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花の音  作者: 高山之信
繋がれていく
61/81

61 恋路が邪魔されてしまう

相原花菜は芳川響とお付き合いをするに当たって、一つ懸念事項があった。

それは学校での響が、花菜との接触衝動を抑えきれるかどうかといったことであった。

仮初のお付き合いであった今まででも、多少我慢の効かないところがあるのは過去が物語っていたのだ。

だが予想外に、響は日常をそつなくこなしていた。

夏期講習が近付いているからか、勉強に関しての質問が増えて響の周りには生徒の数が多くなっている。

そういったことさえ、響はスマートに対応していた。

むしろ、花菜の方が少し響を見てソワソワしていたぐらいであった。

だが実際のところ響は、横目で花菜を見る度に心の中で「この子が私の彼女だしな!」と勝手に優越感に浸り活力を補充していたのである。

知らぬが花とはこのことで……花菜は、できる響のことを心の中で関心していた。

なにも知らない相原花菜さんは無事に日中を過ごし、今までのように響宅で二人団欒している。


「やっぱり、前言ってた遊園地行こう!」

「そうだね。最寄りなら、ここからだとそんなに遠くないし」

お題は次のお出掛けの話題へと移り変わったところである。

以前響が言った遊園地デートを実現させるため、二人が話し合っている。


「早速、今度の休みにでも行こうか」

「うん、私は今度のお休みなら空いてるから大丈夫だよ」

二人は具体的な日程を考えようと、スマホで目的地の遊園地の情報を覗いていた。


「やったぁ! デート♪ デート♪ 花菜とデート♪」

「もう、はしゃぎ過ぎだよ響ちゃん」

響が口から出た言葉の気分そのままに体を動かし、ウキウキとした様子が伺えた。

花菜は(たしな)めるよう口にしているが、自分も同じ気分であった。


「付き合い立ての有頂天になってる感覚、楽しまないでどうするのさ! 満喫するんだよ!」

「わぁ、舞い上がってる自覚はあるんだぁ」

響は付き合い立ての感覚に酔っている自覚があるようだった。

それが一時的なものなのか、ずっと続いていくものなのかは分からない。

だが、その波には乗ろうという気概が感じられた。


「花菜も一緒に舞い上がろう!」

「だってぇ、毎日本当にたくさん幸せだよ?」

「花菜は、もっと貪欲になっていいんだよ?」

花菜は正式に付き合う以前から、既に幸せを滲ませていた。

現在はどう気持ちを処理してよいか分からないぐらい、常に幸せなのである。


「私なんて、花菜に言われたら大概のことはするのに……」

「その言葉は逆に恐いよ⁉」

「もっと、なんでも言ってね?」

響は花菜にお願いされたいと思っているようだった。

花菜は幸せの許容値が低い。

今まで不幸になるように生きてきたのだから、当たり前なのかもしれない。

だからなのか、響は花菜のことを人一倍自身の手で幸せにしてあげたいと思っている節があった。


「花菜は私に対して、足の甲にキスをしなさいとか言ってもいいんだよ?」

「なんで響ちゃんの中の私は高圧的なの? して欲しいの……?」

「うん、ちょっとして欲しい……」

「ええっ……。頑張れる……かなぁ……? ええっ……」

花菜から困惑の声が零れる。

恋人である響の願いは叶えてあげたいと思っている。

これに関しては、響の過去の発言からも真実なのであろう。

だが花菜としては、本当にこれが正しい努力の方向なのかも分からずにいた。


「日頃の花菜とのギャップがいいんだよ……」

恍惚とした響の声に、花菜の疑問は深まるばかりだった。


「じゃあ、今日のところはギューッしてキスさせて?」

「えっ、でも」

「花菜だって、したいでしょ?」

「それは、まぁ……」

「ほらほら!」

他に難易度の高い物事を用意しておくことで、心理的なハードルを下げる。

完全にドア・イン・ザ・フェイスの手法である。

響は花菜の心を解きほぐし、自分の要求を通そうとしている。


「ひゃっ……」

言っているそばから、花菜は響に抱きしめられてしまう

響のいい匂いに包まれてクラクラしてきた。

幸せに包まれている感じがする。

このままだとなにもかも許してしまいそうだった。

また、前みたいに深い口付けをされてしまうのだろうかと思うと心臓が早鐘のように鳴る。

そして、どこか期待もしている自分もいた。

響の顔が目の前にある。

響も期待に満ちた瞳が徐々に近付いてきて目を閉じる……。

そこで、響のスマホから通話の着信を告げる音と共に本体が振動した。


「誰なのさ! 馬に蹴られたいのはさ!」

「響ちゃん、ほら……出ないと」

「分かってるよ……」

