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花の音  作者: 高山之信
心に咲いた花
100/105

100 響と花菜の遊園地デートの始まり

この日、芳川響は解き放たれていた。

花菜と正式に付き合ってからの、初めてのデートだったからである。

家では二人きりになることはあったのだが、外出デートは別格であった。

響の中でかわいい花菜をずっと閉じ込めておきたいという仄暗(ほのぐら)い感情はあるのだが、それと同時に一緒に色んな場所に行って思い出を共有したいという感情もしっかりと存在している。


嬉しい気持ちは花菜も同じなのか、以前なら現地集合で待ち合わせをするところを最寄り駅から一緒に目的地まで移動していた。

近場なので一緒の高校の人物がいるかもなどという恐れは、本日に限り置き去りにすることにしたようだった。

花菜もこの日を心待ちにしていてくれたのだろう。

そう思うと、自身の心が更に弾むのを感じる。

念のため響はキャップを被ったコーデで、激しい乗り物に乗ることがあるかと思われたために長い髪を結い上げている。

多少なりとも印象は変わるかもしれない。

この日のために二人で散々話したのに、移動中も話題が尽きることは無かった。

話しながら花が(ほころ)んだような笑顔の花菜を見ていると、愛おしさが(あふ)れてくる。


響は恋は盲目(もうもく)という言葉が分からなかったが、現在の自身の花菜しか見えない状態がそうなのだと感じていた。

花菜のためならなんでもしてあげたい、控えめな花菜の欲望を引き出してそれを叶えてあげたい、花菜に滅茶苦茶にされたい、花菜のすべてが愛おしい。

響は自分という個を見失っていたときに出会えたのが花菜であったし、それがかつて恋をした人であった。

幼い頃に近しい歳の友人すら居なかった響に初めてできた友人であり、恋のいろはすら分からないときにできた初恋の人。


花菜……はなちゃんが居なければ、響はそれなりに寂しい幼少期だったのかもしれない。

都が言った通り、両親は忙しいし、発言者の姉である都も歳はそれなりに離れている。

響は長期休みのときにしか会えない友人のために、会えない間は今度はなにをして遊ぼう、あれがあったら面白いんじゃないだろうかと、いろんな遊びを考えた。

響が執着(しゅうちゃく)したのも、なにも恋心から来るものだけであったわけではない。

子供として、純粋な気持ちではなちゃんに接していた部分も多々あったのだ。


そして、素の自分という個。

それを取り戻す切っ掛けをくれたのも花菜だった。

響がかつての自分を取り戻すためにあれやこれやと悩んでいたときに出会ってしまったのが、同じクラスの相原花菜という生徒だったのだ。

あんな珍妙(ちんみょう)な出会いをするとは思っていなかったし、この頃の響は人との付き合い方や心の機微(きび)に対して無頓着(むとんちゃく)な部分が多かった。

それでも花菜は、自身の恋心をぐちゃぐちゃにしながらも響の思惑に付き合ってくれた。

そして、最後には響の身勝手な恋心に(こた)えてくれた。


響は二度も花菜に救われている。

そして、現在進行形で本人にとって(たぐ)(まれ)な幸せを貰っている。

なにを(もっ)てしたら返せるか分かっていないし、なにを以てしたら伝えられるのかも分かってはいない。


「いよいよ入場だよぉ、響ちゃん」

「そうだね。夏休みの割には、やっぱり平日だからかな。結構空いてて安心したよ」

遊園地に到着した二人。

学生は夏休みではあるが、社会人からすると平日である。

遊園地はそれ程混雑は見受けられなかった。

恋人の隣に立って歩きながら、先程購入したチケットでゲートをくぐり入場する。

すると、そこには非日常が広がっていた。

様々なアトラクションに、見知らぬマスコットのキャラクターや特色のある店舗の数々。

敷地外からも見えてはいたが実際入って()()たりにすると、響はテンションが上がっていくのを感じた。

