第七話
幼いころ、父に連れられ美濃を出て以来、隣村と言ってもいい距離の清じいの家より遠くへ出かけたことはなかった。
初めての遠方への旅路に、どういう準備をしていいかわからなかったが、最低限の衣類と、手元の銭をまとめていく。
しかし他に何を用意したらいいのかわからない。
と、手本になりそうなことがつい最近あったことを思い出す。
「お虎たちは確か……」
継母が何を準備していたのかを思い出す。
「駄馬に大量の荷を括りつけていたな」
ここに残る俺が必要なものはできるだけ残そうと、食料や身の回りの物を買い足したりして、随分大がかりだったような気がする。
それもそうだ、お虎たちは生活の拠点を完全に移すのだから、家財道具の類はすべて持って行きたいところだろう。
俺はどうか。
京に行くとは決めたが、そちらに生活の拠点を移すのかどうかは判断がついていない。
先祖の足跡は見つからず、親類縁者もおらずに、ここに帰ってくる羽目になるかもしれない。
「いや、さっき工房は弟子にくれてやると言ってしまったな」
既に自分で退路は断っていた。
俺も京に住む前提で考えよう。
それなら継母の残してくれた家財道具は全部持って行くべきか。
しかし、そうなると馬も必要となる。
「馬か……」
天王さまの門前には、いくつも商家が並んでいる。
いつも鍛冶で使うものを仕入れていた店に相談してみるか。
鉄や炭の仕入れでは世話になっているが、旅の相談までしたことはない。
だが、商人ならば旅のことにも詳しいだろう。
「……まあ、聞いてみるか」
翌日、いつもの店へ赴くと、ちょうど顔なじみの主人がいたので声をかける。
「京へ?」
「ああ」
「こちらの工房はどうするんで?」
「弟子にくれてやった」
「はぁ。深い事情はお聞きしませんが……」
主人が値踏みでもするように頭から足先までこちらを見て
「銭はどれほどご用意しておりますか?」
と訊いてきたので、腰の巾着から三束ほどの銭を取り出して見せた。
「それだけですか?」
「京まで半月もあれば充分だろう?」
「京でしばらく暮らすつもりなら、それでは足りませんぞ」
「……暮らす?」
「京へ行くのでしょう?」
「ああ、先祖が住んでいたらしくてな、その足跡を探すつもりだ」
「それが見つかるまで、どこに泊まるおつもりで?」
「おそらく親戚か何かがいるのではないかと思っている」
「それが見つかるまで、どこに泊まるおつもりで?」
同じ言葉を繰り返された。
なるほど。どうやら考えが足りなかったようだ。
家まで戻ると、弟子に預けておこうと思っていた銭も含めて用意できる限りを持ち出し、再び主人に声をかける。
主人の視線が、俺の首周りに注がれる。
「命を粗末にするものではありません」
「命?」
「そんな大金、首からぶら下げて歩いていたら、首をはねられて持ち去られるだけですよ」
言われて首の周りを撫でる。
そこには、紐を通した大量の銭が、首に何重にも巻き付けられていた。
銭が足りぬと言われて用意すれば、今度は命を粗末にするなと言われる理不尽さに、少し憮然として問う。
「ではどうする?」
「こちらで預かっておきましょう。京の萬屋という商家に話を通しておきます。そこで引き出せるようにようにしておきますので」
首に巻き付けていた銭の束を帳場の机に置くと、主人が数を数えて頑丈そうな木箱へしまっていく。
「ああ、それと馬を借りたいのだが……」
「荷も多くなりましょうし、確かに必要ですね。何とかしましょう」
「助かる」
「宿はどうされます?」
「宿?」
「夜になれば、どこかで泊まらねばなりませんでしょう」
「……そうだな」
「まさか、毎晩野宿するおつもりではありますまいな?」
「駄目なのか?」
主人はしばらく黙って俺を見た。
「京へ行く前に、旅の仕方から覚えたほうがよろしいかもしれませんな」
「……そうか」
「ちなみに、いつ発つので?」
「二日後だ」
主人は呆れたように口を開けて、言葉を失った。




