66 休息したいやら、嬉しいやら、恥ずかしいやら
花菜は響宅から帰宅し、今はリビングで寛いでいた。
テレビからは、見るでもなしバラエティ番組の音声が流れている。
花菜の手には、響が勧めてくれた小説がある。
そこそこ本を読む習慣はあるので、お勧めだけあって面白い。
ここ最近の花菜は急展開が多すぎたのだ。
こういう時間を大切にしていかないといけない。
花菜が黙々と読み進めていると、テレビの音に混じって母親の足音が聞こえた。
「花菜ちゃん、今ちょっとお話いい?」
「うん、なぁに?」
花菜は顔を上げ、栞を挟むと本を閉じた。
「今度の三者面談なんだけど、お母さん行けなくなっちゃって。代わりにお父さん行くことになったのよ」
「そうなんだ」
「ざんね~ん」
三者面談への不参加を告げる母親は心底残念といった風である。
「三者面談なんて、来ても楽しくないと思うよぉ……」
他のイベントなどならまだしも、三者面談などなにが面白いのだろうかと花菜は真剣に考えていた。
「えーっ、先生から学校での花菜ちゃんのお話聞けるの楽しいわよぉ」
「そうなのぉ……?」
そう言われると、なにやら気恥ずかしい気持ちになってくる。
自身としては、学校ではこれといって目立ったことはなにもないので気負うことはないのだが。
「お父さん、久しぶりに学校のイベントに参加できるって張り切ってたわよ」
「ええっ……。先生も本当にそんな珍しいこと言わないと思うよぉ」
「でも、花菜ちゃん。最近成績凄くよかったじゃない」
確かに直近のテストでは、かなり成績が上がっている。
そこに関しては、言及されることがあるかもしれない。
「今の花菜ちゃんには芳川さんっていう、頼もしい先生がいるものね。面談で褒められる花菜ちゃん、見れちゃうじゃない」
「私としては、お父さんとお母さんに褒められただけで十分だよぉ……」
両親に褒められて、臨時でお小遣いまで貰ったのだ。
花菜的には、それで十分だった。
「そういえば、芳川さんから貰ったお花。本当にドライフラワーにしちゃってよかったの? 生花もいいものよ」
「うん。残しておきたかったから」
「上手くできたら、お母さん褒めてね?」
「分かってるよぉ。お母さんが多趣味でよかったって感謝してる。ありがとう」
以前突然の訪問を受けた際に響が持ってきたピンクのバラは、活けることなくドライフラワーにすることにした。
本人はどう思うか分からないが、実際響から貰った初めてのプレゼントに当たるはずなのである。
極力長持ちするようにしておきたかった。
母親が趣味で作っているドライフラワーの用品があるので、それをそのまま利用する形になった。
今回は花菜が作業に慣れていないこともあってか、工程をほとんど母親に任せてしまった。
今は乾燥剤が敷き詰められた容器に入っていて、花自体を確認することもできない。
「芳川さん、それにしても本当に綺麗な子よねぇ」
「そうでしょお! モデルさんって言われても驚かないよね!」
自分の恋人を褒められて気分がいいのか、花菜が胸を張って得意げに答える。
実際花菜の贔屓目を抜きにしても、響は美人であるのだから。
「フフッ。花菜ちゃん、本当に仲よしさんなのね」
「そっ、そうだよぉ!」
花菜は恋仲なのが勘ぐられたように感じてしまったが、通常の感覚ではそうでないだろうと思い直す。
「仲よしのお友達ができて、お母さん嬉しい」
本当は友達ではなく恋人である。
「う、うん」
花菜は、わざわざ恋人だと訂正するようなことはしない。
だが母親にも、いつかは告げないといけないのだろうと考える。
どういう反応をするのだろうか。
この仲のいい関係が、崩れてしまったりするのだろうか。
嫌な想像だけは猛々しく頭を駆け巡る。
「どうしたの、花菜ちゃん?」
マイナスな思考に浸っていると会話のキャッチボールが途切れて、母親が不思議そうに声を掛けてきた。
「ううん、ウチは家族仲がよくてよかったなぁって思って」
他の家のことを詳しく知っているわけではないが、花菜はこれが当たり前に生きてきた。
響の家庭環境を目の当たりにして、母の優しさが身に染みたのもあった。
「どうしたの、突然? でもまぁ私もお父さんも、花菜ちゃんのこと大好きだからね」
「私もお父さんとお母さんのこと大好きだよぉ」
なんの面もなく言う母親に、花菜も同様にそう返した。
「あっ、でもちょっと待って」
花菜はそこでハタと気付いたように声をあげた。
「なにかしら?」
母親も今まで流れていた和やかな空気とは裏腹に、急な娘の神妙な顔付きに身構える。
「お母さん、響ちゃんに昔の写真とか送るのはヤメて」
「あらぁ、バレちゃった?」
「やっぱり、わざと黙ってたの⁉」
少し茶目っ気のある母親である。
娘に黙ってその友人とやり取りをするという遊びをするなど、なんの躊躇いもなくやってくる。
「芳川さん、最近の花菜の写真とか送ってくださるものだから……。お返ししなきゃって思って……」
「まさかの響ちゃんからだったの⁉」
写真のやり取りの発信源が、母からではなく響だったことに衝撃を受ける。
花菜は響にも釘を刺さないといけないと決意した。
「大丈夫よ。花菜ちゃんの写真なら、どんなに昔の写真でも綺麗に残してあるから。クラウドにも分けて保存してるから、一部はスマホからでもアクセス可能なのよ」
「ありがとうって言うところなのか、ヤメてって言うところなのか分かんなくなっちゃった……」
母親からの愛を感じるのだが、それが原因で今回のやり取りである。
むしろ数日前に自分の過去がバレていなくても、母親から漏洩していた可能性があるかと思うとゾッとした。
それ以上に、自分の幼少時の写真が只管恥ずかしいのもあるのだが。
「若い子とやり取りするの楽しいわぁ。お母さん、若返ったような気になっちゃう」
そんな花菜の心中を無視するかのように、母親は一人盛り上がっていた。
それを思うと少し止めるのも躊躇われる。
複雑な娘心がそこにはあった。




