76 響は知って、進んで
「ほら! なにがどう効果的なのかは分かりませんが、隠していることをとっとと吐きなさい。でないと母さんに、人の恋人に色目を使ったとあることないこと報告しますよ」
「ないことないことじゃんさぁ! 本当に花菜ちゃんとはなにも無いってぇ! この独占欲モンスターがぁ!」
響に黙って連絡を取っていたので、都に完全に非が無いとは言えないはずなのだが。
それでも都は見下ろされる響に対して、涙目になりながらも反論した。
「私の目が届く範囲ですら、花菜に触れないでください」
「すごいよぉ、目がマジかよぉ……」
響の目は一切の冗談がなかった。
それを悟った都も、茶化すのは不味いと理解したようであった。
響は同性すら花菜にスキンシップするのが許せないと言い切っているのである。
そして、若干花菜もそれを受け入れている。
「とりあえずぅ、あれかなぁ……」
「なんですか?」
都は悟ったような顔になりながら、両の手を床に着けた。
「申し訳ございませんでしたぁ!」
「はぁ?」
謝罪の言葉と共に、都が響に対して突然頭を下げてきた。
完全に土下座の体勢である。
流石の響も少しは当惑する。
だが、それも一瞬のことだった。
姉である都が自ら謝るようなことをしたのだという認識だけが残った。
「私めは花菜さんと響のことを知って、二人に重荷を背負わせ後出しじゃんけんに参加しようとしているクズですぅ!」
「いや……なんの話をしているんです?」
響にとって、都の言っていることの意味がまったく分からない。
この間も都は頭を下げたままなのだが、響は花菜のような優しさはないので頭を上げろとは言わない。
なんなら、その姿勢のままいろとでも言いたげな目線でねめつけている。
「こちらをご確認くださいぃ……」
そういって都は、操作状態のスマホを差し出してきた。
「なんですか一体……」
響は受け取り画面を確認すると、写真が写っている。
一人の女性がレンズに向けて笑顔を向けていた。
歳の頃は二十代前半だろうか。
肩口まである長く明るい色の前髪を自然に流した髪型と落ち着いた服装で、少しつり目がちで切れ長の瞳であるがきつい印象はない。
響としては、見た目からは大人な女性の印象を受けた。
「? どなたなんです?」
「かわいいでしょぉ?」
響が抱く当然の疑問であった。
いきなり女性の写真を見せられても、なんのことかはサッパリ分からないでいる。
都はこのときになって、初めて少し下げていた頭を上げてきた。
「ふざけてるんですか……? まぁ、かわいいというよりは美人ではないかと思いますよ」
姉曰くかわいいらしいが、響としてはどちらかというと第一印象としては美人といった形容詞が似合う人物に感じられた。
メイクや服装によっては印象は異なるかもしれないが、おおよその印象としては間違ってないだろうと思われる。
「でしょ? 綺麗でしょ? この子ねぇ、私の恋人ぉ!」
「なるほど、姉さんもいい趣味して……はぁ?」
姉の趣味に関して納得しかけると共に、響の心からの声が零れる。
一時恋人が居ること自体が嘘ではないかと勘ぐったが、どうやら実在したらしい。
そして、そのとき響の中でパズルのピースが綺麗にはまった。
どうやら恋愛の趣味に関しては、似た者姉妹であったらしいなどと考えてしまった。
「ああ……すべて合点がいきました……。花菜の最大限の譲歩も、相談に乗っていた理由も、姉さんが連絡を取らなくなった訳も……」
「飲み込みはっやぁ……。やっぱ、頭いいんだ響ぃ……」
「花菜も姉さん寄りに拗らせたタイプだったので……」
花菜が都の事情を知って相談を受けていたにも関わらず、深くを話さなかったこと。
花菜が自身を二重スパイなどと言って、響を導いてくれたこと。
女性が好きだと家族に言い出せていない自身と同じような身の上である都を慮ってのことだったのだろうと理解した。
それと同時に、響は昔の風景を思い出していた。
自分がはなちゃんと結婚したいと言ったときのこと。
姉はどことなく申し訳ないような顔で、女性同士は結婚できないんだよと言っていた。
いつも響の前では姉として振る舞ってくれていた都であったが、あのときは少し申し訳なさそうな顔であった。
あのときと、家族から離れようとするときのどことなく申し訳なそうな都の顔は似ていた。
都は、響を諭したあの頃から女性のことが好きだったのかもしれない。
「ということは姉さん、これからは母さんとも連絡をとってくださいますね?」
「ちょっと待ってよぉ……。母さんもさ、響のことがあったわけだし暫くはぁ……」
「はぁ⁉」
「ヒッ……!」
堪忍袋の尾が切れる音が実際に聞こえるのだとしたら、今聞こえていただろう。
いつまでも煮え切らない都が、越えてはいけないラインを越えてしまう。
妹がこれだけのことをしておいてというのもあったし、響からすれば女性との恋愛を隠すために絶縁しようとした姉の行動が許せないというのもあった。
芳川響は相原花菜の恋愛観による不幸を否定しなければいけない立場にあるのだ。
