87 最近の響の傾向、そして対策は?
「はぁ……花菜の料理は今日も美味しかった……」
夕食後の片付けが終わり、二人団欒のひととき。
響がうっとりとした顔で、殊更感慨深げに食後の感想を口にした。
「えへへ、ありがとう」
料理を褒められることに対して謙遜していた花菜であったが、最近は素直に感謝の意を返すようにしている。
今でも花菜としては、響の感想は大げさな気はしている。
だが愛しい人が美味しいと言ってくれているのだから、それは万の言葉以上の価値があった。
繰り返し言われ続ければ、素直に受け止めるべきだという気持ちの方が大きくなるのだ。
「響ちゃんはオムライスとかハンバーグとかの洋食定番メニューも大好きだけど、煮物とか煮付けとかも本当に好きだよね」
「煮物や煮付け系は、よく食べてたからだと思うよ。外で食べるってなっても、あんまり食べられないよね」
「故郷の味なんだね」
どうやら芳川家は和食がメインの食生活だったのだろう。
「あと逆にオムライスってあんまり食べなかったからかな、新鮮で好きなんだよね。それと、花菜のハンバーグは一等好き。あり得ない」
「そんなに……?」
「そんなに」
花菜の作るハンバーグは相原家、引いては母方の村雲家直伝のものである。
当人としては特に物珍しいことをした覚えはないのだが、響は甚くお気に召したようだった。
流石に慣れてきた花菜も、ここまで褒められると照れが先立つ。
「じゃあ今度作るときは、たくさん作るね……」
「やった! 楽しみ!」
「響ちゃんも作れるようになろうね」
「はい、花菜先生……」
あくまで花菜が通っているのは、当初の予定を見失わないならば響に料理を教えるという名目である。
今日は響が忙しいであろうから、花菜が全て作ってしまったが。
目標は響一人で問題なく料理ができるようになることでなのである。
そのために部活動も休んでいるのを忘れてはいけない。
だが響が花菜の料理を非常にお気に召している以上に、花菜としては恋人に料理を振る舞いたいという欲求もあった。
好きな人に料理を振る舞うというのは、花菜の夢の一つでもあったのだから。
むしろ花菜は響に依存して欲しいという危険な兆候の持ち主なため、食に関して全て管理してしまいたいという欲望すら存在している。
現在は、二人でワイワイと料理するのも楽しい。
今でも簡単なものであれば、響一人でも問題なく作れるであろう。
いつかは、それなりに複雑なものでも慣れてしまえば響一人でも大丈夫になるだろう。
それは、花菜の中でジレンマであった。
「最近ちゃんと朝も作って、ちゃんと食べてるみたいで。えらいよぉ」
前日のレシピが残せるものであれば、朝ご飯用も作ってあげている。
そうでない場合は、響が一人で作っていた。
それまでは、響は本当に簡単な物しか口にしていなかった。
実家の頃は和食で茶碗でご飯を一杯食べていたというのだから、急に簡易な物しか食べなくなったと聞いたとき花菜は驚いた。
響は基本健啖家なのだが、なぜか食べなくても平気らしい。
勉強も運動もするのだから、なにか口に入れないともたないような気がするのだがと花菜は不思議に思っていた。
「えへへ、褒めて」
響は花菜の隣に移動してくると、頭を撫でて欲しいのか擦り寄ってきた。
まるで大型犬である。
「えらいよぉ~。いい子ぉ~」
花菜は惚れた弱みかその姿に素直に微笑みを浮かべながら撫でてあげる。
響は目を細めて陶酔したような顔でそれを受入ていた。
響の髪は艶やかなので、花菜は撫でていて心地よい。
暫く続けていると、響は辛抱堪らずといった風に花菜の腰に手を回して抱き付いてきた。
花菜は少し驚いて腰が引けたが、なんとか耐えて響の好きなようにさせてあげた。
本日のキャパシティは限界だったが、夕食で一拍置いたせいかなんとか耐えられる。
「響ちゃん、昼食は基本学食で日替わり定食だったよね。その点、栄養に関しては気にしてないんだけど……。基本一人だよね? その割には、最近誰かに捕まってない?」
