78 芳川姉妹と穏やかだけではないお話
撮影会の後、早めに軽めの夕食を済ませた二人は都の来訪を待っていた。
今日の二人は報告会がメインではあったが、都の用事があるからという理由もあった。
響への用事なのだが、花菜も是非同席して欲しいとのことだったのだ。
程なくして都が訪れると、二人が迎え入れて現在部屋でローテーブルを挟んで座っていた。
都が対面に座り、花菜と響は並んだ形となる。
ローテーブルには都が買ってきたお菓子が並んでいる。
仕事帰りである都は、花菜が最初に見たときと同じように少しフォーマルな格好に身を包んでいた。
「都さんって本当にこの辺りに住んでらして、お仕事もお近くなんですね……」
「そうだよぉ~。むしろ、今までニアミスしなかったのが不思議なぐらい近いんだなぁこれがぁ~」
都は響とのやり取りの後、住んでいる場所を白状してきたらしい。
意外な程近く、職場も徒歩圏内のようだった。
花菜を待ち伏せできたのも、別段早退などせずに普通に退社して待っていただけの話であった。
「本当に早く知らせてくれればいいものを……」
「これからは連絡もするし、偶にこうやって遊びにくるからさぁ~。許してよぉ~」
「母さんにも、ちゃんと連絡するんだよ?」
「凄い……。都さんが更生してるし、響ちゃんが普通に話してる……」
花菜はしょぼくれている都と家族に冷たい響しか見ていなかったので、今の光景は感動すら覚える景色であった。
「更生って言い方ぁ~……。いやまぁ、そうかぁ~」
「まだちょっと、慣れないんだけどね……」
花菜の物言いに、姉妹二人して苦笑していた。
「これも花菜のお陰だよ」
「私はなにもしてないよぉ。二人の歩み寄りの成果だよぉ! よかったぁ」
強引にでも家族との仲を取り持ったのがよい方向に転がって、花菜はホッとしていた。
怒りで少し我を忘れた行動であった気がしていたのである。
「花菜の言う通りにしてよかった。ありがとう」
そう言って、響は花菜の手を取ると甲に口付けをしてきた。
「えっ、ちょっ……響ちゃん⁉ 都さんの前だよ⁉」
「いやぁ~お熱いねぇ~。実姉の前で見せつけてくれんねぇ~。花菜さんも私の前じゃなかったらいいのか~い? 日常的にこれぐらいイチャイチャしてるんだぁ~」
花菜が慌てて響を諫めるが、一向に動揺した様子はない。
完全に外野といった都が、それを見て煽って楽しんでいた。
「違いますよぉ! これ絶対黙って都さんと通話とかしてたから、少し怒って見せ付けてるんですよ!」
「あっ、私怒られてる感じぃ?」
「姉さん、花菜には手を出さないでね?」
「いやっ! 出すわけないじゃんさぁ! 出さないよぉ~! 黙って通話してたのは悪かったよぉ~! 謝るからぁ~!」
よもや実妹からの牽制だったとは露とも思ってなかった都が、慌てて頭を振る。
都からすれば、ただただ微笑ましかった光景だったはずなのだが。
「私には恋人いるんだからさぁ! 普通に手なんて出すわけないよぉ!」
「都さん、それは既に論破されてるんです……」
「どういうことだよぉ!」
「姉さんは、花菜に抱き付いた前科があるからね」
響がまるで花菜へのスキンシップを罪状のように列挙した。
「軽いスキンシップじゃんよぉ! ねぇ、花菜さん?」
「響ちゃんが、ダメらしいので」
「そっかぁ! 花菜さんもそっち側かぁ!」
響が女性との過度の接触を禁止してきたので、花菜もそれに従うことになった。
花菜としては、響に縛られているようで少し幸せを感じている。
社会に生きる上では、少しダメな兆候である。
「もぉ、嫉妬も程々にしなよぉ……」
「大丈夫、そこのラインは弁えてるから」
「本当かなぁ……?」
都が釘を刺してくるが、響はどこ吹く風である。
もちろんのように、都は信じられないといった眼差しを向ける。
花菜も、そのラインは通常の物とは異なるように感じていた。
「でも、響もこれであれだねぇ。はなちゃん卒業かぁ~」
「えっ……」
花菜が都の言葉を受けて、ビクッとなる。
