51. 六剣聖の新たな稽古
剣聖ナイパーさんとの立ち合いから、二週間が過ぎた。
この二週間、俺は六剣聖の稽古場で多くのことを学んできた。
以前まで受けていた稽古とは、明らかに違う。
六剣聖の稽古場には、それぞれの剣聖から教えを受ける弟子たちが集まっている。
その数は多く、全員が一度に同じ稽古を受けるのは難しい。
そのため、稽古は全員で行う合同稽古と、各自が必要な鍛錬を選ぶ時間に分けられていた。
午前中は、全員で行う合同稽古。
そして午後は、自分で何をするかを決める時間だ。
もっとも、自由だからといって、何をしてもいいわけではない。
六剣聖の稽古は、決して甘いものではなかった。
まず、朝の合同稽古は六日間を一つの周期として行われ、日によって担当する剣聖が変わる。
剛剣の日は、身体を限界まで追い込むような鍛錬が中心だ。
素振りに使う木剣は特注らしく、内部に鉄でも仕込まれているのか、普通の木剣よりもかなり重い。それを何度も振り続けることで、剣を振るための筋力と体力を鍛えていく。
疾剣の日は、基本の型を崩さずに剣を振ることに加え、足運びや瞬発力を重点的に鍛える。
速さを追い求めるからこそ、無駄のない動きと、それを支える身体の使い方が重要になるのだ。
技剣の日は、一対一の打ち合いが中心となる。
門下生の数は多いが、師匠たちの弟子も参加しているため、実戦に近い感覚で剣を交えることができる。
ただ、人数が多いこともあり、全員と立ち合えるわけではなかった。
心剣の日は、以前受けた稽古と同じように、乱戦形式の打ち合いを行う。
こちらも人数が多いため、複数の組に分かれて稽古をすることになる。
ミャールや紫翠と同じ組になったこともあったが、まだ二人とはまともに剣を交えていない。
眼剣の日は、二対二の組み合わせによる打ち合いだ。
周囲の状況を把握しながら、味方と連携し、相手の動きを見極める。
以前、ビスターたちと一緒にクエストをこなした経験もあってか、俺も少しずつ周囲を見ながら立ち回れるようになってきたと思う。
そして、静剣の日。
この日は、ほかの剣聖たちの稽古を幅広く経験する時間となっていた。
一つの技術を深く掘り下げるのではなく、それぞれの教えを学び、自分の剣に活かしていく。
剣の道は、一つだけではない。
それを知るための稽古なのかもしれない。
こうして、六人の剣聖がそれぞれの得意分野を教えてくれる。
当然、以前の稽古よりも厳しい。
だが――。
「はぁ……はぁ……」
俺は荒くなった息を整えながら、額に浮かんだ汗を拭った。
息は上がっている。
それでも、まだ立っていられる。
周囲を見渡すと、俺と同じように息を切らしている者もいれば、まだ余裕を残している者もいた。
その中でも――。
「……まだ、いけるな」
少し離れた場所にいる風剣は、汗こそ流しているものの、呼吸はほとんど乱れていなかった。
やはり、剣聖の一人。
速さだけではない。それを支える身体能力も、俺とはまだ大きな差がある。
一方、ミャールや紫翠をはじめとする弟子たちには、肩で息をしている者も少なくなかった。
そして、赤髪の女性もかなり汗をかいている。
だが――。
「ふぅ……」
彼女もまた、呼吸を整える余裕を残していた。
さすがは六剣聖のもとで稽古を積んでいる者たちだ。
俺も負けてはいられない。
そんな合同稽古が終わると、午後の時間が始まる。
ここから先は、自分で何をするかを決めなければならない。
その日の稽古を続けてもいい。
別の剣聖の稽古場へ行き、違う教えを受けてもいい。
自主鍛錬に励むのも自由だ。
申請をして許可が下りれば、クエストに出ることもできる。
もちろん――休んでもいい。
最初は、この仕組みが少し不思議だった。
以前の俺なら、師匠から与えられた稽古をこなすことばかり考えていたからだ。
