91 長かった一学期、濃かった一ヶ月、お疲れ様の二人
今回少し長いです。申し訳ありません。
「とりあえず、夏休みだよ!」
「一学期、お疲れ様だねぇ」
二人はローテーブルに花菜が作ったお菓子を広げてお茶を入れ、プチお疲れ様会を開催していた。
広いテーブルではないので、いつもは大体向かい合って座っているのだが、今は二人が並んで座っている。
密着したい響からの要望であった。
無論、花菜に否やはなかった。
「なんか、高校に入って決して平和ではなかったんだけど……。ここ最近本当にいろいろあった気がする……」
響は高校入学を切っ掛けに引っ越してきているので、慣れない土地での一人暮らしである。
そんな環境での生活は、大変なこともあったであろう。
しかも入学してからは、それまでの態度と一変して優等生として振る舞っているのである。
あまりにも違う環境で頑張ってきたのだと花菜は感じていた。
それにプラスして、最近は嫉妬を買ったり、推薦でクラス委員になったりと本人の預かり知らない誤算が多い。
「響ちゃん、ちょっと無理し過ぎだと思うよ……。最近特にそう……。ちょっと、ゆっくりしようよ……」
花菜の言う通り、付き合いだしてからの響は姉の問題や家族の問題にとバタバタとした期間が続いた。
それ以前にも、自身のあり方に関して色々と思うところがあったのだ。
最近の響の過ごす日々は、常に忙しなかったと言える。
「そうだね、花菜と二人でゆっくりしたいね。でも、夏休みの予定は目白押しだよ!」
「確かに、盛りだくさんだけど」
二人で事前に話し合い、様々な予定を入れてある。
まだ詳しく日程の決まっていないものも合わせると、相当な数になった。
これにプラスして、様々な突発的な物事が折り重なっていくのだろう。
とてもではないが、ゆっくりするといった風情ではない。
「花菜がウチの地元に来てくれるのはともかく。まずは私も花菜のお宅にお伺いしないといけないし」
「それ、本当に不安だよぉ……」
「なんで? いいお父様とお母様なんでしょ?」
「なんだか自分の恋人と両親が仲よくしてるのって、気恥ずかしくない……?」
「そうかな……?」
少し過保護なところがある両親と自分を溺愛している響が恋人として晴れて邂逅することで、花菜としてはどうなるか予想ができない面の方が大きかった。
それに、純粋に恋人と両親が仲よくしているという構図自体が面映ゆい。
そんな居た堪れない空間で、花菜は暴走しそうな父母と響を制御しないといけないのである。
本来なら純粋に喜ばしいことなのだろうが、不安が勝った。
「どうだろ……。分かんないなぁ……。父さんと母さんと、小さい頃はともかく……ほとんど話してこなかったから……。こう、実感というものが……」
「それは……。これから、いっぱい話そうね……」
響は自身の環境に置き換えて考えてみたようだが、全くと言っていい程会話をしてこなかった親子関係では理解ができないようであった。
花菜も響の両親を全く知らないので、なんとも言えない。
「でも、確かに違和感は感じるような……?」
「響ちゃん、無理しなくていいから……。私が悪かったよぉ……」
響はこれから、いろいろと取り戻していかないといけないと切に感じる花菜であった。
「そ、そう! 都さんと凪乃さんの所にもお伺いしないとね!」
「ああ、そうだね」
気まずい話題から響の気を逸らそうと、花菜が話題を転換する。
響の姉である都とその恋人である凪乃は同棲しており、今現在の響宅からはそこそこのご近所さんである。
夏休みになったら遊びにおいでと言われているので、休日にでも二人で訪問する予定であった。
「響ちゃんが帰郷する前には、一度会ってお話ししたいねぇ」
「そうだね。凪乃さんとは、直接お会いしたことないし」
凪乃とはビデオ通話で話しただけで、直接話したことはない。
