第四話
次回以降は、基本的に毎週土曜日更新予定です。
「私はもう少し大きくなってからでも、と思っていたのです」
継母は淡々と話を続けた。
「あの子なりに、色々考えていたのでしょう。偉くなって兄上に楽をさせたいと言い出して……」
それで、偉くなるにはどうすればいいのかと継母に訊いたのだという。
父のこともあって武家とするのは気が進まず、寺で勉強して高僧を目指す道を示すと、即座に
「ならば寺へ入る」
と言い出した。
昨日のお虎を思い出す。
あれは、決意表明だったのだ。
あのような幼子に、そんな決意をさせるほど、俺は……。
「大丈夫ですよ。お虎もおのこです」
肌寒い空気が肌を刺す季節になっても、相変わらず工房で過ごす時間だけを積み重ねていく。
手をこすりながら自分の工房に行けば、まるで待っていたかのように、刀槍の修復依頼が突っ込まれる。
それも以前のように砥げば済むというようなものは減っていた。
曲がったり、こしらえが欠けていたり、戦場で死体からはぎ取って来たんじゃないかというようなものまで持ち込まれる。
血まみれくらいならまだマシなほうだ。
それらをひとつずつ手に取り、必要な作業を頭に思い浮かべて仕分けしていく。
刃こぼれや汚れ、錆など砥ぎだけで済むもの。
柄や鞘、鍔、あるいは石突などの欠けたもの。
刀身が曲がっていたり、大きく欠けていたりするもの。
砥ぎはもう何も考えずにこなせるようになっていた。
こしらえなどが欠けているものは簡単であれば直すし、完全に駄目になっていれば他の職人から仕入れたりもする。
問題は、曲がっていたり大きく欠けていたりするものだ。
無理に戻そうとすれば、刀身そのものを傷めることになる。火に入れて、鉄が動く頃合いを見極めなければならない。
しかし、相槌の経験はあっても、主として鉄を打たせてもらったことはまだない。
欠けているものは流石に手に負えないので、清じいのところへ持ち込むことにするが、曲がっているのを直すくらいなら……。
そう考えつつも、未知の領域の作業に緊張で手が震える。
炉にくべ、赤くなっていく刀身をじっと見つめる。
赤い。
まだだ。
もう少し。
頃合いを見て火から抜き、金床へ置く。
槌を振り下ろす。
甲高い音が工房に響いた。
一打ごとに刀身の形を確かめる。
叩きすぎてもいけない。力が足りなければ、いつまで経っても曲がりは戻らない。
火に入れて、叩く。
また火に入れて、叩く。
父や清じいのやり方を頭に思い浮かべて、教えてもらったことを両手に乗せて槌を振るった。
何度もそれを繰り返すうち、最初は歪んでいた刀身が、少しずつ本来の形を取り戻していく。
「……よし」
槌を置き、刀身を目の高さに掲げる。
まだ完全ではない。
わずかに残った歪みを見つけると、もう一度炉へ戻す。
父なら、ここで迷わなかっただろう。
清じいなら、もっと早く見抜いただろう。
それでも、自分の目で見て、自分の手で直す。
槌を振るうたびに、少しずつ分かることが増えていく。
かつては父の背中を追うことしかできなかった。
清じいの言葉を覚えるだけで精一杯だった。
今は違う。
まだ教えられた通りにやっているだけかもしれない。
それでも、この刀をどう直すべきかを考えているのは、自分自身だった。
ひたすら、鉄よりも自分を打ち鍛える心地で、槌を振るった。
それでも最初は何本かは駄目にしてしまい、清じいに泣きつくことになった。
年が明け、さらに肌に汗が浮かぶような季節になったころ、清じいが言った。
「明日はこれをやれ」
「……俺が?」
「他に誰がいる」
そこには、手に負えないと思って清じいのもとへ持ち込んだ鎌の欠けた十字槍と、こぶし大から栗の実ほどの、いくつかの鉄の塊。
清じいの目の前で、鉄を硬さや粘りを見極めてそれらを選別する。
以前は同じ鉄にしか見えなかったものが、この数ヶ月の経験からある程度わかるようになっていた。
まずは鎌の欠けた部分を削って整える。
雑に整えれば継ぎ目におかしな力がかかって、すべてが駄目になるので丁寧に見極めていく。
ひととおり整えたところで、先ほど選んだ鉄を炉に入れた。
赤く染まっていくのを見つめ続け、頃合いを見計らう。
取り出した赤熱の塊を金床に置き槌を振るう。
耳に刺さる甲高い音が響いても、清じいは何も言わない。
何度も繰り返して延ばしながら、欠けてない鎌の大きさや重さに合わせて鉄の大きさを整えていく。
清じいが口を開く。
「そろそろだな」
その言葉に頷くと、今度は槍とともに炉に入れる。
額の汗がぽたり、ぽたりと地面を濡らす。
赤く空気を焼くふたつの鉄を取り出して金床に据える。
「ただ当てて叩くだけでは付かん。鉄が鉄を受け入れるところまで熱を上げろ。だが、焼きすぎるな」
欠けた部分に鉄を継ぎ、槌を振るってひとつにする。
時折、清じいに叱られながらも、なんとか認められるだけのものができた。
さらに季節が五度廻り、初めて一から刀を打たせてもらえることになり、一振り仕上げたころ。
清じいが亡くなった。




