104 響の観覧車の忘れられない思い出
少しだけ長くなります。
観覧車の乗り場に到着した響と花菜の二人は、入口に並ぶと程なくして順番が回ってきて係員に誘導される。
ゆっくりと回ってくる観覧車のゴンドラのドアが開き、乗り込むように案内された。
「ほら、花菜。先に乗って」
「うん」
響が花菜に先に乗り込むように促した。
誘導されて花菜が乗り込むと、直ぐに響もそれに続いた。
乗り込み終わると、係員が扉を閉めて固定する。
花菜は乗り込み終わると、取りあえず座席に荷物を膝に置いて行儀よく座っていた。
「花菜、詰めて詰めて」
「うっ、うん」
座席の座り方に関しては相談していなかったが、響は当然とばかりに花菜の隣に着席する。
二人並んで座ると、流石に少々密着した状態になった。
「観覧車って、広いような狭いような……。それに動くと案外揺れるね」
観覧車のゴンドラ内は決して狭くはないのだが、ゆったりとしたスペースというわけでもない。
それに響が言うように、立って動いたりすると想定しているより揺れを感じられた。
外を覗くと、まだ園内の様子が直ぐそこに見て取れた。
既に園内をある程度見下ろせる高さなので、ここからもっと高くなっていくのかと思うと響は少しワクワクした思いがあるのを感じた。
「これ、風が強いと恐い乗り物になるんじゃないの?」
「そういう場合は、運行自体中止になるみたいだよ」
「そうなんだ……。ちょっと、興味があったなぁ……」
「響ちゃん、安全第一だからね? それに、観覧車ってそういう乗り物じゃないから……」
田舎で多少危険な遊びに手を染めてしまった響は、スリルを求めてしまうようだった。
しかし、花菜に窘められてしまう。
「また、花菜と遊園地に遊びに来たいな……」
「そうだねぇ。私も響ちゃんと一緒に来たいよ」
「もっと大きな遊園地とか、テーマパークにも行ってみたい!」
「ここより凄いジェットコースターとかあって、響ちゃんビックリしちゃうよぉ」
「いいね、望むところだよ」
響は今日一日で、絶叫系の乗り物の虜になっていた。
更にスリリングな物があるのであれば、是非乗ってみたいものであった。
それに、花菜が隣で楽しそうにしてくれているのもよい。
恋人と心からの楽しみを共有できるのが、なににも代え難い物を響にもたらしてくれた。
「でも、花菜と初めて来たこの遊園地は特別だよ。またここにも来たいよ」
「うん、響ちゃんと一緒に来たこの遊園地は私にとっても特別だよぉ。また、一緒に来ようね」
花菜はそう言うと、パッと花が咲いたような笑顔になった。
響は隣に座る恋人の笑顔が眩し過ぎて、景色を忘れて見惚れてしまった。
「そういえば、ここって密室だよね? 少しぐらいイチャイチャしてもバレないんじゃ……」
「外からも、近くのゴンドラからも見えるよぉ」
確かに花菜の言うように、まだゴンドラからは外の人の様子がつぶさに観察できる距離であった。
だがゴンドラの中で身体を寄せ合って、密着している分には問題無いように感じられた。
それに一つ空きで案内されているので、両隣のゴンドラは無人である。
「手を繋いだり、花菜が私に抱き付いたりする分には大丈夫だね」
「えっ?」
響の見積りでは、外から見たところで仲のいい女子が並んで座っている程度にしか見えないだろうと考えられた。
「ほら、私の腕に抱き付いて。さっき言ってた甘える予行演習だよ。その神秘で、私の腕を挟んで」
「だから響ちゃん、大きいお胸好き過ぎでしょ⁉」
「そんなことないよ」
「認めなよぉ……」
実際響は大きい胸が好きなのかは自分でも分かっていないところがある。
響は自分が女性が好きであると認識してから日が浅いこともあり、都のように巨乳が好きだと自信を持って言えるような根拠が自分の中には無かった。
だが、花菜の胸に対して自分でも理解が及ばない程の執着があるのは事実であった。