それは横に居る花菜も同じようで、少々鼻息を荒くしているのが見て取れた。


「響ちゃん! なにから乗ろう! フリーパスだから、乗りたい放題だよ! 事前に聞いてたけど、響ちゃん絶叫系とか乗ったことないんだったよね?」

「うん。地元にあった(さび)れた遊園地は、そんな高尚(こうしょう)な物置いてなかったよ」

「高尚って……」

響の地元にあった遊園地は、アトラクションが置いてある少し大きな公園程度のものだった。

それにもうかなり前のことで、思い出や体験も風化してしまっている。


「だから、もう真っ先に乗ってみたい!」

「いいね! 乗ろう!」

響が意気揚々(いきようよう)の声を上げると、花菜もそれに続いた。


「でも、花菜が絶叫系が大好きって意外」

「そう? 小さい頃から動きの激しい乗り物大好きだったよぉ。身長制限で歯噛(はが)みした記憶だってあるよぉ?」

「そういえば、花菜って()っちゃかったもんね……。今でも、そんなに高くないのに……」

花菜は今でも平均未満の小柄だが、幼少期もそれは同様であった。

それに言われてみれば、花菜は響の幼いときの遊びに付き合っていたのである。

多少どころか、激しい乗り物が好きでも不思議ではなかったのかもしれない。


「身長は平均とは言わないの……。平均より少し下でいい……。もう少し欲しかったよぉ……」

響としては花菜は小さくてかわいいと思っているが、身長が低い人間にはそれなりに悩みもあるのだろう。


「でもいいんじゃない? 身長差があった方が、キスしやすいって言うし」

「キッ……。ええまぁ……そのぉ……。確かに……」

花菜と響の身長差は、横に並ぶと少し花菜が見上げる程度になる。

頭一つ分とは言わないが、平均身長より高い響の方が明らかに花菜を上回る。

今までの口付けを思い出しているのか、花菜の顔が少し赤くなっている。

日頃外で響がこういったことを言うと(たしな)めてきそうな花菜だが、今日は特別な日なのか許してくれている。


(調子に乗り過ぎると怒られるから、程々を攻めよう)

怒られると思っていたが意外にも許されても()りない響は、心の中でこの日の算段を練り始めていた。


「と、とりあえず! ジェットコースターから乗ろうよ!」

「いいね、行こう!」

花菜が照れを誤魔化(ごまか)すように、本日の主旨(しゅし)へと軌道修正してきた。

そして、園内のマップが描かれた案内を片手に歩き出そうとする。


「ねぇ、花菜」

「なぁに?」

「今日は手を繋いでいい?」

「えぇと……」

「ダメ?」

響の手を繋ぎたいという主張に対して、花菜は少しの逡巡(しゅんじゅん)を見せる。


「そのぉ……いいよ……。そのっ! 私からもお願い……。繋いで欲しい……」

意外にも花菜からOKの返事が返ってきた。

むしろ、花菜から積極的に繋ぎたいというお願いまでされてしまう。

響は一瞬夢か幻かと思ったが、夢なら覚めない内にと花菜の手を取った。


「ありがとう、花菜。嬉しいよ……」

「うん。私も嬉しい……」

咄嗟(とっさ)に取った花菜の手の感触を感じて、夢ではないのだと確かめる。

そして、花菜への感謝の言葉と喜びの言葉を伝える。

響は手に取った花菜の手を、指を絡めるようにして握り直した。

自然と二人の身体が密着する。

暑気の中だが、握った手の平や密着した腕から伝わる花菜の体温が心地よい。


「さぁ、行こうか」

「うん」

響は歩幅を花菜に合わせて歩き始める。

手を繋いで歩くと、幸せが(あふ)れかえってくる。

一歩一歩が愛おしさを確かめるように。

今日は絶対に思い出に残る一日になる、今まであったそんな予感が確かなものへと変わっていく。

世界が輝いて見えるというのなら、幸せに色があるということなのかもしれない。

あれだけ言っておいて、漸く来ました。

暫く二人の遊園地デートに付き合っていただきます。

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