63 響と姉の再会、そして岐路
響が玄関を開けると、自身とよく似た顔の女性が立っている。
髪質と髪色もよく似ており、髪型はミディアムボブ程度の長さだった。
スッキリとしたシャツとパンツスタイルに、シースルーのゆったりとしたカーディガンを羽織っている。
肩にはスポーツバッグを掛けていた。
「元気してたぁ~? 実際会うのは久しぶりだねぇ」
「お久しぶりです」
フランクな口調で語りかけてくる。
響は家族に対する口調で返した。
数年振りに会う実の姉であった。
実家にいるころは帰省の度に垢抜けていっていた姉であったが、社会人になって少し落ち着いた佇まいになっているように感じる。
響は姉の恋人の好みだろうかと勘ぐってしまった。
それ以上に、姉がここにいるのが信じられないのだが。
「ひゃーっ、それにしても最近暑いねぇ! 響って夏でも駆け回ってたもんねぇ! 暑いの平気かぁ?」
身内に対する喋り方に関しては、いい加減であるのは相変わらずであった。
堅苦しくなってしまった芳川家にとって、それは救いであったのかもしれない。
その姉が出奔同然で連絡が取れなくなってしまったのである。
家族としても、ショックであったろう。
「姉さんは、相変わらずですね……。社会人になって落ち着いたかと思ったのですが……」
「そんな、急に変わるわけないじゃないさぁ~。そりゃ、私だって会社じゃきちんとしてるよぉ~?」
「だといいのですが……」
そんなことを言いながら、姉を部屋に招き入れる。
「へぇ、結構しっかりした部屋だねぇ~」
「姉さんのせいで、手頃な物件がそんなに残ってませんでしたから。必然的にこの部屋になりましたね」
母との唐突な物件探しと引っ越しの日々を思い出し、今尚新しい恨みの感情を消すことができない。
響がねめつけるのだが、姉はどこ吹く風といった感じで部屋を見渡している。
響は姉にローテーブルのクッションを勧めると、自分はキッチンから冷たい飲み物を持ってきた。
ちなみに花菜がいつも使っているクッションは仕舞って、別の物を出している。
あれはもう花菜専用なのだ。
花菜の匂いが付着しているので、誰かに使わせるわけにはいかない。
「どうぞ」
「どうもぉ。響だって、最近恋人ができて甘々なんでしょ~? 私にもそんな感じで、もうちょっと柔らかく接してよぉ」
「それは姉さん次第です」
飲み物をローテーブルに並べると、姉から口調に対して要望があった。
花菜からは口調を直すように言われているが、こればかりは直ぐにはどうにかなるものではなかった。
特に現在怒りの矛先が向いている姉の前では猶更だ。
「それにしても、よくまぁ母さんが姉さんを許しましたね」
ほとんど音信不通になっていた姉。
どうやって母が姉を動かしたのかも謎であった。
「まぁ、元々そんなに怒られてたわけではないからねぇ」
確かにやらかしはしたが、元々は姉と両親の中はそこそこ良好であった。
特に響との関係が冷え切ってからは、姉が響との仲を取り持っているような存在であったはずだ。
「母さん、響の件で懲りたのかなぁ。私にまで接するのが怖くなってんのさぁ~」
身から出た錆だと言いたいのだろうか。
散々やらかしている姉にまで、響が原因で両親が及び腰になっているのかもしれない。
「それを今回、私に頼ってくるってぇ。ここまでするって、よっぽどだよぉ?」
それほど響が拗らせるとでも考えているのか、単純に高校生の一人暮らしの娘が心配なのかは判別が付かない。
「帰省したら極力響に構ってやってくれって言われたけど……。あんたまだ父さんと母さんとは、あんなままなの?」
「ええ。今は、なにも変わってはいませんよ」
響と両親の間は、特にこれといった交流はない。
母親は世話を焼こうとするが、響はそれに応えようとはしなかった。
響は姉が自分に構うように親に言われているのは、なんとなくだが察することはできた。
だが当時は、だからといってなんだというのだろうという気持ちだった。
姉は響と両親の長い確執を引っ越し直後からずっと見てきた訳ではないのだからという心持が強かった。
「長い反抗期だねぇ」
「ただの反抗期だと思ったのが、判断ミスだったんですよ」
姉の軽い言葉に、響も軽く言い返した。
だが、響の中でこれが本質であった。
響にとっては、譲れない一線だったのだ。
それを見誤ったのは家族の方だったというのが響の本音だった。
「で、恋人くんってどんな子なのさぁ? 会わせてよぉ」
早速姉が本題を切り出してくる。
母も姉も、響の恋人のことが気になったからこんなことになっているのだから。
「今の姉さんに会わせるわけないじゃないですか……」
「でなきゃ、私が来た意味ないでしょ~」
先程から軽い感じで接する姉だったが、響はからは薄気味悪さを感じていた。
なにもかもが唐突な上、いつものように振る舞いながらも得体の知れない感情が見え隠れしているような気がする。
端的に信用ができない。
「本日は、その人物との約束を反故にして姉さんと会ってるんですよ」
「大丈夫ぅ、私も恋人との逢瀬をもちろん犠牲にしてここにいるわけだしさぁ」
「ああ言えば、こう言う……」
姉の言い分にはイラッとするが、確かにと思う部分もあった。
響はお互い恋人との時間を犠牲にして、探り合いを行っていると思うと馬鹿らしくなってきていた。
「長丁場になると思ってぇ、こうしてお泊りセットも持ってきたからぁ~」
そう言うと、姉はスポーツバッグを開いて着替えなどを取り出し始めた。
大荷物だとは感じていたが、よもや泊まるつもりだとは思っていなかった。
「そういうことは事前に言ってください……。こちらも準備があるんですよ……」
「こういうのは抜き打ちじゃないと意味ないよぉ~」