「ほら、お願いだから」
「ええっ……」
響が花菜に近寄って腕を差し出す。
花菜は困惑したような声を出して困り顔になる。
響はこういう花菜を見ていると、ついつい意地の悪い笑みを浮かべてしまう。
だが揶揄うのも悪いと思い、そろそろ冗談だと言おうとしたら花菜が身を寄せてきた。
「これで……いいの……?」
花菜が響の腕に身体を絡めて胸を押し付けるようにして抱き付いてきた。
自身の胸の間に響の腕を通し、抱き付いている腕が自然と胸を腕に対して寄せることになっていた。
そして上目遣いになった花菜が、おずおずと問いかけてくる。
「ありがとうっ……花菜っ……」
響は感動に打ち震えたような声が出てしまった。
実際に花菜がやってくれるとは思っておらず、また怒られてしまうのではと考えていたのだ。
思わぬところで自分の願望が叶ってしまい、戸惑ってすらいた。
今日の花菜は積極的で、響のお願いをかなり聞いてくれてしまう。
これは、かなり危険なことである。
なにせ、響は今が外であったことに感謝しているのだ。
ここが二人きりの空間であったなら、花菜をどうしてしまっていたか分からない。
芳川響という人物の理性は、焼き切れそうになっている。
「すっ……すごっ、凄い……」
「そっ、そんなにぃ……?」
「そっ、そっ、そ、そんなに……」
「ほら、響ちゃん! 景色見て、落ち着いて!」
「そうだね!」
花菜も響の様子がおかしいと悟ったのか、観覧車本来の目的で正気を取り戻させようとする。
響も落ち着くために、上目遣いの花菜から視線を外して景色に目を向けた。
眺めは先程よりも高くなり、園内が一望できる程度の高さにまで到達していた。
ここまで来るだけでも中々に壮観で、響は今日乗ったアトラクション一つ一つを思い返す。
そうすることで落ち着きを取り戻していった。
そして、余裕を持って花菜の胸を堪能することができるようになった。
「はぁ、もうこの段階で景色がいいね。ここからまだ高くなるなんてワクワクするよ。それに花菜の胸は最高」
「最後の必要あった? 私将来がちょっと心配になってきたよぉ?」
「花菜、大丈夫だよ。その心配は的中してるし、覚悟はしておいた方がいいよ」
「なにも大丈夫じゃないヤツ⁉」
響は花菜の許しが出るのであれば心行くまで堪能するし、恐らくそれが原因で度が過ぎて怒られるであろう自分が既に想像さえできる。
「えぇ……。でもそっかぁ……。やっぱり、そうなんだぁ……」
前々から響の花菜の胸への執着を受けての納得、答え合わせなのかもしれない。
花菜が響の答えを受けて、景色を眺めながら黄昏だした。
だが、その頬は紅潮しており瞳は少し潤んでいるように見える。
先程から懸命に響の要望に応えようとしてくれている反動なのだろう。
響には、今の花菜がただただ蠱惑的に映った。
「花菜! ツーショ撮ろう!」
「えっ、うん。そうだね」
折角花菜から積極的に抱き付いてくれているのだからと、響はスマホを取り出すとインカメラにして構えた。
花菜の妙な色気に当てられたのから、逃れる意味もあった。
とにかく今日は花菜が積極的で、響の余裕が無くなっていく。
今は特に珍しく攻守が逆転していた。
「ほら、二人での初観覧車記念にチーズ! 笑って花菜!」
「うん」
響は花菜と一緒にスマホのカメラに目線を向ける。
二人の幸せな笑顔が見えた。
響は花菜にも言った通り、自分がこんなに心から笑える人間だとは思っていなかった。
これは、花菜とのツーショット写真を撮るようになってからの気付きである。
芳川響という個を取り戻す一環、すべては花菜のお陰なのだと響は考えている。
家族の前ではピクリとも笑わなかったのだ。
高校では人付き合いで笑ったりはするが、こんな風には笑わない。
中学校では恐がられない程度に微笑むことはあったが、その程度だった。
そもそも登校回数が少ない。
