69 芳川姉妹とのそれぞれの通話
『ねぇ花菜さん、やっぱり私って響に嫌われてるってぇ……』
花菜は自室で都からの通話で、相談を受けていた。
実は直接会ったあの日以来、こうやってほぼ毎日通話で相談に乗っていたのである。
都の事情を知ってしまい、協力する羽目になっていたのだ。
「そんなことありませんよぉっ。響ちゃん、ご家族と話すときは……つい冷たくなっちゃうだけで……。学校でも、基本的にああいう話し方ですし」
学校での優等生芳川さんは、丁寧な口調を崩さない。
家族の前だと、それが数トーン下がるのだが……そこには目を瞑ってもらう。
『本当かなぁ……』
「本当ですよぉ。私といるときだけが素だって言ってましたもの」
花菜が言うのは本当に響の言であり、間違いはない。
『確かに先生からの評価とかも至って良好で、コミュニケーションに問題はないって……』
「そうですね、学校の響ちゃんは前に言ったかもですが人当たりはいいですよ」
響はその人当たりのよさから、人望があるのだから。
花菜は数年間まともに人と接していなかった響が、コミュニケーションに問題がないのは謎の一つであった。
役割を課すことでそれを解消しているようだが、そうであれば才能の塊である。
『それを一欠けらでもいいからぁ、姉にくれないもんかねぇ……』
「お姉さんが唐突に戻ってくるから、響ちゃん心の準備ができてないんですよぉ」
花菜が言うように、響は唐突に戻ってきた都を怪しんでいるようである。
端的に言うと信用していない。
だが、花菜はそう言うこともできずに言葉を濁した。
『やっぱり心のどこかで私は要らないんじゃないかって思っちゃうというかぁ……』
「なにを言ってるんですか?」
『いやさぁ。響さえ元に戻ってくれたならぁ、それでいいんじゃないかなってぇ』
「それでいい訳ないですよ?」
響が怪しんでいるのは、実際当たっている部分があるのを花菜は知ってしまっていた。
都は響が元に戻りさえすれば、自分はまた姿を消しても問題ないのではないかと考えている傾向があった。
それも響に言ったように一時的にではなく、永続的にだ。
『えぇ……。やっぱり、そんな感じぃ?』
「分かってるなら、ちゃんと! 響ちゃんと! 仲直りしてください!」
自信なさげな都に対し、花菜はきっぱりと言い切る。
花菜の口調が強くなるのは、ここ数日でこう言わないと効かないと分かったからである。
『もっと根本的に嫌われてないかなぁ? 大丈夫ぅ?』
「考え過ぎですよぉ」
なぜこうも都は、響に対して及び腰になるのか花菜には分からなかった。
『花菜ちゃんも響の筋肉見たことあるでしょ? 喧嘩になったら絶対勝てないってぇ……。私とかボコボコにされちゃうってぇ……』
「そんな物理的な喧嘩にならないようにしてくださいよ……。確かに響ちゃんの手足はスラッとしてて綺麗ですけれど……」
『花菜さんは見たことあると思うけどさぁ、腹筋とか割れてるじゃん?』
「み、見てません!」
腹筋があるという情報は知っていたが、割れているという情報までは花菜の中になかった。
新たな情報に花菜の中のなにかが沸き立つ。
『ええっ、どうせ一緒にお風呂とか入ってるんでしょ?』
「は、入ってませんよ⁉ というか、そういうことはしてません!」
正式に付き合う前、一緒に入るよう誘われたことはあるが断った。
今誘われたとしても、花菜のキャパシティ的に無理だろうと思った。
『はあっ⁉ あの響がぁ⁉』
「都さんは、響ちゃんをどういう存在だと……」
『いやぁ、花菜さん大切にされてるんだなぁって……。それに比べて私なんてぇ……』
「そこに帰結するんですか……」
確かに自分は響に大切に扱われているのかもしれない。
だが、姉である都をないがしろにしているかと言われるとそれは違うのではないかと花菜は思う。
今は唐突過ぎる都に対応し切れていないだけで、響ならいずれ分かってくれると。
『母さんも、響の件になったら必死になったけどぉ……。私のときは最初こそ煩かったけどぉ、その後はなおざりだった気がするぅ……』