直に会うことで、また印象が変わるかもしれないと花菜は考えていた。
「それに芳川家の恋人同士で、紹介されるに当たって作戦会議をしたいです……」
「そんなに構えなくていいのに」
「第一印象悪かったら、絶対尾を引くよぉ! 遠方であまりお会いできないのに、印象悪いままなんて私ヤダよぉ! 凪乃さんも、きっとそう思ってるよぉ!」
「まぁ、確かに。気持ちは分からないでないかな」
相原家に対する響の印象は、現在最高を更新し続けている。
それに対して、花菜は自分が家族の不和を生んだ原因の存在であることが相手に伝わる可能性が高い。
花菜本人の中では、印象値マイナススタートの可能性があると捉えていた。
「私は響ちゃんを……知らぬ間に芳川家を追い込んだ女……」
「ああ……。それは姉さんも言ってたじゃん。大丈夫だって……。花菜は悪くないよ……悪いのは私なんだから……」
都が笑い話の冗談程度に言ったことなのだが、まさか当人が居るとは思わなかった例である。
「今から不安になってきてるよぉ……」
「早い早い! それなら、できるだけ早く凪乃さんと姉さんの所に行こう。花菜の不安を取り除くために……」
「そうしよう……。凪乃さんと不安を分かち合いたい……。少しでも楽になりたい……」
「解消しなよ……」
花菜としては、凪乃と不安な心をお互い話すだけでも気持ちが緩和されるのではないかという期待がある。
仲間が居るという、連帯感が欲しかったのだろう。
「凪乃さんも、都さんを誑かした恋人として責任を感じてる可能性があるから……」
「確かに。言い方があれだけど、今でも多少は責任感じてるだろうね」
凪乃も都が家族と連絡を絶っていることに気付けなかったことには、通話の時点で責任を感じていた。
問題が解消された今となっても、生真面目そうな印象の凪乃のことである。
責任を感じ続けていてもおかしくはないのではないだろうか。
「花菜と凪乃さん、両方のメンタルケアという目的があるんだ……。なんか、思ったより深刻だね……」
「それに、実際ご両親が女性の恋人をどう思われているのか……。私達は分からないよぉ……」
「それに関しては、大丈夫だって再三言ったじゃん」
響からは、花菜には両親に理解が得られたことを伝えてくれている。
花菜はその生い立ち上、なんだかんだ理由を想像しては不安になってしまうのだろう。
そのため、数度に渡って響から安心するよう言葉をかけられていた。
「花菜は大事なお客様なんだから、ドーンと構えててくれればいいよ」
「そんなこと言われたってぇ……」
響から安心するよう言葉をかけられるが、花菜の弱気になった心が浮上することはなかった。
「まぁ、姉さんもビクビクしながら逃げ回ってたぐらいだし……。これに関しては、私のメンタルの方が異端なのかもしれないね」
「響ちゃん、私に対しても最初から寛容だったし……。そういうことに、まったく頓着無いよね……」
「まぁ、私ってそもそも恋愛とか以前に人付き合いにあまり興味が無かったからね……」
「響ちゃんは、そういうところも少し直さないとだからね……」
響は学校でも表面上面倒見はいいのだが、深い付き合いは一切無い。
花菜とは、また違ったベクトルで少し異常であった。
花菜としては断腸の思いで、響に人付き合いを増やすように促す。
「ええっ、もうそういうの花菜だけでよくない?」
「将来を考えると、そういう訳にもいかないよぉ……」
花菜の気持ちを知ってか知らずか、響は花菜の提案を否定してくる。
「だって、花菜って私に依存して欲しいんでしょ?」
「それは……そうだけど……」
一度爆発しているときに本音を洗いざらい伝えてしまっている。
そこを突かれると、花菜は言葉に詰まってしまう。
「花菜だって、滅茶苦茶親しい友人っていないわけでしょ?」
「それは、改善していこうと思っています……。これからは、ある程度は心を許していこうかなって……」
