4.剣の世界の暮らし
あれから五年。俺は気づけばこの世界で五歳となった。
前世の記憶は、あの日の花畑も、女神様との約束も、何一つ失われていない。
そして今日も俺は──木剣を振っていた。
最初は戸惑った。前世の記憶があるせいで、赤子として過ごす日々は何もかもが気恥ずかしかった。だが、生きるためだと自分に言い聞かせ、少しずつ受け入れていった。
そして俺は、前世の後悔を繰り返さないと心に決めた。
学べることは学び、鍛えられるものは鍛える。今度こそ、後悔のない人生を歩むために。
気付けば、周囲は俺を「変わった子」と見るようになっていた。
大人のように礼儀正しい。
使用人にも自然と礼を言う。
泣きわめくことは少なく、母を気遣う。
暇さえあれば書物を開き、毎日欠かさず木剣を振る。
そんな子どもは、この世界では珍しかった。
それでも、近所の子どもたちと木剣を交えれば話は別だ。
その時だけは、きっと周囲の目にも、ごく普通の五歳児に映っていたことだろう。
空が夕暮れに染まる頃、俺は木剣を振る手を止め、大きく息を吐いた。
額を伝う汗を拭い、木陰に腰を下ろす。
しばらく呼吸を整えると、俺は立ち上がり、家路についた。
「ただいま。ごめん、遅くなった」
「「おかえり、ショウヤ」」
出迎えてくれたのは、父・レーリルと母・フリム。この世界での、俺の両親だ。
何気ない挨拶。 それだけで、不思議と心が温かくなる。
食卓には素朴な料理が並んでいた。
前世と比べれば質素かもしれない。 それでも、家族三人で囲む食卓は何よりも温かく、自然と笑みがこぼれる。
「ごちそうさまでした」
「はーい。食器を下げてくれてありがとう」
当たり前のやり取り。 だけど、その当たり前が、今の俺には何より愛おしかった。
「じゃあ、僕、また本を読んでくるね」
母は優しく微笑む。
「ふふっ。本当にショウヤは本が好きね」
「うん!」
俺は五歳らしく、無邪気に笑って答えた。
前世では、本を読む機会はいくらでもあった。
なのに俺は、「いつか読もう」と先延ばしにしてきた。
その結果、自分の知らなさに悔しい思いをしたことが何度もあった。
だから今度の人生では違う。
読める本は全部読む。
学べることは全部学ぶ。
そんなことも考えていたが、今は知れるという喜びが勝っている。前世ではこの楽しさに気付けなかっただろう。
そういえば、『ショウヤ』という名前だけは前世と同じだった。
不思議に思って、以前母に尋ねたことがある。
「ショウヤが生まれる少し前ね。不思議な夢を見たの」
母はそう言って微笑んだ。
『その子の名を、ショウヤと名付けなさい。きっと素晴らしい子になります。』
優しい女性の声だったという。
「だから、お告げだったのかもしれないと思って、その名前にしたの」
その話を聞いた時、俺は心の中で苦笑した。
(……女神様ですよね。)
でも、名前が変わっていなかったことは素直に嬉しかった。
あの約束は、ちゃんと今の俺にも繋がっている気がしたからだ。
「ショウヤ」
父に名前を呼ばれ、俺は本から顔を上げた。
「そろそろ寝る時間だ。明日は近所の子たちと打ち込みをするんだろう?」
「あっ、そうでした」
夢中になっていたせいで、すっかり忘れていた。
「ごめんなさい」
父は苦笑する。
「本を読むのはいいことだ。でも、ちゃんと寝ないと強くなれないぞ」
「はい。気を付けます」
そんなふうに笑いながら、本をしまい俺の布団に入り込む。
「おやすみなさい。お父さん、お母さん」
「「おやすみ」」
三人はそれぞれ眠りについた。
明日もまた、剣を振る一日が始まる。
この時の俺は、まだ知らなかった。
その『打ち込み』が、俺の運命を少しずつ動かし始めることを。




