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花の音  作者: 高山之信
繋がれていく
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64 出会い、衝撃、巻き込まれ

響の姉の来訪から数日、あれからは続報はなく花菜との平和な日常が続いていた。

変わったことといえば、響がそれを口実に花菜に少し甘えてくるぐらいである。


花菜は響宅から、帰路へと就いているところであった。

陽が落ちるのが遅くなって久しいが、辺りはほんのりと暗くなっていた。

周りは同様に帰路に就く人がちらほらと見られる。

この辺りで働く人達だろうか。

花菜は人目がなかったら、スキップしてしまいそうな心持であった。

花菜は響と本当の恋人になってからというもの、以前の共に過ごした日々にも増して幸せを実感している。

響にあんなことを言っておいてなんだが、自身でも少し舞い上がり過ぎていると感じていた。

だが、こればかりは止めらそうにない。


(響ちゃん、恋人になったら想像以上に甘いなぁ……。前以上にスキンシップも積極的だし……)

花菜はそういった接触に、慣れていくのだろうかと考える。

慣れていけば、いつかは響ともっと深い関係になれるだろうかと。

響は花菜の心構え次第では、いつでもウェルカムといった体ではあるが。

今日は別れ際に、頬に口付けを落とされた。

現状でも、そこが熱いように感じてしまう。

思い出すと、ドキドキが止まらない。

どうやら花菜のキャパシティ的に、現状はとてもではないが実現できそうにない。


そんなことを考えながら歩いていると、自分の順路前方に黒髪にミディアムボブの髪型の女性が立っているのが見えた。

女性は大層綺麗な顔立ちで、どこかしら見覚えがあるように感じる。

誰かと待ち合わせだろうか、辺りを気にした様子であった。

もちろん花菜は身に覚えがないので通り過ぎようとしたのだが、件の女性はこちらに目を向けるとニコッと笑顔を向けてきた。


「?」

視線が交わり、女性がこちらに向かってくる。


「ヘイ彼女ぉ、ちょっとお茶していかな~い?」

女性はナンパを仕掛けてきた。

声を掛けられたが、花菜は念のため自身の周辺を確認する。

自分でなかった場合、自意識過剰で恥ずかしいためである。


「いやいや、合ってるよぉ。彼女、合ってるからぁ」

「えっ⁉」

この場合自分で合っていると言われると、それはそれで花菜は困ってしまう。


「えっ、えっと……。ま、間に合ってます!」

花菜は警戒して後退るのだが、女性はグイグイと間合いを詰めてくる。


「うんうん、恋人がいらっしゃるのは存じ上げておりますともぉ~」

「なんのことでしょう……」

「相原花菜さんですよねぇ? お時間いただけますかぁ?」

にこやかな笑顔でそう言うと、女性は手に持つスマホで花菜と響のツーショット写真を見せてきた。


「!!」

花菜は悲鳴にならない声を出しながら、スマホの画面を手で隠して周りを見回した。


「ど、どこでそれを⁉」

薄々だが、花菜は目の前の女性の正体が分かり始めていた。

花菜は目の前の女性とよく似た髪質で、よく似た顔立ちの人物を知っている。


「自己紹介が遅れましたぁ。響の姉で芳川都と申しますぅ~。少々お時間、いただけますよねぇ~?」

予想通りの答えが返ってきて、花菜は眩暈がした。

秘密を握られて連行されることに、花菜はどこかしら既視感を感じていた。






花菜は最寄りの喫茶店に入って、響の姉である芳川都と名乗った女性と対峙していた。


「いやぁ、あいつがこんなかわいい女性とお付き合いしてるだなんて思わなかったなぁ~」

「いえ、私はただのお友達です」

花菜がきっぱりと答える。

現状特段ツーショット写真を見せられただけである。

恋人などと謂れのある証拠は、なにも提示されていない。


「妹さんにはお料理を教えさせていただいていて。その代わりといってはなんですが、お勉強を見てもらってるんです」

嘘の中に真実を交えながら話す。

花菜はこうやって一線を引いて生きてきたためか、自分が思ったよりもスラスラと言葉を並べることができていた。


「あのぉ、花菜さん。あっ、花菜さんって呼ばせてもらうねぇ。申し訳ないんだけど、実はもう裏は取れてるんだよぉ~」

「裏?」

まるで、刑事物の取り調べのような口調で都が花菜に語りかけてくる。


「先に謝っておこうかなぁ……」

「えっ?」

「申し訳ございませんでしたぁ、花菜さん!」