だが、六日間を一つの周期として過ごすうちに、その意味が少しずつ分かってきた。
自分に足りないものは何なのか。
何を伸ばしたいのか。
そして、今の自分には何が必要なのか。
それを、自分自身で考えるための時間なのだ。
誰かに言われたからやる。
誰かが強いから、その動きを真似する。
それだけではない。
教えを受けたうえで、自分の剣をどう磨いていくのか。
その答えを、自分自身で探していく。
六剣聖の稽古場では、そうした姿勢も求められているのだ。
そして、六日間の稽古が終われば、基本的には一日の休養日が設けられている。
もちろん、自主的に鍛錬をすることはできる。
だが、休むこともまた稽古の一つなのだと、六剣聖たちは教えてくれた。
最初の頃は、休養日まで設けられていることに戸惑いもあった。
けれど、二週間もこの生活を続けていれば、身体も少しずつ慣れてくる。
そして今日は――。
六日間の稽古を終えた、休養日だった。
俺は一人、稽古場の片隅にいた。
「……もう一度」
木剣を握り直し、構える。
目の前には誰もいない。
それでも、頭の中では、これまで剣を交えてきた相手たちの動きを思い浮かべていた。
ナイパーさん。
ノエラさん。
そして、六剣聖たち。
それぞれの剣には、それぞれの強さがある。
速さを極めた剣。
力で押し切る剣。
相手の動きを見極め、技術で上回る剣。
これまでの立ち合いを思い返せば、学ぶべきことはいくらでもあった。
けれど――。
俺自身の剣は、まだ完成していない。
「……もっと、速く」
地面を蹴り、一歩踏み込む。
木剣を振り抜く。
すぐに動きを止め、体勢を整えると、再び構え直した。
踏み込みから斬撃までの流れ。
剣を振り切ったあとの姿勢。
次の動作へ移るまでのわずかな間。
一つひとつを確かめていく。
……まだだ。
今の動きにも、無駄がある。
もう一度、やろう。
そう思った、その時だった。
「……熱心だな」
背後から声が聞こえ、俺は振り返った。
そこに立っていたのは――。
「輪天さん」
風剣、輪天さんだった。
「休養日まで鍛錬とはな」
「はい。せっかく時間がありますから」
そう答えると、輪天さんは俺の手にある木剣へ視線を向けた。
「それなら、ちょうどいい」
「……?」
輪天さんは近くに置かれていた木剣を手に取った。
「十本、やらないか?」
「十本……ですか?」
「ああ」
輪天さんは木剣を軽く握り直すと、どこか楽しそうに笑った。
「この間の騎士団長との一騎討ちを見て、俺もお前と立ち合ってみたいと思っていたんだが……なかなか機会がなくてな」
その言葉を聞いた瞬間、自然と口元が緩んだ。
この二週間、俺は多くの弟子たちと立ち合ってきた。
以前よりも実戦に近い剣を交える機会が増え、学べることも多くなった。
けれど――。
輪天さんとは、稽古が始まってから、まだまともに立ち合っていない。
風剣。
その名が示すとおり、速さを極めた剣聖だ。
俺にとって、学ぶべきことは多い。
それに、六剣聖のもとで二週間の稽古を積んだ今、自分がどこまで成長できたのかを確かめるには、これ以上ない相手だった。
「……お願いします」
「よし。では、十本だ」
俺は木剣を握り直し、構えた。
輪天さんもまた、静かに木剣を構える。
互いに向かい合った瞬間――。
空気が変わった。
先ほどまでの自主鍛錬とは違う。
目の前に立つのは、数々の剣士を導いてきた六剣聖の一人。
たとえ木剣での立ち合いであっても、気を抜ける相手ではない。
二週間の稽古で、俺は確かに成長した。
けれど、その成長がどこまで通用するのか。
今の自分に何が足りないのか。
それを確かめるには、ちょうどいい機会だった。
「始めよう」
輪天さんの言葉と同時に、俺は一歩を踏み出した。




