77 お互いの喜びと花菜の功罪
花菜は母親に告げたその次の日、昨日の報告も兼ねてというのもあったが……いつも通りの時間に響の家を訪れている。
もちろん響は報告に成功した花菜を笑顔でおめでとうと迎え入れてくれた。
花菜も成功した響のことを、おめでとうと返した。
響には昨日のあらましを説明することになったわけだが、ただただ両親からの理解が得られたことを伝える……という訳にはいかなかった。
キチンと事前に自分が両親に女性が好きだとバレていたことを伝える。
そして、響についても気付かれていたことに関しても情報共有する。
響と母親は直接やり取りする仲なので、下手に隠し事などできるものではないのである。
一足飛びに恋人だと報告された響だったが、満足そうな顔であった。
「ご両親はご存じだったんだね。やっぱり花菜は秘密主義過ぎたんだって。言ってみるものでしょ?」
「それは……。反省してます……」
花菜に告白してきた段階で前向きだった響に諭される。
「でも、今回の件は花菜にとっては肩透かしだったかな?」
「そんなことないよぉ。お父さんとお母さんだって、色々悩んだ末のことみたいだし……」
両親は娘の前ということもあってか、あっけらかんとしていた。
だが、花菜のように二人で悩んでいたのだろうと思う。
「だったら、花菜が……私達二人がもっと幸せにならなきゃね。そうすることで、お二人にお返ししていかないといけないね」
「そうだね……。二人も私の幸せが一番だって言ってくれてた……」
響の言葉は、花菜の胸に染み入った。
共に前に進む一歩の勇気をくれる、力強い言葉だった。
両親からも、幾度となく花菜の幸せを優先するよう言われた。
それに報いるには、花菜がめいっぱい幸せにならなければならないのだろう。
目の前の響を見ながらそう思う。
「もう、不幸になるなんて思っちゃダメだよ?」
「うん……。それは響ちゃんがいるからもちろんだけど、身に沁みたぁ……」
もう少し前のようなことは考えてはいけない。
長い間染み付いてしまった行動観念である。
まだ、直さねばならないところが多々あるかもしれない。
そこはこれから、徐々に矯正していかなければならなかった。
「それにしても。これで私も、相原家公認かぁ……」
感慨深げに響が零す。
「そういうことになるねぇ……」
図らずとも、確かに親公認の仲になってしまっている。
花菜が母親に話した後、帰ってきた父親も含めてもちろん家族会議になった。
母親が意気揚々と話していたが、父親も同様に花菜の報告を喜んでいた。
そして、響のことに関しても同じくである。
「お父さんとお母さん、響ちゃんにまた家に来て欲しいって……」
「是非! いつがいい? 早い方がいいよね? あっ、でも服を新調したいかも! ご両親のご都合のいい日、教えてね!」
「わぁ、前のめりだぁ……」
響が矢継ぎ早にまくし立てたので、花菜は少し引き気味になる。
花菜の場合、恋人の両親と話すなど普通に緊張してしまうと思うのだが響はどうやら違うようだった。
この前直接来訪したときも、母親とは仲よさそうに話していたのを思い出す。
「お母様とお話しするの楽しいし、お父様とお会いするのも楽しみ! 昔の花菜の話とか聞けるかと思うとワクワクする!」
「私は急にハラハラしてきたよぉ!」
花菜的にも恋人が両親と仲よくしてくれるのは嬉しいのだが、その場を思い浮かべると気が気ではなくなってきた。
もし花菜がその場にいたら、昔の自分の話題など恥ずかしくて聞いていられたものではない。
いなかったらいなかったで、なにを話されたものかと気が気ではないのだが。
「響ちゃん……そういうお話しは程々にね……」
「うーん、私的な程々ラインでいいなら」
「まったく信用できないヤツだぁ!」
響は花菜のことになると際限がないはずである。
程々のラインを保ったとしても、花菜からすればそれは見上げるほど高いものだろうことが分かる。
自分も同席して、なんとかするしかないと花菜は決意を新たにするのだった。
「あ、あと思い出した! 私の写真をお母さんに渡すのもヤメようよぉ……」
花菜は言おう言おうと思っていて失念していた件、響と母親との写真のやり取りの発端である花菜の写真の提供を止めるよう呼びかけた。
「なんで? 私は花菜の姿を相原家に伝えていく義務があるんだよ?」
「なんでそんな義務感が芽生えてるの⁉」
花菜は響に呼びかけてみたものの、予想外に効果は見込めなかった。
どうやら、響にとって花菜の写真は家族の記録として残すべきものに当たるらしい。
なので、花菜の母親にシェアすることは当然のことだと言いたいようだった。
「私は花菜の恋人、いわば相原家の一員だよ? 享受するだけじゃなくて、返していかなくちゃ……」
「大義名分我にありみたいに言われてもぉ……」
「今回は、完全に大義は私にあるでしょ」
響が自信満々に言ってのける。
段々と花菜もそうであるような気がしてきた。
「お返しに貰った、私の写真が嬉しいとかじゃなくて?」
響のはしゃぎようを思い出し、花菜は疑いの眼差しを向ける。
母親は止めたが、この調子であればこっそりやり取りは継続しそうであった。
「それが嬉しくないって言ったら嘘だよ。でも、それだけじゃないっていうのを伝えたい……」
「本当ぉ?」
「本当だよ! 私の目を見て! 信じて!」
力説する響に対して、流石に疑い続けるのも悪いような気がしてくる。
なのだが、花菜は自分が丸め込まれているような気がしてならなかった。
しかし響の目を見ても、確かに騙そうとしたりふざけているようには見えない。
