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花の音  作者: 高山之信
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75 響の解決方法の行方

花菜が母親と話しをしている間、響は都を待って家で構えるでもなしいつも通り過ごしていた。

ダンベルで様々な形で運動をしながら、片手には参考書を構えて勉強をしていた。

平均的な女子なら数回やるだけでキツそうな運動内容を軽々とこなしていく。

冷房の効いた室内とはいえ夏場である、響の身体には薄っすらと汗が浮かんでいた。

他にも響は、ながら運動を淡々とこなしていった。

それはさながら、戦いを前にしたウォームアップのようである。

(しばら)く続けていると、スマホがメッセージの通知を告げる音を発した。


《お母さんとの話し合い、無事終わったよ。大丈夫だったよ》

花菜からのメッセージを読み、心の底から安堵した。

響との喧嘩で怒った勢いで報告すると啖呵(たんか)を切った花菜だったが、いざ当日となると当然頭は冷えていたからだ。

今日会ったときは、なんとも無さそう顔をしていた。

だが毎日会っている響には、それが花菜の強がりだと直ぐに分かった。

心配は、杞憂(きゆう)に終わったようだった。


《よかった。おめでとう》

響は花菜が一歩を進めたことが、心から嬉しかった。

相原家は家族仲がいい。

それが崩れるようなところは、響は見たくはなかった。


《詳細に関しては、また直接会ったときに話すね》


《分かった》

響はきっと相原家の優しい両親なら、花菜を受け入れてくれると信じていた。

そこで響は、ならば自分はどうだろうかという問いが脳裏を過る。

花菜も都も、響は親に愛されていると言う。

その実感が、今の響にはなかった。


《響ちゃんも頑張って》


《うん、ありがとう》

花菜の応援がなににも変え難く響の背を押してくれる。

花菜のメッセージを読んでいると、都からの到着を知らせるメッセージの通知も届いた。


《着いたよ、開けて~》

響はエントランスの扉を開けるよう操作する。

じきに都がやってくるだろう。

全身の汗をタオルで(ぬぐ)った。

暫くすると、チャイムの音。

響は扉を開けると、姉の姿を確認した。


「やっはぁ~」

「いらっしゃいませ、姉さん。本日はわざわざご足労いただいて、ありがとうございます」

「いやぁ~。そういう堅苦しいのいいってぇ。姉妹じゃないさぁ~」

都は仕事帰りに立ち寄ったためか、通勤に使っているであろう鞄を肩に掛けていた。

格好も休みの日よりかは、パリッとしている。

響は都を部屋に案内すると、用意していた冷たいお茶を振る舞った。


「それで、話って?」

お茶を飲んで人心地ついたのか、姉が本題を切り出してきた。

今日は響が話があると言って、都を部屋まで呼び出しているのだ。


「そうですね。私は回りくどいことが嫌いです。単刀直入に言いましょう」

響が口を潤していたお茶を置くと、都に向けて切り出した。


「私の恋人にちょっかいをかけるのをヤメていただけますか? 正確には、私の恋人を介して私にちょっかいですか?」

「な、なんのことぉ~かなぁ~?」

(とぼ)けないでください。ここまで言ってるってことは、ネタは上がってるんですよ」

言い逃れようとした都に対して、響は両手をローテーブルに叩きつける。

さながら尋問のようであった。


「ええぇ~どんなさぁ~」

「私の恋人本人からの証言です」

「うん。それは無理だねぇ~」

響がこの上ない決定的な証拠を突き付けることにより、都は白旗を挙げた。

流石に共犯者の証言は、言い逃れができなかった。


「えっ……それがバレたのはいつ頃ぉ?」

「昨日の夜です」

「よかったぁ……。花菜さん、すべてバラした上であんなことしてきたのかと思ったぁ……」

都が心底ホッとしたような表情になり、響はそれを見て怪訝(けげん)な表情になる。

響は昨日の都の恋人との喧嘩からの仲直りの一幕を知らない。

花菜がなにもかもバラした状態で相談に乗りつつ、都に対してあんな誘導をしていたとしたら相当なやり手な上鬼畜である。


「花菜さんは、私のことなんてぇ?」

「私とも、家族とも仲直りして欲しいと」

「本当にいい子だぁ……」

響から伝えられた花菜の願いを受けて、都はしみじみと噛み締めるように言った。

共犯者の優しさが身に染みたようであった。


「姉さん、私はあなたの口から聞きたいんです」

「なにをさぁ」

「私と花菜が付き合っていることに関して、姉さんが感じている是非を」

「私は賛成だよぉ~。もう本当ぉ、諸手を挙げて賛成ぇ~」

都は言葉通り、その場で両の手を挙げる。

これは花菜からも受けた質問であった。

都としては、響と花菜の二人の交際を応援している。


「また、そんな適当に……」