花菜は今まで一線を引いてきたが、両親にも自身のことを話したし、恋人もできた。
なにもかもから怯えていた時期とは事情が異なる。
ある程度なら、気を許した親しい友人を持つこともやぶさかではないと感じ始めていた。
もちろん、自身が女性が好きだと告げるような度胸はまだ無いのだが。
「えっ、私がいるのに⁉」
「響ちゃんが、いるからだよぉ……」
「なんだか、釈然としない……」
だが、その恋人は独占欲の塊である響であった。
同性にも対しても嫉妬してくるような存在である。
「じゃあ、私は今までより少し緩めた程度で行くから……。響ちゃんは、人付き合いに関してもう少し前向きに考えておいてください」
「ええっ、私も花菜に縛られたい……」
「我儘さんだぁ……」
響はあくまで嫉妬はするし、嫉妬もして欲しいようだった。
共依存関係を望んでいるのである。
花菜としても実際はそれを嬉しく思ってしまっているので、気を抜くと許してしまいそうになる。
響のためを思うとダメなのだろうが、本当なら二人だけの世界に閉じこもってしまいたい。
「誰からも認められる花菜にすると言った手前、周りの人間も認めさせなさいってこと?」
「そこまで高圧的な物言いじゃないよ……。もっとフレンドリーな響ちゃんになろうっていう、簡単なお話で……」
「ええっ、いや……。ハードル高いよ……。むしろ今の私、中学とかに比べれば頑張ってる方じゃない?」
「そう言われるとそうかも」
響は中学校時代、友人どころかまともに話す人間すらいなかったのである。
それが現在人望を得ており、男女共に人気がある優等生。
大躍進ではないだろうか。
花菜は響が人付き合いが希薄だった過去があるにも関わらず、どうして現在の地位を築けたのか甚だ疑問だったのだが。
「だから、プライベートは花菜がいれば問題ないよ」
「あれ? そうなのかな?」
「そうなんだよ」
「あれぇ?」
花菜は響の論に、まんまと丸め込まれようとしていた。
それが花菜にとって、甘い蜜であることも悪かったのかもしれない。
「むしろ、頑張っている私を褒めて欲しいよ。クラス委員で、人とのコミュニケーションに問題はなく、成績優秀なんだよ? ほら、花菜。私を褒めるチャンスだよ!」
「あれ? あれ?」
隣に座る響が花菜の腕に頭を擦り付けてくる。
花菜はその行為の感触と香りに理性を焼き切られて、次第になにも考えられなくなっていく。
「そっか。響ちゃんは、もう既に十分えらいんだぁ」
「だから、花菜は私をなでなでしながらギュッてしてくれてもいいんだよ?」
「響ちゃんを……なでなでしながらギュッ……。ハッ! ダメ! 私、吸われちゃう!」
ハタと気付いたように花菜はそう言うと、響から身体を離した。
「くっ、要らない知恵を花菜に授けてしまったか……」
心底悔しそうに響が行き場の無いなでなでを失ってしまった頭部を彷徨わせた。
「それに今は、夏休みの予定確認を兼ねたお疲れ様会だからね……。そういうのは後でね……」
「後で、ね。楽しみ……」
「ううぅ……」
響は鋭い眼で花菜を見詰めてくる。
花菜は、それに対してタジタジであった。
だが響がああ言った手前、逃れることはできそうになかった。
先延ばしにするか、今と先と両方かの二択である。
花菜は先延ばしの方を選択する懸命な判断を行ったのだ。
「夏休みの予定だよね……。それなら、行くよ! 遊園地!」
「そうだよね、延び延びになってたもんね!」
響が思考を切り替えて、夏休みの予定を挙げてきた。
花菜と響で提案した遊園地デート。
響が田舎から出て来た際に、まともに遊園地に行ったことがないという経緯から始まった。
試験終わりから計画を重ねて、とうとう夏休みになってしまった二人のデート計画である。
「というか、最近二人で出掛けてない!」
「お家では、毎日顔を合わせてるのにねぇ」
