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花の音  作者: 高山之信
心に咲いた花
103/105

103 悪い子

「凄い。今日一日で、花菜との写真がたくさん増えた」

「響ちゃんとのツーショット写真は私も欲しいので、後でちょうだい」

「いいよ。花菜単品は、お母様にお送りするね」

「そのネットワーク、結局途切れないんだ……」

二人は午後からもアトラクションを楽しんで、現在は時間も夕刻に差し掛かった頃である。

七月で日の入りは遅くはあるのだが、陽は傾きかけていた。

今日のカメラマンは主に響で、スマホのインカメラを使って二人一緒に撮影することが多かった。

それに加えて、響が花菜を単独で撮影してくる。

花菜も負けじとカメラで撮影し返すのだが、スマホの手軽さには負けてしまっていた。


「ゆったりしたアトラクションも全然楽しめた」

「絶叫系乗ったあとだから、油断してた?」

「そうだね、あれに比べたらって思ってるところはあったかもしれないね」

先に絶叫系のアトラクションを乗り倒してしまったので、二人は後からゆったりしたアトラクションを回ることになった。

だが、響としてはそういった物でさえ新鮮な経験のようだった。

楽しそうにしている響を見ると、花菜は嬉しい。

それに児童向けだと思っていたアトラクションも、この年になっても思いの(ほか)堪能(たんのう)できてしまった。

花菜とて響程ではないが、遊園地は久しぶりである。

それなりに懐かしい感覚があった。

それに響と一緒であれば、それは新鮮な感覚もプラスされて別種のものへと変わっていった。


「それにしても、あれだね。メリーゴーランドって、思ってる数倍は楽しかったよ」

「響ちゃんが私が乗ってるところを見たいって言うから一緒に乗ってみたら、全然楽しかったねぇ」

「私もメリーゴーランドなら小さいときに乗ったことがあるはずなんだよ。なんだろうあれは、童心(どうしん)に帰るってわけじゃなくて……。純粋に楽しかったなぁ」

「うん、あれは子供だけの乗り物じゃないよ!」

この日、二人のメリーゴーランドに対する堅い信頼が構築されていた。

ただ馬に乗って音楽と共に上下に揺れながら回転するというだけのはずなのだが、そこには花菜にとって確かに(おもむき)深いなにかがあった。


「お土産買う時間とかもあるし、もうそろそろアトラクションも最後にした方がいいかな」

「そうだねぇ」

「最後の定番といえば!」

「言えば?」

「観覧車!」

「わああっ!」

響から最後の乗るアトラクションの発表があると、花菜が小さな歓声を上げた。


「私は遊園地初心者だから、最後はベタに(しめ)たい。事前に話はしてたけど、この気持ちは実際現地に来ても変わらなかった……」

「大丈夫、王道こそ正道だよぉ」

事前の計画で、最後は観覧車に乗ろうというのは話に上がっていた。

この辺りは臨機応変に変更すればよいだろうという流れだったのだが、響の中の決意は変わらなかったようだった。

むしろ、強固なものになったように伺える。

二人は手を繋ぎながら、観覧車への道をゆっくりと歩いていく。


「響ちゃん、観覧車には乗ったことあったよね?」

「小さい頃に、これまた小さいのにはね。こんな、見晴らしよさそうなのには乗ったことないよ」

二人の行く先、離れていても観覧車が見えた。

それなりの大きさを誇っている。

響が行ったことがある遊園地は、もちろんであるがスケール規模も小さかったようである。


「なんだか今日の響ちゃん……」

「なに? 田舎者臭かったかな……?」

「いや、そんな……」

(ののし)ってくれていいよ! 私は花菜のお母さんと同郷で、引っ越してからも田舎育ちだよ!」

「確かにお母さん、田舎から出てきたときに驚いたって話とかするけど……。そうじゃくて、いろんな物に目をキラキラさせてる響ちゃんかわいいなぁって」