悪びれもなく言う姉に対して、響は隠すことなく大きな溜息を突いた。
「いやぁ、それにしてもこんなにも響が自炊できるとは思わなかったねぇ」
あれから話は膠着状態に入り夕飯の時間になったため、響が簡単なものを振る舞った。
姉の口に合ったのか、ご満悦な様子である。
思えば花菜から紹介されているレシピは自分の口に合う物なのだから、家族の味覚にも合うのかもしれなかった。
「私も一人暮らしを始めて一年以上経つんですよ。簡単なものぐらいは作れます」
響は自信ありげに言ってのけるが、自炊歴に関しては1ヶ月に満たない。
花菜がいなければ酷いことになっており、姉に料理を振る舞うなど夢物語でしかなかっただろう。
「姉さんはどうなんですか。恋人と一緒に過ごしているのですから、作れるんでしょう」
「そうだねぇ~。お互い作ったりしてるねぇ~」
「へぇ、恋人の方はどんな方なんですか?」
「それに関しては、答えないよぉ~」
先程から響も姉の恋人に対して探りを入れているが、一向に語る気配はない。
どうにも連絡を絶ったり話せないような、厄介な男に引っ掛かったのではないかと響は疑ってしまう。
自身のことを話したがらないところも、響の不信感に繋がっている。
この調子だと、姉は母親にも結局恋人のことに関しては話していないのだろう。
「今回は私の話じゃなくて、響の話でしょ~」
「なにをいけしゃあしゃあと……」
「私達は、響のこと 心配してるんだよぉ」
「それこそ余計なお世話です。私は、あのころとは違います。きちんと学校に行っていますよ」
「そうだね、それが約束だったからねぇ」
姉もルームシェアの件があり、響が高校に通うための約束は知っている。
中学のころは、ほとんど授業に出ていなかった。
そのときとは違い、真面目に通うこと。
響はきちんと約束を守っており、家族から誹られる謂れは無いと思っている。
「そうじゃなくて、母さんは純粋に響のことが心配なんだよぉ。変な男に引っ掛かってないかとかさぁ。特に、それが原因で私みたいになるんじゃないかとかさぁ」
「自覚があったんじゃないですか……。私にも姉さんに連絡するよう、母さんから相談があったぐらいだったんですよ……」
それが既読のみの生存確認へと形を変えていったのだが。
「だったら、猶更でしょ~」
「先程から、本当に自分のことは棚上げして……」
姉が殊更自分のことについて語らない姿勢は、響に不信感を募らせていく。
響の件が終わったら、姉がどうするのかも分からない。
母親もどう思っているのやらと考えても、今連絡を取ったところで響のことで追及されるだけかと諦める。
そんな二人の静かな探り合いを遮るように、風呂の湯を張り終わったことを告げる通知音が鳴った。
「姉さん、お先に入ってきたらどうですか」
「響が先にどうぞ。私は後でいいやぁ~」
「怪しいことはしないでくださいね。あと家探ししても、やましい物なんてなにも出てきませんよ?」
「そんなことしないよぉ~」
響はあまり物を置かない傾向があるのか、部屋がスッキリしている。
本棚も参考書などが散見され、年頃の女子高生としては面白味に欠けるかもしれなかった。
机の引き出しの中身も、面白味のないものが大半だ。
唯一見られると困るのは花菜のレシピノートのコピーぐらいだが、友人から貰ったものだと言えばなんとでもなる。
部屋に置いてある物において、芳川響に相原花菜のような隙はないのだ。
「では、お先にいただきますね」
響は着替えと用意を持つと、部屋を出てバスルームへと向かって行った。
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姉は響が部屋を後にするのを見送ると、バルルームの扉が閉まるのを確認する。
暫くすると、立ち上がって伏せてあった響のスマホを手に取った。
響は部屋の中身は見られて困る物は無い。
だが、もちろんであるがスマホの中身は別である。
しかし、当然のことであるがロックがかかっている。
番号ロックのものであった。
姉は素早く番号を押下した。
一回目、失敗し弾かれる。
暫し思考する。
再度番号を押下する。
二回目、再度失敗し弾かれた。
このタイプは何度か失敗すると、操作自体ロックがかかってしまうことがある。
通常慎重になって迷うようなものだが、姉は勢いのまま三度目を押下した。
すると、ロックが解けて操作画面になった。
姉はしめしめと笑みを零しながら、スマホのメッセージアプリを起動する。
「父さんも母さんもまどろっこしいことやってるからダメなんだよぉ~」
姉はスマホを操作しながら、一人両親に対してぼやいた。
やっていることはもちろん、姉妹であろうが家族であろうが許されるようなことではない。
通常やってはならない、プライバシーの侵害である。
「こんなのこうやってストレートにパパーっと解決してぇ、両親とも響ともバイバイってわけぇ……」
あくまで今回の件をスピード解決することを念頭に置いていた。
響の件が解決すれば、再度距離を置く心積もりなのだ。
なので、これが妹との関係崩壊を招いても構わないと考えている。
響はメッセージの登録件数自体が少なく、家族や学校のちょっとしたグループを除けばお気に入りに登録しているのは二件だけだった。
その内、頻繁にやり取りしていそうなのは一件。
時間も限られているので、これに絞って確認をする。
「うん?」
だが、ここで違和感。
「はぁ? えっ? 誰ぇ?」
姉は、確認にとフォトアプリも立ち上げる。
今度は違和感どころの騒ぎではなかった。
「は? はああああぁぁ⁉」
少し大きな声が出てしまい慌てて口元を押さえた。
ここで、響の姉である芳川都は人生の岐路に立たされた。
ここだけ別視点が入っています。