「ある意味、お家デートかもしれないけど! 外でデートしたいよ!」
「近場だと、同級生に見られるかもしれないのがネックなんだよねぇ……。変装するにしても、それだと響ちゃん窮屈そうだし。それに私と一緒に居るところの目撃回数が増えると、その内バレちゃいそうだからね」
二人としても、出掛けたいのは山々なのだ。
だが、仮初の恋人から正式にお付き合いすることになった今でも二人の関係は周りに対して秘密のままである。
「もう、仲のいい芳川さんと相原さんでいいじゃない? 見せ付けていこうよ」
「ダメだよぉ……。よしんば私が好奇の目に晒されるのはいいけど、響ちゃんの立場が悪くなるのはヤダもん……」
響は学校でも花菜と一緒にいたいという願望の現れか、外出時にも二人でいたいようだった。
だが花菜としては自分と特に仲よくしてしまうことで、響の今の学校での立場を悪くしてしまうことを懸念していた。
それに、箍が外れた響がどうなってしまうのかという不安も大いにあった。
「私はともかく、確かに花菜に迷惑が掛かるのは私も本意じゃないよ……。でも、この夏休みで花菜といる時間がたくさんあるわけじゃない?」
「そうなるね、今までよりたくさん一緒にいられるかもだね。お父さんとお母さんにも、響ちゃんと会うのは止められなかったし」
「その反動が二学期にやってきたとき、耐えられるかどうか自分でも計りかねるんだよね……」
「ええっ……そんなに……」
どうやら響の言い分は、長期的に見たときに自身の理性の限界を鑑みてのようだった。
「もし耐えられないってなったときは……」
「なったときは?」
「自分でも、どうなるか分からない……」
「待って」
どうやら箍は、どうやっても外れる可能性があるようだった。
それも、この場合は爆発という最悪の形で迎える可能性がある。
花菜は早急に響の理性の楔に関して、対策を講じる必要に迫られることになった。
「そ、そうだね……。近所での外出も、見付かっても不思議じゃないところから始めて行こう……」
「不思議じゃないところ?」
「その……図書館とか……? あとは、映画館とか……?」
「偶然一緒になってるんだが、まかり通る所だね」
スーパーで一緒に買い物をしている所をいつもの響の姿で目撃されるのはまずいが、花菜が言ったところで一緒になっているならクラスメイトとして言い訳が通りそうである。
「それに夏休みの勉強も図書館なんかでやると気分転換になるかもだよ! それ以外なら、この前みたいに少し遠出するのが安全かも……」
「でも、夏休みだからなぁ……。遠出してる人も割合的に多そう……。そう考えると、今度の遊園地もか……」
花菜はだんだんと思考が負の連鎖を始めているのを感じる。
「花菜。ここは、多少開き直ろう」
「えっ」
「前から決めてた遊園地デート、楽しみだよね?」
「うん、楽しみ……」
「そこに邪念なんて、あっちゃダメなんだよ」
「邪念……あっちゃダメ……」
「一旦忘れよう!」
思い悩んでいた花菜からすると、響の提案のなんと甘美なことだろう。
「とりあえず、遊園地デートは全力で楽しんで! このことは、その後に考えよう!」
「そっ、それでいいの……?」
「なにごとにも、多少の開き直りは必要なんだ」
「そうかも?」
「そうなんだよ!」
「そうだよね!」
これに関しては、花菜も響とのデートを心から楽しみたいという欲求があった。
それに抗えなかったのだ。
「でも、終わったら本当に対策は考えよう。花菜とお出掛けしたいし。花菜の立場を悪くしたくないからね」
「響ちゃん、人気者だからね」
「人気者というか、厄介ごとに巻き込まれる認識はあるよ……」
「もう! 美人さんなんだから! もっとご自身がモテることを自覚して!」
「私なんかより、花菜の方がよっぽどかわいくて人気あると思うけどなぁ……」
