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花の音  作者: 高山之信
心に咲いた花
92/105

92 家族との挨拶に恋人をお出迎えするということ

響が相原家を訪問する当日となった。

花菜は家で待つのではなく少し離れた場所で響を待ち、一緒に向かう手筈(てはず)になっていた。

これは響が迷うかもしれないという配慮(はいりょ)……ではない。

純粋に花菜が響を迎え入れる上で、ただ待つだけでは不安だったからである。

居ても立っても居られない気持ちもあったのだが、訪問前に響と話しておきたいというのが本音であった。

事前に響へ色々と釘は刺したのだが、それが簡単に通るとは思えなかったのもある。


待ち合わせに選んだのは、なにげない街角の一角であった。

往来が少ない場所でなければ、響が悪目立ちすると考えたのだ。

花菜は響がやってくるのが見えると、手を挙げた。

響は花菜が見えたのが嬉しいのか、笑顔で小走りで向かってくる。

日頃の活発な様子は鳴りを潜め、響はお(しと)やかな出で立ちで待っている花菜へと手を振った。

いつもは校則で禁止されているからしていないが、今は軽めにメイクもしている。

完全に余所(よそ)行き仕様の響に、花菜は思わず息を飲んだ。


「おはよう、響ちゃん……」

「おはよう、花菜」

「今日はよろしくお願いします……」

「お邪魔するのは私の方だけど……。なにさ、改まって……」

「いや、こんな綺麗な人が私の恋人でいいのか疑問に思って……」

花菜はすっぴんの響ですら美人だと思って見惚(みと)れているのに、メイクなどされてしまうと美人だと認識できる容量が限界を越えてしまう。


「唐突だね。いや、日頃からなのかな……。花菜って私の顔好きだもんね。でも、そんなこと言ったら私にとっては花菜が世界で一番かわいいよ?」

「大げさ!」

「先に大げさだったのは、花菜でしょ」

そう言って笑う響が眩しくて、花菜は目を細めてしまう。

毎日好きが更新されていくのが、心を落ち着かせてはくれなかった。


「ううっ……響ちゃん、好き……」

そんな気持ちが思わず声になって、花菜の口から出てしまった。


「こらこら、外なんだから抑えて抑えて」

「だってぇ……」

休日の午前中とあって人通りは見受けられないが、カップルが外でイチャイチャしてよいような場所でもない。


「でも、外で待ち合わせって久しぶりだね」

「そうだねぇ……。初デート以来かも」

「あのときみたいに、手も繋ぐ?」

「この辺りは、ご近所さんだから……。いくら女子同士とはいえ、我慢(がまん)しよう……」

「そっか、残念」

ただでさえ美人な響と一緒に歩いていると、ご近所さんに見かけられたら誰だったのかと(うわさ)されそうなのだ。


「やっぱり、外デート成分が足りてないよ……」

「今度都さんの所に行ったり、遊園地デートするでしょ。(こら)えて」

響には目白押しの外出予定で我慢してもらうことにする。


「とりあえず、行こうよ」

「そうだね」

そうやって、二人は相原宅へ向かって歩き始める。


「ねぇ。花菜って、やっぱり私のこういう服装好きだよね?」

歩き始めてから(しばら)くしない内に、響が花菜に切り出した。


「えっ? もちろん大好きだけど……。どうしたの急に?」

「いや、なんかこう……。目の色が違うなって……」

どうやら、花菜は気付かぬ間に響の服装に対して熱い視線を送ってしまってたようだった。


「ええっ? そんなことないよぉ。いつもの健康的な服だって好きだし、パンツスタイルも大好きだよぉ?」

花菜としては、今までのどんな服を着た響だって大好きだと断言できる自信があった。

順位など付けられない。


「響ちゃんが日頃着ない服だから、新鮮なだけだよぉ」

「そうかなぁ……。それだけじゃない気がするなぁ……」

響が花菜の反応を見て、(いぶか)しげな視線を向ける。

どうやら、響の観察眼では花菜的には今の響のような服装がお気に召しているらしい。


「なにはともあれ、こういう服増やしていくね」

「あれ、なんだろう……。そう言われると確かに嬉しいかも……」

