71 それは救いの女神か、否か
花菜は母親と吉田夫人からの猛攻から逃れ、一人休憩スペースにやってきていた。
自動販売機で水を買うと、それを飲んで人心地着く。
母親のことも吉田夫人のことも嫌いではないのだが、あれだけ目の色を変えて服を勧められると少し辟易とする部分が無きにしも非ずであった。
響も含めてなのだが、なぜ周りの人間は花菜にかわいい服を着せようとしてくるのだろうかと疑問に思った。
ベンチに座って一人ぼんやりしていると、同じようにぼんやりしている女性に目が留まる。
どこかで見たことがあるなぁと思いながら、不躾にならない程度に眺めていると向こうもこちらの視線に気付いたのか顔を上げた。
「花菜さん?」
「あれぇ、都さん?」
そこには休日のショッピングモール、休憩スペースで一人黄昏ている都の姿があった。
膝丈のゆったりとしたトップスにパンツスタイルで、メイクは休日ということもありいつもより控えめであった。
「嘘ぉ、こんな偶然あるぅ?」
「本当、奇遇ですねぇ。今日はどうされたんですか? あっ、恋人さんと一緒に?」
休日に少し離れたモールまで来るということは、なにか目的の買い物があるかデートなのではないかと花菜は純粋に思った。
だが、その言葉を聞いた都は渋い顔をする。
「だと、よかったんだけどぉ……」
「なにかあったんですか……?」
「聞いてくれるぅ?」
「あっ、はい……。私でよければ」
なにやら込み入った事情がありそうな顔に、花菜は気遣って応える。
花菜は都が座っているベンチに寄ると、隣に座った。
「なんかぁ、花菜さんにはカッコ悪いところばっかり見せてる気がするぅ……」
「私も都さんのそういうところばっかり見てる気がします」
「わぁおぉ! 包み隠さないじゃんさぁ!」
実際、花菜は都のシャキッとしている姿を初めて会ったとき以来見たことがない。
その後はウジウジと妹や家族のことに関して縋るように花菜に相談してくるのだ。
「実はさぁ……。私って、いろいろ連絡してないの黙っててさぁ……」
いろいろとは響や親元へのことだろう。
この場合、黙っている対象というのは花菜からは一人しか考えられない。
「まさか、恋人さんに黙って……?」
「そうでしてぇ……。それでぇ……響のことがあって、ポロっと口を滑らしちゃってぇ……。めちゃ怒られましてぇ……」
花菜は、いよいよもって都のことが信じられなかった。
響の心中を察することができるようになってきていた。
「それは……怒られると思いますよ……。むしろ、よく今まで黙ってこられましたね」
率直な感想を口にする。
響の件に関しては、ある程度秘密にしなければならないのは分かる。
だが、自身がほとんど生家と絶縁状態など隠しておけるようなものではないと思うのだが。
普通相手が帰省などしていれば、まったく帰っていない都はバレそうなものだ。
「長期休暇とかで親元に帰らない子だからぁ、一人にしたくないし私も合わせて帰らないだけだよって言ってたらコロッと騙されてちょれーわーってぇ。そう思ってたツケ、来ちゃったぁ。ほらぁ、私まだ帰らなくなって1年とそこいらだからねぇ」
「都さんも大概ですね。少し落ち込んだ方がいいのでは?」
花菜はなるほどとなると共に、現状痛い目に合っている都は正当な罰なのではないかと感じてきている。
都を調子に乗らせてはいけないと、本能がそう告げてくる。
だが、確かに都の言うような状況なら1年程度ならバレないかもしれないと感じた。
しかし、同様にいつかバレるのではないかとも考えられる。
都は考えなしの泥船に乗っている状態だったのではないだろうか。
「ええっ……。そんなこと言わないでぇ……。今朝バレてぇ、もうめちゃくちゃ怒られてぇ、喧嘩になって逃げてきてぇ、どうしようってなって今ここって感じなのぉ……」
シャトルバスが出ているとはいえ、このモールまで来ようと思うのは余程追い詰められているようであった。
都が二人で来た思い出の場所なのかもしれないなどと花菜は考えていた。
「頭は冷えましたか?」
「花菜さんまでぇ……。せめて、花菜さんだけは私に優しくしてぇ……」
花菜は都が追い詰められていようが、容赦がなかった。
しかしもう拠り所が花菜しかないのか、都が腕に縋りつくようにして抱き付いてきた。
姉妹揃って、心を許した相手へのスキンシップの距離感が近い。