響は心の底からの声といった感じで、花菜のことを見詰めている。
「それは絶対好きになった贔屓目だよ。私なんて、今まで浮いた話一つ無いもん」
花菜は今まで男女共に交流はあったが、特定の誰かと深いものにはなっていない。
和樹だけは別だが、花菜は幼馴染としてしか見ていないのである。
「それは、周りの見る目が無さすぎるのでは?」
「響ちゃん、どこ見て言ってるの?」
響はあからさまな目線を花菜の胸部に向けながら、訝しんでいた。
「いえ、そのたわわなお胸に思春期男子なんぞイチコロなんじゃないかと思って……」
「誰も彼もが、響ちゃんみたいにお胸が大好きな訳じゃないんだよぉ!」
花菜はいつもはゆったりした服を着ているので、案外目立たないと自負している。
そこはかとなく視線を感じるときはあるのだが。
今現在の花菜の制服は、成長を見越して少しゆったり目のサイズを購入したら一切成長が無かった典型例であった。
その分体育のときは目立ってしまうのだが、花菜は極力大人しくしていた。
「いや、その理論はおかしい気がする……」
「もう、とにかく! 私はそんなに惚れた~腫れたの話に今まで縁はありませんでした!」
実際、花菜は一度も告白や男子を紹介、そういった恋愛絡みの仄めかしなどされたことはないのだ。
小学校中学年までは引っ込み思案であったし、中学もどちらかと言えば大人しかった。
高校も目立ったことはしていないはずである。
それにプラスして、深い人付き合いを避けてきたのであれば然もありなんであった。
実際は和樹との距離感がおかしいという要素が加味されているのだが。
本人はまったく気付いていない。
「これからも、無いと思うよぉ……」
「いや、こんなにかわいい花菜を世界が捨て置くわけないよ。不安だ……。私の花菜に、悪い虫が寄り付かないか……」
「響ちゃんは、私を過大評価し過ぎ!」
響は惚れた弱みか、花菜が誰かしらから恋愛としての好意を寄せられるのではないかと不安になっているようだった。
花菜としては、恋愛的な好意を寄せられた経験など響からだけである。
そういった意味では、花菜は恋愛における自己評価は低い。
響から愛されているという自負はあるが、万人にそれが通ずるような考えは全くと言ってよい程無かった。
「確かに、恋人がいるって公にできなくて不安なのは分かるけど……。心配し過ぎだよぉ……」
お互いの関係を秘密にしているので、恋人がいるという状況を公言することは難しい。
ただでさえ人気がある響に、更にそれが女性であるなどと二重の意味でハードルが高かった。
「あっ、恋人がいるっていうので思い出したけど……」
「なに?」
「調理部の部員の人達には、恋人ができたとだけは言うかも……」
「えっ、どうして?」
唐突な花菜の恋人ができた宣言をするという通知に、響が戸惑いの声を上げる。
「私の知り合いで、唯一スキンシップが激し目なので」
「ああ、なるほどね」
響は同性とのスキンシップすら嫉妬の対象なので、花菜はそういったことを避けなければならなかった。
その説明のため、花菜の中で最も適切であったのが恋人が同性との接触すら焼きもちを焼くと伝えてしまうことなのである。
「私との約束守ってくれるんだ」
「うん……。恋人がそういうのに嫉妬する人だって、説明しないと不自然になっちゃうので……。いやでも、それでも不自然だとは思うんだけどね……? そんなに噂話をする人達じゃないから、吹聴とかはされないと思うよ。一応口止めはするけど。あと、滅茶苦茶詳しく誰かなんて聞かれない……といいなぁ……」
「いいよいいよ、私を喧伝してきて」
響は、むしろ花菜に悪い虫がつかないのであれば恋人がいると言ってくれた方がありがたいようだった。
むしろ吹聴されないのであれば、響は恋人が自分だとバレてもいいと思っていそうだなと花菜は内心感じていた。
