45.剣聖『穿剣』ノエラ
────翌朝。
俺は皆より少し早く目を覚ました。
昨日の討伐と食事で身体には多少の疲れが残っているものの、動けないほどではない。
せっかくなので、皆が起きてくる前に朝食を用意することにした。
鍋に水を張り、野菜と肉を入れて火にかける。簡単なスープと、焼いたパン。
朝から重いものを食べる必要もないだろう。
料理を終えると、俺は外へ出た。
「……よし」
木剣を手に取り、ゆっくりと構える。昨日、ノエラさんから手合わせを申し込まれた。
理由はまだ分からない。
だからこそ、今のうちに身体を動かしておきたかった。
木剣を振る。
一度、二度、三度────
無駄な力を入れず、一定の速度で素振りを繰り返す。
しばらくすると、家の中から物音が聞こえてきた。
「……ショウヤ?」
振り返ると、寝起きのキャリメラがこちらを見ていた。
「おはよう、キャリメラ」
「おはよう……って、もう稽古してたの?」
「ああ。身体を少し動かしておこうと思って」
その声を聞きつけたのか、ビスターも外へ出てくる。
「おはよう、ショウヤ」
「おはよう、ビスター」
俺は素振りを続けながら、キャリメラとビスターと昨日の話について話していた。
「それにしても……」
キャリメラが首を傾げる。
「ノエラさん、なんで急にショウヤと手合わせしたいなんて言ったんだろう?」
「俺もそれが気になってる」
昨日のことを思い返す。ノエラさんは、俺の実力を確かめたいと言っていた。
しかし、それだけでは理由として少し漠然としている。
「お兄ちゃんは何か聞いてる?」
キャリメラがビスターを見る。
「俺は聞いてないな⋯」
ビスターも腕を組んで考え込む。
「うーん……」
三人で考えていると――。
「おはようございます」
聞き慣れた声がした。
「ノエラさん!」
振り返ると、ノエラさんがこちらへ歩いてきていた。
「おはようございます、ショウヤ」
「おはようございます」
ノエラさんは皆に軽く挨拶をすると、俺の方を見る。
「昨日のことが気になっているようですね」
「⋯はい。どうして俺と手合わせをしたいと思ったのか……」
俺が尋ねると、ノエラさんは小さく笑った。
「実は、これまでのことをシャニーナやマリネアさんから聞いたのです」
「俺のことを?」
「はい」
ノエラさんは静かに頷く。
「あなたがこれまで、どのような戦いをしてきたのか。そして、どのようにして力を示してきたのか」
そう言われると、少しだけ気恥ずかしい。
「昨日のAランクの獣との戦いについても聞きました」
「なるほど……そうでしたか」
「話を聞いているうちに、あなたが今どれほどの実力を持っているのか、実際に自分の目で確かめてみたくなったのです」
ノエラさんの目が、僅かに鋭くなる。
「だから、昨日手合わせをお願いしました」
「そういうことだったんですね」
理由を聞いて納得する。
俺の成長を知ったからこそ、自分自身で確かめたい。
それなら、断る理由はない。
「それじゃあ、始めましょうか」
ノエラさんが木剣を手に取る。
「はい」
俺も木剣を握る。
「ビスター」
「ん?」
「審判を頼みます」
「分かった」
ビスターは俺たちの間に立つ。
「じゃあ、始めるぞ」
俺とノエラさんは互いに距離を取った。
木剣を構える。
ノエラさんは自然体だった。
力んでいるようには見えない。だが――。
(……隙がない)
構えからして、俺とは違う。
静かなのに、どこからでも斬り込んでこられそうな圧を感じる。
「それでは――」
ビスターが二人を見る。
「始め!」
その瞬間だった。
「――っ!」
ノエラさんの姿が、一瞬で目の前まで迫った。
(速い!)
間合いに入るまでが、あまりにも早い。
次の瞬間、木剣が俺の左肩へ向かって伸びてくる。
「くっ!」
俺は反射的に木剣をぶつけた。
ガッ!
間一髪、木剣の軌道を逸らす。
だが――。
(終わってない!)
ノエラさんは突きを外された瞬間には、すでに剣を引いていた。
そして、ほとんど間を置かずに再び踏み込む。
「なっ――」
二撃目。今度は左横腹。
避けることも、防ぐこともできなかった。
ドンッ!
「ぐっ……!」
身体が大きく弾かれる。
俺はそのまま地面に倒れ込んだ。
「ショウヤ!」
ビスターが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫か!?」
「……ああ。大丈夫」
痛みはある。だが、立てないほどではない。
俺が身体を起こすと、ノエラさんが静かにこちらを見ていた。
「初手を防いだのは見事です」
「え?」
「今の突きを防げた剣聖の方も、そう多くありません」
「……」
思わず息を呑む。
つまり、今の一撃は――。
(剣聖の人たちでも防ぐのが難しいのか)
それを俺は、ほとんど反射で防いだ。
けれど、その直後に二撃目を受けた。
ノエラさんは俺の実力を認めながらも、はっきりと差を見せつけている。
「ですが……」
ノエラさんは木剣を下ろす。
「今の一撃を防いだ反応は、本当に見事でした」
「ありがとうございます」
俺が立ち上がろうとすると、ビスターがまだ心配そうにこちらを見る。
「無理するなよ、ショウヤ」
「大丈夫だって」
「いや、でも……」
ビスターはノエラさんを見る。
「お母さんは強いからな」
「そうでしたか?」
「ああ」
ビスターは少し考えてから、苦笑する。
「俺より、母さんの方が強いけどな」
「⋯それほどまでもですか」
思わず聞き返す。
「ビスターより……お母さんの方が?」
「ああ。母さんには昔から勝てないんだ」
そう言って、ビスターは少しだけ悔しそうに笑う。
「それに、お母さんは疾剣の弟子の一人で、『穿剣』と呼ばれているんだ。直接教えを受けているだけあって、俺なんかよりずっと強い」
「……なるほど」
改めてノエラさんを見る。さっきの一撃を思い出す。
間合いに入る速さ。突きの鋭さ。
そして、初撃を防がれた直後の切り返し。
どれも、俺が今まで戦ってきた相手とは違う。
「ショウヤ」
ノエラさんが声をかけてくる。
「あなたの実力は十分に分かりました」
「……」
「今日のところは、ここまでにしましょう」
ノエラさんが木剣を下ろす。
俺は自分の手を見る。まだ一度しか剣を交えていない。
それなのに、俺はもう一度も反撃できていない。
(……このまま終わるのか?)
いや、違う。
俺は木剣を握り直す。
「ノエラさん」
「はい?」
「もう二本、お願いしても⋯よろしいでしょうか?」
ノエラさんの目が、僅かに見開かれた。




