102 そんな才能要らなかったんだけど!
「凄い! 響ちゃん! 体力お化け!」
「私はまだ行けるよ! 花菜!」
二人は絶叫系を始め、激しい乗り物をこれでもかと乗り倒して現在はレストランで休憩を取っていた。
ちなみに、あの後ジェットコースターには四回乗った。
帰宅部と言えど日頃からコンスタンスに運動をしている響にとって、遊園地のアトラクションを梯子した程度では堪えた様子は見受けられなかった。
花菜も決して体力が無いわけではないのだが、溌剌とした響に着いて行くにはいささか骨が折れるものがあった。
「でも、響ちゃんが楽しそうでよかったぁ!」
「ありがとう、とっても楽しいよ。花菜と一緒じゃなかったら、来ることもなかったろうからね」
「お役に立てたのなら嬉しいよぉ」
「もちろん、花菜と一緒だからっていうのもあるよ」
「私も! 響ちゃんと一緒だから、ずっとずっと楽しい」
家族と一緒に来た遊園地も楽しかったのだが、恋人と来る特別感はまた違ったものがあった。
仮初の恋人から数えたら、二度目のデート。
正式に付き合いだしてから、初めてのデート。
毎日家で二人きりだろうと言われるとそうなのだが、生活とは離れた空間に行く外出で味わう非日常感は心を浮つかせる。
「食べ終わったら、お化け屋敷にも行こう」
「お化け屋敷……?」
「あっ、乗り気じゃないね。花菜って今までまったく触れてこなかったけど、ホラーダメな口?」
「そっ……そんなこと……! ありますぅ……!」
花菜は実はホラーが苦手である。
幼少の頃にお化け屋敷で、泣いてしまったことがある。
心霊ホラーも同様で、そういった特集番組ですら小さい頃に両親と見ていたら泣いてしまった経験があった。
目にしなければよいのに、ああいった物は一度見てしまうと視線を外せなくなってしまう。
そして中学の頃に調子に乗って今なら行けると心霊ホラー映画を見た後、あまりの恐怖に数日の間日常生活が浸食されてしまった。
もちろんだが、見た当日は中学生だったにも関わらず母親に共寝をねだってしまった。
絶対に口外できない、相原花菜の黒歴史であった。
「花菜は、ホラーを体験する才能があるんだね」
「あっ、えっ?」
響の発想に、花菜が目を白黒させる。
確かにホラーが平気な人より、恐がる人の方がより体験を深く刻んでいるのかもしれない。
だが、花菜の中にそういった考えはなかった。
「私が手を繋いでいてあげるから、一緒に行こう」
「えっ、なんで⁉ 私、泣いちゃうよ⁉」
「泣きながら抱き付いてきてくれる花菜はレアだよ」
どうやら響の中では純粋にパニックになっている花菜が見たいという気持ちと、そうなった花菜に抱き付かれたいという不純な動機が混在しているようだった。
響からは、花菜を連れてお化け屋敷に行こうとする本気の気概が伺える。
「響ちゃん。お化け屋敷に行かなかったら、響ちゃんの言うこと一つだけなんでも聞いてあげる」
「えっ、そんなに? 私はお化け屋敷に行こうとしただけで、棚から牡丹餅貰えるの?」
「そんなにだよぉ……」
花菜はお化け屋敷を回避するために必死だった。
後先を考えない行動に出始めていた。
響からすれば、なにも無いところから花菜のお願いごとをなんでも聞いてくれる券が振って湧いてきたことになる。
「なんだか、ごめんね。でも、貰えるものは貰うよ。ありがとう、花菜!」
「あっ、お慈悲が無い」
花菜の予想外の抵抗に響は悪いことをしたなという罪悪感があったのか謝ってきたのだが、それはそれとして気兼ねなく言うことは聞いてもらうことにしたようだった。
「これはあれかな、本当になんでもかな?」
「にっ、二言はないです……」
「エッチなお願いでもいいの?」
「えっ⁉」
響の迷いのない提案に、花菜は戸惑いの声を上げる。
花菜の想定外の事象が飛んできたのだ。
「むしろ、されたいと思って言った? 私、おねだりされてる?」
「そんなことないよ⁉ 今、自分の浅はかさを省みてるよぉ⁉」
花菜はお化け屋敷の恐怖から逃れるために、本当に後先を考えていなかったのだ。
よもや、自分からそういったことに対してのおねだりのようになってしまうなど考えてもみなかった。
だが、よくよく思い返すと響の打ち立てたロジックはおかしい物ではないように感じてくる。
「そっかぁ、じゃあ手加減した方がいっかぁ」
「是非! お願いします!」
花菜は藁にも縋る思いで、響に懇願した。
だが、響が言うには手加減らしい。
花菜は自分がなにをさせられるのか、戦々恐々とした思いで心の中が満たされる。
響は先程から、悪戯っ子のように笑みを湛えていた。
「大丈夫だよ、花菜。私が花菜の嫌がることなんて、するはずないじゃない」
「今、お化け屋敷に行こうとしたよ⁉」
響が花菜を安心させようと語りかけてくるが、なにも根拠がなくなってしまった。
「それは、花菜がホラーを堪能できる才能の持ち主だったからだよ」
「そんな才能欲しくなかったよぉ!」
「まぁでも正直に言うと、花菜に抱き付かれるってレアじゃない?」
「えっ、あっうん……そうかも?」
