6.剣聖の娘と前世の技
先生の掛け声と同時に、俺とミャールは地面を蹴った。
パンッ――。
木剣同士が激しくぶつかり合い、乾いた音が草原に響く。
俺はそのまま右から薙ぐ。 ミャールは最小限の動きで受け流し、返す刃を放つ。
防ぐ。 すぐに踏み込む。 今度は突き。 それも躱される。
一瞬でも止まれば負ける。 空振っても次の一撃を繰り出し、躱されてもさらに追撃する。 何度も何度も剣を交える姿は、互いに積み重ねてきた鍛錬そのものだった。
俺の構えは、この世界では少し変わっているらしい。 それでも基礎だけは誰よりも徹底している。その剣筋を見て大人たちは昔こそ首を傾げていたが、今ではそれも当たり前の光景になっていた。
パンッ――。
再び木剣がぶつかり合う。 互いに反動を利用して飛び退き、一定の距離を取る。
(やっぱり簡単には崩れないか……)
ミャールは基礎を徹底して叩き込まれている。 五歳の俺が正面から崩すには、まだ少し荷が重い。とはいえ、このまま終わるわけにはいかない。
(それじゃあ、仕掛けてみますか。)
俺は深く息を吸う。それに反応するように、ミャールは身構えた。
そして、息を吸いきって──、ミャールのもとへ突っ込んでいく。
間合いの外ギリギリで俺は大きく木剣を振りかぶる。 上段から一気に振り下ろす――そう思わせるために。
ミャールはそれを見切り、木剣を横薙ぎに振るう。
ヒュン──。
ミャールの剣は空を切った。
(ショウヤの姿が──消えた。
いや、違う下に下がった?)
ミャールが下を見るとしゃがみ込んだ俺が木剣を下から横に振るう。
ビュッ──。
ミャールは体勢を崩しつつも後方へ下がり、俺の木剣を躱した。
ミャールは深く息を吐きながら、構えを取る。
俺は立ち上がり同じく深く息を吐きながら、構えを取る。
その一瞬の攻防に、大人を含めた村人たちからどよめきが起こった。
「今の動きは……!」
種は単純だ。 振りかぶると見せかけ、足を離さずその場で腰を落としただけ。 ミャールが横薙ぎを放つ瞬間を狙って、下段から薙いだ。 視野の広い相手なら通じない。 それでも、一瞬の意識を上へ向けることには成功した。
ミャールは小さく笑みを浮かべた。
「……成長したね。今のは、少し驚いた」
その言葉に、俺も思わず笑みがこぼれる。
「まだ一本も取れないか」
ミャールは瞼を閉じ、深呼吸をする。
さっきのような隙が、もう一度生まれると思うほど甘くはない。
ミャールの深呼吸が終わり、瞼が開かれる。瞳が真っ直ぐ俺を射抜く。
先程と違い、表情が引き締まり一切の油断が消えた。
ミャールの本気だ。
(ならこちらも出来るだけのことをするまでのこと。)
二人の足がジリジリと相手に寄っていき、ほぼ同時に突っ込んでいく。
パンッ――。
木剣が激しくぶつかり合う。 俺は打ち込みの合間に何度もフェイントを混ぜる。 だが、ミャールは惑わされない。 小細工など必要ないと言わんばかりに、鋭い一太刀を正面から振るってくる。
パンッ──────。
また激しい衝突、反動で飛び退いた。だが、ショウヤはそこから突っ込んでいく。
また、間合いの外ギリギリで俺は大きく木剣を振りかぶる。
ミャールは先ほどと違い、動かない。
その剣と俺の動きを、ギリギリまで見切ろうとしている。
俺の剣は⋯上段から一気に振り下ろ⋯された。
その剣をミャールは⋯、体を横に移動して躱した。
(もらった。)
その隙を逃さんと、ミャールの剣が俺の後方へ迫り、決まる──と思われた。
振り下ろした木剣は、そのまま終わらない。
地面すれすれまで落ちた木剣が、今度は下方から跳ね上がるように斬り返した。
前世で名を馳せた一人の剣士が生み出した追撃の剣。
一度目の斬撃を受け流した相手へ、間髪入れず二撃目を放つ。
その理合いに、俺は憧れていた。
その一撃を、ミャールは────辛うじて止めた。だが、その一撃に大きく体勢を崩した。
(ここ──。)
その隙を俺は逃さない。
ミャールは崩しながらも距離を取っていた。
ならば、こちらは柄の先を持ちリーチを上げて突く。
俺は大きく踏み込み、突いた────。
決まったと思った瞬間だった。
だが、それは周囲から見ても違和感のある光景だった。ショウヤの木剣の先は、ミャールに向いている。だが、寸止めとは言え難い数センチの隙間。震えた刃先、伸び切った体と腕。これはもしや──。
風が僅かに吹く野原に沈黙。
本人の口からも溢れた。
「あ、⋯しくった」
その状態の俺にミャールは剣を向け、俺は下がろうとするが体勢を崩して、
コンッ──。
と高い音が鳴り、頭を叩かれた俺は地面に倒れ込んだ。
「そこまで」
先生の止めの言葉が入るが、しばらく沈黙が続いた。我慢できなくなったのかついに、
「ぷっ」
ミャールが最初に吹き出す。
「「「「ハハハハハハ──」」」」
それにつられるように、周囲から笑い声が上がった。。
「ぐっ⋯、イテテ⋯」
頭を押さえながら、俺は起き上がる。そんな俺を前に、先生が口にする。
「発想は悪くない」
「え?」
全員が笑いを止め、視線をこちらに向ける。
先生は、豪快な笑顔で、
「届けば、だな」
「「「「あははは──!」」」」
と再び笑いが起こる。
まだ倒れ込んでた俺に父は歩み寄って笑った。
「相変わらずショウヤらしいな。
へへっ」
ミャールは俺に手を差し出し、
「ふふっ、ほんと変わった剣ね。
相手してくれて、ありがとう」
と笑いながらも感謝してくれた。
俺はミャールの手を握り立ち上がる。
「こちらこそ。ありがとう、いつか成功させてみせるよ」
真剣な顔で言い切った。
一瞬の沈黙。そして、
「「フッ……ハハハハハ!」」
草原に再び笑い声が響いた。
「さて、改めてだ⋯」
先生が俺たちに歩み寄ってきた。
そして、真剣な顔つきで言葉にする。
「まず、ショウヤだが、基礎をもう少し積むように意識しな。あと、間合いの読み合いもね。ふっ」
先生の口からもまた吹いた。
だが、言っていることは正しい。俺は真っ直ぐ先生の方を向き、
「はい。気をつけます。ありがとうございます」
一礼し、大きな声で返事をした。
「次に、ミャールだが基礎はしっかり積んでいて良い感じだ。次から体勢を崩しにくくするか、立て直すのを早く出来るようにな」
「はい。分かりました」
ミャールも一礼し返事をした。先生はふと笑い、振り返って他の子どもたちの方を向き、口を開く。
「さあ、まだ時間はたっくさんある。どんどん打ち合いをしよう」
「「「「「はい」」」」」
それから日が暮れるまで、俺たちは何度も木剣を交えた。
勝った者も、負けた者も、笑った者も。
みんなが少しだけ強くなって、その日の稽古は終わった。
すみません。取り扱いを間違い遅れて出してしまいました。7話の前にこちらをお読みいただき進んでください。