すなわち、これまでの都の行動を許せるべくもないのである。
その感情が諸に出てしまった。
その響の怒りに怯え、都はすっかり萎縮してしまう。
「仕方ありません」
都のスマホは今現在操作可能な状態で響の手元にある。
響はスッと操作すると、メッセージの家族グループに先程の都の恋人の写真を貼り付けた。
なにをしているのかは、都からは見えない。
そして、自分のスマホから母へ向けてメッセージを送る操作を実行する。
この際メッセージを削除されてはいけないので、対策として画像も保存する。
「ねぇ、なにやってるの響ぃ……?」
「姉さんは黙っていてください!」
「あいぃ……」
先程から無言で自分のスマホを含め操作されていることに対して不安と疑問を覚え、都が響に質問をする。
だが、一蹴されて再度シュンとした背中を丸めた姿勢に戻る。
《こちらが姉さんがお付き合いしている恋人の方だそうです》
《これも冗談の類ではありません》
《女性同士のお付き合いが言い出せなくて》
《ずっとウジウジ悩んで縁を切るつもりだったみたいですよ》
《母さんが許せば》
《姉さんは晴れて元通りです》
響は家族窓に母の返信を待たずに一気に書き込んだ。
この瞬間、都は一切なにが起こったか認知していない。
響は黙って、母親からの返信を待つ。
「ねぇ響、なんかえらいことしてないぃ? してるよねぇ⁉ 私でもわかるよぉ⁉」
「黙っててくださいって言ったでしょう! ステイ!」
「あぁ……はいぃ……」
都は不安が限界に達したのか少し声を荒げるが、躾けられた犬のように扱われて再度シュンとした態度に戻る。
この件に関しては、芳川都は物言える立場にはなかった。
《分かったわ》
《許すもなにも》
《娘が二人こんなことで取り戻せるなら安い話よ》
《いなくなるのかと思っていたのだから》
《もう会えなくなるのかと思っていたのだから》
《二人とも夏休みには一緒に戻ってきなさい》
《その時たくさんお話ししましょう》
母からの返信は、ぽつぽつとだった。
少しずつ増えていく言葉一つ一つが、本心なのだと響にも分かった。
花菜はずっと響は家族から愛されていると言っていた。
響にも、今それが漸く分かった気がした。
《ありがとうございます》
《母さんのような理解のある母親を持てて》
《私は幸せです》
《父さんにもよろしくお伝えください》
戻ったときには、愛されていること知った自分の気持ちを両親に伝えなければならないと思った。
今まで冷たくしてしまったことを謝らねばいけないと思った。
響は母親はなんと言えばいいだろうと考えた。
長い間まともに話していない父親と、普通に話せるだろうかと考えた。
「姉さん、これですべて解決しました!」
「えっ、なにが⁉ なにが起こったの今の瞬間⁉ ねぇ!!」
ことが終わるまでジッと待っていた都が、いきなり解決を告げられて声を荒げる。
響は声を荒げたことに対する感情よりも、よくあの姉が今までジッとしていたなぁと感心の視線を向けていた。
「お盆休みありますよね? 今年は一緒に帰省しますよ!」
「待ってぇ、置いてかないでぇ……」
「置いていかない話をしてるんです」
「誰が上手いこと言えと言ったよぉ!」
今年は都も連れて帰らなければいけない。
忙しくなりそうだった。
それはそれとして、都への説明が必要である。
「論より証拠ですよ」
響は細かい説明が面倒になったので、とりあえずスマホを都の手に返す。
「一体なにがぁ……」
都がスマホを眺め、開いていたメッセージの画面を確認していく。
そして、その目が次第に見開かれる。
「ええっ⁉ 一日に娘二人から、女性とお付き合いしている宣言をぉ⁉」
「問題は解決しましたが、そうなりますね」
芳川家の両親は娘二人の問題が女性との恋愛関係であることを知って、どういう心境なのかは響は子としては知る由もない。
だが、母親も言っていた通り都と絶縁されるよりはマシだろうと考えていた。
そして、それはこれからの娘二人次第でもあるだろうとも思う。
「ちょっとは労われぇ! 自分の両親の心ぉ!」
「今まで最大の心労を掛けてきた人間の言うことではありませんよ」
「ぐあぁー! おっしゃる通りぃ!」
響としても、絶縁状態であった最大の心労をかけた実姉に言われる筋合いはなかった。
「でも、第二の心労はあんたでしょーがよぉ!」
「それは……確かにそうです……」
昔から一線を引いて、家族を家族とも思わないような接し方をしてきたのは響自身だ。
小学校の頃からになる。
もう数年、まともに家族とも話していない。
「ですが、それも今日から……解消していきます……」
また昔のように家族と接することができるようになるだろうか。
花菜はきっと、こうなるように響を指示して画策したのだろう。
響の中に、それに対する憤りはない。
愛する人が、花菜がくれた機会を大切にしなければいけないと響は切に感じていた。
「姉さん……一緒に……手伝って……くれるよね……?」
「響ぃ……。あんたぁ……」
だから一歩から始めるのだ。
実の姉が願ってくれたように、歩み寄って、寄り添いながら。




