進んでいる。


「そうだね。実際、泊りに来てくれたら花菜ちゃんも喜ぶだろうし」

先程の母親の本音を聞き出す思惑とは別に、泊りに来てもらう分には花菜は嬉しがるだろうという花菜の父親からのフォローが入った。


「一度そちらにお泊りさせていただいたこともあったし。今度はこちらの番よ」

「その件なのですが……。また花菜さんを、本当に我が家に外泊いただいても大丈夫でしょうか?」

「もちろん! OKよ! むしろ、じゃんじゃんやっちゃって!」

「ありがとうございます……」

「うん?」

花菜の母親は二言は無いのか、花菜の響宅への外泊許可を惜しみなく許可してくれる。

むしろ、響から見ても推奨(すいしょう)しているようにしか感じられない。

ここで、響も段々と花菜の母親が自分の味方なのではないかと気付き始める。

だが、花菜の父親は違う。


「さっきは聞き流してたけど、今は恋人なんだよね? 前にも言ったけど、そんな簡単に外泊まで容認していいのかな?」

「いいのよ、お父さん」

「そうなのかい?」

「むしろ、ウチに泊りにきてもらったときも、あれなら若い二人に任せて私達は少し外出したっていいのよ」

「いやっ、どうかな? やり過ぎじゃないかな? 若い二人に任せてって、お見合いじゃないんだから」

「大体日頃から二人きりになってるんだから、今更なのよ! 往生際(おうじょうぎわ)が悪いわよ!」

「そう言われると、そうなんだけど……。響さん、しっかりしてるから大丈夫かなぁ……」

花菜の母親には、今勢いがあった。

だが家長の意地を見せて、花菜の父親は追い(すが)る。

だが、段々と流されそうになっていた。

どうやら響の率直な意見やそれに対しての日頃の対応は、父親から見ると逆に信用に値する人間に映っていたらしい。


通常なら、ここで花菜がなにか発しているはずなのだが沈黙を貫いていた。

響は花菜へと目を向ける。

そこには澄んだ瞳で虚空(こくう)を見詰めている花菜が居た。

まるで響が泊りに来る日、()しくは自分が響の家に泊りに行く日が決戦の日であるかのような。

自分の死期を悟った戦士の瞳であった。

だが、花菜の公認外泊権を得るためには犠牲になってもらうしかなかった。

花菜の母親の様子から察するに、響がどうこうしなくとも大筋の流れは変わらなかったように感じられる。

だから、(きた)るべるべき日には花菜を恋人として心からもてなさなくてはならないと思った。

特別なスキンシップと愛情表現で。

花菜は犠牲になったのだ。

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