花菜としては寛大な処置がありがたいが、気の緩みからバレないように心掛けようと気持ちを新たにするのだった。
「そんな自慢げに……。女子同士のスキンシップぐらい、普通のことだけどね。響ちゃんが言ってたけどね」
花菜は初デートのときに散々女子同士ならと響からスキンシップを取ってきておいて、いざ花菜が他の女子と軽めのスキンシップですら許さないのはダブルスタンダードだと少し根に持っている。
「それは人前で私とのスキンシップを促す口実であり、花菜が不特定多数としてもいいといった旨の内容ではないよ」
「わぁ、ほとんど開き直りだぁ」
響の言い分は、ほぼ難癖に近い。
花菜の言う通り、開き直りの論法である。
「響ちゃんのそういうところは、今に始まったことじゃないからいいけど……」
「大丈夫だよ。私だって、恋人が一人の個人だということは理解しているよ。全部知りたいとか、全部束縛したいとかは思ってないから。ただ、人よりちょっと重いかもぐらいだから」
「本当かなぁ……」
響が多少の常識人アピールを花菜に行う。
だが響のちょっと重いは、客観的に見て相当であることは容易に想像できた。
そのことを思い浮かべながら、花菜は疑わしい瞳を揚々と語る響に向けていた。
「本当だって。私が嘘吐いたことある?」
「今、難癖に近いことは言ってたよぉ……」
まさに生き証人とばかりに、花菜が指摘した。
「花菜は、こんな私は嫌?」
「ううん……そんなことないよぉ……」
だが花菜は根には持っているものの、束縛されること自体は喜ぶ傾向にある。
響にこんな風に聞き返されては、否やがあるようには言うことができない。
これに関しては、ほとほと相性がよい二人であった。
「ありがとう、花菜。こんな私を受入てくれて」
「ううん、私こそありがとう。響ちゃん」
花菜はなんだか誤魔化された気がしたのだが、響の笑顔が眩しかったのでよしとすることにした。
響に対しての許容ラインが低いようだった。
「さて、夏休みの予定だね」
「そういえば、そうだね……」
話が脱線していたが、二人は夏休みの予定の確認をしていたのだ。
強引に響が方向を修正した。
明らかに話を有耶無耶にしようとする意思が感じられる。
「花菜は夏休みの宿題って、どんな感じでやるタイプ?」
「私? 私は満遍なくやってたら、なんとなく終わってるタイプだよ」
花菜は予定を立ててるキチンとやっていく訳ではないのだが、コツコツと進めて行っていたらきっちりと休みの終わりの週辺りには完了していた。
毎日の勉強時間は必ず取るので、予習復習も含めて終わらせている。
「じゃあ、その期限を今年は前倒ししよう。そして、他の勉強と夏休み明けの試験対策に当てようね」
花菜達の学校は夏休み明けに実力テストがあるので、夏休み中も気は抜けないようになっていた。
花菜も去年は、試験対策の復習に時間を使った。
「えっ、前倒しってどれぐらい……?」
「私とのお出掛けとかいろいろあるから忙しいから、半ばまでには終わらせよう」
「ほええぇ……」
響のそこはかとないスパルタぶりに、思わずといった風に花菜は声を漏らしてしまう。
「ほら。花菜と私が付き合ってることによって、花菜の成績が上がってるのがご両親に好評じゃない?」
「そうだねぇ」
「せめてでも、花菜は成績をキープしないとだし。それに、もっと上げたらさ。私達の間柄も、太鼓判をいただけるじゃない?」
「おっしゃることは、ごもっともで……」
響の言っていることの正しさは、花菜にも分かった。
ここで花菜が大きく成績を落とすようなことがあっては、二人のお付き合いを疑問視するような理由を与えてしまうことになるのではないかという懸念。
そして、花菜の成績が上がればより認められるのではないかという考え。
それ以前に花菜の中には学生の本分として、勉強を頑張らないといけないという心もあった。
根が真面目なのである。
