88 終業式と、ある不幸な少年の話
花菜達の学校の終業式当日。
全校生徒達は体育館に集合していた。
夏真っ盛りといった、うだるような暑さの日であった。
ほとんどの生徒は白いシャツだけを着用した状態で並んでいる。
体育館に全校生徒が集まると、その熱気も合わさり、いよいよ暑さも最高潮である。
校長先生からのお話しなどを体育館で聞いたりしながら、夏休みに対する心構えを教授されていた。
だが、真面目に聞いている生徒は少ないことは弛緩した空気から感じ取ることができる。
二年生の一部や三年生は受験対策で大変だろうが、その他の柵の無い生徒にとっては待望の長期休暇であろう。
よしんば柵があったとしても、四十日にも渡る長期休暇というのは生徒達に心躍るものを与えた。
そのお陰もあってか、暑さの中でも生徒達は耐えていられたのだろう。
体育館での終業式が終わると、教室に戻ってショートホームルームになる。
暑い中から空調の効いた室内に戻って、人心地着くことができた生徒達の前に夏休みの栞や、宿題などが纏めて配布される。
その中には通知表もあるので、気落ちする生徒も中にはいるかもしれない。
栞には開校や講習、図書館の解放スケジュールが記載されているので、勉強や読書などがしたい生徒には重要な冊子になっていた。
そして夏休みの諸注意事項など、改めて担任から聞くことになる。
花菜は割と真面目に聞いていたのだが、周りの生徒からは浮足立った雰囲気が伝わってくるのが分かった。
担任の教諭も生徒の気持ちが分かるのか、そういった生徒達を咎めようとはしていなかった。
一通りの説明が終わり、配布物も配り終わったところで担任の教諭はホームルームを締めくくった。
ただし、他のクラスがまだ終わっていないので静かにするようにとのことであった。
でなければ、花菜のクラスメイト達はそこそこノリがいい人間が多いので爆発していたであろう。
チャイムが鳴ると、一斉に騒ぎ出すことが想像に難くない。
物分かりがいい生徒達ではあるが、流石に夏休みに対する高揚を全て抑えることはできない。
潜めた声で、成績や夏休みの予定などを話すのが聞こえてくる。
響の方を見ると、一人で夏休みの宿題をパラパラと眺めていた。
そこそこの量が出ているが、響ならさっさと終わらせてしまうのだろうと考えてしまう。
花菜は栞を見ながら、登校日や目ぼしい行事などをスマホのカレンダーに登録していた。
そして、チャイムが鳴ると花菜が思っていた通り生徒達が一斉に騒ぎ出す。
「終わったー!」
「俺の成績も終わったー!」
「夏休みだーっ!」
「夏だーっ!」
「うおおおーっ!」
「この成績で家に帰りたくねぇよ! このままどこかに行っちまおうぜ! 海行こうぜ! 海!」
「とりあえず、あんたは部活に行って頭冷やしてきなよ!」
「夏! 夏夏夏夏! 夏ぅ!」
生徒たちが口々に夏休みの到来を楽しんでいるようであった。
花菜は、みんなノリがいいなぁと思って眺めていた。
よいクラスメイト達である。
「よぉよぉ、花菜さんや。今日の昼はどうなされるかね?」
自席にいると、幼馴染である吉田和樹がいつものように花菜に話しかけてきた。
「あっ、相原さん。今日部活あるの?」
それに呼応して、近くの席の女子の友人が花菜に尋ねてくる。
ホームルームが終わったのは、丁度昼辺りである。
午後から部活動がある面々は、昼食をとる時間になる。
今日は調理部の部活動がある日で授業時間も半日ということもあり、久しぶりに花菜は顔を出す予定であった。
「今日は部活動があるけど、裏技を使う日なんだ」
「おっ、調理部だけができるヤツっすな」
「えっ、裏技ってなに?」
花菜の答えに和樹は納得したが、二年からの友人は初めてなので不思議そうに聞き返していた。
「あのね、お昼を学校で作るんだよ」
「ああ……。だから調理部だけができるって……。裏技なんだ」
「ちょっとずるいよな。俺の分も作ってくれよ」
「もう! 和樹くんは、お弁当あるでしょ?」
花菜は朝に食材を持参し、家庭科準備室の冷蔵庫に閉まってきてある。
それを昼に調理して、出来立てをいただくという算段である。
今日は同様の考えを持った部員が複数名居たので、合同での昼食会となる予定であった。
食材をシェアして、一人でやるより少し豪勢になるのだ。
花菜は元々食材が余っても、響の所に持っていけばいいと考えていたので潤沢である。
「えぇ、なんだかいいなぁ。プチ調理実習みたいで楽しそう」
「実際楽しいよぉ。調理器具とかいっぱい使えるし、他の部員の人も来るから持ち寄った食材シェアして献立考えるのも楽しいし」
「俺も混ぜてくれよ……」
「吉田はもう、調理部を兼部しなよ……」
「いや、俺は調理部の面々に嫌われてるらしくてな……」
和樹は数度花菜を揶揄いに調理部の部活動に顔を出したことがあるのだが、部員達から烈火のごとく追い払われている。
花菜は、和樹がこれといってなにかしでかしたような記憶は無かった。
「あれ、私としては謎なんだけど……。和樹くん、なにかやったの?」
「いやぁ、そんなそんな! するわけないじゃないすか!」
そう言って和樹は両手を挙げて、無罪を主張する。
「うわぁ、なんだろう……。胡散臭い……」
友人からの率直な意見が和樹に向けられる。
「どうしよう、擁護できないよ和樹くん……」
「えっちょっ、花菜先生⁉ 俺を庇うのは、あんたの仕事だろ⁉」
花菜と友人の胡乱な瞳が和樹を見詰めていた。
和樹は必死な擁護を花菜に乞うのだった。
「私でもできることと、できないことがあるよ」
「今回、俺がなにかしでかしたかもしれないっつーのは……。あれすか……。庇えないレベルっつーことすか?」
花菜は和樹へのフォローを切って捨てた。
もちろん、和樹は抗議の声をあげる。
「そもそも和樹くんが胡散臭いっていうのは置いておくとしてだよ? 調理部の人達が理由もなく、あんなに人を毛嫌いするなんて考えられないもん……」
「えっ、そんなになんだ……。ちょっと、吉田……。謝りなよ……」
「待ってくれ、本当に聞いてくれ! 俺は無実なんだ! あと花菜、嘘でも幼馴染を胡散臭いとか言ってくれるなよ……」
完全に和樹が犯人の構図はできあがってしまっていた。
これはもう、覆りそうになかった。
哀れな男子高校生が一人ここに生まれた。
いや、もう既に生まれていたのかもしれない。
ずっとずっと、ここに居たのかもしれなかった。
なんだ、この扱いの悪い幼馴染キャラは……。