花菜は響以外のスキンシップに関しては感じ入るところは無いので、好きにさせてあげる。
「都さん、今は前向きに頑張ってますものね……。少しぐらいは大目に見ていただいてもいいかもですね……」
「そうだよぉ~! なんの成果も得られてないけどぉ!」
「都さん、そういうところですよ」
「はいぃ……」
少し優しくすると、直ぐに調子に乗る都を花菜が窘める。
やはり調子付かせてはいけないと、花菜は心の中で切に思った。
「とりあえず、今すぐ恋人さんにメッセージで謝ってください」
「ええっ、今すぐ実家に帰って両親に土下座してこいって言った子だよぉ? 無理だよぉ……」
どうやら、都の恋人さんはなかなかにご立腹のようだった。
花菜とて、その意見には諸手を挙げて賛同しているのだが、傷心の都に追い打ちをかけるのは躊躇われた。
「う~ん……本当にやったらどうですか?」
「花菜さん、私の扱いぃ……なんか雑になってきてないかなぁ……? 面倒くさくなってきてるぅ?」
躊躇われただけで、花菜の本音は口から飛び出していた。
辛抱強く都に付き合ってきた花菜の心からの声かもしれなかった。
「そんなことありませんよ。大切な響ちゃんのお姉さんだと思って、接してますよ」
「私信じるよぉ? 信じちゃうからねぇ?」
花菜としては都の恋人が言う通りにすれば大体丸く収まるような気がしているので、本心から言っている。
なので、これは大切な人を適切に導く言葉として丁寧に選んでいるのだ。
「だったら、真実を伝えればいいんですよ」
「真実ぅ?」
「今は近場にいる妹と仲直りしようとしてて、段階的に頑張ってるところなんですって」
「なるほどぉ」
「そして、響ちゃんの事情もちゃんと説明すれば分かってもらえますよ。都さん、頑張ってるんですから」
「そうだぁ、私って頑張ってるんだぁ……」
花菜は肝心な点を都にわざと注視させないようにしている。
都が響との仲を今一歩踏み出せないという状況にあるということ。
そして、都がまだ家族の中に戻ることを躊躇しているということ。
このことを失念した状態で上述のことを恋人に話してしまえば、都は逃げ場を失う。
「えっ、でも話したら私って逃げ場が無いんじゃ……」
「あっ、惜しかったです……。気付いちゃいましたか……」
だが、流石に直ぐに気付かれてしまう。
花菜は心底残念そうな顔をした。
「花菜さん、私を罠に嵌めようとぉ……?」
「でも、これしか道はありませんよ? 大丈夫です、都さん。当座はこれで凌げるんですよ? 恋人さんが許してくれるんです。恋人さんとは同棲されてるんですよね? そんな状態で喧嘩されたままだと辛くありませんか?」
「はぁ……へぁ……」
一旦袋小路に気付かれたものの、花菜は畳みかけるようにして話術で都に思考の隙を与えない。
都は追い込まれて、人語を解せないような状態になっていた。
確かに花菜の言うことも正しいのだ。
当面の問題は今の提案で解決するのだから。
「ほらぁ、都さん。ここからスマホを取り出して、恋人さんに連絡しましょう」
そう言って、花菜は脇に置かれていたハンドバッグを都の膝の上に乗せる。
「れ、連絡ぅ……」
都はそう言うと、のろのろとスマホを取り出してロックを解除した。
そして、メッセージアプリを操作していざ入力という画面まで来たようだった。
だが、そこで固まってしまう。
「な、なんて返そぉ……?」
「大丈夫ですよ。文章も私が一緒に考えてあげますから。あっ、スマホの画面が目に入っちゃってごめんなさい。恋人さんの名前見えちゃって」
「大丈夫ぅ、いい名前だからぁ……。へへへぇ……。大丈夫ぅ……。好きぃ……」
恋人との喧嘩が相当ショックだったのか、花菜の誘導によって都の知能指数が恐ろしいまでに低下している。
花菜はその後、都に指示を出しながら都を袋小路に追い詰める作戦の成功を確信する。
花菜の傀儡と化した都は、一字一句間違わずに恋人へのメッセージを入力していく。
書いてる側から返信があったりもして、慌てたように都が花菜へと縋るような目線を向けてきた。
だが、そこは花菜が臨機応変に対処する。
都の恋人には悪いとは思ったが、囁く愛の言葉まで花菜の思いのままである。
こうして、都は響と仲直りをせざるを得ない状況へと追い詰められていった。