響はこれから家族などの前で笑うことは増えても、花菜の前と同じような笑みはできないだろうと思っている。
それぐらい掛け替えなく今が幸せで、花菜が大切で、愛しく、そして狂おしかった。
スマホのシャッターが切られると、幸せな二人の情景が写真に切り取られる。
「よかった、上手く撮れてる」
「抱き付いてるの客観的に見ると、やっぱり恥ずかしい……」
「やめないでね! お願いだから! そのままでいてね!」
「そんな必死になるほどなのぉ?」
「それほどだよ!」
「分かったぁ……」
花菜が写真を見て、少し自身の行動に照れを感じてしまった。
それを受けて、響は現状を維持するために必死に花菜に懇願する。
すると、花菜は腕に回した力を少し強めてきた。
花菜の胸が更に密着して、響は一瞬身体を硬くする。
今度花菜から甘えてくれるように揶揄うようにお願いしてしまったが、あれは危険なものなのではないだろうかと気付いてしまう。
花菜とのスキンシップは主導権が響にあったから、なんとか理性的に立ち回れていただけなのではないだろうかと。
そもそも花菜に触れるときも、もちろんだが響は胸を触るのは避けてきたのだ。
この前花菜の胸に顔を埋めることができたときも、近くに都がいなければ危なかった。
でなければ、とんだ醜態を晒していたかもしれない。
だが、花菜が甘えてくることも響は花菜同様に未来の自分に丸投げしてしまう。
今堪能している花菜の胸が、いやデートでの観覧車で二人きりの時間が大切なのだから。
「響ちゃん、今日は本当にありがとう」
「なに、急に……? そんなの、こっちが言いたいよ。むしろ、いくらい言っても言い足りないぐらいだよ。ありがとう、花菜」
花菜が唐突に本日の感謝を伝えてきた。
響としては、今日のデートは全部花菜のお陰だと思っていた。
「響ちゃんがね、いつでも私を色んな所に連れて行ってくれるの」
「今回のデートの発案者は花菜だし、私は花菜と一緒に行く場所が楽しいんだ」
「小さい頃だって、そうだったの。響ちゃんが、私を色んな場所に連れ出してくれた。本当に楽しかったんだよ?」
「あれは、ほとんど私の我儘だったじゃない……」
小さい頃の思い出の場所。
少し遠くにあった小川。
村を見下ろせた丘の上。
響が森の奥に、枯れ木で作った秘密基地。
駆け回った原っぱ。
あぜ道の中にぽつんと立っていた大きな木。
昆虫採集に行った草原。
二人で幾度となく行った場所。
他にも色んな場所で色んな遊びをした。
暑い日でも、寒い日でも関係などなかった。
花菜が居る日は、毎日響が村雲の家を訪れた。
雨の日はお婆ちゃんの家の中で、古いおもちゃで一緒に遊んだ。
突然の雨に降られて帰った日は、一緒にお風呂に入った。
夕暮れになると、二人の影が伸びて。
どこまでも伸びて。
どんなときも、隣には好きな子がいて。
笑ったときには、隣にも大好きな笑顔があった。
「ねぇ、響ちゃんに色んな所に連れて行ってくれるって約束したでしょ?」
「そうだね、夏休みに限らず色んな所に行こうって行ったね」
「あのとき私、ずっと一緒って言われて断っちゃって……」
花菜が仮初の恋人だったとき、二人ではずっと一緒にいられないと言ったときのこと。
「そうだったね。ショックだったよ」
「ごめんね」
響の率直な感想に、花菜が謝罪してくる。
「いや、花菜が謝らないでよ……。あのとき悪かったのは、どう考えても私でしょ……」
あの頃響は無邪気な気持ちで、仮初の恋人を花菜に強要していた。
響としては、自分の行動を省みて花菜の恋心を利用した非道な所業だと反省している。
だが、それはそれとして花菜という存在を仮とはいえ恋人にしようとした過去の自分の行動はある種正しかったのだと考えてはいた。
花菜の秘密に関していつか気付けたかもしれないが、早く気付けたのは恋人として振る舞っていたからだからだろう。
