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となりの加藤さん  作者: 深澤 桐生
第一章 九十七代目

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9/12

第九話

 翌朝、日が幾分か高くなってきたころに、もぞもぞと床から起き出す。

 部屋から出ると、手代がこちらに気付いて、お加減はいかがですかと訊いてきた。


「ああ、お陰でだいぶよくなった。もう二度と船には乗りたくないが」

「お帰りになられる際にも、乗ることになるのでは?」


 手代の言葉に閉口し、京で生きていく決意を新たにする。


「朝食の用意ができております。お部屋へお持ちしましょう」


 丁稚が膳を持って部屋に入ってくる。

 ご飯に汁物、いくつかの菜が載っていた。

 大根の漬物、青菜の煮物、そして見慣れない丸いものがある。

 石のようなそれを指差し、丁稚に訊いてみる。


「これは?」

「へい、蛤でございやす」

「はまぐり」


 何かわからないが、食べればわかるだろう。

 箸を手に取り手を合わせる。

 さっそく見慣れないそれを箸でつまんで口に運ぶ。

 ガリ。

 硬い。


「これは本当に食えるのか?」


 部屋を出ようとしていた丁稚に訊ねると、驚いた顔で言う。


「それはこう、殻を開いて中身を食べるのでさぁ」


「なんだ、貝か」


 もっと早く言って欲しい。


 食事を終えると、旅の相棒もきちんと食べているか確認しようと厩へ行く。

 しかし既に食べ終わっていたのか、優雅に藁に寝そべっていた。

 こちらに気付くと、何かを咥えて首を伸ばす。


「これは、赤鳥……?」


 受け取った馬櫛の一種を見てつぶやくと、馬がぶるる、と鼻を鳴らす。

 もしかして毛並みを手入れしろとでも言いたいのだろうか。

 仕方ない。

 まだまだこいつには頑張ってもらわなければならないのだ。

 赤鳥を持ち直すと、要望通りに背を撫でていく。


 しばらく毛をすいてやったのち、馬を連れて街並みを散策することにした。

 昨日は余裕がなくて気付かなかったが、何やら鎧姿の騎馬武者や徒士が街の内外を走り回っている。

 あまり関わり合いにはなるまいと、それらを避けて進んでいると、どこからか槌の音が聞こえてきた。

 まだ数日しか経ってないのに、妙に懐かしく感じる。


 一刻と経たずに飽きて、伊勢屋へと戻る。

 街並みを見ても特に感慨もなく、槌の音が聞こえるたびに「遊び歩いている」と咎められているような気がして落ち着かなかったのだ。

 相変わらず勝手に厩へ向かう馬を見送り中へ入ると、丁稚が入れ違いに出てきた。


「世話してくれたようだな、助かる」

「へぇ。なかなか丈夫そうな馬で。毛並みもよく、蹄の状態もようござした」

「馬の扱いはよくわからなくてな。ありがたい」

「よろしければ、少しばかり教えましょか」

「おお。是非頼む」


 しばらく丁稚に馬の世話について教わる。

 昼前にはあてがわれた部屋で横になり、そのまま無為に過ごしていると、手代が顔を出した。


「明日は出発で?」

「そのつもりだ」

「次は四日市あたりですか」

「……そうだな」

「……大丈夫ですか?」


 無言で目を逸らすと、京までの経由地をしたためた紙を手代に渡された。

 天王屋のほうで手配してくれた宿の一覧は手元にあったが、手代に渡されたのはもっと細かく、道中の地名や目印などが書かれているものだった。


「助かる」


 翌朝、礼を言って伊勢屋を発つと、そこからは順調だった。

 何より船に乗ることがない。

 四日市で一泊し、次は亀山というところへ向かえばいいらしい。

 街道を南下していくと、道の真ん中に鳥居が建っていた。


「確か、この鳥居で右へ行くのだったな」


 たいそう由緒のありそうな鳥居だったので、大きな神社でもあるに違いない。

 そう思って銭を一文取り出しながら周囲を見渡す。

 しかし鳥居しかない。

 不思議なこともあるものだ。

 仕方がないので鳥居に向かって投銭し、手を合わせていると、向こうから十数人の雑多な一団がやってきた。

 武家風の男もいれば、山伏や僧体の者もいる、行き連れの集まりだろうか。


「旅の者か」


 先頭の武家風の男が駆けてきて、こちらに声をかけてきた。


「はぁ」

「なんだ、覇気のない奴だな。ひとりか?」

「いえ、馬もおります」

「……そういう意味ではない」


 そのうち、後続が追い付いてくる。


「どこへ向かうのだ?」

「京へ」


 こちらの答えに、集団の中ほどにいた、笠をかぶった男が前に出てきた。

 日焼けした肌に筋骨たくましい体躯、名のある武士だろうか。

 笠の隙間から、丸く剃った眉と刺すような眼光が覗いている。

 ちょっと怖い。


「京か。何をしに行く?」

「はぁ。ご先祖の足跡を訪ねようと思いまして」

「先祖?」

「最近、家族との別れがありまして。色々思うところもあったので……」

「そ、それは大変だったな。不躾な問いであった、すまぬ」


 微妙に誤解されたような気もするが、わざわざ説明することでもないだろうと、一礼して立ち去ろうとする。


「待たれよ」


 引き止められて振り向くと、笠を少し持ち上げた丸眉の男がこちらの腰を指差した。


「侍とも思えんが、随分と立派な腰の物だな」


 父の遺作だ。

 そもそもこれは武家に納品する予定だった品なので、ただの旅人が腰に差すには少々大袈裟かもしれない。


「ああ、刀鍛冶をしておりまして。客に受け取ってもらえなかった太刀なのですが、父の遺作なので捨てられず、こたび護身用にと持ち出したものにございます」


「ほう? 見せてもらってもよいか?」


 丸眉の男にそう言われる。

 殺意も敵意も感じない集団とはいえ、護身用の刃物をどうぞと差し出すのも躊躇われる。

 そんなことをしたら、きっと天王屋の主人にまた呆れられるに違いない。


「そう警戒するな。それにわしにその気があればそなた程度、刀を持っていようが関係ない」


 そう嘯いた丸眉の男は、自分の刀の鯉口を切り、足元の木切れを放り投げると、わずかの揺れもなく木切れを真っ二つにした。

 抜いたのはわかっても、太刀筋などとても目で追えるものではなかった。


 怖いから大人しく言うことを聞こう。


 恐る恐る差し出した刀を、丸眉の男は優雅に引き抜く。


「ほぅ」


 じっくりと刀身を観察していた丸眉の男は、徒士に鞘を渡して一歩下がると、両手で持ち直した。


 風が凪ぐ一瞬。


 暴風のような音が轟いた気がした。

 しかし髪の毛一つ揺れていない。

 激しい圧のようなものを感じて動けないでいると、丸眉の男はつぶやいた。


「……駄目だな、これは」

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