「花菜さんは聞いてるぅ? 響が小さい頃にお熱だった女の子がいたんだよぉ」
「姉さん、なにを言ってるの?」
「今の響には花菜さんがいるんだよぉ? 別の女に現を抜かすわけにはいかんでしょ~?」
響がはなちゃんのことをどれぐらい引きずっているのか、都は現状を知らない。
それを確かめる意味もあったのかもしれない。
「響があまりに熱を入れすぎて、家族仲が今みたいになった元凶だよぉ~。今思うと幼い響と家族の仲を引き裂いた悪女だよねぇ、ハハハ!」
都がこうやって響を茶化すことで、響の中のはなちゃんの物語を面白おかしく昇華させようとしてくれていたのかもしれなかった。
それを花菜の前でするのだって、清算のチャンスを与えてくれてるのかもしれない。
都なりの思いやりだったのだろう。
「姉さん、花菜がはなちゃん本人だよ」
だが、その思いも響の冷静な真実の言葉によって切って捨てられた。
「へぇぁ? はぁぇあ?」
都は意味が分からないといった風に、もは日本語の体をなしていない言葉で聞き返していた。
「いや、だから。花菜が、はなちゃん本人なんだって」
「なに言ってるのさぁ、そんな都合のいい話あるわけないよぉ。ねぇ、花菜さ~ん」
再度響が甚く冷静に返答するのだが、都は信じていないようだった。
信じられないのも無理はない話である。
なので、花菜本人に確認を求めてきた。
「へっ、あのぉ……。悪女ですみません……」
花菜としては、悪女とまで言われてしまっては謝る以外の選択肢はなかった。
言葉を詰まらせながらも、謝罪の言葉を口にした。
「ッスーッ……。マジィ……? いや、性質の悪いドッキリとかではなくぅ?」
「だから、言ってるじゃん」
響はともかく花菜が嘘を吐くようなタイプではないと都も分かっているのか、嫌な汗が吹き出ているのが傍から見ていても分かる。
「ええっ、えっ……。ほっ、ええっ?」
「日本語で話しなよ」
あまりのことに、都は再度日本語が理解できなくなったような言葉を羅列する。
響は、先程から冷静なままであった。
はなちゃんの名前が出てきたときから、一切の動揺が見られない。
「そんな偶然あるぅ⁉」
「私もそう思います……」
花菜としても、響と同じ高校になれたのは本当に偶然であった。
これに関しては、言い返す言葉を持たない。
「運命だよ、姉さん。私と花菜は結ばれるべくして結ばれたんだ」
響は、ここぞとばかりにあのときの家族の反対など無意味だったのだと言わんばかりであった。
晴れやかな顔で花菜との関係性の強さを強調する。
「ねぇ、響ぃ……。正直に話して欲しいんだけどさぁ……」
「なにさ……」
都がやけに神妙な顔で響に語りかけてきた。
「自分がはなちゃんと結ばれることでぇ、家族に対して胸のすく思いとかはあったぁ?」
「少なからずあったね」
どうやら、響の中では花菜と結ばれることで少なからず家族への報復的な意味合いがあるようだった。
「今回の件で、それは影響してるぅ?」
「してないと言えば、嘘になるかな」
「ひっ、響ちゃん……!」
どうやら花菜がはなちゃんでなかった場合、家族への歩み寄りが遅くなっていた可能性があるようであった。
「母さんと父さんにこの件は……」
「そんなの、いずれバレるよ。話す話す。そして、少なからずそれ見たことかと」
「わぁ……家族に対してそこまでするのはセットなんだぁ……」
「やめようよぉ、響ちゃん……。あと、せめてお話しするにしても少し置いてからにしようよぉ……。恋人のご家族からの第一印象が最悪スタートなの私ヤダよぉ……」
花菜的にはなにごとも穏便に済んで欲しいのだが、響はなかなかに攻めてくる。
恋人の家族からの第一印象が最悪などという状況は、勘弁して欲しかった。
都に関しては深く関わったあとなので、まだ大丈夫だと信じたいのだが。
花菜は当事者である都の方をチラリと見やる。
「えっ、花菜さんが噂のはなちゃんだったんだねぇ……。へぇ、実在したんだぁ……」
「噂のってなんですか……。それに実在って……」