「拗ねてますか? お母様だって、初めてのことで対処が分からなかっただけですよぉ。むしろ、それに関しては全面的に都さんが悪いでしょう」
『いやぁ、おっしゃる通りでぇ~』
芳川家の母親も、響経由で都に訴えかけようと色々と苦心したようであった。
響から生存確認はできているようだったので、それだけを頼りに娘を想っていたのかもしれない。
花菜としては、響も都も娘として愛されている自覚を持って欲しいと感じている。
『花菜さ~ん。私って、ダメな姉だなぁってぇ……』
「それは分かってるんです。分かった上で、なにをしたんですか……?」
花菜は辛辣に言い返す。
こうでも言わないと、この話に至っては都はポンコツで話しが進まないのだ。
『ええっ、辛辣ぅ……。この件でぇ、花菜さんしか私を慰めてくれる存在いないんだよぉ? もうちょっとぉ、優し~くぅ。ソフトにっ。ねっ、お願いしますぅ』
「もう、仕方ありませんねぇ……」
『ありがとぉ! 花菜さん! 好きになっちゃいそぅ!』
「そういうのは恋人さんに言ってあげてください」
『それは毎日言ってるよぉ』
芳川家的には都は恋人を溺愛していることになっているが、どうやらそこに関しての推測は間違っていないらしい。
非常に関係も良好なようだった。
ただし今回の件に関しては詳しい事情は恋人には話していないようで、こうして花菜が相談役として頼られることになっている。
「それは、ごちそうさまです……。いや、そういうの……今はいいんで」
『あっ、はいぃ』
だが、今はそういった浮いた話をする場ではなかった。
花菜も一端の女子なので、都の恋人との話に興味はあったのだが。
『やっぱり、ダメだって分かっててもぉ……突き放しちゃうよぉ……。私はもう家族じゃないんだって性根が出来上がってるぅ……』
「都さんも重症じゃないですか……。なんなんですか、姉妹揃って……」
響も大概そういった調子なので、花菜はそういったところばかり似ないで欲しいと切に思っていた。
『へへへぇ……面目ないねぇ……』
「せめて、ご両親にはちゃんと連絡してあげてくださいね……」
『前向きには検討させていただきますぅ』
都が絶対にしないであろう言説でもって答える。
そんな受け答えをしていると、花菜のスマホに響からのメッセージの着信を示す通知が表示される。
「あっ、響ちゃんからのメッセージ来たのでもう切らないと……。絶対ですよ!」
『へへへぇ……はいぃ……。本当ぉ、すいやせんねぇ……。もう、本当ダメなヤツでぇ……』
都に両親への連絡を確約させようとするのだが、花菜はこの様子だと無理そうだなと思った。
『それじゃ花菜さん、また慰めてくださいねぇ……』
「前向きに未来を検討する場ですよ⁉ それでは、失礼しますね」
花菜はそう言って都との通話を置くと、響のメッセージを確認する。
《花菜今日は面談お疲れ様》
《会えなくて寂しかった》
《今から通話大丈夫?》
今日は響の家を訪れていなかったので、話したいという通話の誘いであった。
都の相談に乗っていると多忙な日々を送ることになるのだが、響との通話は別である。
花菜は響の声が大好きなのもあるのだが、スマホのスピーカーから出力される音声もまた味があってよいと感じている。
直接会うときとは、花菜の中で違ったよさがあるのだ。
響の声に慣れなかった頃は、幾度となく悶絶して通話を中断してもらったものである。
《響ちゃんもお疲れ様》
《うん、大丈夫だよ》
《私から通話するね》
花菜はメッセージでそう伝えると、響との通話ボタンを押下する。
すると、コール音が聞こえないぐらい直ぐに響との通話が繋がった。
『花菜、面談お疲れ様~』
「 響ちゃんも、お疲れ様~」
『いや、地獄のような面談だったね……』
「なにがあったの⁉」
心底疲弊したような響の声がスマホから聞こえてくる。
『相原家は平和だったの? お父様が来られたんだっけ?』
「うん。お父さんが来て、なにごともなく平和に終わったよぉ。帰りも二人で外食して帰ったし。美味しかったぁ」
『花菜が幸せそうで、なによりだよ……』