花菜としては、響のこういった女性らしい服装が他にも見られるとなると確かにと心が踊るのを感じていた。


「ほらね」

「いや、違うよぉ。響ちゃんは、なにを着ても似合うよぉ!」

花菜としては、響が着たい服を着て欲しいという気持ちがあるようだった。

そして、それに優劣を付けるのは自分であってはいけないという想いも同時にあるのかもしれない。

両親が欲の解放の仕方が下手だと言っていたのは、こういう所にあるのかもしれなかった。


「花菜色に染まるのは嬉しいから、むしろ要望が欲しいぐらいなんだよ」

「ええっ、響ちゃんは響ちゃんらしいのが一番なのぉ」

響としても、花菜からそういった欲求を引き出したいらしかった。

だが、花菜は(がん)として譲らない。

花菜としては、響を尊重したいという心があるのだろう。

これが二人で出掛けたアパレルショップなどだったら、いろいろと意見は言ったかもしれない。


「じゃあ、私が来てる服でこれがいいっていうのがあったら言ってね? 」

「ええっ、響ちゃんの服なんて全部いいよぉ……」

花菜は先程と同様に響の衣服に関しては、全てを肯定する。

この分では一緒に衣服を買いに行った際に、響が買う服に対して優柔不断な花菜ができあがってしまいそうだった。


「あっ、でもそっか。花菜は、なにも着てない方がいいのかな?」

「待って⁉ それじゃ、私がただただエッチな人じゃない⁉」

花菜が知らない内に犯した罪は、ここでも消えていないらしい。

花菜の周りの人物達が、なぜ花菜をそういう目で見てくるのだろうか。


「違った? じゃあ、あれかな。着てる方がやらしく見える系の服とかかな? 私、そういう服とか下着とか買った方がいい?」

「買わなくていいよぉ! お願いだから、買わないでください!」

「そう? 買って欲しかったら、いつでも言ってね」

響は花菜を揶揄(からか)おうといった雰囲気(ふんいき)一切(いっさい)無く、至って真面目な表情であった。

花菜のことを考え、花菜のことを想って、考えを口にしているのが伺えた。

むしろ、花菜が無理をしていないか気遣(きづか)う空気まで感じられる。


「そっ、そうだ! 逆に響ちゃんは、私になにか着て欲しい服とかある?」

花菜はおかしな空気を一変させようと、話題の転換を図る。

自分はそんな目で見られる(いわ)れはないとばかりに。


「そうだね……。花菜って普通にかわいい系が似合う気がするんだよね……。今みたいな落ち着いた服装も全然大好きなんだけど。あとは……、こう少しタイトな服装とかを着用なさったりとかは……?」

「着ないよ」

今現在花菜が着ているのは、着やせを意識した服装である。

響が言うタイトな服は、真逆に当たる。

胸部が目立つことに少々コンプレックスがある花菜からすると、そういった服装はNGに当たるのだろう。


「ダメかぁ……。それがダメなら、ロリータとかガーリーな服ととか似合いそうなんだよね。というか、実際似合ってたんだよね」

二人でデートして着せ替え人形にされた際には、そういった服も勢いで着てしまったりはしたのだ。

そして、それは響のメモリーに色濃く残っているようだった。


「響ちゃんもなんだ……」

「あっ、これは他にも勧められた後だね」

実際母親や吉田夫人からも、なぜか勧められる。

かわいい服として、花菜に着せたいという欲求があるようである。


「ああいうフリフリした服、特にロリータ系とか人前で着るとか恥ずかしいよぉ……」

「じゃあ、二人きりのときは?」

「えっ?」

「二人きりのときに着てくれたりしない?」

「それは……ええっ……」

響が提案しているのは、響の部屋で着替えてさながらファッションショーのようなことをするということだろう。

おそらく、それに合わせてメイクもさせられる。

そして、写真もどっさり撮影されるだろうことが容易に想像できた。


「前向きに検討して欲しいなぁ」

「うぅん……。二人きりのときに着るのも、それはそれでマニアックな気が……。でも、響ちゃんからのお願い……。それに、響ちゃんが言ってたように恋人の色に染まるっていうのも悪くは……」