だが、日頃の行い故か実妹には胡散臭(うさんくさ)く映ってしまっているらしい。

響は厳しい瞳で都を見詰めていた。


「適当じゃないよぉ……。私が家元から離れて大学で楽しくしてたらさぁ、帰ってみたら響が……あんなに元気だった響がピクリとも笑わなくなってたんだよぉ……」

「それは……」

響は都の視点というものを失念していたのかもしれない。

都は引っ越しの作業が終わると、直ぐに大学に戻っている。

引っ越し時の響と両親の喧嘩は見ていたが、その後の冷戦状態への移行は見ていないのである。

そして、次会ったときにはまったく笑わない響が完成していた。

ショックも受けただろう。

都がこの前言っていた構えと言われなくても構ったというのは、本当なのかもしれないと響は心の中でぼんやりと考えた。


「そしたらさぁ、花菜ちゃんの前だと笑ってるじゃないさぁ。そりゃ賛成だってするよぉ~」

またあの顔だと、響は思った。

都がどこかで見たことがあるような、遠くを見るような目をする。


「ちょっかい掛けるなって言うなら、もう一生掛けないからさぁ……。もう花菜さんにも、響にも近付いたりしないよぉ」

日頃のふざけた様子はなく、真摯(しんし)な様子が見て取れた。

本当に絶縁をしても構わないと考えているのが分かった。


「次に、それが気に食わないって話に行きましょう」

「えーっ……」

そんな言葉を言う都が真剣であればある程、響にとっては(かん)(さわ)るものであった。

以前に話したときもそうである。

自分が要らないと言った都に、心底腹が立った。


「大体、ここに来てもらったのは私と花菜の是非ではありません。姉さんの今後に関してです」

「そうなのぉ⁉」

響がここまで聞いていたのは、確認でしかなかった。

本題はここからになるのである。


「ここに私と花菜のツーショット写真があります」

「なにぃ? 唐突だねぇ……。でも、かわいく撮れてるねぇ。いい笑顔だよぉ~」

響が自身のスマホを取り出して、花菜と撮影したツーショット写真を都に見えるよう構える。

二人が密着し、響は心底嬉しそうに、花菜は照れながらも嬉しそうに笑っている写真であった。

響は自分でも花菜が最高にかわいく撮れていると自負しているので、都からの称賛にそうだろうそうだろうと満足げに頷く。

これを機に撮ったものではなく、普段から響が花菜とのツーショットを撮っていたものである。

都は響の笑顔が見られて嬉しいのか、目を細めた。


「これを姉さんの目の前で母さんに私の恋人だと送り付けるのが、効果的だと花菜から聞きました」

「はぁ?」

花菜から享受(きょうじゅ)された作戦を都へと伝える。

都が呆けたような表情で、一瞬理解できないといった風に声を上げる。

明らかに先程までの感情は消え失せていた。


「なので母さんに、この女性が私の恋人なので安心してくださいと送信しますね。まぁ、いつかすることでしたし」

「えっ、待ってぇ……。そういうのって、もっと温めるもんじゃ……。それに、事前にこう……もっとあるものじゃ……」

響のスピード感に、都は追い付くことができずにいた。


「これは吉報ですよ吉報、早いに越したことはありませんよ。送信っと」

響が躊躇いなく母親へメッセージを添えて送信を実行する。


「おぉぉぉ……。母さんなんてぇ? というか、母さんこの時間にいるぅ?」

「お時間いただくよう、事前に連絡済みです」

「我が妹ながら、こういうことに対して用意周到だねぇ……」

響は母親に連絡があるため、このタイミングに時間を貰えるように事前に連絡済みである。

響が母親に私事で連絡したのは、初めてかもしれない。


「早速返信がありましたよ、見てみましょう」

母親は世代にしてはこういったレスポンス自体は早い。


《仲のいいお友達かしら?》

《こんなお友達ができたのね、安心したわ》

《でも、揶揄(からか)わないでちょうだい》


「冗談だと思われてますね。相変わらず私の話なんて聞きはしないってことでしょうか……」

響は家族に対する自身の話が通るという信頼度が低い。

なにを言っても無駄なのではないかという気持ちが同時に湧いてくる。

だがこの場合、なんの前触れもなくいきなりメッセージをした響側に問題があるとも言えなくもない。

都が言うように、事前に大切な話があると伝えて順序を踏んでいたら違っていたかもしれない。


「あぁ、まぁそういう反応になるかぁ……。いきなりだったら、悪戯だって思うってぇ。それが普通の反応だよぉ……」

「このかわいい花菜を見てですか⁉ 心外な!」

「そういう問題じゃないでしょ……。頭いいのかお花畑なのか、どっちかにしなよぉ……」

都はこういった反応も響なら予期していたのかと思っていたようだが、憤っている響からそういった素振りは見受けられない。

理路整然と作戦を練ってきたのかと思いきや、付き合いたての浮かれ気分なのかハッキリしなかった。