(まぁ、あれが原因で花菜が好きだって気付けたわけだし……)
響は人に対しての自分の感情に疎かった。
切っ掛けは花菜と離ればなれになってしまう未来を想像したことにある。
「だからね、改めて響ちゃんとずっと一緒に色んな所に行きたいって……伝えたかったの……」
「そんなの当たり前だよ。私からお願いしたいぐらいだよ!」
「また、約束してくれる?」
「するよ、なにがあっても守るよ」
響は花菜からの提案に一も二もなく了承する。
花菜と一緒に思い出を作れること、花菜の隣にいつまでも居られること、それは響にとって今生を賭して叶えなければならない願いなのだから。
「ありがとう、響ちゃん。ありがとう……。大好き」
「私の方こそ、一緒に居てくれて……思い出を作ってくれてありがとう。そして、これからも思い出を作る約束をしてくれてありがとう……。私も大好きだよ……」
花菜から響に感謝の言葉が重ねられ、愛の言葉が囁かれた。
響も負けじと、花菜に感謝と愛を告げる。
響は自分があのとき言った言葉が現実のものとなったことが、堪らなく嬉しかった。
過去に無邪気に言った言葉は花菜のことを傷付けたかもしれなかった。
だが今それらは花菜から発せられ、二人の大切な約束になった。
「えへへ……。響ちゃん、ゴンドラ高くなってきたから、景色眺めようよ……」
「そうだね」
花菜が照れ笑いながら、響の視線を景色へと向けるよう促してきた。
響は照れている花菜がかわいくて仕方がなくて目を離したくなかったのだが、同じ思い出を共有したい気持ちもあるので言葉に従った。
遊園地がある場所は、少し緑が深い場所になっている。
敷地をぐるっと緑が囲むようになっているのだ。
だが今の高さからは、それを通り越して向こう側の開けた土地まで見渡すことができた。
日も落ちかけており、灯りもちらほらと見受けられる。
「いい眺めだねぇ」
「こういう場所から見下ろす景色って、新鮮。なんか、高いビルから見下ろす景色とはまた違うね」
「ゴンドラの中からって、展望できる景色が一風変わってる感じがするよね。遊園地が景観のいい場所に建てられがちだし」
「観覧車って名前は伊達じゃなかったんだ……」
昔乗った観覧車は小さな園内の様子と、只管緑が広がっているだけだった。
あれはあれで幼心に楽しかったのだとぼんやりと覚えている。
「園内も、こんなに人が居たんだね」
「多いよね。夏休みだからかな、私達と同じぐらいの人達もそこそこ見かけたねぇ」
同じ目線で見渡すよりも、高所から見下ろした俯瞰の視線の方がつぶさに人の往来を把握できた。
夕刻という時間であったが、遊園地という場所はまだまだこれから夜間営業が開始され本番が開始されるのだろう。
平日に関わらず夏休みの効果もあってか、人は疎らになることなくまだまだ盛況な様相を呈していた。
「なんだろう、私って田舎者だからかな。こういう場所からワッとたくさんの人を見ると、それぞれの人達にそれぞれの人生があるっていう規模感が信じられないような気持ちになるんだよね」
「気持ちは分かるよぉ」
「本当かなぁ? 心の中で私が田舎者だって馬鹿にしてない?」
「なんで今日の響ちゃんは、田舎の話になると急に卑屈なの? 私だってお休みのときは、あそこで過ごしてたんだから。馬鹿になんかしないよぉ……」
「むしろ、私が田舎臭かったら言って欲しいんだ……」
「どうして⁉」
響はこちらの土地に出てきてから右も左も分からない状態ではあったものの、あまりお上りさんにならないよう気を付けていた。
新しい土地で心は踊ったのだが、素の自分を取り戻せていない状態だったので心から楽しんでいなかったのかもしれない。
学校では、もちろん優等生でい続けた。
いわば、田舎から出てきた素の状態の響を見せているのは今の花菜の前だけということになる。
つまるところ、響の中で初披露なのだ。