都が、なにがあったのか唐突に謝罪をしながら頭を下げてきた。

机に額を擦り付けている。


「えっ? えっ? あっ、あの! 頭を上げてください!」

この姉妹はなぜ唐突に花菜に対して頭を下げてくるのだろうかと慌ててしまう。


「怒らない?」

「…………。物によります」

花菜は努めて冷静な思考の後、そう返した。

かなりな悪戯をしたあとの子供のような言い分であると認識する。


「響のスマホで写真とメッセージ見ちゃいました~。てへ☆」

「はっ? えっ?」

花菜の思考が一瞬固まる。

響のカメラロールなど自分塗れであることを思い起こす。

人に見せることなんてないからと言っていた響の顔が走馬灯のように頭を過った。

そして、付き合い立てのカップルのメッセージのやり取りなど見られてよいものではない。

花菜は、顔から火が出るほど恥ずかしい思いで塗りつくされる。

実際顔は紅潮し、暫く声が出せなかった。


「えっ、でも響ちゃんのスマホはロックがかかって……」

「突破しましたぁ!」

漸く捻りだした当然の疑問も、都がまったく反省の色が見えないドヤ顔サムズアップで解消してきた。


「それは、いくら家族でもやり過ぎなのでは⁉」

「大丈夫ですよぉ。それは理解しているのでぇ」

「なにも大丈夫じゃありませんよ⁉」

花菜にはなにを理解して、なにが大丈夫なのか一切分からなかった。

だが都の中では整合性が取れているらしく、甚く真面目な顔で言い切られてしまった。


「だから、このことは響にはなにとぞ内密にぃ……」

「ええっ……」

「なんでもしますんでぇ……へへっ……」

花菜はここに来るまで秘密を握られ強要された過去を思い起こしてハラハラしていたのだが、逆に物凄くへつらった態度で下手に出られて困惑する。

むしろ、花菜が都の秘密を握った状態になってしまっていた。

しかも、自ら暴露している。


「本当に花菜さんのプライベートを盗み見たのは、言い訳のしようもございません……」

「響ちゃんのもですよ……?」

「それはぁ……そうですねぇ……」

「えっ、守ってくださいね?」

「あの子次第では、はい」

「守ってください」

「はいぃ。金輪際このようなことは致しません。神に誓ってぇ」

花菜に対しては反省の色が見えるのに、なぜか響に対しては薄かった。

釘を刺さねばと思い、花菜は厳しく言いくるめるのだった。

どことなく不安が残るのは、気のせいだと思いたかった。


「で、その……。お姉さんは、私にどういったご用件なのでしょうか……」

姉である都に響とのお付き合いがバレてしまっているのは分かった。

メッセージと写真が見られたことは、一旦置いておかなければ話が進まない。


「やっぱり、その……お付き合いを反対されているとか……?」

花菜はやはり女性同士の恋愛など、家族からは反対されるのではと身構えた。


「いやいや~! 私は賛成してるよぉ~! あっ、あと私のことは都って呼んでねぇ」

「…………?」

「そんな怪訝(けげん)な顔で見なくてもぉ」

いかにも軽い感じで賛同されるものだから、花菜は思わず(いぶか)しんでしまった。

花菜にとって反対されこそすれ、賛同が得られるなど思ってもないことであるのだ。

まだまだ花菜の中には、反対されて当然だという思考があった。

これは花菜の生き方に染み付いてしまった部分に寄る部分が大きい。


「あの子、私達家族の前ではお堅い感じで話すんだけどぉ。学校でもそんな感じなのかなぁ?」

「学校での響ちゃんは、しっかりした優等生って感じですよ。そのっ、失礼かもしれませんが……この前ご家族と通話しているところに居合わせてしまったんですけれど……。あのときよりは、少し柔らかいかもです……」

花菜は学校での響の様子や、家族での前の響の様子を知っていることを話す。


「あぁ、あれ聞かれてたんだぁ~。恥ずかしいなぁ~。でも、響ってやっぱり花菜さん以外の前だとお堅い感じなんだねぇ」

「そうなりますね……」

響は、素を出せるのが花菜の前だけなのだと言っていた。

花菜以外には現状見せている人間はいないだろう。


「やっぱり改めて花菜さんとの交際は賛成だよぉ」

「どうしてなんですか……?」

花菜が響にとって特別な存在ということが分かったとしても、女性同士の交際を肯定するというのは花菜の中でハードルが高いことのように感じられるのだ。


「これは本当に改めてごめんだけどぉ、写真……見たんだぁ。二人が写ってるヤツや花菜さんのは……大量にあったねぇ……。それに響の自撮りもねぇ。もう一つおまけに申し訳ないんだけどぉ、二人のメッセージのやり取りもそうだねぇ……」