「つまりは、都会に喜ぶ田舎者がかわいいってこと?」

「そうじゃないよぉ⁉」

響は花菜関連以外では優等生で、いつでも余裕があるように振る舞っている。

その響が純粋にはしゃいでいるのを見ると、花菜も心が弾んだのだ。

そう伝えたかったのだが、前後の文脈が許してくれなかった。


「ごめんごめん、冗談だよ」

「もう!」

「でも、確かに元々私ってこうだったよね? 花菜の知ってる私ってこんなだったよね?」

「そうだね。響ちゃんは、あの頃の元気なイメージの方がまだ私の中で強いかも」

花菜からしたら、いつもの響ですら昔の天真爛漫(てんしんらんまん)溌剌(はつらつ)とした響に比べれば年相応以上に落ち着いた印象を受ける。

響は素の自分を取り戻すという目的で花菜に近付いてきたという経緯(いきさつ)がある。

花菜が知り得なかった日々に失われていった響。

いつまでもあのままというわけにはいかないだろうが、それでも失われてしまった響という個は今日という日でまた少し取り戻せたのかもしれない。


「むしろ、学校での優等生響ちゃん初めて見たときの衝撃(しょうげき)凄かったもん」

「イメージで言ったら、花菜の方が全然違うじゃん……。それに大丈夫、私の声をひっそり聴いてる花菜を知ったときの衝撃も言ってないけど凄かったよ」

「あれは、忘れて!」

学校での響の変わりようは花菜の中で(いま)だに衝撃である。

第一印象は美人に成長しているだったのだが、その後の行動が昔と結びつかない。

間違いなく初恋の人なのだが、行動にあの頃の面影が希薄過ぎたのだ。

容姿と声は思い出の中に色濃く残っている物であった。

いくら時を()て成長しているとはいえ、片思いを(こじ)らせた花菜が見間違いや聞き間違いをするはずがなかった。

だが響の中では、それを上回る勢いで花菜の所業が印象を色濃く落としてしまっている。

学校で隠れて響の音声を聴いていたということは、家でも相当聴き込んでいるということになる。

実際聴き込んでいた。


「流石に忘れられないって……。今度、目覚ましの音声とか録音してあげようか?」

「…………。うううううぅ……。お母さんに聞かれたりしたら一大事だから、我慢するぅ……」

「凄い逡巡(しゅんじゅん)したじゃん。まぁ、確かにお母様に聞かれたりしたら、執拗(しつよう)揶揄(からか)われそうだけど……。気が向いたらいつでも言ってね」

「音声を録音してもらうだけなら……。いやでも……それをやってしまうと、私もっとダメになる気がする……。響ちゃんの声に(あらが)えなくなる気がする……」

響の声がクリアな状態でいつでも聞けるようになるというのは、花菜にとって非常に甘美な誘惑であった。

直接会えないときや、通話できないときでも響の声を堪能(たんのう)できるのだ。

ただし、現状でも響の声を聞いただけで花菜は舞い上がってしまう。

それをイヤホンなどを利用して耳元で反復して刷り込まれてしまっては、声を聞いただけで反射的に理性が瓦解(がかい)するようになってしまうかもしれない。

今までは、音質が悪い音声であったからギリギリを保っていられたのだ。


「現状でもダメだと思うんだけどなぁ……」

「今でも頑張れるようになったんだよぉ……」

「花菜、本当に私の声に弱いよね……。というか、自分から弱くなりに行ってない?」

「それはねぇ、一理あるよぉ」

「あるんだ……」

花菜はイヤホンなどで響の声を聴いていたため、響に(ささや)かれるのに滅法(めっぽう)弱くなってしまっている。

仮初(かりそめ)の恋人として付き合いだしてから、通話や真っ向から話しかけられるようになってその弊害(へいがい)が出てしまっていた。


「でも、これは声が私好み過ぎる響ちゃんが悪いよね。謝って」

「えっ、あっうん……。ごめんね、花菜」

「よろしい」

花菜の横暴な理論に対して、素直に謝罪する響。

響からの謝罪を引き出した花菜は、なぜかしたり顔である。