響は渋々といった風に花菜から身体を離すと、ローテーブルの上に置いてあったスマホに手を伸ばした。


「私に着信なんて、ほとんど無いんだけど……一体誰が……って母さん? いや、でも私にかけてくるのなんて母さんぐらいか……」

響が本当に驚いたといった声を漏らした。

花菜からすれば通常母親からの着信など、珍しくもないものだとは思われるのだが。


「なんの前触れもなく通話なんて、初めてなんだけど……。なにかメッセージのあとに掛けてくるものだし、掛けてくること自体数ヵ月ぶりじゃないかな……」

遠方に住まう娘なのだから心配であろうし、学校のやり取りがあるため通話しそうなものだと思うのだが……どうやら芳川家はそうではないらしい。


「とりあえずごめん、花菜。ちょっと待っててね」

「うん。私のことは、お構いなく」

響は花菜に断りを入れると、スマホを手にキッチンルームへと向かっていった。


「久しぶりですね。こんな唐突になんの用ですか?」

然程厚くない扉越しに、聞き耳を立てるでもなしに聞こえてくる。

学校での響を数倍冷たくしたような口調と声であった。

イコール家族との溝なのだと思うと、花菜は少し申し訳ないような気持ちになった。

直接的ではないにしろ、こうなってしまった原因の一端は花菜にもあるのだと感じている。


「ええ元気もなにも、(つつが)なく過ごしていますよ。学校も母さん達の想定を上回る内容かと思いますが?」

どう報告しているのか分からないが、学校での響はまごうことなき優等生である。

遠方の両親も成績だけを見ていれば、無遅刻無欠席、成績優秀な響が見えているはずである。

不登校気味で反発していた頃を思えば、自身が言う通り大躍進であろう。


「恋人ですか? それに関しては、なにも心配することなんてありませんよ」

懸念点があるとすれば、以前響が報告していた恋人のことであろうことは明確であった。


「確かに私は一人暮らしですが……。今更なんですか……」

一人暮らしをしている未成年の娘になんの詳細も分からず恋人ができたなど報告されたら、よほどの親でない限り多少は心配するであろう。

花菜の親の場合、恋人ができたと言ったら根掘り葉掘り聞かれそうだと想像してしまった。

これでまた一つ、伝えるハードルが勝手に高くなっていく。


「はぁ? 姉さんが?」

響の声色が更に一段階険しさを増した。

なにやら雲行きが怪しくなってきたのを花菜は感じ取る。


「なぜですか? 今まで音沙汰がなかったじゃないですか? 連絡はとれたんですか?」

花菜の耳になかなかに剣呑なワードが聞こえてきた。

音沙汰がないとはどういうことなのだろうか。

このままでは芳川家は妹だけではなく、姉まで問題があるということになる。


「はぁ、今度の休日に⁉」

なにがあったのかは分からないが、響の語気が激しくなる。


「少し待ってください、先程からなにを勝手に……! 大体……あんな馬鹿姉が来るなんて我慢なりません……!」

よっぽど腹に据えかねているのか、聞いたこともないような響の冷淡な語気で言葉が言い放たれる。

花菜は、響とその姉との関係性が分からなくなる。

姉とは関係が良好だったような話を聞いた覚えがあったのだ。

それが、どうしてこれほどまでに険悪なムードになっているのだろうか。


「それに今度の休みにだって、人にも予定というものが……」

どうやら、響と花菜の予定は変更せざるを得なくなりそうであることが分かった。


「あっ、待ってください! 母さん! 母さん⁉」

響が呼びかけるが、なにも返ってはこないようだった。

打って変わって、しんとする室内。

どうやら、一方的に通話は終了したようだった。

暫くすると、部屋のドアが開いた。

響が苦虫を噛み潰したような顔で部屋に戻ってきた。

釈然としないものがあっても、響から通話を掛け直すようなことはしないようだった。

そういったやり取りの無さが、芳川家の会話の少なさを物語っているように感じられた。


「花菜、ごめん……次の休日ダメになった……」

響が心底申し訳なさそうに、花菜へと謝罪の言葉を口にする。


「うん、聞こえてた。響ちゃんは、気にしなくてもいいよぉ。お姉さんがこちらにいらっしゃるの?」

「うん……」

響は花菜の言葉を受けて、ゲンナリとした声でへたり込んだ。

これまでまともに行ってこなかった家族との濃密な会話に短時間でドッと疲れたというのもありそうだったが、花菜との予定が流れてしまったことが響をそうさせているように見えた。

花菜としては労わってあげたいのは山々だったが、それ以上になにがあったのかを聞いてあげるのが先決のように感じられた。

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