花菜は恋人からのお願いを極力頑張って叶えようとする傾向がある。


「き、機会があれば……」

精一杯とばかりに、なんとも言えない言葉が花菜から放たれた。

本人すら、どうとも受け止め切れていないのかもしれない。


言質(げんち)取ったからね。約束だよ?」

花菜の複雑な心中を他所(よそ)に、響の中では確約(かくやく)に近い言葉だったらしい。

機会とは作る物で、作るのは自分であるとばかりである。


「あ、うん……」

花菜は、そのとき自分が失態(しったい)を犯したのではないかと感じた。

だが、口から出た言葉は戻ってはくれない。

それに恋人のお願いを叶えたいという思いも真実なためか、より心の糸は絡みだしていく。


そんな会話続けていると、相原家が見えてくる。

花菜が先導して、門扉(もんぴ)を開ける。

いよいよ、響が相原家来訪のときがやってきた。


「響ちゃん、くれぐれも今日は……その……大人しくしてて……」

「やけに念を押してくるけど、そんなに? 別にいつも通り、普通にしてるよ」

「私のお父さんとお母さん、ちょっとそのぉ……過保護? だから……」

「恋人になったからって、そんなに厳しい目で見られるの?」

「全然そうじゃないんだけど……」

「分からないなぁ……」

花菜の口から出る言葉は判然としないものばかりだった。

それもそのはずで、あの両親をどう説明していいのか分からなかったのである。


「あ、でも……」

「えっ、なに……?」

「花菜の外泊は、許可していただくつもりだから。安心してね!」

「なんにも安心できないし、なんにも普通にしないヤツだぁ! そういうところだよぉ⁉」

響がなにかを思い出したかのように言うので不安がっていたら、花菜は思いの(ほか)のっぴきならない状況に追い込まれていた。

両親と恋人の対面のことだけでも気を()んでいるのに、なぜか恋人当人から更に問題発言があったのだ。

響は以前言っていた外泊許可を貰う約束を忘れてはいないどころか、今日のような挨拶(あいさつ)の場でいきなり貰いに行く精神の持ち主なのだった。


「花菜とのお泊り……。花菜と一緒にお風呂……。花菜と一緒にお休み……」

「不吉な単語を連呼⁉」

響の口から、とてもではないが今の花菜が耐えられる要素が見付からないシチュエーションが連呼される。

仮初の恋人の段階でも、共寝(ともね)は限界だったのだ。

しっかりと恋人になった状態でされてしまうと、恐らく響は花菜に抱き付いてくる。

そんな状態で眠りにつくなど、夢のまた夢だろう。

このような響を招いてしまって大丈夫だろうかという気持ちが花菜の中に広がっていく。

だが、花菜はもう自宅の玄関の前まで来てしまっている。

今更引き返すわけにはいかない。

花菜は戦々恐々(せんせんきょうきょう)とした思いで、玄関に手をかけた。

自身の家に帰るだけなのだが、これ程気が重いことは()つて無かった。


花菜の家は決して広くはなく、玄関も細々としたものであった。

いつもは母親と父親の靴が出しっぱなしになっているのだが、今日は響が来るためか下駄箱に仕舞われている。

花菜は、こんな細かいところに力を入れなくてもと呆れるばかりだった。


「ただいまぁ」

花菜が帰宅の挨拶に声を上げると、玄関から続くリビングの扉が開く音がした。

明らかに花菜が出て行ってから、両親が身構えていたのが見て取れた。

スタンバっていなければ、できない速度である。


「花菜ちゃん、おかりなさい」

「おかえり、花菜ちゃん」

リビングから出てきた両親が花菜に向けて帰りの挨拶をする。