「なんでそんな達観したみたいになってるの……」
姿は見えないが、遠くを見詰めていそうな響の声に花菜は哀愁を感じた。
一体都はなにをしたのだろうか。
『姉さんの考えてることが本当に分からない……』
「そ、そうなの……?」
響は純粋に都の考えていることが理解できないといった風だった。
そうだろうなと花菜は考える。
これに関して言えば、響は若干被害者だと感じている。
花菜は完全に、相談の板挟みになってしまっていた。
「お姉さんにも、いろいろあるのかもしれないよ」
『あるかなぁ、あの姉にぃ?』
響はあくまで懐疑的であった。
都に対する信頼感が薄い。
花菜は余計なことは言えず、やきもきした。
「な、なにごとも歩みよりだよぉ。折角久しぶりに会えたお姉さんなんだから。仲よくだよぉ」
『花菜ってば、やけに姉さんの肩を持つじゃん……』
花菜は先程まで相談に乗っていたこともあり、やや過剰に都の肩を持ち過ぎたかもしれない。
いや、この場合は疲れている響が自分に味方してくれない花菜に対して拗ねているだけかもしれない。
「そんなことないよぉっ! 私はいつだって、響ちゃんが一番だよぉ!」
『えっ、う、うん……。わ、私だって花菜が一番だよ!』
花菜の力強い否定からの愛情表現に、響も思わず力強く返してしまっていた。
花菜のそれは若干誤魔化しも入っているので、少し心苦しくなる。
『花菜もこんな愚痴みたいなこと聞いても楽しくないよね。もっと、楽しい話をしようか』
「そんなことないよっ。響ちゃんのお役に立てるなら嬉しいよぉ」
「アハハッ、ありがとう」
響は基本的に楽しい話で発散させるタイプなので、愚痴などはほとんど聞かない。
偶にはあるが、響が話していて楽しくないのか長くは続かない。
『花菜は今度のお休みは家族でお出掛けだっけ?』
「ごめんね、響ちゃんとのお出掛け先延ばしになっちゃって……」
『家族との時間も大事だよ、楽しんできてね』
花菜は今週末は家族と買い物に出掛けることになっていた。
近所にあるショッピングモールまで揃って買い出しである。
以前から決まっていた家族イベントなので、流石に花菜も恋人である響よりこちらを優先する。
なにしろ、両親が楽しそうなのだ。
響との予定は、連日となってしまうと大変なので夏休みまでお預けとなった。
「うん、家族とあと吉田のおじさんとおばさんと和樹くんも一緒だよ」
『えっ、吉田も一緒なんだ……』
相原家の買い物は吉田家と合同となっている。
そう珍しくはなく、家族で買い物となると大体セットで一緒に行くことになる。
だが、これに対して響の感触が芳しくなかった。
「? 和樹くんも来るよ」
『姉さんのこととかどうでもよくなるぐらい、そっちのが許せない……』
「えっ⁉ どうでして⁉」
響が心底許せないといった地の底から鳴り響くような口調なものだから、花菜は驚いてしまう。
『花菜に近付く男とか、すべからく葬りたいのに……』
「ええっ……和樹くんとか、なんでもないよぉ……? 家族同士の付き合いだし。それに大体、男女分かれて買い物すること多いし」
『それならまぁ……。致し方ないか……』
そこで花菜も響が和樹に対して、焼きもちを焼いているのだと気付く。
だが、買い物は基本的に仲のよい父親同士と母親同士にそれぞれ息子と娘が着いていくことが多い。
和樹も相原家の父親には懐いており、それなりに意気投合している。
「焼きもち焼いてくれるのは嬉しいけど、和樹くんとか本当なんでもないよぉ」
そう言いながら、花菜は笑っていた。
それに花菜は和樹のことを幼馴染としてしか見ておらず、なんとも思っていないのである。
『いやぁ、うん……』
「どうしたの、響ちゃん?」
花菜のあっけらかんとした物言いに、響としては和樹の男性としての沽券が心配になって言葉を詰まらせているのかもしれない。
『いやいっそ、逆に吉田が哀れだなって……』
「えぇ、なにそれぇ」
先程に引き続き、意味が分からないといった風にカラカラと花菜が笑った。
響に聞こえる花菜の笑い声は、安らぎをと安心を与えてくれる音であった。