都が改めて謝りながらも告げてくる。

花菜は見られた恥ずかしさ以前に、自分の変な顔の写真が無いか心配になっていた。


「花菜さんの前の響が……昔の響みたいでさぁ……。あっ、昔の響って言っても分かんないかぁ」

「あっ……その……」

花菜はなんと言っていいものか分からずに口籠ってしまう。

幼い頃の響と会っているのだが、伝えるには今との関係が複雑である。


「あの子、私達家族の前ではお堅い感じの子でしょ~? でも、昔は凄い元気な子だったんだよぉ……」

花菜は知っている。

だが思い返すと幼少の時代であれば、都も実家の方にいたはずなのだが会ったことはなかった。

響から都の存在を仄めかされたこともない。

その点を、花菜は若干疑問に感じた。


「あの頃の響が戻ってきたみたいで嬉しかったんだぁ」

都は当時を懐かしむような眼差しで語った。

花菜はそこから確かな優しさを感じた。


「その響を家族の……父さんや母さんの前でも、取り戻したいなってぇ……」

かつての響を失って久しい家族の前にという気持ち、それは花菜の目から見ても都の心からの言葉のように感じられた。


「それにしても花菜さんってば、どうやって響をああしたのぉ……?」

「いえ、響ちゃんの方からああなったと言いますか……」

よもやあなたの妹に自分が強要されて仮初の恋人にされていたなど口が裂けても言えない。


「ってことは、響の方から惚れてたのぉ~? へぇ、花菜さんってばモテモテじゃんねぇ~」

「あっ、いえ……私も響ちゃんのことを好きだったので……」

「両想いだったんだぁ。それはまた、お熱いねぇ~。メッセージ見てても熱々だったもんねぇ」

「都さん! それは忘れてください! 今すぐ記憶を消してください!」

花菜としては、響との直近のメッセージのやり取りだけでも親にすら見せたくはないのだから。


「いや、ほんとごめんってぇ。二度と茶化さないってぇ。だから、協力してくださいよぉ!」

響が花菜に対して都の愚痴を言っていた理由がなんとなくではあるが、理解できてきたような気がしてきている。


「分かりました。でも、約束ですからね……」

「ありがとぉ~! 花菜さ~ん!」

都は天真爛漫な笑顔で花菜の手を取り礼を言ってくる。

美人である都にこんなことをされたら、誰でもコロッといってしまいそうなものだと感じていた。

花菜的には恋愛対象としてではないが、響によく似た顔立ちで微笑まれるとグッと来るものがある。


「響ちゃんを昔の状態でご家族に……。でも……それならまず、近くにいらっしゃる都さんからなのでは?」

「ええっ……。私って響から嫌われてないかなぁ? 嫌われてもいいからって思って、今回の犯行に及んだわけだけどもぉ……。それに家とも、そもそも関係自体がねぇ……」

都はよほど響に嫌われていると思っているのか、大胆な行動を後押しした理由を語った。

花菜には都が言っている家族の中に、都自身が含まれていないように感じられた。


「都さんのことは響ちゃんから少しは聞いています。ご家族と連絡を絶ったりしているのは、一体どうしてなんですか?」

幾度となく繰り返されていそうな質問だったが、花菜としても聞かざるを得なかった。

都が家族との縁を絶つような理由を。


「う~ん、それはいろいろあってぇ~……。いや、花菜さんには話しておこうかなぁ……」

「えっ」

よもや家族に黙っている内容を花菜が聞けるなど思ってもみなかった。


「私自身、ちょっと思うところがありすぎてぇ……。もしかするともしかすると言うかぁ……」

「どういう……ことですか……?」

都の心中を花菜は理解することができなかった。

なにか花菜に話すことになる切っ掛けがあったのだろうかと考える。


「実はさぁ……」

都は背中を丸めて伏し目がちな姿勢で花菜を見やると、訥々(とつとつ)と語り始めた。

花菜は都の実情を知っていくことになる。

そして、否応なしに芳川家の内情に巻き込まれていくことになった。

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