「ちょい待ちぃ……。私も口添えするからぁ……。家族グループの方に送信するわぁ」

響が憤慨(ふんがい)していると、都がそう言って日頃まったく使われた形跡の無い家族のグループにメッセージを送ろうとする。

ここでの会話の無さが、芳川家の現状の凄惨(せいさん)さを物語っていた。


《母さん、今響と一緒にいるけど》

《その女性は、間違いなく響の恋人だよ》

《めっちゃいい子》

都が立て続けに響をフォローするメッセージを家族グループに書き込んだ。


《都、あなたまでなにを言っているの?》

グループのメッセージに気付いた母親が、都のメッセージに返信する。

だが、都のフォローは空しく母親には届いていなかった。


「ああもぉ、頭堅いなぁ母さんはぁ」

「堅くなかったら、こんなことになっていませんよ」

響は吐いて捨てるように言った。

もっと柔軟であれば、そもそも芳川家がこんなに(こじ)れたことになっていないかもしれなかった。

芳川家の母親は、いくら情報化社会が発展したとはいえ田舎育ちなのだ。

こういうことに対して、疎いかもしれなかった。


《本当です》

《私は女性が好きなんです》

響も家族のグループの方で、母に対してメッセージを送信する。

花菜とは違い、なんの気負いもなく自身の親へと告げていく。


《あなた達二人して私を揶揄うなんて》

《やっぱり、あなた達二人は仲がいいのね》

《都、あなたは響に嫌われてるなんて言ってたのに》


「姉さん、そんなこと言ってたんですか? 自覚があるなら直してください」

「いや、だってぇ……」

母親の口から、都の自身に対する印象が暴露される。

都が及び腰で、響に対して少し引け目を感じているような気がしたのはこのせいかなどと考える。


「ああもう! 言い訳は後回しです! とにかく、母さんを説得してください!」

「あいぃ……」

急にしおらしくなり、ぐずぐずしそうな都を響は強制的に戦線へと復帰させた。


《母さん本当だよ》


《母さん本当です》

姉妹揃って似たような文章を母親に返す。

真実だと伝えたい思いは同じであった。


《私が姉さんのようなふざけたことをするように見えますか?》

都はともかくとして……響は母親の前でふざけたことなど、ここ数年一度たりともない。

冗談などを言い合うような仲では決してなかったのだから。


《まさか本当なの?》

流石の母親も、これだけ言われると信じざるを得なくなってくるようだった。

今まで信じたくても、信じたくなかっただけなのかもしれない。


《だから先程から何度もそう言っています》

漸く話が通じたのかと、響が呆れたように文章を送信する。


《だって、女性同士なんて大変でしょう》

《世間でなんて言われるか分かったものじゃないでしょう》

《大丈夫なの》

一般的な親として、当たり前のような反応が返ってくる。

響はゲンナリしながらも、どう説得しようかと頭を巡らせる。


《母さんだって見たでしょ、写真》

《響が昔みたいに笑うんだ》

《それなのに、私達が反対するなんてあっちゃダメだよ》

そんな母親に対して、響がなにか返す前に都が猛反発をした。

幼少の頃、笑っていた響を取り戻したいという強い意思。

響としても、そうした心を感じ取ることができた。


《そう》

《そうよね》

《響は今でもあんな笑顔できたのね》

《嬉しかったわ》

それに対して、母親は直ぐに折れた。

響はそれが意外だった。

母親から、こんなにも早く理解を示されるなど思ってもみなかった。

都と同様に、響の笑顔を嬉しいと言う。


《私は響が元気でさえいてくれればそれでいいと思っていたけれど》

《やっぱり、そうじゃないのかもしれない》

《くれぐれも都みたいに音信不通にならないでちょうだい》

響は母親からの言葉で、少なからず思われていたことを理解する。

だが、まだどう受け取っていいのか分からずにいた。


《安心してください、恋人もその内紹介しますよ》

自分のことを案ずる母に対し、響はそう返した。

今は、それが精一杯だった。

そして、母の心配のもう一つの火種である姉である都を(にら)み付ける。

都はいたたまれないのか、メッセージにも参加せずに目を逸らしていた。


「さて、花菜からはこうすることが都さんにとっては効果的……と聞いていました」

響は都へと向き直ると、話題を転換させて切り出した。


「母さんへの理解の助力も感謝します。次は姉さんの番ですよ?」

響は立ち上がると、座っている都の元へとにじり寄る。


「まさか妹にこれだけの大立ち回りをさせておいて、姉はいけしゃあしゃあとなにも無かったかのように立ち去るなんてこと……しませんよね?」

響は都を見下ろしながら、ねめつけている。

そして、都は姉の威厳などなく蛇に睨まれた蛙のように縮こまっていた。

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