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花の音  作者: 高山之信
心に咲いた花
85/105

85 響の新婚ごっこと名(?)推理と

クラス委員の仕事で遅くなった響は自宅の玄関を開けると、中からいい香りが(ただよ)ってきた。

玄関が開いた音に気付いて、奥の部屋の扉が開いて恋人である花菜が顔を出した。


「響ちゃん、おかえり~。クラス委員のお仕事お疲れ様! 遅くなるって聞いてたから、ご飯作っておいたよぉ」

「たっ、ただいま……」

「? どうしたの……? そんなキョトンとして」

戸惑(とまど)っている響の反応に、花菜が首を(かし)げて尋ねてくる。


「いや、まず……ただいまっていうことが久しぶりだよね」

「ああ、なるほど」

日頃は響の方が先に到着するか、花菜が時間を潰して一緒に到着するかなので花菜の方が先というのは初めてである。

そして、響自身が「ただいま」という言葉を久方(ひさかた)口にしていない。

帰郷(ききょう)した際も、まともに親と話していないのでそもそも論言う相手が居ないのだ。


「それに、なんか帰ったらご飯作ってくれてる好きな人が居るって新婚みたいでテンション上がるなぁって……」

「しっ、新婚って……。そっそれに今だと共働きが多い上に、響ちゃんも女の子側なんだから……」

「いや、これは花菜が持つお嫁さん適正が悪いよ」

「えっ、なにその適正⁉」

花菜が照れ隠しにか響に対して妙な説得を仕掛けるが、響は響で妙な理論で対抗した。

恐らく花菜が響より料理や家事などができることに対するパブリックイメージ的なものの話なのだろう。


「あっ、そうだ! 花菜、折角だしあれやってよ! あれ!」

「あれって……?」

「ご飯にする? ってヤツ!」

「ええっ……。恥ずかしいよぉ……」

「ほら、エプロンも着けてさ! 新妻(にいづま)感出して!」

「響ちゃんって、シチュエーション(こだわ)るタイプなんだぁ……」

花菜はそう言いながらも、恋人の願いを叶えるのはやぶさかではないタイプである。

いそいそと、キッチンにあったエプロンを身に纏っていく。


「本当にやるのぉ……?」

「ここまで来て、なに言ってるのさ! 折角の機会だよ! もったいないよ!」

逡巡(しゅんじゅん)する花菜を、響が相変わらず謎理論で説得する。

だが効果はあったのか、花菜もだんだんとそうなのかもという顔になってきていた。

響の中で、花菜はこの空気を出せば大概のことは通るのではないかということを心に(とど)め置こうとしている。


「それに、なんで響ちゃんは私がエプロンを着けてる間に手洗いうがいを済ませてあるの?」

「念のためだよ」

「恐いよ? 」

「さっ、どうぞ!」

響は洗面台で帰宅時の諸々を済ませると、準備万端とばかりに戻ってきていた。

花菜はされるがままに流されていく。


「ご飯にする……? お風呂にする……? それとも……わ、た、し……?」

響の恋人は、照れながらもリクエストを完遂(かんすい)してくれた。

だが自分でリクエストしておいて響は、その破壊力を(あなど)っていた。

演技臭いところがまたいいし、私と言いながら身体(からだ)を寄せて差し出してくる様は響の中のなにかを焼き切った。


「もちろん花菜だよ!!」

響はそう言うと、花菜を力いっぱい抱きしめた。


「やっぱりこうなるの⁉」

「花菜ぁ……好きだよ……。今すぐ花菜を食べちゃいたい……」

花菜は唐突に抱きすくめられて、どぎまぎすることしかできないでいるようだった。

響は花菜をかき抱きながら、頬に口付けを落とす。

最近響は花菜が帰宅する際には、頬に口付けするようにしている。

花菜にスキンシップを慣れさせるためであった。

だが、今はそんなことは関係ない。


「響ちゃん、シチュエーションを楽しむだけじゃなかったの⁉」

「そんなもったいない……。花菜がこんなにかわいいのに……」

響の瞳は爛々(らんらん)として、花菜のすべてが愛おしいといった風であった。


「花菜、好きだよ」

響は花菜の耳元で(ささや)くように愛の言葉を告げた。


「ひゃうっ!」

花菜は響の声に滅法(めっぽう)弱いので、こんなことをされては(たま)ったものではないはずである。

思わず悲鳴が()れる。


「花菜は私のこと好き?」

