48.六剣聖の稽古場
────翌朝。
キャリメラたちと別れ、俺は一人、六剣聖との新たな稽古へ向かっていた。
胸元には、キャリメラからもらったエンブレムがある。
歩くたびに、それが小さく揺れる。
昨日まで一緒にいたキャリメラたちの顔が、頭の中に浮かんでは消えていった。寂しさがないと言えば嘘になる。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
俺は約束した。もっと強くなって、またみんなのところへ戻ると。そのためにも、今日から始まる稽古を乗り越えなければならない。
しばらく歩いていると、見覚えのある二人の姿が見えてきた。
「ショウヤさん!」
「お久しぶりです、ショウヤさん」
東風さんと瑠璃音さんだった。
「お久しぶりです、東風さん、瑠璃音さん」
「またお会いできて嬉しいですよ」
「私たちも、ショウヤさんが戻ってくるのを楽しみにしていました」
二人の笑顔を見ていると、これから始まる稽古への緊張が少しだけ和らいだ。
「それで、今日はどちらへ?」
「稽古場へ案内します。こちらです」
二人について歩きながら、俺はふと尋ねた。
「そういえば、今の門下生はどれくらいいるんですか?」
「現在ですか?」
東風さんが少し考えるようにしてから答える。
「八十人ほどですね」
「八十人……?」
思わず聞き返してしまった。
俺が以前ここで稽古を受けていた時とは、比べものにならない人数だ。
「ええ。ただ……これでも、かなり減ったほうですよ」
「減った?」
俺が首を傾げると、瑠璃音さんが苦笑する。
「ショウヤさんが六剣聖の稽古を最後まで乗り切ったことで、あなたの話が広まったんです」
「俺の?」
「はい。十五歳だったショウヤさんが、六剣聖の稽古を乗り切った。それなら自分たちにもできるんじゃないか、と」
「……なるほど」
なんとも言えない気持ちになった。
まさか、自分が門下生の増加にまで関わっていたとは思わなかった。
「ですが、実際の稽古内容を見れば、話は変わります」
そう言って東風さんが一枚の書類を取り出した。
「こちらが現在の稽古内容です」
受け取った書類に目を通す。
そこには、基礎鍛錬から始まり、剣術の反復、身体能力の強化、実戦形式の稽古まで、細かな内容がびっしりと書かれていた。
俺が以前受けた稽古と比べても、決して楽になっているようには見えない。
「……これを見て、それでも残った人たちが今の八十人なんですね」
「そういうことです」
「それでも、ショウヤさんが十五歳で乗り切ったという事実が、彼らの支えになっているんですよ」
「……」
俺は書類から目を離した。
あの頃の俺は、ただ必死だった。
六剣聖に追いつきたい。
強くなりたい。
そんな気持ちで、目の前の稽古に食らいついていただけだ。
けれど、その姿を見ていた人たちがいた。
そして今、その人たちが俺を一つの目標として見ている。
そう考えると、不思議な感覚だった。
「……俺も、負けていられませんね」
「ええ。ですが、無理だけはしないでくださいね」
瑠璃音さんが優しく笑った。
やがて、大きな門が見えてきた。
その先には、以前とは比べものにならないほど多くの剣士たちが集まっている。
これが……今の稽古場。
門をくぐった瞬間だった。
「ショウヤ!」
「お久しぶりです!」
聞き覚えのある声が飛んできた。
振り向くと、そこにはシャニーナさん、紫翠、ミャールさんの姿があった。
「皆さん、お久しぶりです」
「待ってたわよ!」
シャニーナさんが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「元気そうで何よりです」
紫翠も穏やかな笑みを浮かべていた。
「……また会えて、嬉しい」
ミャールさんも小さく笑う。
俺も自然と笑顔になった。
またここに──稽古場に戻ってきた。そんな実感が、少しずつ湧いてくる。
その周囲には、他にも多くの剣士たちがいる。
俺のことを知っているのか、こちらを見ている者も少なくない。
その中には、初めて見る顔もあった。
一人の女性が、こちらをじっと見つめている。
腰まで届きそうな、鮮やかな赤い髪。その毛先だけが淡いピンクに染まっている。
真っ直ぐに伸びた髪は、光を受けるたびに赤く輝いていた。
そして、その髪の間から覗く瞳は、炎を思わせるようなオレンジ色。
長身で、すらりとした体つき。
その一方で、女性らしい豊かな胸元が強く目を引いた。
彼女は、俺と目が合っても視線を逸らさない。
まるで、俺のことを見極めようとしているかのようだった。
……誰だろう?
