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花の音  作者: 高山之信
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60 響の壮大な計画と大切なはずの報告

本日は付き合って昨日今日なので、休日になんの予定もなくどこかに行くのもなのでお家デートとあいまった。

付き合う前から仮初とはいえ恋人という関係であったので、二人は頻繁に逢瀬を重ねていた。

なにも無ければ、元々花菜が響宅を訪問する予定だったのだ。

いつものように過ごすということは勉強とご飯を作って一緒に食べるという流れになる。

響としては今日ぐらいは二人で思う存分イチャイチャすれば……という思いもあったが、花菜がいつも通り過ごそうと提案してきた。

どうやら長時間響にベッタリくっつかれていると、まだ花菜の心がもたないらしい。

これに関しては、響も大人しく引き下がった。

純粋に花菜と一緒にいられれば嬉しいのもあったし、今の響には花菜の学力を上げることによる壮大な計画があった。


花菜の学力向上自体は、響は正式に付き合う前から真面目に取り組んでいた。

だが、今は事情が違う。

花菜の学力が向上すれば、進路の幅が広がる。

広がれば、それだけ通える可能性がある大学が増えるのだ。

選択肢が増えれば、そこに合わせて響も大学を選ぶことができる。

花菜の学力を響まで上げるのは難しいかもしれないが、今から頑張ればできなくはないかもしれない。

そういう意味で響のずっと一緒計画は、付き合う前から始まっていたと言える。


芳川響は独占欲と執着心が強い。

その感情は少し常人を逸脱していると言ってもいいかもしれない。

学部は違えど花菜と同じ大学がベスト、最悪近隣の大学に通えたらベターだと考えいてる。

現状花菜に会える頻度が高いため、これを落とす4年間を考えると想像するのが恐ろしいのだ。

この点において、響は欲望と将来性に忠実だ。

既に花菜を支える甲斐性がなければならぬと考えている。

今までは朧気ながら目的無き過程を評価される勉強であったが、秀才に目的ができてしまった。

その恐ろしい事実に、花菜は気付いていない。


花菜が分からないところがあると質問して、響がそれに答えるというのはよくある光景であった。

だが、今日は響が積極的に花菜に教えている。

通常二人はローテーブルに対面で座っており、響が腰を浮かせて覗き込んだり、横に来て教えていたりしている。

しかし、本日は違っていた。


「この問題はねぇ、ここがこうなってね」

スラスラと響がノートに解答に関しての道筋やコツなども併せて書き連ねる。

花菜から見ても、なるほど分かり易いと思える内容だろう。

ただ、花菜の頭に若干入ってこなくなっている理由がある。


「響ちゃん……あのぉ、なんでこの体勢なのぉ?」

「だってこの体勢なら、花菜から見ても私から見ても分かり易いでしょ?」

響は花菜を後から覆いかぶさるようにして肩に顎を置いて話していた。

空いた手は、花菜の手に添えられている。

花菜は、問題どころではないといった顔をしていた。

必死に耳元の声に傾けているようだが、顔は紅潮しており体はむずむずと動いていた。


「花菜、ちゃんと聞いてる?」

「ひいっ! 聞いてはいますぅ! 必死に集中しようとも、頭に入れようともしてますぅ!」

「いい心掛けだね」

満足そうな響の声が花菜の耳元で反響する。


「ただぁ、できてるかどうかは別問題ですぅ……」

「どうして?」

響は(はなは)だ疑問といった体で花菜に尋ねた。

顔には優しげだが、どことなく意地の悪い笑みを浮かべている。

明らかに花菜の反応を見て楽しんでいた。


「好きな人と密着したら、誰でもドキドキするよぉ!」

「私もドキドキしてるけど、幸せな気持ちでいっぱいだよ?」

「確かに幸せだけど! 私だって嬉しいけどぉ! 人には限界があるのぉ!」

響は花菜の理性の限界点が低いのを、そろそろ理解し始めている。

こんなことをされては、たまったものではないだろう。


「えーっ、一石二鳥ないい方法だと思ったんだけどなぁ」

「今まで通りでお願いしますぅ……」

「もう、仕方がないなぁ」

響は心底残念そうな声をあげるが、花菜の効率が落ちたのでは本末転倒であることは重々承知している。


「でも、その前にこの体勢でツーショ撮ろう」

「ええっ⁉」

そう言うと、響はスマホを構えてインカメラをこちらに向けてくる。

響は花菜の写真を収めるようになってから、二人の写真も撮るようになってきていた。


「ほら、花菜。笑って笑って」

「えっ、うん……」

日頃は横に並んで撮ることが専らなのだが、今はほとんど響に後から抱きすくめられるような姿勢である。

花菜は緊張しながらも、それでも幸せな笑顔で笑っていた。

スマホのシャッターが切られる。


「ほらほら、よく撮れてる」

体勢と解いて横に並んだ響が、撮れたての写真を花菜へと見せる。

そこには笑顔の二人が並んでいる姿が写っていた。