二人とも今日はラフな格好で、これといって気合が入っているわけではなかった。

父親は髪を下ろして花菜が選んだシャツにチノパンという、どこにでもいる休日のお父さんスタイルであった。

母親もいつもと変わらない恰好で、ラフなスカートスタイルである。

長い髪は一つに(まと)めて、前に流している。

母親は花菜と同じぐらい胸囲があるのだが、その点に関しては無頓着(むとんちゃく)でやや強調されていようが気にしていない。


「そして、いらっしゃい! 芳川さん!」

「お邪魔します。本日は、よろしくお願いします」

母親が響に対して、歓迎を(あら)わにする。

満面の笑みの母親を前に、響は礼儀正しくお辞儀を返した。


「もう、そんなに(かしこ)まらないで! 私と芳川さんの仲じゃない!」

「以前に一度会ってるし、メッセージで結構お話ししてるみたいだけど一応……。私の母です……」

「直接お会いするのは二度目ですね。お会いできて嬉しいです」

「直接お話しできるの楽しみにしてたのよ~。今日は楽しみましょうねぇ~」

いつにも増して溌剌(はつらつ)とする母親に、花菜は不吉な予感しか感じなかった。

お願いだから、響に対して余計なことは吹聴(ふいちょう)しないで欲しいという思いでいっぱいだった。


「そして、さっきからソワソワしてるのが私の父です……」

「初めまして、芳川さん。花菜ちゃんがいつもお世話になっております。花菜ちゃんの父です。噂はかねがね、お会いできて嬉しいよ」

「初めまして、芳川響です。花菜さんには、こちらこそよくしてもらっていて。ありがとうございます。どんな噂なのか、お恥ずかしいです」

明らかに浮ついた空気を発していた父親を(たしな)めるように花菜が紹介する。

父親が(つつが)なく紹介を終えて、これで晴れて相原家と響は繋がったことになった。


「こちら、詰まらないものですが」

そう言って、響が持っていた紙袋を差し出す。

持参したお土産であった。


「これは、ご丁寧に……。高校生なんだから、無理しなくてもいいんだよ。花菜ちゃんなんか、毎日お世話になってるのに。なんだか悪い気持ちだなぁ」

父親がお土産を受け取りながら、恐縮(きょうしゅく)していた。

確かに響の家に親御さんがいれば、相原家から挨拶(あいさつ)の一つや二つ行っていたことであろう。


「いえ、花菜さんには毎日本当にお世話になってますし。それに、今日は本当に特別なご挨拶かなと……」

「そうなのかい? じゃあ次回からは、もっと気楽に我が家に来てくれると嬉しいな。その方が、花菜ちゃんも喜ぶと思うし」

「分かりました」

父親の言う通り、(かしこ)まらずに気軽に訪問してくれると花菜としても嬉しかった。

ただ、それは両親を挟まなかったときの話なのだが。

それに響の気合の入れ方が、花菜の中では完全に未成年の学生が恋人を家に連れてきた雰囲気ではない気がしていた。

まるで、映画やドラマで見たような結婚のご挨拶の様相(ようそう)である。


「さぁ、芳川さん! こんなところで立ち話もなんだから、早く上がって上がって!」

そんな不安な花菜を他所(よそ)に、母親は純粋に響に会えたことが嬉しいのか早く家に上がるよう催促(さいそく)してくる。


「そうだね、響ちゃん。どうぞ、上がって」

母親の言い分も最もなので、花菜は響に家に上がるように(うなが)した。


「ありがとう。それじゃ、失礼します」

こうして、響の相原家の二度目の訪問。

恋人としての初めての訪問が始まった。

安心してください、書きますよ。

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