花菜と響は正面から抱き合ったり、響が後ろから抱きすくめたりすることはあったが、花菜が甘えて響に抱き付くようなことは今までなかった。
「私が響ちゃんに、もっと甘えて欲しいってこと……?」
「そういう話に繋がってくるね」
そう言われてみると、花菜から積極的に響にスキンシップをせがむことが無いかもしれないと思い当たる。
基本的に花菜は、響をこれでもかという程甘やかせたいと思っている。
もちろん響に抱きしめられたら、その中で夢見心地になって甘えるようなことはあるのだが。
ただし、これには理由があるのが花菜には分かった。
「えっとね……。私は響ちゃんと居るとき、日々自分の理性と戦っているの」
「なるほど」
「だからね、私から響ちゃんに抱き付くなんて、そんなおいそれとできることじゃないんだよぉ」
「私に自らの意思でスキンシップすると、ついつい猥褻なことをする自分を抑えられる自信が無いと?」
「もうちょっと、言葉をオブラートに包んで欲しいよぉ! いえ、私ぃ! そんなことしませんけどぉ!」
響の歯に衣着せぬ言葉に、花菜から思わず懇願の言葉が飛び出した。
内容はまさにその通りなのだが、名誉のためにも否定しなければならない。
相原花菜は、自分の理性のボーダーの見積りは限りなく低い。
「前から言ってるけど、私はそういうことされてもいいんだよ? 花菜に甘えられた挙句、更に特典が付いてくる状態だよ? 役得以外のなにものでもないよ」
「私のキャパシティがもたないよぉ……」
「花菜のキャパに限界があるのは、この前証明されたけど……。慣れるためにも、私からだけじゃなくて花菜からも甘えていこうよ」
「ひぃ! 正論!」
実際響との接触でふにゃふにゃになってしまうという、醜態を晒した花菜である。
これは、花菜があまりにも響を好き過ぎる故のことであった。
あまりにも長い片思いを拗らせた結果がこれでなのだ。
最近の響は、花菜の限界ラインを分かって触れてきている節があった。
なので、花菜は毎日いっぱいいっぱいである。
「じゃあ、今度花菜が私に好きに触れていい時間を作るから。甘えてみてね」
「響ちゃん、若いお嬢さんが好きに触れていいなんて軽々に言うものではないよぉ」
「さっき、なんでも言うこと聞くって言った人のセリフでは絶対にないよ。それに花菜は同学年でしょ。なにさ、若いお嬢さんって」
花菜は現状の打破を考えてか、自分でもなにを言っているのか分かっていないのかもしれない。
「とにかく決定ね。これは突発的にやるから、花菜はどうやって甘えるか考えておいてね」
「うん、分かったぁ!」
「元気がいい返事だね。これはあれかな? 今日はデートをめいっぱい楽しむことにして、とりあえず未来の自分に丸投げしようという開き直りかな? もう今日は考えない感じだね」
「頑張って、未来の私!」
「頑張れ、未来の花菜」
思わぬ未来への負債を背負ってしまった花菜だが、今日は楽しいデートなのでそんな些細なことは気にならないのだ。
「いつかに限らず、今日甘えてくれてもいいんだよ? なんなら、午後からは腕でも組んで歩く?」
「そっ、それは流石に……。外では恥ずかしいよぉ……」
「フフッ、冗談だよ」
今日は楽しいデートの日なのだ、甘えるなら今日なのではないだろうかという気持ちもあった。
実際、いつもよりは積極的である。
手を繋いでいる程度であれば、仲のよい友達に見えなくもない。
だが、腕まで組むと流石に誤魔化し切れないという気持ちが花菜にはあった。
多くの人は、それ程自分達に関心など持たないだろうという考えもあるのだが。
だが、響は美人である。
人目を引く容姿をしているので、花菜と過度な密着は悪目立ちしてしまうかもしれなかった。
「でっ、でもね……。私だって、腕を組んで歩いてみたいって気持ちはあるんだよ? そのっ、いろいろあるからであって……。響ちゃんに負けないぐらい、くっつきたいって感情はあるんだからね……?」
花菜は日頃、少し暴走気味の響を止める立場が多い。
学校で一緒にいたいという響の言葉であったり、今の響の言葉であったり。
響のことなので、花菜とて同じ感情であることは言葉にしなくても伝わってはいるだろう。
だが花菜としては言葉として、形として伝えたかった。
「花菜」
「な、なぁに?」
「急にそんなかわいいこと言わないで。所構わず抱きしめてキスしたくなっちゃう」
「そっ、それは流石にダメだよぉ⁉」
響があまりに真剣な顔で言うものだから、花菜は堪らずに慌てて制止の言葉を投げかける。
「分かってるよ。ありがとう、花菜」
真剣な表情を崩して微笑むと、響は花菜にお礼を言った。
「午後からも、楽しい時間にしようね」
「うん」
花菜は幸せの閾値が低い。
なので、今日は自分はいけないことをしているのではないかと思う瞬間があった。
それぐらい幸せなのだ。
その感情は隣で幸せそうにしている恋人を見ることで解消されていく。
自分はこの幸福に浸っていてもいいのだと思わせてくれる。
パニックホラーとかサイコホラーは平気なんですよ。