やはり昨日今日で付き合ったばかり浮かれているのか、花菜は自分が思った以上の笑顔であるのに驚いたようだった。

横の響もめいっぱい幸せそうな笑顔で、自分で見ていて驚く。

響は両親との隔絶以来、笑った覚えがとんとない。

高校では学校で学友の前で笑ったりはするが、きっとこんな笑顔ではないだろう。


「私って花菜とツーショ撮る度に思うけど、こんなに笑えたんだって思うね」

「響ちゃん、一緒だと大体笑顔だよ」

「だったら、それは花菜のお陰だね。これからも、一緒にいてね」

「うん。それは、私からもお願い」

「お揃いだね」

「そうなるよぉ」

二人は手を絡ませて握り合いながら笑った。

幸せな願いを滲ませた、幸せな笑顔だった。






今日は恋人になった次の日ということもあり、勉強会とは違い響への料理教室は一時お休みとなった。

花菜が記念にと、すべて作ると言い出したのだ。

響は簡単なことなら手伝うと申し出たのだが、断られてしまった。

花菜も花菜で、やはり有頂天になっているのかもしれないと感じた。

響の前では努めて今まで通りではあったが、どこかソワソワした空気を見て取れた。


そうなってしまうと、響は部屋で一人待つことになる。

キッチンからは花菜の小気味よい調理の音が聞こえてくる。

時間が経つにつれ、それらは香ばしい匂いと共に実像を想像させ空腹を(あお)った。

響はそれらを忘れるために、先程からダンベルを使って只管(ひたすら)筋トレを行っていた。


愛しい恋人の料理を待つ時間は至福なのだが、流石に生殺しが過ぎた。

響は覚えている限りの型で、ダンベルを持ち上げ停止し、身体に負荷を掛ける。

それを数セット。

冷房が効いている室内ですら、薄っすらと汗が浮かび上がっている。


「響ちゃん、お待たせぇ」

そうしていると、部屋の扉が開いて花菜が顔を出した。

扉が開かれると、料理の香りも数倍強くなった。


「わっ、響ちゃん……汗!」

そう言うと、花菜が固まってこちらを見てくる。


「ああ、待ってる間に筋トレしてたから。花菜が手伝わせてくれないから、香りに(あらが)うために無心でやっちゃった」

「…………」

響が答えた後、花菜は黙って視線を外さない。


「? どうしたの、花菜?」

「あっ、ううん。違うの、なんでもない……」

疑問に思った響が花菜に言葉を投げかけると、花菜は慌てたように取り繕った。


「どうしたの?」

「ヒッ……!」

響は縮こまった花菜に、にじり寄る。


「私達は恋人なんだから、隠しごとはいけないよ?」

「ううっ……」

弱いところを突かれたと思ったのか、花菜が唸った。


「ただ、ちょっと……」

「ちょっと?」

「汗かいた響ちゃんが……色っぽいなって……」

訥々と花菜が訳を吐露した。


「ほう、なるほど。花菜は汗が滴ってる私に欲情したと?」

「そこまで言ってないよ⁉」

「このまま押し倒してくれてもいいのにぃ……」

あながち間違ってなさそうな響の言に、花菜が抵抗する。

その否定を聞いても聞かずか、響がしなを作った。


「だから、響ちゃんの私に対するイメージ! もう、ご飯あげないよ!」

「ああ、ごめん。やり過ぎました! 許して、花菜ぁ!」

花菜が最終手段に出てきたので、響も謝らざるを得なくなった。

今の待ちに待った状態でおあずけは、流石に辛いものがある。


「今日はデザートも作ったんだから!」

「おおーっ!」

「プリンです!」

響の歓声を受けて、花菜が胸を張ってデザートの内容を言ってのけた。


「やっったぁ! 花菜のプリン! 絶対美味しい……!」

「そこまで期待されると、少し困っちゃうよ?」

響が飛び上がりそうな勢いで、花菜に喜びを伝えた。

響からの絶大の信頼を受けて、花菜は少し困惑しているようだった。


「だから、とりあえず。響ちゃんは、顔や手を洗ってきてください。その間に配膳しておくから」

「そうだね。そうしないと、花菜が私の汗を舐めとろうとする衝動を押さえるのに必死になっちゃうもんね」

「だから、響ちゃん! 私のイメージ! おかしいよ⁉ よしんば、そういう気持ちが私の中に少しでもあると察しても……口には出さないのが人の情というものだよ⁉」

「あるんじゃん……」

「例えだよ!」

花菜の苦しい言い訳が飛ぶ中、響は取りあえず汗を拭おうと洗面台へと向かった。






食後に片付けが終わり、団欒の時間となった。

流石に片付けは響も手伝わせてもらえていた。


「あぁ……やっぱり、花菜の料理が一番美味しい……」

「ありがとう。そう言ってもらえると、嬉しいよぉ。今日は特に響ちゃんの好きな物だったしね」

しみじみといった響の言葉に、花菜が返礼で応じた。

最近はめっきり響の好みも把握されてしまっているので、しっかりと栄養バランスを考えた上で好物を散りばめてきてくれる。

渡されるレシピも、先回りしたような物が多くなってきていた。

花菜には完全に胃袋を掴まれている。

従来の花菜の味そのものが響の好みと合致していることもあり、もう逃れられる気がしなかった。


