62 響は姉との関係が?
「家族の中でも、お姉さんとは仲がよかったんじゃないの……?」
「姉さんとは、諍いがなかったというのが正しいかもしれない。はなちゃんとのことだって、姉さんは反対してなかったからね」
家族との確執が生まれてしまった切っ掛けを思い出しながら、花菜へと説明していく。
はなちゃんのことは、響が引っ越した際のことである。
「でももう姉さん大学で実家出てたから……。帰省してきた姉さんとも、普通に話せなくなっていった感じだね」
姉は高校までは地元で通い、大学は現在の土地に出てきて一人暮らしをしていた。
長期休暇中に戻ってくる姉と話すときには、既に昔のように話すことを忘れてしまっていた。
「それでもウザ絡みしてくる姉さんには、塩対応せずにちゃんと受け答えしてたんだよ」
「それなのに、なんであんな辛辣な対応に……」
家族で浮いている響に対して、気にかけてくれた姉を無下にはしなかった。
話し方は柔らかくないにしろ、親ほど喋らないということはなかったのだ。
逆に言うと、親とはほとんど口を聞いていなかったのだが……。
「むしろ、母さんが姉さんに連絡を取れたこと自体がどうやったのか知りたいよ……」
「さっきから不穏な言葉が出てくるけど、一体お姉さんになにがあったの……?」
「花菜はさ、私がこの土地で一人暮らしなの疑問に思わない? いくら都会の高校に通うためとか、私を更生する糸口のためとかさ」
現在の響の一人暮らしをしている地は、響の実家とはかなり遠方になる。
いくら開けた土地や再出発のためというのであっても、もう少し近くてもよかっただろう。
「今の高校に通うのにOKが出たのも、本来は姉さんとシェアで住む予定があったからなんだよ。姉さん、大学も就職先もこっちでね」
「えっ、じゃあ……どうして……?」
響は、今も姉がそれなりに近場に住んでいることだけは知っている。
そう、それだけなのだ……響が知っているのは。
詳しい所在すら知らされていない。
「それがねぇ、突然姉さんができないって言ってきたの……。恋人ができて同棲するから、妹とは一緒に住めないってさ!」
響は自分で言っておきながら、頭痛がするのを感じた。
なにを言っているのだろう、この姉はと沸々とした感情が湧いてくる。
「それも唐突に! シェア用に借りてた部屋まで引き払って! こっちはコツコツ引っ越しの準備も始めてる時期に!」
当時、本当に唐突だったことを思い出す。
少し奔放なところがある姉だったが、響もそういうところは弁えていると思っていた。
「母さんと急いで……ピーク時に探したんだ……。それで、どうにかこうにかして今の物件見付けてさぁ……」
響は当時に思いを馳せたのか、心底疲弊したような顔をした。
「許せると思う⁉」
「それは、確かにまぁ……」
花菜に同意を求めると、流石にといった風に頷く。
これまでの響の語りが必死だったのもあったかもしれない。
「しかも! しかもだよ!」
「まだあるのぉ⁉ 情報量が多いよぉ⁉」
なにも知らなかった花菜にとっては、もうお腹いっぱいだろうと思われた。
話している響とて、なにがどうしてこうなったのか分からない。
「それ以来、私にも母さんにもろくすっぽ連絡を返さないんだ……。更に今まで長期休みは帰ってきてたのに、それすら無くなったんだよ!」
「ええっ……それじゃあ、もうほとんど縁が切れてた状態ってこと……?」
花菜の言う通り、姉は絶縁状態に等しかった。
「私だって、鬼じゃないんだからメッセージ送ったりしてたよ? 最初のころは私のも母さんのも完全無視。私が母さんに言われて多少うるさく送ってみたら、生存確認で一応既読は付けてくれようにはなったんだ……。母さんに至っては、今もろくすっぽ返してなかったみたいだし……」
メッセージのやり取りをしてると言ったとき、微妙な反応をしたのはこのためだった。
そんな話をしていると、響のスマホに再度通話を告げる音が鳴る。
「うえっ……本当に姉さんだ……。また、ちょっと待ってもらっていいかな……?」
「私は気にしないで、ずずいと!」
何度も花菜を一人にして申し訳ないという気持ちになりながらも、通話を取りにキッチンルームへと向かった。
「はい、響です」
『やっほー! 響! 久しぶりぃ!』
スマホのスピーカー越しとはいえ、数年振りに聞く姉の声。
音信不通になっていたためか、本当に姉なのか半信半疑になってしまう。
「第一声が謝罪ではなく、陽気な挨拶ですか?」
『いやぁ、その節はご迷惑をおかけしまして~』
まるで昨日まで会っていたような素振りに、姉は全く反省の色が見えない。
だが……この反応がというより、この反応で間違いなく自身の姉であることが分かってしまうというのが腹立たしかった。