「素の状態の私というのは、田舎育ちの芋臭いところもあると思うんだよ……。そうじゃない私は、そういうの頑張って隠して生きてきたんだ……。こういう初めての場所で、それが露呈する気がする!」
「言いたいことは分かるような気がするけど……。今日も言ったけど、いろんな物に目を輝かせて楽しそうにしる響ちゃんはかわいいよぉ。私は好き」
「まずい……。花菜に好きって言われたら、自分を許してしまいそう……」
「許してあげようよぉ……。少しぐらい、弾けた方がきっと楽しいよ! それに響ちゃんは素を取り戻すんでしょ! 隠してたら、目的と齟齬が生まれちゃうじゃない!」
響は極力恋人の前ではスマートでいたいと思うのだが、花菜としては響に楽しそうにしていて欲しいようだった。
それに花菜が言うように、無理をすると素の自分を取り戻すという響の目的の障害になり得るかもしれなかった。
「分かった……。ある程度は、流れに任せるよ……。ある程度は……」
「確かに、自重しなさ過ぎるのも悪いとは思うけど……」
花菜も楽しくしている響を擁護しているが、あまりにはしゃぎ過ぎると止めなければならない立場になってしまうだろう。
それに関しては、ある程度は大人な判断を響に任せることにしたようだった。
「大丈夫。我慢なら、花菜からの誘惑で耐性ができてるよ」
「えぇっ……⁉」
「大体、今も花菜のお胸が本当に危ない。よく我慢できてるよ」
「我慢できなくなったら、どうなっちゃうの?」
「花菜を襲っちゃうよ」
「へーっ……そうなんだぁ……」
花菜はそう言うと、響の腕に抱き付いた状態で胸をズラして擦るように当ててきた。
「花菜? そんなことされると、我慢できなくなるよ?」
「私、襲われちゃう?」
花菜が潤んだ瞳で見上げて、響に尋ねてくる。
「襲っちゃうぞぉ」
「キャーッ」
響はふざけたように腕をあげて指を曲げ、威嚇するような動作を花菜に向けた。
花菜からも、笑い半分のような悲鳴があがる。
「花菜は悪い子だね」
「うん。私、今日は悪い子なんだ。だってね、響ちゃんとの恋人としての思い出がたくさん欲しいから……」
花菜の飛び切りの発言を受けて、響の中でなにかが焼き切れるのが分かった。
今自分は、目の前の恋人に挑発され、おねだりされ、お願いされているのだと思い知ったのだ。
「花菜……」
その後の響の行動は早く、空いた手で花菜の顎を優しく持ち上げた。
「大好きだよ……」
そして、愛の言葉と共におもむろに唇に口付けを落とした。
花菜も目を閉じて、それを受け入れる。
最初は軽く触れるだけのキス。
それだけでも花菜の唇の柔らかさが感じられ、響は得も言われぬ幸せな感情が全身を駆け巡った。
少し角度を変えたり、離しては幾度か繰り返し花菜の唇を堪能する。
「響ちゃん……私も大好き……」
唇を離すと、花菜はポーッとした表情で響を見詰めながら囁くように愛を返す。
一旦離れた響だったが、そんな花菜の表情を見て我慢などできるはずもなかった。
すぐさま、花菜の唇に啄むように何度も口付けする。
チュッ、チュッと蠱惑的なリップ音がゴンドラの中に響いた。
そしてそれは、次第に花菜の上唇と下唇を食むようにして感触を味わう。
花菜の少し荒くなった吐息が響の唇や鼻先にかかって、それすらも心地よさに拍車をかけた。
唇で吸い付きながら、花菜の唇の柔らかさを堪能していると響は次第にもっともっとと欲求に駆られる。
花菜の唇に飽きなど来ないのだが、響はもっと深い口付けを知っている。
だが、この場でそんな口付けをしてしまってもいいものかと響ですら躊躇いがあった。
「花菜、これ以上は本当に二人きりのときに……」
「やぁだ……」
響が理性を保って、この場を乗り切ろうと画策する。
だが、花菜がそれに反して抱き付いたまま顏を近付け響に再度口付けをした。
「んっ……」
唐突な花菜からの口付けに思わず吐息が漏れる。