「今すぐ、お嫁さんになって……」

「なれたらいいんだけどねぇ」

響の願望に対して、花菜がつくづく残念といった風に返した。

残念ながら年齢的にも性別的にも難しかった。


「デザートだって、謙遜してたのに超美味しかったし!」

「作りたてのプリンは、特有のものがあるんだよぉ。残りは冷蔵庫で冷やしてあるから、また明日にでも食べて違いを比べてみてね」

「それも楽しみぃ!」

プリンは作って冷ました直後だと、花菜曰く食感が違うらしい。

それを響が気に入ったのかもしれなかった。

それに響は純粋に甘い物も花菜が作った物も好きなので、それがまだ残っているという事実だけでも嬉しく感じてしまった。


「響ちゃんの家って、本当に調理器具一式はあるよね」

花菜はプリンを作るのに蒸し器を使ったのだが、これは花菜が持参したものではなく、響宅に元からあったものである。

響宅は、親から持たされた調理器具が一通り揃っている。

肝心の娘は、一年以上それらを使っていなかったのだが。


「ねぇ、響ちゃん。やっぱり親御さん、響ちゃんのことすっごく愛してくれてるよぉ」

花菜は、未だに響と両親が不仲であるというのが信じられないようだった。

傍目から見たら、随所で響は愛されているように感じられるのだろう。


「そうかな? 父さんなんか、用事があって話しかけるとき気まずそうだけど……。まぁ、姉さんとも流暢に話してるわけじゃなさそうだったし……。娘と男親なんて、そんなものなのかな?」

「ウチの家は、お父さんと仲いいよ?」

「花菜の家は、特別家族仲がいい気がする……」

相原家は、父母共に関係が良好なようである。

花菜がこれといった反抗期がなかったこともあるのだろうし、どちらかというと両親からの愛の方が強いように感じる。


「正直に言うと……親との関係って冷めたまま大人になって、疎遠になるんだろうなぁって思ってた……」

「そんな悲しいこと言わないでよぉ」

「今はそんなことないよ。花菜との関係もあるから、ちゃんと認めてもらえるよう、関係の改善には努めるから……。報告だって、ちゃんとするよ」

二人の関係を認めてもらうと言い出したのは響である。

花菜に言われるまでもなく、その言自体は実行するつもりはあった。

ただ、自身が愛されているかもしれない自覚はとんとなかった。


「花菜も私とお付き合いしてますって報告する?」

響は報告すること自体をなんとも思ってはいないが、花菜の方はどうなのだろうかと尋ねてみる。

どちらかというと、長年(こじ)らせている花菜の方が問題が多いように感じた。


「響ちゃんときちんとお付き合いしていくなら、いつかはしなきゃなんだけど……。私はそれ以前というか……きちんと女性が好きだって報告するところからなんだけど……」

「ああ、でも私もそうなるね」

響は花菜が好きなことが先行して、女性である自分が女性を愛しているという自覚が少し希薄だった。

花菜は恐ろしそうな顔をしているが、響はそういったことを親へ報告することに特別な感情は湧いてこなかった。


「白い目で見られたり、反対されたりしないかな⁉」

「あのお母様なら、そんなことはないとは思うけど……。花菜大好きそうだし。いや、大好きだから逆にあるのかな?」

響にはその辺りの家族の肌感は分からなさそうだった。

確かに娘のすることになにも干渉しないなど、さながら妄信である。

花菜は長年の積み重ねもあってか、第三者の目から自身の立場がよいとは感じていないだろう。

響は最低限社会的地位さえ守られれば、自身が同性愛者だと知られようが特段気にはしない。


「もしそうなったときは誠心誠意、私もご両親を説得するからさ」

「これに関しては、少し時間をください……」

響からの力強い言葉を貰うのだが、花菜は一歩が踏み出せないようだった。


「じゃあ、私はとりあえずお付き合いしている人ができました報告だけでもしておこうかな」

響が軽い気持ちで、親への報告を口にする。


「えっ、そんなに軽く? 遠方で一人暮らしの娘さんだよ?」

確かに花菜の言う通り、響はそれなりに遠方で一人暮らしをしている娘である。

通常であれば、恋人ができたなどと言えば心配するかもしれない。


「しないよりはいいでしょ」

「まぁ、確かに?」

花菜にも親の心は分からないのか、響の論にあっさりと諭されてしまった。

二人とも知り合いから恋人がどうこうの話はすることはあるのだが、親に話すことがあるかどうかなど聞くことは今までに経験が無かった。

響など特に人との踏み込んだコミュニケーションが希薄なので、その辺りの肌感は皆無であった。


「まぁ、私にあれだけ不干渉な親がなにかしてくるってことは無いと思うよ」

そう言って響は笑っていた。

このときの響は、家族の愛に関してとんと無頓着であった。

響が送ったのは、軽い一行にも満たない報告。

だが、あまりに軽すぎたのだ。

それが原因で、様々な問題を引き起こすことになった。

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