「恋人に隠し事はなしって言ってたもんね……」
「そうだよ! 花菜!」
「だったら、響ちゃんも撮らないと……。フェアじゃないよね……」
「えっ、でも……花菜はカメラロール見られるのが嫌だって……」
「ここにお父さんから譲ってもらった、少し古めのコンパクトなデジタルカメラがあります!」
「待って待って」
花菜は鞄からカメラケースを取り出す。
そしてケースからカメラを引き出すと、それは薄めで背面が画面になった使い易そうなデジカメであることが分かった。
「私そういうのあんまり分からないけど、そんなに安いのじゃなくない?」
「そんなことないよ。値段聞いたけど、割とお安かったよ」
「そうなんだ……。スマホと家電以外の電化製品の相場っていまいちピンとこないなぁ……」
画質もそこそこよく、管理も簡単な上に手頃な値段のものである。
スマホのような扱いはできないが、二人で撮るようなインカメラのものは響に任せてしまえばいいだろうと花菜は考えていた。
「お父さんがもっと綺麗に撮りたいって言って、あんまり使わなかったヤツだよ!」
「ああ……なんかお会いしたことがないのに容易に想像できるね……」
「今は家族でも一人でも出掛けるとき、もっといいの使ってる」
父親が買い替え時に手頃な値段だからと購入してみたものの、今の技術ならもっと綺麗に撮れるはずだと言い出し結局上のグレードの物に手を出してしまった。
そのカメラを買ったとき両親が少し揉めたのだが、それに関しては花菜は黙っておこうと思った。
花菜なりの父親に対する優しさであった。
父親の暴走など、おおよそ家族に対する情熱故のことなのである。
「えっ、私それで撮られるの?」
「そうだよぉ」
花菜の響を撮影したい欲が、このカメラによって満たされるのである。
相変わらず響からは、毎日のように撮影されているのだ。
響のスマホの容量が心配になる程度には撮られている。
それをデジカメのSDカードの容量がいっぱいになるまで撮影することで返すことができる。
「この部屋着を⁉」
「健康的でいいと思うよ」
本日の響は膝丈のパンツに、少しゆったりとした七分丈のシャツを着ていた。
響の健康的に手足が覗いて、花菜は非常によろしいと感じている。
「待とう、ご家族が見る可能性があるんでしょ⁉ ちょっと、恥ずかしい!」
「大丈夫。基本私が管理するから。それに響ちゃん美人さんだから、なに着ても似合うよ」
デジカメはパソコンで管理することになると思うが、花菜のアカウントで管理すれば問題ないはずである。
Wi-Fi機能があってスマホでも管理できるが、それでは本末転倒である。
母親の件があって、花菜は少なからず自身のアカウントでも大丈夫なのか自信はなかったのだが。
「えっ、だったらエッチな感じのも混ぜた方がいい?」
「なんで⁉ みんなして、私をどう思ってるの⁉」
響も母親も、よってたかって花菜のことをそういう目で見てくるのをどうしたら止められるのか分からなかった。
自分は一体なにをしてしまったのだろうと、花菜は思いを巡らすものの及びもつかない。
「だって、花菜だし……」
「だってじゃないよぉ! そんな当たり前みたいに! 違うよぉ! 普通に撮ろうよぉ!」
「えっ、大丈夫……?」
「なんで心配そうなの⁉」
響の表情から、なんの誇張もなく真剣に花菜のことを心配しているのが受け取れた。
受け取れるからこそ、花菜は憤らざるを得なかった。
「いいよぉ! もう響ちゃん。撮影するから、なにかポーズ取ってぇ」
花菜はカメラの電源を入れて、響へと構える。
「えっ、じゃあ……こうかな?」
それを受けて響は座っている体勢から膝立ちになると自分のシャツの襟部分をずらして下着を見せ、流し目でカメラへと視線を向けてくる。
「だから! なんで! セクシー系なの!」
「えっ……だって……。花菜だから……」
「そっかぁ……私のせいかぁ……!」
花菜は自分のなにかが、周りを止められないところまで来ていることを認識してしまった。
そんなに重い罪を犯してしまったのだろうかと考える。
だが、それはそれとしてピピッという音が鳴り響をファインダーの中に収めていた。
こういうところなのではないだろうかと思い当たるのだが、それはそれとして憤るのは止めることはできない。
「どんな感じに撮れてるの? 見せて見せて」
響が先程とは打って変わった無邪気な笑顔で花菜に撮影内容の確認を求めてくる。
「こんな感じだよ」
花菜はデジカメを操作すると、鑑賞モードに操作して先程の写真を響に見えるようにする。
自身のセクシーショットを見て、少しは冷静になって欲しかった。
「へぇ、結構綺麗に撮れてるね」
響は自分が下着の紐を露出させているショットを見ても動揺した様子もなく、ただただ感嘆していた。
花菜の響を冷静にさせる作戦は、あまりにも簡単に不発に終わった。
「これ貸してよ。花菜も撮ろうよ」
「ダメだよぉ。 それじゃズルだよ! 響ちゃんを撮るために、お父さんから譲ってもらったんだから!」
「いいじゃん。これに花菜が写る分には問題無いんだし。写真もこのアカウントの画像を共有してもらえばいいだけなんだから」
「ヤダ! 響ちゃん撮る! 今日まで我慢してたんだから!」
「あっ、花菜が頑固なヤツだ」
「頑固なヤツだよぉ。 だから、今日は響ちゃんは被写体になってください」
花菜が真剣な目で響に訴えかける。
響の自撮りなどはそこそこ貰ってはいたが、花菜はそれだけでは我慢ができなくなるところまでは来ていたのである。
そして撮影会は、SDカードのメモリがいっぱいになる、夕食の準備前まで続いた。