花菜はなんとか現状を乗り切るために、気を逸らそうと話題を変えた。
響は昼食時に、一人で真っ先に学食に向かう。
花菜達の学校は学食はそれ程混まないイメージがあるが、早いに越したことはないのだろう。
「そうだね、花菜の言う通りだよ。最近学食とか自席にいても話しかけられることが増えたね」
「なにかあったの?」
花菜の言った通り、響は昼食を一人でとっている。
その後は花菜の聞いたところによると、主に図書室などで独習に励んでいるはずである。
だが、ここ最近教室で勉強を教えている光景が増えた気がする。
それだけではなく、雑談程度の会話も以前より多くなったように花菜は感じている。
花菜は同じクラスの誰にも気付かれることなく、響を観察し続けた実績があるのだ。
現状は響側も花菜のことを気にかけているので本人に気付かれないのは難しいが、そうそう周りに気取られることはないだろう。
「最近委員長、雰囲気が柔らかくなった気がする……だって」
「あっ、ああ……」
どうやら花菜と付き合いだしたことで、響の対外的な険が取れてきているようだった。
仮初の恋人であったときですら、少し浮かれているのが響の優等生状態を崩して気付かれていたぐらいなのだ。
それが実際付き合ったとなっては、猶更なのだろう。
優等生である響の近付き難かったオーラを取り除いて、親しみやすさを生んでいるようだった。
「私は自覚無いんだけど、花菜はやっぱり分かるの?」
相変わらず本人は至って以前と変わりが無いように感じているらしい。
「えっ……うん。前みたいにあからさまじゃないけど、機嫌がいいのは伝わってくるよ」
「やっぱりそうなんだ……」
以前は相原さんと一緒にいる芳川さんは、少し尋常でない程浮かれていた。
今はしっかりしているのだが、それでも以前より柔和になったというか素の性格が優等生の部分を少々浸食しているのかもしれなかった。
花菜だから分かる程度だと感じていたのだが、周りにも雰囲気が伝わっていたらしい。
「なんだろう、偶に視線が合うけど……。響ちゃん、凄く満足そうな顔してる……」
「花菜を見て、満たされているからね」
素を取り戻すという目的の中、花菜に対する理解できない感情に揺れていた状態の響は不安定だったのだろう。
今は花菜という支えがあることで、逆に安定しているのかもしれない。
実際の心持は、世界一かわいい彼女がいることをドヤ顔で周りにエア自慢しているだけなのだが。
「まぁ、私は人に教える分には復習になっていいんだけどね」
「響ちゃん、人に教えるの上手だよ! 生き証人がここにいるからね! それに、実際響ちゃんに教わって成績上がったって子の話聞くよぉ」
「花菜の役に立ててるなら、嬉しいね」
「それに関しては、本当に感謝です……」
響は花菜が疑問に思ったことなどは的確に答えてくれる。
その上花菜のレベルだと難解であろう箇所は調べておいて、解き方や覚え方のコツまで教えてくれるのだ。
自分からの視点だけではなく、複数の視点を持つことができるのは純粋に感心してしまう。
花菜は響が本当に教えるのが上手だと思っていた。
物事ができる人は教えるのが得手とは限らないというが、響は例外側のようだった。
「響ちゃんって復習復習って言うけど、どの辺りまで予習済んでるの? なんか三年生の参考書とか受験問題とか見てない?」
一緒に勉強をするときや、響の部屋の本棚を眺めると明らかに自分達の範囲から逸脱した物が見受けられる。
テスト勉強をする際は、流石にテスト範囲の勉強を重点的にしているのだが。
「高校で私の進路の範囲なら、全部だよ」
「全部?」
「うん、全部。三年までの一通りやってるよ」
響があまりに簡単に言うものだから、花菜は思わず聞き返してしまった。
そして、どうやら聞き間違いでもないようであった。
花菜は今まで漠然と響は勉強ができるし、先まで予習もしているのだろうと思っていた。
だが、それは想像の域を越えているようである。