俺が不思議に思っていると、その隣にいた風剣が俺に気づいた。
「ショウヤ!」
風剣は笑顔を浮かべ、こちらへ軽く手を振った。
俺も手を振り返す。
「お久しぶりです」
「ああ! また会えて嬉しいぜ!」
その明るい笑顔に、俺も自然と笑みがこぼれた。
けれど、その隣にいる赤髪の女性は、相変わらず俺を見つめている。
その視線に少しだけ居心地の悪さを感じながらも、俺は彼女のことを考えていた。
すると――。
「全員、整列!」
静剣の声が響いた。
その場にいた剣士たちが、一斉に動き始める。
「国王陛下がお見えになります」
「国王が……?」
俺たちも急いで列に加わった。
六剣聖の師匠たちも、稽古場の入り口の奥へと並んでいく。
しばらくすると、稽古場の奥から国王ブレーベル陛下が姿を現した。その後ろには、騎士が数名追従した。
国王陛下の隣には、一人の女性がいる。美しく整った姿に、上品な雰囲気を纏った女性。
俺は一目で、彼女が誰なのか理解した。
王妃エリシア陛下。
パーティーとして活動する中で、この王都の常識も少しずつ学んでいた。そのため、王妃様の名前も知っている。
こうして、俺は初めて王妃陛下と顔を合わせることになった。
国王陛下が全員を見渡す。
「皆、よく集まった」
その声が稽古場全体に響いた。
「今日から始まる稽古は、これまで以上に厳しいものとなるだろう」
剣士たちの表情が引き締まる。
「だが、ここにいる者たちは皆、自ら剣の道を選んだ者たちだ」
国王陛下は、一人一人を見渡していく。
「己の剣を磨き、己の力を高めよ。そして、その剣を国のために振るえる者となることを期待している」
「「はい!」」
大勢の声が重なった。
その声を聞きながら、俺も拳を握る。俺自身も、ここでさらに強くならなければならない。
国王陛下の視線が、こちらへ向いた。
「そして――」
俺の心臓が、わずかに跳ねる。
「ショウヤ殿」
「はい」
「久しぶりだな」
「お久しぶりです、陛下」
「そなたが六剣聖の稽古を乗り越えたことは聞いている」
その言葉に、周囲から小さなどよめきが起こった。
「一度、そなたの剣を見てみたい」
国王陛下は、俺の腰にある剣へ視線を向けた。
「そこで――」
陛下が一人の男へ視線を向ける。
「ナイパー」
「はっ」
列の中から、一人の男が前へ出た。
騎士団の制服を纏い、堂々とした立ち姿をしている。
その男性は謁見の際に会ったことはある。だが、以前とは違いその姿を見ただけで分かった。
強い────。
それも、今まで出会ってきた剣士とはまた違う種類の強さを持っている。
国王陛下が告げる。
「ショウヤ殿と手合わせをしてもらいたい」
「承知しました」
ナイパーは静かに答えた。
そして、俺のほうへ向き直る。
鋭い視線が俺を捉えた。
「お久しぶりですね、ショウヤ殿」
「ええ、お久しぶりです」
「私は騎士団長剣聖――」
一瞬の間。
「『城剣』ナイパーです」
騎士団長剣聖『城剣』。
六剣聖とは異なる場所で、自らの剣を磨き続けた剣士。
そんな男が、今、俺の目の前にいる。
俺は腰の剣に手を添えた。
胸元には、昨日キャリメラから受け取ったエンブレム。
獣導の協奏との約束を胸に、俺は目の前の剣士を見据える。
「よろしくお願いします」
「ああ」
こうして――。
俺の六剣聖との新たな稽古は、騎士団長剣聖『城剣』ナイパーとの手合わせから始まることになった。




