101 響の遊園地デート、初めての絶叫系
響はジェットコースターから降りると、呆然とした表情をしていた。
よろよろと、外していたキャップを被り直す。
「響ちゃん、初ジェットコースターはどうだった? 響ちゃん?」
花菜は少し放心状態になった響の手を取りながら、帰りのスロープを下っていく。
「花菜……」
「なぁに?」
暫くすると、漸く響が口を開いた。
「すっごい面白かったんだけど……!」
「面白過ぎて呆然としてたの⁉」
「待って、すごい田舎者臭いこと言うんだけど……。都会の人は、こんな凄い物に気軽に乗れる環境に居るの? ズルくない?」
「そんなこと言われてもぉ……」
響は田舎でそこそこ危ない遊びをやってきた猛者ではある。
だが、文明の利器にはあまり触れてこなかった。
本当になにもない村落だったのだ。
忙しい両親も合間を縫って、遊びに連れて行ってもらえることはあった。
だが、それも響が言ったようにあまり大きな遊園地ともつかない場所であったり、地方の温泉施設などが限界だった。
生家から引っ越してからは、あまり外出自体していない小中学校時代を過ごした。
しかも、その引っ越し先もお世辞にも開けた土地ではない。
なんだかんだ現在の高校や街に馴染んではいるが、まだ引っ越してから一年と半年も経っていないのだ。
実際、響は未体験のものごとが多いのである。
「ちょっと、もう一回……もう一回乗ってもいい?」
「いいよぉ! 響ちゃんが満足するまで乗ろうよぉ!」
響は初めてのジェットコースターの感覚に感動したのか、連続での搭乗を懇願した。
花菜も響の気持ちを汲んでか、それを了承する。
むしろ、こういった状態の響が珍しいのか少し興奮が見て取れる。
日頃余裕がある響が崩れているのが、花菜的にツボなのかもしれない。
二人は早速とばかりに、もう一度ジェットコースターの待機列へと並びにかかる。
出口の先は、入口に近いのでUターンする形になる。
「響ちゃん、ジェットコースターに乗ってるときに黙ってたから少し心配だったよぉ。降りてからも、呆然としてるし」
「ごめんごめん、あまりのことに少しビックリして」
響は驚くことがあると、人前では押し黙るタイプのようであった。
花菜としては、お気に召さないか、よもや恐かったのかと思って心配してくれていたのだろう。
少し悪いことをしてしまったかもしれないと、響は内省する。
だた、今回に関しては本当に自己を抑制することができなかった。
それ程、未知の体験に興奮してしまったのだ。
「内心、大興奮だったよ。花菜は声出してたね。あんな花菜の声、早々聞けない気がする」
響に比べて、花菜は大はしゃぎであった。
響の横に座った花菜は、大きな声で叫んでいたのだ。
むしろ、あれ程大声を出す花菜は日頃お目にかかれない。
こちらも、貴重な体験である。
「小さい頃、お母さんにジェットコースターに乗るときは叫ぶといいのよって教えられたんだよぉ」
「あ、なんだか分かる。お母様がおっしゃりそう……」
「響ちゃんも、段々お母さんのことが分かってきたね!」
実際こういう乗り物は、叫んだ方が恐怖心が和らいだり、ストレス発散といった効果が見込めるらしい。
花菜の母親がそういったものが分かって言っていたのかは分からない。
だが幼い頃の花菜は引っ込み思案で声も小さかったし、こういう場所だけでも思い切り声を出させたかったのかもしれない。
「でも、実際叫ぶと楽しいよ! 響ちゃんも、次は叫んでみようよ!」
「そうだよね、花菜だけじゃなくて他の人も声出してたし……。大声出す機会なんて、そうそう無いか……」
響はまだクラス委員などで壇上に立つ機会があり、ある程度声を張ることはある。
だが、それ以上に大きな声を出すようなことは無かった。
部活動などをしている生徒はあるかもしれないが、帰宅部の響には残念だが機会は訪れない。
音楽の授業やカラオケで歌うとなっても、また趣が違うであろう。
響は考えるに伴い、この場でしかできないことなのだと気付き始めた。
「分かった、私も叫ぶよ」
「やったぁ! 響ちゃんの叫び声だぁ!」
「あっ、単純に喜ぶポイントそこなんだ」
響が決心していると、花菜がなにやら邪な喜びでもってそれを迎え入れていた。
想定外の事態に、響が一瞬慄く。
「えへへ、早く順番回ってこないかな! 私興奮してきちゃった!」
「かわいく言ってるけど、真横で聞けるであろう私の叫び声に興奮してるんだよね?」
「そんなの誰だって興奮するよぉ!」
「んんぅ?」
響は横で聞いていた花菜の叫び声を思い出しながら、自身の興奮に繋がるだろうかという検証を開始する。
「ダメだよ花菜、そういうこと言っちゃ」
「だって、事実だよ?」
「花菜にとっての事実が、私にとっても事実になっちゃうじゃん! 花菜の叫び声を、もうまともな気持ちで聞けなくなってきた気がする!」
どうやら、響にとっても花菜の叫び声は心に来るものがあるようだった。
純粋にジェットコースターを楽しんでいた無垢な芳川響はもう居なかった。
「じゃあ、二度美味しいってことだよ!」
「そっか!」
ジェットコースターを純粋に楽しむ心を忘れていない花菜は、響に新たな楽しみ方を教えてくる。
そう、両方純粋な心で楽しむことが可能であるということを。
後顧の憂いを失くした響は、澄み切った顔で待機列に並びながら隣の恋人を眺めていた。
ウキウキしながらジェットコースターを眺めていた花菜が視線に気付いたのか、目が合った。
すると、笑顔が返ってくる。
花が咲いたような笑顔に、ああまた自分はこのとき恋に落ちたのだと自覚する。
愛しくて、愛しくて、何度でも恋をしてしまう。
一粒で二度美味しい。
そういえばこのお話も前回で100話を超えてしまいましたね。
なんてことでしょう。
最初の頃とっ散らかっていたので、実感がないです。
いや、まだ散らかりっぱなしですね。