積極的な花菜に、なにもかも忘れて全身の細胞が喜びを声を上げていた。
自らするのとはまた違った、求められる口付けに思考が溶けていく。
花菜から甘えるように言ったが、今まさに甘えられている。
誤算があったとすれば、響の思考が想像以上に溶解していることだった。
「響ちゃん……」
花菜が切なそうに呟くと、口付けが先程より激しくなる。
そして、響の口唇を割って花菜の舌が口内へと侵入した。
「んんっ……!」
響が思わず、驚きの吐息を漏らす。
花菜が舌で響の口内を撫でてくる。
それは優しさを伴ったもので、それほど激しいものではなかった。
だが、確かに花菜から響への求愛。
堪らず響が舌を差し出すと、花菜は少し身体を硬くした。
だが、それも束の間で直ぐに舌を絡めて響のことを求めてきた。
暫くゴンドラ内に、二人の睦合う音だけが響いた。
やがて差し出していた舌が花菜の口内へと誘われ、吸われ、舐められ、幾度となく絡め取られた。
響の唾液と花菜の唾液が混ざりあい、それは自分の物だと言うように花菜の口内へと導かれていった。
響はいつまでこのときが続くのだろうと夢見心地になっていた。
自分が花菜に求められ、花菜の物になっていく快感に思考が喜びで満たされているのだ。
あるとき、響は自分の空いている手が花菜の頭部の後ろに回って今の状況を強要していることに気付いてしまう。
これでは、自分が花菜に対して求められることをねだっているようではないかと。
蕩ける意識の中で、響は花菜に回した腕をなんとか離した。
それと同時に、花菜が響の唇から自らの唇を離す。
花菜の口元から唾液が糸を引いているのが見えた。
身体を離した花菜が閉じていた目を開くと、妖艶な視線で響を射貫いてくる。
ゾクゾクした感情が響の全身を駆け巡るのが分かった。
「もういいの? 響ちゃん……?」
妖しげな瞳と相対して、純粋に響のことを求めたい心が見て取れる声色にギャップが感じられる。
抗えない感情が沸々と湧いてくるのが分かる。
どうやら添えていた手を離したのが、響が音を上げたと思われているらしい。
「よくない……けど……」
「じゃあ、もっとする……?」
「観覧車……もう下っていってるし……。これ以上すると、下の人から見えちゃうかなって……」
「そっか、残念……」
響と花菜の二人が乗ったゴンドラは天頂を越えて、既に下りに入っていた。
言うように、このまま続けていれば地上の人から二人の姿が見えてしまうかもしなかった。
ただ、これも響にとっては建前でしかない。
(あのまま続けてたら……私、花菜になんて言ってたか分からないな……。花菜にはしたないとか言っておいて、自分がとんでもないこと口走るところだったじゃないか……)
響の口から、口付け以上のことを花菜にねだっていた可能性があった。
花菜から能動的にされる口付けは、それ程容易に響の理性をドロドロに溶かしていたのだ。
軽い混乱状態と言っても、差支えは無かった。
「じゃあ、残りの時間はゆっくり景色を楽しもっか」
「そ、そうだね……」
どぎまぎする心のまま答えたので、響は少し言葉に詰まった。
響は隣に居る恋人と視線を同じ方向に向けて景色を眺めながら、自らを求められる幸せに浸っていた。
花菜にすべてを捧げられたら幸せだと思っているのだ。
一時は花菜の鍾愛が無くとも、その身さえ愛されればいいと思った程なのだ。
唐突な花菜からの求愛で、響の脳内がパニックを起こしても仕方のないことだった。
響は自分から言っておいて、花菜から甘えられる未来に震えていた。
その後の観覧車からの景色と花菜との会話はもちろん楽しめたのだが、どうにも煩悩を消し去ることはできなかった。
花菜の胸は、腕に当たりっぱなしなのだから。
色々詰め込んだので、少し長くなりました。
でも、二人は観覧車に乗ってるだけなんですよ。
その間のできごとなんです。
許してください。