響が勉強ができるので、自分ができないのはいけないのではないかという無意識の引け目みたいなものも心のどこかにあるのだろう。
響に並べる自分になりたいという気持ちが、花菜を前に進めている。
もちろん、教えてくれる響に応えたいという想いが最も大きいのかもしれないのだが。
様々な要素が花菜の中では噛み合い始めているのである。
「じゃあ、私頑張るから……」
「私も精一杯花菜をサポートできるよう努めるよ」
「響ちゃんは、ご自分の勉強も頑張ってるんだから。あまり、無理しないでね……」
「花菜のためなら、無理なんてないよ!」
「そういうのがダメって言ってるの!」
花菜のためなら、際限なく邁進しそうな響を慮って思わず声を上げてしまう。
「私のためにって、響ちゃんが身体壊しちゃったりするのが一番嫌だからね……?」
「そんなに無茶してるわけじゃないから、大丈夫だよ。むしろ、毎日ウチに来てもらってる花菜の方が負担大きくない? その上、帰って家の手伝いとか自分のことやってるんでしょ?」
響の言う通り、響宅を訪問し、その際買い出しも行っている。
買い出しは最近響も行うようになって、多少分業になったのだが。
家では家事の手伝いを積極的に行っているし、その上で自身のことまでこなしている花菜の方が多忙なように見受けられる。
その点、響は家から移動していない。
「響ちゃんのことは、全てにおいて優先されるからいいんだよ。至上の喜びなんだから。私の癒しなの」
心配そうな響の言葉を前に、花菜は真剣な瞳で言い切っていた。
仮初の恋人のときの記憶だけを頼りに、そのまま一人で生きていこうとしていた人間の言う言葉は重い。
実際、響と付き合うようになってから花菜は以前より力が漲っているのを感じている。
愛しい人に対してなにかできることに幸せを感じているのだろう。
響を思ってなにかをする時間は、花菜にとって苦でもなにもないのだから。
「とりあえず、花菜に無理はさせ過ぎないようにしよう」
だが、それを受けて響は瞬時にこれはいけないと感じ取ったようだった。
際限が無いのは、花菜の方であると気付いたのだろう。
「私! やれるよ!」
「ダメ。宿題と勉強は、無理が無いように私がスケジュール作るから」
花菜はやる気満々なのだが、響がそれに対して厳命をもって応える。
以前の響が浮気だと騒いだ際の爆発で、花菜の危険な部分に関して警戒度が増しているのかもしれなかった。
「ええっ、私頑張れるのにぃ……」
「人には無理するなって言っておいて、この花菜は……。却下だよ、却下」
花菜は響に言われても追いすがったが、当然のように却下されてしまう。
「花菜の夏休みの大まかな計画は、私が管理するから」
「響ちゃんが、私を管理……」
管理という言葉を聞いて花菜は勢いが止み、急に思案顔になった。
響としては、花菜を無理させないためと成績向上、また自分との時間を持てるようにという算段があっての発言であったろう。
「なんか、管理されるって……いいね……」
「ああ、そうなるんだ」
どうやら花菜は響に縛られるのを望んでいるためか、管理という言葉のニュアンスを気に入ったようだった。
流石の響もこれは予想外だったらしく、少々面食らっている。
「じゃあ、花菜も異論はないってことで」
「分かったぁ!」
気を取り直した響が、花菜の勢いが逸れない内に決定へと導いていく。
花菜の色よい返事が貰えて、響もご満悦であった。
こうして、二人の久しぶりの夏休みが始まった。
それはあの頃と同じ好きの気持ちが繋がって。
それがもっと大きく、深くなって。
ずっとずっと、二人を彩る思い出になる。
これから長い道のりを歩いているいたら、振り返ったらときに目に映って心を癒してくれる花になる。
一話が長尺になる考えなしを叱らないであげてください。
この子も頑張ってるんです……。




