46.穿剣の強さとショウヤの強さ
ノエラさんの目が、僅かに見開かれた。
「……まだ、続けますか?」
「はい」
俺は木剣を握り直す。
「確かに、ノエラさんには俺の実力を分かっていただけたかもしれません」
さっきの一撃で、今の俺とノエラさんとの実力差は十分に理解できた。
それでも――。
「ですが……」
俺はノエラさんを見る。
「ノエラさんも、まだ剣を使い足りないんじゃないですか?」
「……」
ノエラさんが僅かに目を丸くする。
そして、ふっと口元を緩めた。
「……確かに」
ノエラさんは木剣を構え直す。
「私も、まだ少し物足りないと思っていました」
「では……」
「ええ。もう二本、付き合いましょう」
「ありがとうございます」
再び、俺とノエラさんは向かい合う。
ビスターが少し離れたところから俺たちを見る。
「それじゃあ、二本目――」
ビスターが手を上げる。
「始め!」
合図と同時に、ノエラさんが動いた。
(来る!)
一度目と同じ。
一気に間合いを詰めてくる。
だが――。
(今度は、見える!)
俺と同じ無拍子まではいかない。速すぎて、起こりが捉えにくいだけ⋯。俺は全神経を集中させた。
ノエラさんの肩。
足の運び。
木剣の軌道。
一つ一つの動きを目で追う。
そして、突きが繰り出される瞬間――。
「――っ!」
俺は身体を大きく横へ動かした。
木剣が頬を掠める。だが、今回は当たらない。
(避けた……!)
一度目は、ほとんど反射で剣をぶつけることしかできなかった。
けれど、二度目は違う。
ノエラさんの動きを、ほんの僅かだが見ることができている。
「……!」
俺はそのまま踏み込んだ。
一撃、二撃、三撃────
木剣を素早く振る。
ノエラさんはその全てをよく見ていた。
受ける、逸らす、かわす────
俺が振る木剣を、最小限の動きで捌いていく。
(やっぱり、簡単には当たらない!)
それでも俺は止まらない。
剣を振る。
また振る。
一撃ごとに狙いを変え、ノエラさんの隙を探す。
だが――。
「……そこです」
ノエラさんの木剣が、俺の剣を押さえ込んだ。
「くっ……!」
完全に動きを止められた。
このままでは反撃を受ける。
俺は咄嗟に後ろへ跳んだ。
大きく一歩。ノエラさんとの間に距離が生まれる。
(まだだ……!)
俺はその距離を利用する。
ノエラさんが再び踏み込もうとした、その瞬間――。
「――っ!」
俺は先に前へ踏み出した。
間合いの外にいた身体を、一気に前へ送り込む。
踏み込んだ足を起点に、身体を大きく回転させる。
その勢いのまま、木剣を横薙ぎに振り抜いた。
「――!」
ノエラさんの身体が、大きく後ろへ反った。
(避けた……!)
だが、俺には隙に見えた。
あれほど身体を反らせれば、次の動きに移るまで時間がかかる。
そう判断した俺は、すぐさま追撃へ移ろうとした。
「――もらった!」
その瞬間。
「まだです」
「……っ!?」
ノエラさんの身体は、崩れているはずだった。
それなのに――。
伸びてくる。
木剣が、一直線に。
「ぐっ……!」
ドンッ!
木剣が、俺の腹の真ん中を捉えた。
「――っ!」
身体の奥まで衝撃が響く。
俺は思わず後ろへ下がった。
「はぁ……はぁ……」
腹を押さえながら、ノエラさんを見る。あれだけ身体を大きく後ろへ反らした。
普通なら、そこからすぐに攻撃へ移るなんてできないはずだ。
「……ノエラさん」
「はい?」
「体幹……凄すぎませんか?」
俺が思わずそう口にすると、ノエラさんは少しだけ首を傾げた。
「そうでしょうか?」
「いや、だって……あんな体勢から、どうしてすぐに突けるんですか?」
ノエラさんは少し考えるようにしてから、穏やかに答えた。
「私は騎馬隊の隊長ですから」
「騎馬隊……」
「馬上では、もっと揺れますよ」
「……なるほど」
俺は思わず言葉を失った。
馬の上で剣を振る。地面とは違い、自分の足元そのものが揺れ続ける。
その環境で戦い続けてきたからこそ、どれだけ身体を崩されても立て直せる。
(これが……ノエラさんの強さの一つなのか)
俺は改めて、目の前の剣士を見る。
速い。
技術も高い。
そして――体幹まで、桁違いだった。
腹に残る衝撃を感じながら、俺は思わず笑っていた。
「……ふふっ」
「ショウヤ?」
ノエラさんが不思議そうに俺を見る。
「どうして笑っているのですか?」
「いえ……」
俺は木剣を握り直した。
「では、もう一度お願いします」
「……?」
ノエラさんは少し不思議そうな顔をする。
「何か、嬉しいことでも?」
「はい」
俺は素直に頷いた。
「疾の師匠とは違う速さを持つ剣士がいるんだなって思ったんです」
「師とは違う速さ……ですか?」
「はい。剣の技って、人によって違うじゃないですか」
俺は自分の木剣を見る。
「速さも、力も、技の使い方も……みんな同じじゃない。だからこそ、いろんな剣士と剣を交えるのが面白いんだと思います」
自分でも少し子供っぽいことを言っている気がした。
「……すみません。なんだか子供みたいなことを言って」
「ふふっ」
ノエラさんが笑った。
「いいえ。そういう考え方、私は好きですよ」
そう言って、ノエラさんは再び木剣を構える。
「では、もう一本。楽しみましょうか」
「はい!」
俺も構え直した。
ビスターが二人を見て、木剣を上げる。
「それじゃあ――」
互いに構えを取る。
「三本目、始め!」
合図と同時に、ノエラさんが動いた。
――いや。
(さっきより速い!?)