『ごめんてぇ! 許してぇ~。姉妹なんだし、仲直りしようよぉ~!』
「それは、姉さんの出方次第でしょう……」
取って付けたような謝罪が飛んできたが、そんなものでは響にとって到底許せるものではなかった。
むしろ、感情を逆撫でられる。
『じゃあ、私は響と仲よくしたいからオッケーってことでぇ!』
花菜と家族との仲を改善すると言った手前、響は姉からの譲歩とも言えない譲歩を無碍にもできない。
ここでグタグタと言っていても、なにも始まらないと思いグッと堪える。
『昔みたいに、お姉ちゃんって呼んでもいいんだよぉ~?』
「いい年をした大人が、分別を付けてください……」
『その喋り方だって、昔はもっと私みたいに砕けてたよねぇ?』
「姉さんほどではありません」
現在進行形で花菜の前では崩れているのだが、それを考慮しても姉程ではない。
『まぁ、そういうのは行ったときに話すからぁ』
「本当に来るんですか?」
響は今現在姉と話していることさえ信じられない心持なのである。
姉が自分に会いに来るというのが、未だに信じられないでいた。
『愛しの妹に会いにいくんだぁ。当たり前じゃないさぁ』
「これまで、その妹の連絡を袖にしていたのは姉さんでしょう」
『まぁまぁ、そのことは水に流してぇ』
「到底水に流せるものではありませんが……」
響は姉の行ってきたことなど、ほとんどが蛮行だと思っている。
なにをもってして、これ程軽く自分と接しているのかも理解できずにいた。
自分の知る姉が、本当に姉なのか分からない。
『あ、あと三者面談も私が行くことになったからぁ』
「はぁ⁉ プリントはもう提出されているはずでしょう?」
親の了承が必要なプリントは郵送が必要なので、とっくに返送してもらって提出まで済ませてある。
そこには芳川家からは出席者がいない旨が記載されていたはずであった。
最近はオンラインでのリモート参加も可能であったのだが、響側が断っていた。
約束を守っているのだから、なにも知る必要など無いであろうと。
『ああいうのは、親からの連絡でなんとでもなるもんなんだよぉ。母さんからメールなり電話なりで連絡したんでしょ~』
響はそれを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔になる。
三者面談の参加に関しては、なにか姉が入れ知恵をしたのかもしれないと考えた。
「まさか、姉さんがなにか入れ知恵して……」
『というわけだからさぁ、いろいろとよろしくねぇ! それじゃ~!』
「待ってください姉さん!」
姉からの通話は、一方的に逃げるように切られてしまった。
わなわなと震える響が一人立っていた。
今日一日で一方的に通話を切られること二回である。
響は努めて冷静に扉を開けて、部屋へと戻る。
そこには愛しい人が待ってくれていた。
「おかえりなさい、響ちゃん。もうお話終わった……?」
「うん……」
響はゆっくりとした動作で花菜の隣に座ると、ローテーブルにスマホを置いた。
そして、突然花菜に抱き付いた。
「うわ~ん! 花菜~慰めて~! 家族が私をいじめてくるぅ! 母さんも姉さん話が通じない!」
花菜も響の声を聞いていたのだろう、泣き付くように抱き付いてくる響を避けずに受け止めてくれた。
「ほら~響ちゃん、いい子いい子~。ご家族も響ちゃんを思ってのことだから、そんなに無下にしないであげてね?」
花菜は恥ずかしがりながらも、響の頭を撫でて慰めてくれる。
一撫でされる毎に響の中で、やはり持つべきものは花菜なのだと認識を新たにする。
「もう私、花菜と結婚して相原家の子になりたい……」
まったくコミュニケーションを取ってこなかった家族から、今日一日で散々な扱いを受けた響は堪らずそう零してしまう。
もちろんだが、結婚したいのはそもそもの本心である。
「えへへ……とっても嬉しいけど……それでもご家族との縁がなくなるわけじゃないんだよ?」
「うぅん……現実ぅ……」
花菜の言う通り、よしんば相原響になったとしても芳川家との血縁が切れるわけではない。
「あと、口調を直さないと溝は埋まらないと思うよ……」
「これね、前にも言ったけど花菜の前でだけがレアケース……。逆、逆なの……」
花菜との仮初の関係が始まったのも、素の自分を取り戻すという流れの一環だったのだ。
家族との拗れに拗れた関係は、響からかつての人格を排斥していた。
「それでも」
「善処は、するよ……。頑張る……」
花菜に念を押され、なんとか気力をふり絞り前を向く。
以前の響からは考えられないことなので、花菜の存在は偉大だと言えた。
「えらいよぉ。いい子」
響の頭を優しく撫でてくれる。
ただ、今はこの慈悲の中に浸っていても罰は当たらないと考えた。
今……響の世界において、花菜は女神だった。




