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となりの加藤さん  作者: 深澤 桐生
第一章 九十七代目

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第十話

 十年ぶり二度目の酷評である。

 平目顔の男に駄目だと言われた後、何が駄目なのかわからず結局手直しも何もしていないことを思い出す。


「駄目とはどういうことで……」


 十年来の宿題のようなものだった。

 まったく手をつけていなかったが、もしかしたら解決の道筋が見えるかもしれない、と丸眉の男に訊ねていた。

 丸眉の男は、こちらの言葉には反応せず、片手で軽く振ったり、ふたたび両手に持ち直したりしている。

 何度か持ち方を変えながら振っていた男は、うむ、とひとつ頷くと言う。


「刀身は上物だ。手入れも行き届いている」


「はぁ」


「しかし、手元の重心がよくない。これでは振りにくかろう」


「……確かに」


 よくわからないが、話を合わせて先を聞く。


「柄が短い」


「短い?」


「もう少し柄を長くするか、柄頭を重くすればよい。だが、わしなら柄を長くする」


 言われて思い出す。

 父の残した柄木が少し長くて、最初に短く切り落としたことを。

 あれは調整するため長めに残してあったのだろうか。


 丸眉の男がこちらに差し出してきた刀を受け取り、腰に差し直す。

 喉の奥に引っかかっていた小骨が抜け落ちた心持ちだった。


「ところで京に向かうと言っていたな」

「はぁ」

「わしらは伊賀のほうへ向かうのだが、道中物騒な場所もあろう。途中まで同道せぬか?」


 丸眉の男はそんなことを言ってきた。

 どちらかというとこの一団こそ物騒な気もしたが、守ってもらえるならありがたい。


「いいので?」


「こちらも鍛冶のできる者が同道するなら、何かあったときに助かるゆえ、気にするな」


 一団に混ぜてもらい、何とも頼もしい気分で亀山へ着く。

 明日の出立時刻を話して宿で別れようとしたら、丸眉の男に引き止められた。

 そのまま一行の宿に連れ込まれ、食事に酒まで振る舞われる。


「ところで、柄を長くするとどう変わるので?」


 せっかくなので、昼間の話の続きを振ってみた。


「振りやすくなる」


「それだけですか?」


「それだけではない。刀は振り下ろすだけのものではないからな」


「柄頭を重くするのと、何が違うので?」


「無論、それでも重心は戻せる。だが、ただ重くなるだけだ。柄を長くすれば、両手の使い方も変えられる」


「両手の使い方」


「相手の刀を受け、流し、返す。柄が短ければ取り回しはよい。だが、両手を近くに置かねばならぬ」


「両手を近くに」


「長ければ手を離して握ることもできる。その分、刀を扱いやすくなる」


「なるほど……?」


「刀身ばかり見ていては、刀の使い方はわからぬぞ」


 その言葉が妙に胸に残った。


「刀を握るとき、手元だけで振るな。腰を使え」


「腰……ですか?」


 話が刀の造りから剣術の話に変わると、途端についていけなくなった。


「そうだ」


 丸眉の男は、俺の手に鞘ごと刀を押し付けるようにして握らせてきた。


「構えよ」


 そういえば、刀を打ったことはあっても、まともに取り回したことはほとんどない。

 仕方なく、うろ覚えの見よう見まねで刀を構える。


 こちらの様子を見ていた男は、うむ、と満足げにすると、こちらの右腕をがっしりと掴んだ。


「肘を開くな。肩に力を入れるな。相手の動きを見て――」


「……」


「違う、そうではない」


「はぁ……」


「相手の動きに合わせて一の太刀で決するのだ」


「ひとつのたち」


「違う、そうではない!」


 そうして夜半まで剣術談議に付き合わされた俺は、翌朝、ぐったりと相棒の背で揺られながら、伊賀へと向かう。


 やがて道が山間に差し掛かったあたりで、何やら小屋の前に具足姿の徒士がたむろしている。

 視線を動かすのもおっくうで、わずかに頭を持ち上げると、同道していた旅人風の男や山伏が何か話していた。

 すぐに通されたが、考えてみるとこの一団は何の集まりなのだろう?

 気にはなったが考えた端から砂山のように崩れていくので諦めた。

 日差しが暖かくなってきたころ、人の乗っていない馬がどうとか、同道している徒士が言っていた。

 しかし二日酔いの頭では、単語は聞き取れても話を理解することはできなかった。

 そのうち、一行は唐突に足を止めた。


「気を引き締めよ。陣を乱さず、抜かりなくいたせ」


 丸眉の男の言葉に、一団が隊列を変えていく。

 がんがんと脈に合わせて暴れまわる頭を持ち上げ、視線を巡らせる。

 油断なく警戒しながら追随する徒士の様子から、緊迫した空気を読み取るが、そこまでが限界だった。


 おろろろろろろ……


 相棒が、怒り狂って嘶いた。

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