「いやさぁ……写真と響の話だけでは聞いたことあったんだけど、会ったことはなかったからぁ」
「そういえば、それは私も疑問だったんです。私って、お姉さんがいらっしゃることすら知らなかったので……」
当時は、いくら歳が離れているとはいえ仲よしな芳川姉妹であったはずである。
響の口から姉の存在自体を聞かされたことすらなかった。
「当たり前じゃん。はなちゃんは、私だけのものだよ。誰にも渡さないよ。姉さんなんかに会わせたら、面白がってちょっかいかけてきそうだったもの……。会わせるわけないよ」
その疑問の答えを、響がバッサリを述べてきた。
丸出しの独占欲が理由であった。
「えっ……きっしょ……」
「私ってその頃には恣意的に情報遮断されてたの……?」
どうやら、花菜は響と遊んでいるころには響以外に接触できないように諸々の情報が遮断されていたようだった。
近い年代の子供はいないのだから、そんなに躍起にならなくても二人に干渉してくる人間は少なかったはずである。
それでも響は、近しい人間すら花菜に近付けなかったらしい。
「だって……はなちゃんと二人きりがよかったんだもん……」
「私も響ちゃんと二人きりがよかったから、嬉しいよ」
「花菜……」
「あっ、そこで喜んじゃうからいいんだぁ……」
花菜的にも喜ばしい行動だったので、美しい思い出として飾られることになってしまった。
都は若干、釈然としない表情でそんな二人を見ていた。
「お二人は、そういうのが縁でお付き合いにぃ?」
「私は響ちゃんって気付いてたんですけど、響ちゃんは私って気付いてませんでしたよ」
「まぁ、はなちゃんのことがなくても……私は花菜のことが大好きなんだけどね……」
「すんごい、見たことない顔するじゃんねぇ……。恋する乙女そのものぉ……」
天真爛漫な響がはなちゃんに恋している頃も見ているはずだが、その際は元気いっぱいの大好きだったのだろう。
今の響は、うっとりした顔で花菜のことを見詰めている。
「そう言われると、写真で見たのと今の花菜さんだとイメージ違うね」
「よく言われますよ。昔とイメージ違うって」
髪色も髪型も異なるので、これに関しては芳川姉妹に限らずよく言われることである。
親戚などからは、性格の違いの方についてよく言われることがある。
「いやぁ、ハハハ。とりあえず、先程は酷いことを言ってしまい申し訳ございませんでしたぁ!」
都がそう言うと、唐突に頭を下げてきた。
「都さん! 頭を下げるのヤメてください! 私なら気にしてませんから!」
「いや、今のは失言だよ。姉さんは誠心誠意花菜に謝ってしかるべきだよ」
「響ちゃんもそんなこと言わないの!」
なんで芳川姉妹は花菜に対して頭を下げることを厭わないのだろうかと思い悩んだ。
「いやいや、花菜さんは私と凪乃との仲を繋いでくれた恩人だからぁ……」
「あのときのことは気にしなくてもいいんですよぉ……」
都はショッピングモールでのできごとのことを言っている。
少々大げさな物言いに聞こえるかもしれないが、花菜の口添えが無かったら都はあの日本当に路頭に迷っていたかもしれない。
それぐらいの温度感が、花菜を含めた都のメッセージのやり取りからは伺えていた。
「誰その人……。ああ、恋人さん? 花菜は姉さんの恋人のことまで知ってるんだ……」
「たまたまだよぉ……」
都の恋人の名前を知らない響はピンと来ていなかったのか、一瞬なんの話をしているのか分かっていない様子であった。
だが理解してからは、都の情報に関して詳しい花菜に対して少し思うところがあるようだった。
浮気疑惑は晴れたはずなのだが、花菜の背筋が冷たい。
「そうそう。だから響ぃ、私とツーショ撮ってぇ。できるだけ仲いい感じでぇ」
都が唐突に脈絡のない要望を響に送ってきた。
なにがどうして、だからなのか響は分からない。
「はぁ? 嫌だけど」
「なんでだよぉ⁉」
都からの要望は、あっさりと断られてしまった。
世の理不尽に対する怨嗟のような都の叫びだけが残った。