花菜は自分の恋人が凄すぎて、驚きを通り越して若干慄いてしまった。
「中学のとき暇だったから資格とか検定は取ったりしたけど、高校でも取らないとだね」
「そこまでしてるんだぁ……」
花菜は想像以上の響の勤勉っぷりに面食らってしまう。
天賦の才というわけではなく、只管勉強に打ち込んでいる賜物なのだ。
響の様子からは、無理をしているようには微塵も感じられない。
こうすることが日常なのだろう。
「響ちゃんはえらいよぉ……」
響の髪を梳くように撫でてあげた。
気持ちいいのか、響は花菜に身体を捩るように寄せてくる。
「お昼も、本当は花菜と一緒がいいなぁ」
「やっぱりそうなんだぁ」
響はしみじみといった風に零した。
「学校でも花菜と一緒だったら、絶対楽しいんだろうなぁ……」
「私が急に響ちゃんと一緒にいたら、みんなビックリしちゃうからね」
「案外大丈夫じゃない?」
「響ちゃん、ご自身の人気を自覚して?」
花菜から見た響は、男女問わず人気がある。
容姿はもちろんのこと、勉強を見てあげる面倒見のよさもある。
だが、特定の誰かと仲がいいということはない。
それが、急に誰かと仲よくしていたら噂になるだろう。
「でも、日頃話しかけるなオーラ出してるようなヤツだよ?」
「響ちゃん、話しかけられると普通に対応するじゃない」
「そりゃまぁ、そんな狭量な人間じゃないからね……」
「その器の広さ、もう少し早くご家族に向けてあげてよ……。ともかく。そういうところも、ギャップがあっていいんじゃないかな」
「ええっ……」
響は確かに話しかけないで欲しいオーラは出しているのだが、いざ話しかけてみると人当たりは至って良好なのもあった。
クラス委員をしているためか、クラスメイトとは話す機会が多いのもあるだろう。
そういった人のよさは、周囲が認めるところとなっていたようだった。
「中学のときとか、偶に登校しても誰も話しかけもしなかったのに……」
「美人過ぎて、近付き辛かったんじゃないかな。高嶺の花的な」
「ええっ、そんなことある?」
響は訝しんだ視線を花菜に向けてくる。
本当に理解できないといった風であった。
中学時代は、本当に孤立していたのかもしれない。
それが原因で高校生で優等生となることで交友ができて、人との距離感を計りかねているのかもしれなかった。
「花菜に言われてるけど……。未だに美人って言われるのだけは、ピンと来ないんだよね……」
「そんなことないよ! 前にも言ったけど、響ちゃんは世界で一番綺麗なんだから! キチンと自覚してね!」
「う、うん……」
花菜の勢いに押されて、響は思わず頷いてしまう。
こちらに関しても、人との関係性が希薄であったことが原因なのが伺えた。
「学校でも、綺麗って言われるでしょ?」
「偶に言われるね……。あと、少し綺麗だからって調子に乗るなとかも言われたことあるね」
どうやら好意的な意見だけでなく、嫉妬の対象にも晒されていると言っていたのは真実らしい。
女子社会の恐ろしいところであった。
今のところ花菜はそういう目にあってはいないが、聞くだけで竦みあがる思いがある。
「女子の嫉妬は恐いって聞くから……。気を付けてね、響ちゃん……」
「まぁ女子同士の諍い程度、私なら腕力でなんとかするよ」
「ごめん。手を出さないように気を付けてね……響ちゃん……」
「ええーっ……ダメ?」
「ダメだよぉ……」
よもや、加害者側の心配をするとは思っていなかった。
いや、響の進退に関わるので恋人の心配なのだが。
そういえば、都も響とのリアルファイトを恐れていた節があったなと花菜は思い出していた。
家族と確執ができる前に、なにか前科があるのだろうか。
花菜は、どうにか愛しい人がトラブルに巻き込まれないことを祈るばかりだった。
響はそんなことを他所に、花菜の腰に回した手で感触を堪能しつつ、花菜の香りに包まれてご満悦であった。
偶に満たしたくなりますよね。
ハンバーグ欲。