花菜は響の声が好きになった人のものだから好きなのか、元から好みなのかは定かではない。

だが、至上の声があるとしたら響のそれが該当するのだろう。


「でも、花菜の声もかわいいよ。私は一生聞いていたいもの。いつでも、私を惑わしてくるよ」

「ええっ……」

だが、声に関しては響にとっても同様であるようだった。

やり返されてしまう。


「ほら、これだと花菜も謝らなきゃ」

「私、悪い子?」

「花菜は、いい子だよ。でも私を誘惑してくるという意味では、とっても悪い子だね」

「誘惑って……」

「ほら、花菜……。自分は、はしたない子だって謝って?」

「ちょっと誇張(こちょう)表現入ってない⁉」

響から同じように謝るよう要求されたのだが、とんでもないオプションが付随(ふずい)してきた。

花菜としては、ほんの冗談のつもりだったのだ。

だが、謝罪内容が予期しないものへと変貌(へんぼう)していった。


「言わなきゃダメなの……?」

「ダメだよ」

響は先程から、ニヤニヤと意地の悪い表情で花菜のことを見詰めてくる。

揶揄(からか)われているのだとは分かったが、そこは花菜であった。

できる範囲であれば、恋人の望みは叶えてあげるという意思がある。


「響ちゃんを……誘惑しちゃう、はしたない子で……ごめんなさい……」

花菜は(さえず)るような声で、響だけに聞こえるようにそっと耳元で言いつけ通りの言葉を口にした。

あまりの恥ずかしさからの言った言葉は口には戻せない後悔のような念と、響の言い付けを守って言えた快感のような感情が花菜の中で綯交(ないま)ぜになっている。

もちろんだが鼓動は早くなり、頬は紅潮した。


「えらいね……花菜……」

響は先程とは違う恍惚(こうこつ)とした笑顔で、空いてる手で花菜の頭を撫でた。

決して乱暴ではなく、ゆったりとした手付きで響は繰り返し丁寧(ていねい)に花菜の頭を撫でつける。

響が好きだと言ってくれた、花菜の髪の心地を確かめるように。

響に()められて、花菜はよいことをしたのだと羞恥(しゅうち)と撫でられる快楽に頭の中が焼き切れそうになる。


「花菜。でも、そういう顔は二人のときじゃないとしちゃダメだよ?」

「ふへぇ……?」

ポーッとなっていた花菜は、響に言われても自分がどういった顔をしているのか分かっていない。

響は自分が被っていたキャップを外すと、花菜に被せてきた。

目深(まぶか)に被ったキャップで、花菜の視界が少し塞がれる。


「私、どんな顔してたのぉ……?」

「秘密だよ」

花菜が自分がどのような顔をしていたのか詳細を尋ねても、響は教えてくれない。

視界が塞がれているので、花菜は響の顔を横目に見上げる。

響は一見するとにこやかに微笑んでいるように見えるのだが、花菜には先程の恍惚とした感情が瞳の奥に宿っているのが見て取れた。


「今度二人きりになったとき、ご褒美をあげるから」

「ごっ、ご褒美……?」

「そう、花菜はえらい子だからね」

花菜にとって響からのご褒美というのは、なんとも甘美な言葉に聞こえた。

だがこの場合、ご褒美という体で響が花菜にしたいことをするだけのように思われる。

今の響の状況からも、想像に(かた)くない。


「わ、分かった……。響ちゃんからのご褒美、楽しみにしてるね」

だが、花菜は分かっていても逆らうことができなかった。

響のしたいことなのだから、純粋にさせてあげたいという気持ちがある。

そして、ご褒美だというのなら、そんなに悪いことではないだろうという楽観と淡い期待。


「楽しみにしてくれていいよ。きっと、花菜は喜んでくれるから」

「う、うん……」

花菜は恋人の言葉通り、ご褒美を心待ちにする。

もしそれが多少いけないことだったとしても、花菜は響を受け入れる。

花菜は、響を誘惑してしまう悪い子なのだから。

悪い子だ! 悪い子だ!

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