響は続けて耳元で、花菜からの愛の言葉を()うた。

花菜は響の囁きで、(とろ)けたような顔をしている。


「好き……。響ちゃんのこと大好き……」

花菜はその言葉と同時に、されるがままだった腕を回して響と同様に抱きしめてきた。

お互いの身体が密着して、体温が一つになって心地よい。

花菜からの愛の言葉も合わさり、多幸感に包まれていた。

二人とも、愛の言葉に関しては遠慮がない。

たくさん言い合っていこうという、そういう約束なのだ。


「好き、大好き。私だけの花菜……」

「好き好き、響ちゃん……響ちゃん……」

花菜が響の声を好きだと言うように、響も花菜の声を愛しいと思う。

その花菜の声で愛を囁かれる。

その言葉一つ一つが、背筋にゾクゾクとした感覚を与えてくれる。


「しゅきぃ~……響ちゃぁ~……」

花菜が急にしなだれかかり、朦朧(もうろう)とした瞳で響を見詰めていた。

(いな)、しなだれかかるというよりは足に力が入らずにもたれかかっている。

響が力を抜くと、その場にへたり込んでしまいそうだった。


「花菜? 花菜?」

「響ちゃぁ……」

響が呼びかけるが、意識があるのかないのか分からないような(こた)えしか返ってこなかった。

(つい)には意識を失ったように瞳を閉じてしまう。

どうやら、花菜のキャパシティを越えてしまったようだった。


「日頃から無理って言ってるのって、本当に無理だったんだね」

だが、響の中ではこれぐらいなら花菜のキャパシティ的にまだ行けるはずであった。

意識が朦朧とした花菜を抱えながら、部屋へと向かう。

力が入っていない花菜を無理なく抱えられるのは、日頃から鍛えている賜物であろう。

取りあえずベッドに寝かせようかと思ったが、そうすると起きたときの花菜と自分の自制心とが二重に保たれないと判断した。

相原花菜は理性のボーダーが低いが、芳川響も大概花菜に関しては冷静を装っているだけである。

当座クッションを枕にして、カーペットの上に花菜を横たえた。

花菜は幸せそうな顔をしている。


「…………」

横たわっている花菜が妙に色っぽく、今なら少しぐらい不埒(ふらち)なことをしてもバレないのではないかなどという邪念が響の中を(よぎ)る。

一瞬の間に様々なことが響の脳裏を駆け巡っていた。

無防備な花菜というのが、まず響にとっては初めての体験なのだ。

多少(よこしま)な感情を抱くなという方が、少々無理があった。

共寝(ともね)をしたときも花菜の方が先に起きているし、膝枕をされたときも自分だけが無防備な寝顔を(さら)していた。


「いやいやいやいや、ダメだ。ダメだダメだ」

響は自分に言い聞かせるように(つぶや)くと、花菜に伸ばしかけていた手を元に戻す。

今は欲望よりも、流石に花菜を大切にしたいという気持ちの方が大きい。

逆の立場であれば、響はなにをされても構わないと思っているのだが。


「なにかあったね……」

唐突に響の推理が始まった。

ローテーブルには、花菜の広げられた勉強道具。

キッチンからは漂ういい香り。

その他はいつも通りの室内。


「ん?」

そこで違和感を感じる。

響はしっかりしているが、然程(さほど)几帳面(きちょうめん)な性格ではない。

寝具類が多少乱れていようが、気にしないのである。

だが、今は掛け布団がやけに真っ直ぐに整理されているように感じられた。


「ははーん」

同族による直観。

響も長時間花菜の部屋に一人にされたら、同じ個所(かしょ)を狙う自信があるからだった。

部屋で一人になった花菜が、響の匂いを堪能(たんのう)していたことを察知してしまう。

だからこそ、本日は許容量が限界近くに達していたのだろうことが分かった。

そこで響は掛け布団を(まく)ると、香りを確かめた。


「…………。残念」

どうやら、自分のベッドに花菜の匂いは付着していないようだった。

よしんば花菜のベッドに同様の機会があれば、響は今の自分ならマーキングのごとく自身の匂いを(こす)り付けるのにと考えていた。

むしろ、多少の秘めごとなら許されるとさえ思っている。

花菜なら盛大にやってもらっても構わないと思っている。

響は本当に残念そうな顔をしていた。

大丈夫です。

書きながら、なんだこいつとは思っています。

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