先ほどとは明らかに違う。
一瞬で距離を詰めてくる。
だが、俺も負けじと踏み込んだ。ノエラさんほどの速度ではない。それでも、今までより明らかに速い。
「――っ!」
俺は中段から木剣を振る。
ノエラさんも突きの構えから、瞬時に剣を中段へ切り替えた。
ガッ!
二本の木剣がぶつかる。
「……!」
ノエラさんが僅かに目を見開いた。
「今の踏み込み……」
俺は構えを崩さずに答える。
「膝と足首を曲げて、伸ばす反動を使いました」
「なるほど」
「ノエラさんみたいに、一瞬で距離を詰められないかと思って」
正直に言えば、かなり粗い。
今までそんな使い方をしたことがなかったから、身体の動きもまだ馴染んでいない。
それでも――。
(虚を突くことはできた)
それだけでも十分な収穫だった。
俺は一度距離を取る。そして、再び踏み込んだ。
「――はっ!」
突き。
ノエラさんが身体を僅かにずらしてかわす。
俺は止まらない。
「――もう一度!」
突き。
かわされる。
さらにもう一度。
突き。
今度は木剣で弾かれた。
「くっ……!」
右へ木剣を弾かれる。
だが、俺はその勢いを利用した。
身体を捻り、右側から木剣を振り上げる。
「――っ!」
上段。
ノエラさんも退かない。身体を捻りながら、木剣を突き出す。
互いの攻撃が、ほぼ同時に迫る。
そして――。
俺の木剣が、ノエラさんの左肩に触れた。
同時に。
ノエラさんの木剣も、俺の胸元の寸前で止まった。
「……」
「……」
二人とも動かない。
「そこまで!」
ビスターの声が響いた。
「引き分け!」
俺はゆっくりと木剣を下ろす。
「……はぁ」
息を吐く。
ノエラさんも木剣を下ろし、こちらへ歩いてくる。
そして――。
「ふふっ」
嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「数回やって良かったです」
ノエラさんは、先ほどまでの戦いを思い返すように俺を見る。
「これが……あなたの強さだったのですね」
「俺の……強さ?」
「はい」
ノエラさんは頷いた。
「一度目は私の動きを受けるだけでした。ですが、二度目には私の動きを見て避け、三度目にはあなたなりの方法で距離を詰めてきた」
そう言われると、少し照れ臭い。
「まだまだですけどね」
「ええ。だからこそ――」
ノエラさんは穏やかに笑う。
「また、今度手合わせをお願いします」
「はい。こちらこそ」
俺も笑って答える。
「ノエラさんと手合わせできて、ありがとうございました。これからも腕を上げてみせます」
「楽しみにしています」
俺たちは木剣を片付けた。
その後、皆で朝食を囲む。
さっきまで激しく動いていたこともあって、温かいスープが身体に染み渡った。
食事を終える頃には、ノエラさんが王城へ向かう時間になっていた。
「それでは、私はそろそろ行きますね」
「はい」
ノエラさんは玄関で俺を見る。
そして、少しだけ表情を柔らかくした。
「ショウヤ」
「はい?」
「キャリメラとビスターを……これからもお願いしますね」
「……はい」
俺はしっかりと頷いた。
ノエラさんを見送った後、俺たちはそれぞれの時間を過ごした。
それからも俺は、キャリメラとビスター、そしてルナたちと共にクエストをこなしていった。
獣たちとの連携。
仲間との連携。
そして、様々な依頼をこなす中で、俺自身も少しずつ剣を磨いていった。
そんな日々を過ごしているうちに――。
王城から招待を受けてから、二ヶ月の時が経った────。




