65 あれ、当初の目的は?
花菜は都の接触から次の日。
いつも通り、響の家にお邪魔していた。
今は食後の勉強とも団欒ともつかない時間を二人で過ごしていた。
通常であれば、二人の大切な時間。
だが、この日の花菜は違っていた。
「響ちゃん、あんまりこの前のお姉さんとのこと話さないけど……。実際会ってみて、どうだったの?」
花菜は参考書から顔を上げて、恐る恐るであったが響に向かって質問する。
都の実情を知ってしまった手前、響の本音も知らずにはいられなかったのである。
「どうしたの、急に……?」
響は家族のことをだしに甘えてはくるが、詳細は話したがらない。
花菜の唐突な質問に少し怪訝な表情になる。
「だって、久しぶりに会った音信不通だったお姉さんとの再開だよ? 普通気になるよぉ。響ちゃん、詳細はなにも言ってくれないし」
「まぁ、それもそうだね」
響もとりあえずは、花菜の言に納得したようだった。
一般的に正論であったし、怪しいところはなかった。
「響ちゃんは、お姉さんとは仲違いしてなかったんだよね?」
「そうだね。こっちでのブッチがあるまでは、普通にとは言わないけど友好的ではあったよ」
友好的ではあったものの、突然の反故に関してはまだ許していないといった雰囲気が言葉の端から読み取れる。
「はなちゃんに会いに行くって言ったときも、唯一味方してくれたの姉さんだったからね」
「そうなんだ……」
響が一人旅で引っ越し前の土地まで赴いた際のことであろう。
今思うと、これに関しても少々家出同然ではないだろうかと思ってしまう。
当時の芳川家の事情がどうであったか推測の域を出ないのだが。
「折角久しぶりに直接会ったんだし、仲よくしたりとかしてるの?」
「いや……花菜に言った手前家族との関係は良好にしたいとは思ってるんだけど……。今の姉さんとは直ぐには無理かな……」
「そ、そうなの……?」
どうやら、現在の響の都に対する感触は当然であるがよろしくないように伺える。
「姉さんは母さんが連絡しても無視してたし、私からもこの前言った通り既読だけ付く状態だった。ほとんど絶縁状態だったんだよ。それがなんで今回に限って関与してきたのか分からない……」
響は都の唐突な行動が怪し過ぎて、現状警戒しているようだった。
「なんか、胡散臭いんだよね。今回の花菜との関係に関しては、信用できない」
特に花菜との関係に関して都に伝えることで、両親にどう伝わるか分かったものではないと考えているようである。
なので、打ち明けるにしても家族に対して今回の都からという選択肢は無いということになる。
「姉さんが、なんで連絡を絶ったのか気にはなってるんだよ。昔から無茶苦茶する姉だったけど、流石に連絡途絶は度を越えてる……」
「無茶苦茶って……」
そんなに破天荒だったのだろうか。
確かに花菜が見た観測範囲内だけでも、かなり怪しい。
心の天秤が、かなり響に傾いていく。
「危ない遊びは全部姉さんに教えられて、やっちゃダメって親から止められてたからね……」
響は結構元気な幼少期を過ごしていたはずなので、そういった遊びには積極的だっただろう。
だが、その先を行くというのは想像するだけで恐ろしい。
「危ない遊びって大概楽しいんだけど、あっこれはダメじゃないかなって子供心に分かったから……」
「えっ、響ちゃんが?」
思わず、あの芳川響が? というような声が花菜から漏れてしまう。
「だから、花菜にはそんな危ない遊びって一緒にやってなかったでしょ?」
「そっ……そうだね?」
響の言葉に気にした風のない感じだったが、花菜としてはどう返していいか分からなかった。
花菜は結構な高さの木に登ったり、森の中で蔦を持ってそこそこな距離を渡ったりしたことを思い出している。
あれは今思い返してみても、そこそこ危ない遊びだったように思う。
だが、口には出さない。
優しさである。
「そうだよ」
響は、はなちゃんを危険な目になど合わせてはいないのだ。
そして自慢げな響を前に、花菜のスマホが震えた。
「あっ、ごめん。お母さんかな?」
花菜は断りを入れると、スマホを手に取って画面を確認する。
通知欄には「みやこさん」の文字があった。
《お近付きの印です》
そのメッセージと共に、画像が添付されている。
(わぁ!)
見てみると、幼少期の響の画像であった。
お気に入りのおもちゃを手にして、笑顔でこちらを向いている。
(えっ、どうしよう⁉ かわいい! かわいいかわいい!!)
思わず顔が綻んでしまう。
激しく動揺しながらも、手では高速で《ありがとうございます!》と返信していた。
「どうしたの花菜? にっこにこじゃん。なにかあった?」
花菜の様子の変化を眺めていた響が花菜の笑顔に釣られて自身も笑顔になりつつ尋ねてきた。
「なっ、なんでもないよぉ……」
「? そう?」
「う、うん……」
思わず表情に出してしまったが、馬鹿正直に答えることはできない。
花菜は急いで操作して、メッセージの画面を切り替える。
響と一緒のタイミングを狙いすましたかのように送ってきているのは、恐らくわざとなのではないだろうかと花菜は考えた。
先程からの響の証言の信憑性が増していく。
花菜が心の中で四苦八苦していると、響のスマホもメッセージの通知を告げていた。
「あ、ごめん。私もだ」
響の気が逸れることで花菜は内心安堵する。
スマホを操作している響を花菜が眺めていると、その表情が一変するのが見て取れた。
パアッと花が咲いたように笑顔になったのだ。
「えっ、なにがあったの響ちゃん……?」
「花菜ぁ、見て見て! この写真!」
そう言って響がメッセージの画面を花菜に向けて差し出してくる。
そこには、幼い頃の花菜の姿があった。
まだ髪が長く、髪色も明るい頃。
前で二つお下げにした花菜が、今より若い母親と一緒に控えめにレンズの向こうで笑っている。
「ほぁっ⁉」
花菜から思わず変な声が漏れ出る。
よくよく見てみると、メッセージの送り主が自身の母の名前になっていることが確認できた。
「この前、お母様と連絡先交換したんだ」
花菜は一切聞いてなどいない。
「花菜の小さいころの写真とかいただけて、本当に眼福で……」
「なにやってるのお母さん⁉」
母親の凶行に怯えが止まらない。
つい先程自分がやっていたことなのだが、それはそれとして棚上げである。
「響ちゃん! そういうことは、私にも言ってください!」
「えーっ、お母様から聞いてないの?」
「聞いてないよぉ!!」
聞いていないどころか、母親からはそういった素振りが一切見受けられなかった。
当初の目的を忘れた花菜の悲鳴が室内に響いた。




